第四夜 動き出した思惑
「ふわぁぁ〜……」
「はしたないですから、そんな大口を開けて欠伸をしないで下さい」
「堅っ苦しいなぁ、もう……」
ぷくぅと頬を膨らませるナタリアがシャイナに苦言を呈する。しかし、シャイナはこれを軽く無視。彼女の仕事の一つである依頼の精査を黙々(見た目からは嬉々)とこなす。それを見て軽く落ち込むナタリア。
ここは『ナーシャの部屋』で、今はナタリアとシャイナの二人しか居ない。
「ムシすんな〜」
「……その知り合いのみがいる時だけだらける性格、どうにかしてくれませんか?」
クラウド逹の前では、威圧感さえ感じさせそうなほどだったナタリアの姿はここにはない。普段の彼女はシャイナが言ったように無気力万歳人間であり、真面目な彼女の方が偽物なのだ。しかし、しっかりするべき所ではちゃんとしっかりするので、今まで誰も強く矯正しようとはしてこなかったが。
一方でシャイナの方は、普段はなかなかはっちゃけた楽しいお姉さんであるが、一度仕事になると性格が一変、バリバリのキャリアウーマンに大変身するのだ。変わらないのはいつも浮かべている微笑ぐらいである。
「良いじゃん別に、それくらい……。それだけシャイナの事を信頼してる証なんだから……」
ニヘラ……
完全に緩みきった笑顔。クラウド逹の前で浮かべた十人中八人は惚れさせてしまうであろう笑顔とは雲泥の差である。その顔には眼鏡はなく、机の上の腕を伸ばせばギリギリ届く位置に置かれていた。
「…………。全くもう……」
そして、この笑顔がナタリアの最大の武器と言っても良い。これを眼前にしてもの申すことが出来たのは、シャイナが知るところではクラウドしかいない。
「今回は流しますけど、次はこうは行きませんよ」
「はぁ〜い。えへへ……」
多分に漏れず、シャイナも文句を言えなくなり敗北を認める。それを聞き更に緩んだ笑顔をするナタリア。第三者から見れば非常に平和な光景である。
しかし、この平和は長くは続かなかった。
ガチャッ!
「失礼します!」
一人の男が慌てた様子でナーシャの部屋に飛び込んできた。それに気付いたナタリアとシャイナも慌てふためく。
「ノ、ノックもしないなんて、良い度胸ではありませんか?」
兎に角ナタリアが猫を被る――用法は少々違うが――までの時間を稼ぐシャイナ。ナタリアの猫を被る方法は、だて眼鏡をかける、ただそれだけだ。これは別に眼鏡をかけることで人格が変わるとかそういうものではなく、ただ単にそうやって気持ちのスイッチの切り替えをしているだけだ。しかし、その変身アイテムを遠い所に置いてしまっているため、取るのに時間がかかるのだ。
「す、すみません……。何せ、急報なものですから……」
シャイナの笑顔の脅しに怯える男性。
「急報……? あまり良さそうな内容ではないな……」
ここで漸く変身を完了したナタリアが会話に加わる。今までのだらけっぷりからは想像出来ない変わりっぷりである。因みに男性は気付かなかった様子。
「はい。それが……、王国軍養成学校の校長、『グラハ・ローライト』が死亡しているのが発見されました! 死体の状態から、他殺との見解です」
「何ッ!?」
「……どうしてその報告がウチに来るのですか?」
そう。ここはギルドであり、そんな情報が依頼でもないのにこんなに早く来るのは少々おかしい。
「それが、グラハ氏の第一発見者であり、今もその犯人とおぼしき人物を追っているのが――」
その人物の名を聞いたナタリアとシャイナは直ぐ様、現在養成学校に居る二つ名を持つ傭兵を呼び戻した。
***********
「次、トール・フー、いきます!」
時間は少し戻り、クラウドが生徒の半分を打ち負かした時の生徒二人の会話である。
「これで半分費やしたわけだけど……、弱点なんか見つからなくない、カイル?」
「ヤバいな……、人を当てれば当てるだけクラウド先生の強さが浮き彫りになってくる……。どうしよう、フィー?」
「あたしに聞くなっ。アンタの提案でしょうがっ!?」
「それはそうだけど……」
