表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第二章
41/46

第四十一夜 大会の……



「調査に行った船とも連絡不可能、だと?」

「はい。昨日から続く、巡回船三〇五の音信不通に伴い、二隻向かわせたのですが……」

「どちらも、か……」

「はい……」

 海上自衛隊の隊舎の一室、隊長室に居座る海上自衛隊総隊長は、たった今報告された内容にうーんと唸った。

「……それは、紛れもなく事実か?」

「はい。今から三時間ほど前から、音信が途絶えています」

 捜索船を派遣した、海上自衛隊第二班班隊長の言葉に、総隊長は目を細める。

「その、音信不通というのは、当然……」

「はい。義務化されている、三時間毎の連絡が、その二隻からはありません」

「救難信号は?」

「同じく……」

 言葉を濁したが、つまりは、ない。救難信号はこちらには届いていない。

 そのため、第二班班隊長は自分一人で決断することが出来ずに、こうやって総隊長に判断を委ねようとしているのだ。

「ただの機器トラブルだと良いが……」

 総隊長は顎を右手で撫でながら、希望を呟く。

「……妨害電波、という可能性も捨てきれません」

 班隊長の推測に、総隊長は強く頷いた。

「うむ、そうだな。もし仮に、妨害電波が出ているのだとしたら、それは──」

 室内の空気、雰囲気とも言って良い。とにかく、そのような肌で感じる類いのモノが、一瞬で重くなる。

「──明確な侵略行為だ。我がクリスティアを、私利私欲を満たすために狙っている不埒な国が、存在していることとなる」

 総隊長の体から、威圧的なオーラが滲み出す。それを正面から浴びた班隊長は、背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「……どうします? もう何隻か、出港させますか?」

「……いや、敵の位置が分からん以上、闇雲に船を出した所で二の足を踏むだけだ。それでは、兵力の無駄遣いに等しいよ」

「では、どうすれば……!?」

 総隊長の大きな机をダンッと両手で叩き、苛立ちを露にする班隊長。先程までは、総隊長の雰囲気に呑まれかけていたが、今では怒りが恐怖に打ち勝っていた。

「せめて……せめて、敵の来る方角だけでも分かれば……」

 総隊長も、机に肘をつき、両手を組んでその上に顎を乗せて唸る。何か名案がないかと、思考を繰り返す。

 そこに──

 ビービーッ

「「!?」」

 本部室の無線が鳴り出した。総隊長は急いで無線のスイッチを押す。

「どうした?」

《至急お伝えしたいことが……!》

「ああ、なんだ?」

《巡回船三〇五から、無線が来ていますッ!!》

「なにッ!?」

「ッ!?」

 思わず、総隊長と班隊長は互いの顔を見合った。だが、それも一瞬で、すぐに総隊長は無線に向かう。

「それで、三〇五はなんと?」

《……襲われた、ようです》

 その情報に、班隊長は顔を強張らせ、総隊長は歯軋りをした。

「……そうか。無線は? まだ繋がっているか?」

《はい》

「分かった。直ぐにそちらに向かう」

《了解しました》

 総隊長は無線を切ると、直ぐ様立ち上がり、既に扉を開けて待っていた班隊長と共に、指令室へと向かった。

 道中、班隊長は無線でどこかと連絡を取っていた。おそらく、自分の班員の誰かであろう。

 二人が指令室に着いたとき、そこには既に隊長や副隊長などの主要な人物は全員揃っていた。

「待たせた」

「いえ、大丈夫です。では、続けます」

 そう言って、無線員の一人は無線のスイッチを押した。途端に指令室に響く、荒い息遣いと波の遠い音。

「こちら、海上自衛隊本部。総隊長がお見えになった」

 そして、どうぞと無線員が総隊長にマイクを譲る。

「こちら、総隊長。貴公は?」

 暫く荒い息遣いだけが続いたが、一度唾を飲む音がして、幾分かマシになった。

《……こちらは、ライラル・プリハマム一等兵……。沈没した、いえ、沈没させられた・・・・・巡回船三〇五の、生き残りです!》



 水面下で蠢いていた、海上の思惑。それが今、一人の奇跡によって、表面化していく。



 ……だがそれは、あまりにも遅すぎた、奇跡であった──




***********



 ビーッ!

