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傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第二章
38/46

第三十八夜 灯火

どうも、シンカーです。


なんと言いますか、今回は長いです。

切り所が分からず、ツラツラと書き連ねていったら、過去最高文字数を大幅に更新してしまいました。

そのためと言ってはなんですが、更新がずれ込んでしまい、申し訳ありません。

今回は報告もしていなかったため、本当にすみませんでした。

ですが、待たせただけのモノは出来上がったつもりです。


それでは、どうぞ。


「はぁはぁはぁはぁ……っ」

「みんな、早くッ!」

「ちょ、ちょっとまって〜!」

「もう試合始まっちゃってるんだよ! 早くッ」

 大会が行われている国営運動場に向かって、それなりの人数の子供達が一生懸命に走っていた。

 全員、ツェツァリ王国の養成学校の生徒である。ここで追記しておくならば、この子供達の所属クラスが二―二であることか。

「急げ急げー!」

「走れ走れー!」

「エルヴィネーゼ先生の試合、見逃しちゃうよ〜!」

「先生も早くッ!」

「みんな、走らないで〜!」

 子供達の集団はきちんとした列を為しているわけではなく、散り散りに蜘蛛の子を散らしたような走り方をしているため、殿しんがりの先生──ここで言う先生は、当然エルヴィネーゼの事ではなくて二―二の担任の事である──はあちこちに視線を巡らせ、通行人に迷惑をかけていないか確認しながら子供達を追いかけている。先生、大忙し。

「くそ〜……、お前が食べるの遅いからッ」

「そ、そんなことないもん! そっちだって、あっちへふらふらこっちへふらふらしてたじゃないか!」

「なにを〜!」

「なんだよ〜!」

 ケンカ、勃発。子供らしい責任転嫁が原因だが、人混みを走りながらのケンカは危ない。全く前を見ていないからだ。

「ああ、もう! こらー! ケンカは……」

「ケンカしてないで。人にぶつかっちゃうよ」

 後ろの方から先生が注意をかけようとしたら、それに被さって一人の女の子がケンカ中の二人を諫めた。

「ソラリス……」

「ソラリスちゃん……」

 セミロングの紫髪を風に靡かせながら、二人の側に走り寄ってきたのはソラリスだった。

「誰も悪くないから。みんな、ちょっとゆっくりしちゃってたから、ね。だからケンカしないで。それよりも急ごう」

「………………」

「………………」

 ケンカしていた二人は、少しの間互いを睨み合っていたが、同時に頷いてソラリスにも頷いた。

「それもそうだな! ケンカなら着いてからでも出来るし」

「一番やらなくちゃいけないのは、試合を応援することだもんね!」

 二人の答えに、ソラリスは満面の笑みで頷き返した。

「………………」

 ソラリスのこの行動に一番驚いたのは、誰あろう担任である。

(……あいつ、あんなことする子だったか? いや寧ろ、消極的でおとなしかったハズ……。いつの間に成長したのやら)

 担任の視線の先で、三人が駆けていく。生徒全員が兵士志望者で固められている養成学校のため、誰か一人が体力が少ないとかはないため、みんな勢いが良い。

(……エルヴィネーゼ先生、か……)






「ねぇ、先生」

 前のめりになって、試合を食い入るように見ていたカイル。その体勢のまま、後ろにいるであろうクラウドに質問する。

「……何だ?」

 カイルの予想通り後ろで座っていたクラウドが返事をした。

「どうしてエルヴィネーゼさんは、剣扇を破壊出来たんですか? 例え『吸血』の力があったとしても、あの異能は筋力を増大させるものであって、刃物の鋭利さを増すものではないはずですよね?」

 カイルの質問に、少し考え込むクラウド。

(どう言えば分かり易いか……)

 そうやって思考している僅かな間に、フィオナがカイルの質問に答えていた。

「そりゃあ、力が増せば切れる物だって増えるでしょ。っていうか、そんなことは養成学校に通っているあたし達はよく分かってるじゃない」

 まったく、と鼻を鳴らすフィオナ。だが、カイルはそれで納得はせず、直ぐ様反論。

「いやだから、力が増したから剣扇を折ることが出来たんだろ? だったら、エルヴィネーゼさんの〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉の方が先に根を上げたんじゃないか、ってこと。さっきまでは、確実に『至高の剣装ソードダンス』の方が力はあったんだから」

「え、いや、それは、その……」

 口ごもってしまうフィオナ。そんな彼女をやっぱりと言った表情で見ていたカイルは、クラウドへと視線を向けた。

「これって、どういうことなんですか?」

 改めて問われたクラウドは、既に答えを用意していた。

「簡単な話だ……」

「そうなんですか?」

「嗚呼。エルの〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉やカルロスの〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉、オレが三回戦で戦ったムーバルの〈開戦告げる天の角笛ギャラルホルン〉などの武器を“固有兵装”と呼ぶ」