今回の敗戦で生徒個人の力ではクラウドに敵わないと肌で実感したカイルが生徒逹を説得し、作戦がたてられた。それは、前半の十四人でクラウドの弱点を見つけ出し、後半の十五人でそこを突くという、至極単純なものだった。
そして、この作戦の中心人物に任命されたのが説得した張本人の『カイル・マグナス』と、クラス内で一番の実力者である『フィオナ・クルービー』の二人である。
「っていうか、強すぎでしょ、あの人……。弱点を見つけ出す所か、そもそも勝負になってないじゃない」
「みんなほぼ一撃だね、僕みたいに……」
しかし、作戦をたててもそれを実行出来る実力が無ければ意味を為さない。彼ら生徒逹では話にならないのである。
剣はいなされ、槍は弾かれ、矢は落とされ、魔術に至ってはカスリもしない。
「……大人しく降参しとく、カイル?」
「……いや、せめて最後までは足掻こう。それぐらいしなきゃ、意味がない」
「……まったくぅ」
だが生徒逹は諦めない。これ程までの強敵には今まで出会ったことがなかったので、戦いたいという欲もあるのだろうが、彼らの中で一番を占めている感情は、『悔しい』である。
今まで人間のクズだと教えられ、自分達もバカにしてきた傭兵にここまでぼろぼろにやられて黙っていられる程我慢強い人間はここにはいないのだ。
「最後の一人か……」
しかし、気持ちだけではどうにも出来ず、遂に最後となってしまった。
クラウドの眼前には一人の女生徒。長い紫色の髪を一本の三つ編みにした麗人だ。
「フィオナ・クルービーです。胸を借りるつもりで精一杯やらせていただきます。お願いします、クラウド先生」
「……嗚呼」
今までの生徒逹とは雰囲気が違うので面食らうクラウド。
彼女の右手にはショートソード、左手にはスモールシールド。軍隊には似つかわしくない格好だが、個人戦ならおかしくない。
その立ち姿を見たクラウドは目付きを少し変えた。
「では……、行きます!」
フィオナが真っ直ぐ突っ込む。それに対しクラウドは微動だにしない。正面から迎え撃つつもりだろう。
ピカッ
突然クラウドの左手首に巻いたブレスレットが光る。
「……!?」
それに気付いたクラウドは急に動き出した。
突っ込んできているフィオナに向かってクラウドも突っ込む。それに驚いたフィオナは、無意識に少しスピードを落とした。その一瞬の隙をクラウドは突く。
持っていたナイフをフィオナの顔面目掛けて投げつけるが、彼女はそれをスモールシールドで弾く。しかし、そのせいで視界が一時的であるが効かなくなった。直ぐ様スモールシールドを下げて視界を回復させるが、先ほどまでいたクラウドの姿は何処にもなかった。
フィオナは慌てて立ち止まり辺りを見回すが、クラウドの姿は見つからない。
その時、カイルの声をフィオナの耳が捉えた。
「上だーっ!」
弾かれたように見上げるフィオナ。しかし、見上げる顔と入れ替わるかのようにクラウドがフィオナの懐に落ちてきた。
「!?」
膝を曲げて落下の衝撃を殺した姿を視界の端で捉えたフィオナは右手のショートソードを降り降ろした。
だが、それがクラウドを捕らえるより一瞬早くクラウドの右手がフィオナの首を掴み、そのまま一気に押し倒した。
「ガハッ!」
そして空いていたはずの左手にいつの間にか握られていたナイフがフィオナの首根っこに突き付けられる。
「終いだ……」
「ゴホゴホッ、はい……、あり……がとう……ございまし……た、ゴホッ」
背中を強打したとき、肺の中の空気が全て抜けてしまったので上手く喋れないフィオナ。
「済まぬ……」
「えっ……?」
突然謝りだしたクラウドに何を言われたのか分からないフィオナ。
「本当はもう少しじっくりと相手をしてやるつもりだったのだが……、急用が入ったのでな……」
そう言いつつ左手首のブレスレットをフィオナに見せつけるクラウド。
それはランクシステムに登録している傭兵がギルドから配布される物で、そこに現在ランクやポイントが表示される仕様となっている。また、優先契約をしている傭兵のブレスレットには、ギルド側からの要請の合図を着信する機能が付随しており、今現在クラウドのブレスレットが発光しているのは、その要請が入った合図なのだ。
「故に少々急がせてもらった」
「…………」