 鳴り響いたブザーは、ここ数日で完全に聞き慣れた開始音。先に習い、相対する二人の戦姫は静かに境界を跨ぐ。


 違うのは、ここからであった。


「……『氷柱軍隊トゥループス』」

「………………」

 シャイナが動き出す前に、セシルの魔術によって生み出された無数の氷柱が、彼女をドーム状に覆った。正に四方八方という言葉がピッタリで、逃げ場は見当たらない。

「これは?」

 シャイナは首だけを動かして、氷柱の包囲網を確認しながらセシルに訊ねる。

「……ブザーとブザーの合間。この時間は、攻撃以外なら何をしても良い」

 更に増える氷柱の兵隊。その全ての矛先がシャイナに向いている。

「……このように、相手を閉じ込めることも、可能」

「……成る程。それで? この程度で私を倒せると?」

 真正面を向き、笑顔のままセシルを見やるシャイナ。だが、その目だけは刃物のような鋭さを隠し持っている。

「……ブザーと同時に、氷柱は貴女に降り注ぐ。回避は不可能」

 それを表すかのように、シャイナを覆う氷柱の位置が、少し彼女に近付いた。

 それを目の当たりにしながら、眉一つ動かさないシャイナ。

「分からないなぁ……」

 そう言って、溜め息を一つ吐く。その両手は、腰に吊っている銃のグリップを握っていた。

「……なにが?」

 怪訝な雰囲気で首を傾げるセシル。

「だからぁ──」

 シャイナはそう言いながら、銃を僅かだけホルスターから抜いた。

「──これと同じ状況にセシルちゃんもなっていない、なんて信じてるわけ?」

 途端にセシルの周りに現れたのは、無数の銃口。その全てが、セシルに向いている。当然ながら、その配置は氷柱と同じくドーム状。

「……『銃座』」

「そ。今は分かりやすくするために、可視化してるだけ」

 妖しく微笑む今のシャイナは、普通の人が見てしまったら即刻失神、ないしは失禁してしまう程の迫力を内包していた。

 だが、セシルは普通のくくりからは程遠いため、

「……だからどうしたの?」

 軽く受け流すことが出来る。

 セシルは、自身を狙う銃口を一瞥もせず、ずっとシャイナを睨んでいた。

「……忘れたの? 私には『氷の鎧オブスタクル』がある。如何なる手段でも、私に攻撃を届かせることなんて、出来ない」

 自信満々に断言するセシルを、シャイナは冷ややかな目で見ていた。

「あ、そ。まだそんな幻想・・に囚われているんだ。哀しいわね……」

 無表情であるはずのセシルの眉が、ピクリと動いた。

「……幻想?」

「そう、幻想。もし、セシルちゃんの『氷の鎧オブスタクル』が何人たりとも破れない絶対防御なら、貴女は今、No.11なんて湿気た・・・番号を背負っていないわ」

 明らかな挑発。相手の冷静さを奪うためとは言え、ここまで来るとただの罵倒である。

 セシルは無表情を装ってはいるが、その内心はどうであろうか。

「……何を言っても無駄。貴女は、もう終わり」

 セシルの放った言葉は、決して強がりではなく、それだけの自信を有していたからこそ。

 だから、

 ニィ──

「……!?」

 それを真正面から受け止めたシャイナは、笑みを深めた。

「分かったわ。じゃあ、先ずはその鼻っ柱をへし折らせてもらおうかな」

 そう言って、未だに二度目のブザーが鳴らない中、シャイナは右手に握る銃の引き金を、引いた。

 その瞬間、セシルを囲む銃口から放たれる、魔術の塊。その銃弾は、寸分の狂いもなく──

「……ッ!?」

 セシルの周囲の地面を抉る。抉られた地面は、石になり、砂になり、砂塵となってセシルの視界を閉ざす。

「……煙幕……!?」

 咄嗟に右腕で目を庇ったセシルの耳に、二度目のブザーが聞こえた。

(……とにかく、行けッ)

 視覚の情報を遮られてはいるが、構わずセシルは『氷柱軍隊トゥループス』を発射した。

 だが……。

 ガガガガガガッ──!!