それを聞き呆然とするフィオナ。つまり、クラス一の実力者である彼女を相手にするときでさえクラウドは手加減するつもりだったのだ。
その様子を特に気にすることなく、クラウドはクラス全員に今日の講義の終了を知らせ、後は自由時間にして足早に闘技場から去っていった。
クラウドと入れ替わるようにカイルがフィオナの近くに走りよってきた。他の生徒逹は自分のことで手一杯のようだ。
「大丈夫か、フィー?」
カイルが声をかけるが、フィオナは答えない。その代わり、嗚咽がカイルの耳に聞こえてきた。
「フ、フィー?」
泣いていた。
クラス一の実力を持つ彼女が人目も憚らず悔し涙を流していた。それを見たカイルはどうしていいか分からず、落ち着きを無くす。
「あいつ……」
「えっ……?」
フィオナがクラウドのことを“あいつ”と呼んだことに驚くカイル。
「あいつ、手加減しようとしてた……」
「あっ……」
「悔しい……、凄く悔しい……!」
「…………」
それは生徒逹全員が抱いた感情だ。それを一番強く表したのがフィオナなのだ。
その様子にカイルは慰めることを諦めた。それは、彼女を傷付けることになるから。だから彼は――
「……そうだな」
――同調した。情けなんかではない。これは彼の本心でもあるのだから。
「……強くなろうな、フィー」
「……うん」
フィオナは結局その時限が終わるまで泣き続け、カイルはそんな彼女の側に立ち続けていた。
***********
所変わってナーシャの部屋。ここには先ほど到着したクラウドとナタリア、シャイナの三人しかいない。
「……? ナーシャ、エルは――「クラウド、グラハ・ローライトが殺害された」何……!?」
クラウドの発言がナタリアによって遮られる。その内容に、クラウドは眉を潜める。
「どうやら死因は刃物によるものらしい……」
「……何故これ程までに情報が早いのだ?」
シャイナと同じ疑問を発するクラウド。それに先ほどと変わらない声でナタリアが告げる。
「どうやら死体の第一発見者が『エルヴィネーゼ・マクスウェル』らしいのだ」
「!? ……嗚呼、そういうことか……」
クラウドは自分が講義を行っていた時にエルヴィネーゼの姿がなかったことを思い出し、なんとなくどういう状況でそうなったのかを理解した。「そして、エルヴィネーゼが今現在、犯人とおぼしき人物を追跡中だ。既にツェツァリ王国を出ているようだ」
「何とまァ、行動的だなァ……。で? オレにどうしろと?」
「分かっているとは思うが……。」
ここでナタリアは一度溜め息を吐き、キッとクラウドを睨み付ける。
「No.77『暗殺者』、クラウド・エイトに対し優先契約を発動する。依頼主は国王、『バルフォイ・クラミナル・ツェツァリ』であり、依頼内容は《No.17『吸血姫』、エルヴィネーゼ・マクスウェルを追跡し、これに合流。その後、彼女から詳しい内容を聞き、殺害犯とおぼしき人物を拘束、若しくは殺害しここに連れてくること。その際発生する被害は無視するものとする》」
ナタリアが告げた依頼はとんでもないものだった。
依頼主が国王なのもそうだが、被害を無視。それは全ての責任を依頼主、つまりは国王が取ることと同義であるのだ。
「……国王から?」
「そうだ、正式に依頼が出た。お前が到着する前にな……。被害に関しては本当に気にしなくていいそうだ。外交で上手く纏めるつもりらしい。それほどまでに、国王はあのグラハという男を高く買っていたようだな」
「報酬は?」
クラウドは即物的な質問をしたが、傭兵にとってはこれは重大な意味を擁する。依頼内容と報酬が釣り合っているか、否か。その如何によってやる気が大幅に変わるのだ。
「欲しい物を何でも一つ」
報酬内容はとんでもない物だった。
「何……?」
「流石国王ね……。あ、但しあげられない物もあるから、その辺は理解してほしい、だって」
「フム……」
何か釈然としない様子のクラウドだが、特に何も言うことはなかった。
「では、直ぐに発ってくれ。時間が惜しい」
「して、足は?」
「自動二輪には乗れたか?」
「乗ろうと思えば……」
「その格好でか……?」
ナタリアが疑わしそうにクラウドの全身を見る。彼の格好は和服なのだ。股がるのには適していない。更に足は下駄である。自動二輪に乗るには全く向いていない。
「嗚呼……。あまり好かんがな……」
「この際文句は聞かんぞ。乗れるなら乗ってもらう。先ほど言ったように、一分一秒が惜しいからな」
「至極面倒……、だがしょうがない。報酬ははずんでもらうぞ」
「これ以上か……。それは私ではなく、国王に進言してくれ」
「そうするとしよう……」
ナタリアとしては冗談で言ったつもりだが、クラウドは本気にしているようだ。しかし、それを全く気にしないナタリア。彼女には何の被害もないのだから訂正することをしないのだ。
「で、何処に向かえば……?」
「エルヴィネーゼはどうやら隣国の『ドルムック王国』に向かっているようだ」
「ドルムック王国か……」
「そうだ。その国とは協力体制を執っているから入国にはそう手間は取らない筈だ。入国したらまず『ツェツァリ大使館』に向かえ。そこで彼女と落ち合える手筈となっている」
クラウドは今までの会話を頭の中で整理し、活動方針をしっかりとさせる。その後、周りを見回しながら言う。
「この依頼を行うのはオレだけか……?」
「あぁ。エルヴィネーゼと合流するまでは単独行動となる。合流してからは二人で行ってくれ。下手な奴と組むよりは楽だと思うが……?」
その返答に手を顎に添えるクラウド。
「フム……、少々キツいか……?」
「安心して」
クラウドの独り言に反応したのはナーシャの部屋の最後の一人、シャイナ・フォルクである。
「安心……とは?」
「私が後で合流するから」
「シャイナさんが……?」
ナタリアに真偽を問うクラウド。
「そうだ。色々としなければならない雑事があるため出国が遅れるが、まあ援軍と思ってくれて構わない」
それを聞いたクラウドはもう一度シャイナを見る。そこにはいつも通りの笑顔がいた。
「依頼を行うのはオレとエルヴィネーゼの二人じゃないのか?」
ナタリアに別の質問をぶつけるクラウド。それに対しナタリアは鼻をならしてから答える。
「その通りだ。言っただろう、彼女は“援軍”だと。報酬を分けるも分けないもお前逹次第だ」
「…………」
目を細めてナタリアを睨み付けるクラウド。それを軽く流すナタリア。
先に折れたのはクラウドで、彼は一つ溜め息を吐き、シャイナに向かって言った。
「シャイナさん……」
「はい?」
「貴女が到着したときには既に事は終わっており、貴女がすることは事後処理の手伝いですが……、それでも来られますか?」
その、言外に来なくていいと言っている質問に、シャイナは笑顔を深め、
「ええ、構わないわ。手伝わせて」
と言い放った。
それを聞いたクラウドは諦めたように溜め息を吐き、自分とエルヴィネーゼの装備を整えるためエルヴィネーゼの部屋の鍵を借り、ナーシャの部屋から退出し、ギルド内にある自室とエルヴィネーゼの部屋へと向かった。
作「第四夜『動き出した思惑』、読んでいただきありがとうございます!」
ク「……感謝する」
エ「…………」
作「エル……? どうした、お前が黙り込むなんて」
エ「作者、あんたに訊きたいことがあるんだけど……」
作「えぇ~、面倒くさ――」
ターン、ドシュッ
作「ギャアァァァァ! 打たれた! 何すんだ!?」
エ「訊きたいことがあるんだけど……」
作「さ、先に止血を……」
エ「…………」
作「あ、はい、どうぞ! 何でも答えさせていただきます! ですので出来れば銃口を余所へ……」
エ「何であたし今回出てきてないの?」
作「無視ですか……。あ、それなんですけど、実はエルがグラハの死体を発見した場面を入れようかと思ったんですけど……」
エ「じゃあどうしてカットしたのよ?」
作「なんかテンポが悪いのと、そこは後に入れた方が分かりやすいかな、と」
エ「……ちゃんと理由があってのことなのね」
作「当然です!」
エ「……まぁそういうことなら特別に許してあげるわ」
作「ハハァ、有り難き幸せ!」
エ「さっさと止血してきなさい」
作「分かりました!」
ク「(オレは今回空気か……。てか全然面白くないな……)ハァ~……、次回もお楽しみに」