 何か、複数のモノがぶつかり合う音が響く。

「……手応えが、ない」

 セシルはそう呟くと、自身の周囲に雨を降らす水術を発動し、砂埃を洗い流した。そうして視界を回復させてシャイナを見てみれば、案の定。

「ほら、終わりじゃなかった」

 シャイナが無傷で立っていた。その両銃をセシルに向けながら。

「……五月蝿い」

 セシルは雨の水術を解き、もう一度、今度は彼女の背後に現れるように『氷柱軍隊トゥループス』を発動。

「ん〜……」

 ここで、シャイナは急に唸り出した。何事かを考えるかのように。

「……なに?」

 セシルも義理はないのだが、なんとなく不意打ち気味な行為を嫌い、律儀に待っていた。

「いやぁ……うん。これなら大丈夫かな……」

「……なにが?」

 納得のいった雰囲気で頷いたシャイナ。セシルは着々と氷柱の本数を増やしながら、まだ待ってあげる。

「ルールを変更しましょう」

「…………は?」

 シャイナの唐突な提案に、流石のセシルもきょとんとする。

「このままじゃあ、どこまで行ってもセシルちゃんの不利は変わらないからね。ちょっとしたハンディをあげる」

「……ハンディ?」

 ハンディ、という言葉が気に食わなかったのだろう、効果音で表せば“怒ッドッ”というような威圧感を出したセシル。だが、シャイナは気にしない。

「そ、ハンディ。私はここから一歩も動かない」

 右足で地面を叩く。まるで、足跡をくっきりと残すかのように。

「んで、セシルちゃんの勝利条件は、私をここから一歩でも動かすこと」

「……何だって……!?」

「これぐらいなら、まあギリギリ私と対等になるんじゃないかな?」

 ニヤリ。正にこの擬音が似合うような笑みを浮かべたシャイナ。

 対してセシルは、より一層無表情が増した様子。

「……本当に、それで良いの?」

「ええ、構わないわ。これでも敗ける気なんて、さらさらないけど」

「………………そう」

 恐らく、最後通告だったのだろう。セシルは次の瞬間には、今までの倍近くの氷柱を召喚した。

「なに言っちゃってるんですか、シャイナさん!?」

 慌てたのは、当然ながらエルヴィネーゼ。わたわたと落ち着きのない様子で叫ぶ。

「……煩い」

 その横で静かに文句を言うクラウド。エルヴィネーゼはキッとクラウドを睨み付ける。

「アンタねぇ! シャイナさんが敗けちゃったらセシルと結婚するのよ!? なのにシャイナさんと来たら……」

 頭を抱えるエルヴィネーゼに、クラウドは確かにと頷く。

「あれは、非道い」

「そう思うんなら、シャイナさんに文句をぶつけなさいよ!」

 クラウドは、エルヴィネーゼの叫びに眉を顰めた。

「何故文句を言う?」

「何故って……、シャイナさんがわざわざ自分から不利になるようなルール作ってるんだから、当たり前……!」

「どこが不利だよ……。寧ろ、シャイナさんの悪意がひしひしと伝わってくるよ」

 クラウドは、何かを吐き捨てるような口調でそう言った。

「……悪意?」

 エルヴィネーゼは首を傾げる。

「ハァ……。シャイナさんの異能『遠見』は、どういう条件、と言うよりどういうリスクで発動出来た?」

「どういうって……あ」

 ピンと来たエルヴィネーゼと、もう一度溜め息を吐くクラウド。

「そう。『遠見』のリスクは、一歩も動けないこと・・・・・・・・・。今シャイナさんが作ったルールで、シャイナさんが不利になる所なんて、一切ない」

「……でも、それ知らなかったら」

「嗚呼。完璧に不利に見えるだろうな。全く、性格が悪い」

 クラウドは、フィールドでニヤニヤ笑うシャイナを睨む。

「……なら、セシルがその条件を断れば……」

「断ろうが、断らなかろうが、シャイナさんは一歩も動かないだろうな……」

「…………鬼畜ね」

「嗚呼、鬼畜だ」

 二人が見下ろすフィールドでは、氷柱がまるで空を覆い隠してしまうほど存在していた。

「……嘗めていられるのも、今の内」

「そういうものは、勝ってから言いなさい。いくら吠えようと、私には痛痒すら感じないわ」

「……ッ!」

 直後、弾けるように撃ち出される氷柱の弾丸。

 その全てを、シャイナは不可視の『銃座』から放たれる魔弾で撃ち落としていく。

「まだまだ甘いなぁ。私、この倍は軽くいけるんだけど……」

「……五月蝿い」

 全ての氷柱を撃ち終えたセシルは、肩で息をしていた。対するシャイナは涼しげな様子。さっきのセリフも誇張ではないかもしれない。

「……まだまだッ!」

 次にセシルは、左腕に巻いていた鎖、〈因果繋ぐ永遠の鎖メビウス〉を右手でほどいた。

「〈因果繋ぐ永遠の鎖メビウス〉か……」

「……ええ。全力で行くッ」

 セシルは右手を不規則に動かす。すると、その先の鎖は綺麗に纏まっていき、幅広の両刃剣の形を模した。それを氷術で固め、即席の氷剣を作成した。

「流石に、あれにはちょろっと本気を出さないと、なッ」

 シャイナも、両手の銃をセシルに向ける。同時に、目には見えないが、フィールドの至る所に『銃座』を設置。いつでも、発射可能にする。

「……ッ!」

「──ッ!」

 セシルが足に力を入れ駆け出そうとし、

 シャイナが指に力を入れ引き金を引こうとした、

 瞬間──

 ズドォオオオオン──!!

「「!?」」

 会場の外・・・・で大きな音が響いた。

 これには二人も驚き、初動を止め轟音の鳴った方向に視線を向ける。

 観客席も、突然のことに騒然となっている。

「な、なに?」

「………………」

 エルヴィネーゼも、僅かに動揺したように声色を揺らし、クラウドは黙ったまま視線を発信源に向けた。

「どうしたんですか?」

「お姉ちゃん!」

「大丈夫よ、ソラリス」

「お兄さん、お姉さん……」

 四人も慌てて、クラウドとエルヴィネーゼの近くに集まる。皆、状況を理解出来ていないようだ。

 それは、観客席だけではなかった。

 一桁ランカーが寛いでいたテラスも、突然の轟音と振動に一瞬動揺が走った。が、そこは一桁。それも直ぐに収まり、今は僅かな緊張感が場を支配していた。

「これは、どうしたんですか?」

 ナタリアは、座っていた椅子から立ち上がると、総裁の近くに歩み寄った。

「わ、分かりませんッ。一体なにが……」

 未だに動揺していた総裁の元に、一人の部下が駆け寄ってきて、総裁に耳打ちした。

「……なにッ!?」

 すると、顔を青くする総裁。その目は大きく開かれ、唇は細かく震えている。

「どうかしたのかの?」

 その総裁に近付いたのは、ゲイルだった。総裁は、酷く脅えた様子で顔を向けると、震える唇で伝えられた情報を口にした。

「……他国からの……襲撃、です……」

『ッ!?』

 場を支配していた僅かな緊張感は、異様な緊張感へと変貌した。ランカー達の表情が引き締まり、空気が重くなっていく──。



 こうして大会は、予想外の出来事によって幕を閉じることとなる。

 これから始まるのは、ランクではなく、命を賭けた本物の闘争。

 どれだけの人が嘆き、傷付き、倒れていくのだろうか。

 そして、

 どのような結末を迎えるのだろうか──








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