「固有……兵装?」

 鸚鵡返しに訊くカイルに答えたのは、今まで黙っていたセシルだった。

「……そう。私達二つ名は、その二つ名を頂戴した時に、あるお爺さんと出会わせられるの」

「お爺さん?」

 今度はフィオナが呟き返す。フィールドからは、エルヴィネーゼとカルロスが打ち合っている音が幾度も響いてくる。

「嗚呼。そいつが、“ベリアル・マーカス”だ」

「……固有兵装の製造者にして、最高の武器職人と謳われている」

 二人の話に集中するカイルとフィオナ。リンも、視線はエルヴィネーゼに向けながら耳を確りとそばたてている。

「その爺が造る、否、鍛える武器は、他の武器とは一味も二味も違うと言われている」

「……実際、例えば剣ならば切れ味、頑丈さ、果てには見た目も、他の有象無象とは違う」

「見たことないだろ? エルの〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉のような代物を」

 カイルとフィオナは揃って振り向き、戦いに視線を落とす。そこでは、一対の爪であまりにも長大な剣と渡り合っているエルヴィネーゼがいる。

「ないです……」

 その答えにクラウドは笑みを浮かべる。

「ベリアルの爺が造る“固有兵装”は、その名の通り二つ名一人一人の専用だ。爺が実際にその二つ名を目にし、その戦闘方式に最も合った武器を製作してくれる。だからこそ、生半可な物ではなく、二つ名にとっては切り札にもなり得る」

 フィールドでは二つ名の戦いが続く。共に、世界に一つしかない究極の武器を使用して。

「じゃあ、僕の質問の答えとしては……」

「……さっきも言ったけど、あの爪の強度は半端じゃない。剣扇程度では曲がりもしない」

 驚きのあまり閉口するカイル。そしてそのまま、試合観戦へと戻っていった。

「……ところでクラウド」

「あ、ン……?」

「……今の説明、私達息ピッタリだった。やっぱり、私達は運命の──」

「………………」

 クラウドの耳は、それ以降のセシルの捲し立ての一切合切を流し続けた。



***********



「せいッ!」

 振るわれるエルヴィネーゼの〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉。だが、その刃はカルロスに届くことはなく、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉に阻まれる。それに対し、エルヴィネーゼは素早く後ろに跳んで距離を取る。そしてまた、カルロスの懐に突っ込む。タイミングは、先程とはずらして。

 エルヴィネーゼが『吸血』を使用してからは、今の一連の動きだけになっている。

 所謂、ヒット&アウェイ。

 『吸血』によってもたらされた筋力を存分に使った戦法である。一合、多くても三合打ち合ってさっさと離れていってしまうエルヴィネーゼに、カルロスも上手くタイミングを合わせられず防戦一方となる。

「ふッ!」

 距離を取ったエルヴィネーゼが、間断なく突っ込んだ。今までの中で最も早いテンポ。

 だが、カルロスはそれにも落ち着いて対応する。

「ッ!?」

 腰を引き、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を水平に立てて顔の横へ。エルヴィネーゼの突進に合わせるのは、長剣の突き。構えに入ってから突きが放たれるまで、一秒もない早業。

 寸前で気付いたエルヴィネーゼは両手を地面に叩き付ける。その反動で下半身が浮かび上がり、空中前回りで突きを辛うじて回避。

「くッ!?」

 そのままくるくる回り、カルロスの頭上で体勢を整える。則ち、〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉を構えた状態だ。後は腕を振り下ろすだけで、カルロスの体を裂くことが出来るだろう。

「ふんッ!」

 だが、そう易々とはさせないカルロス。突きを放った体勢から無理矢理体を捻り、縦に大斬りを放つ。剣先が円を描くほど綺麗な軌跡である。

「チッ……」

 カルロスを裂くより、長剣が自身に届く方が早いと悟ったエルヴィネーゼは、直ぐ様両手の〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉で防御。

 ぶつかる固有兵装と固有兵装。だがそれも一瞬で、空中にいるエルヴィネーゼでは耐えられるはずもなく、弾き飛ばされる。

「くッ……」

 バク宙で体勢を整え、激突するはずだった岩の側面を踏み台にして、またもや突進する。

 それに対しカルロスは〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を上段に構える。そして、長剣の射程距離内にエルヴィネーゼが入るや否や、その長剣を横に・・振り抜いた。上段の構えはフェイントで、本来の狙いは真一文字に放つこれであった。

「んなッ!?」

 騙されたエルヴィネーゼは、当然斬り下ろしを避けるために横に回避していた。が、その動きは返って長剣に近付く事になってしまった。

 慌てて両手を広げ、掌で〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を受け止める。今度は、地に足を付けていたため、確りと踏ん張れた。

「ぐぐぐッ……!」

「むッ……!」

 カルロスはこれ以上押し込めないと見るや、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉から左手を離し、腰から一本の大振りのナイフを抜き、エルヴィネーゼの無防備な背中に振るった。

「──!」

 その攻撃に気付いたエルヴィネーゼは、右手を離して背後のナイフを受け止める。

 この攻防により、至近距離で顔を合わせることになったエルヴィネーゼとカルロス。

「なかなか、やりますね……!」

「どうも……ありがとう。これはそのお礼、よッ!」

 右足の蹴り。距離の関係上、膝蹴りになったそれは、カルロスの股間を狙っていた。

「ぬをッ!?」

 腰を引いてなんとか回避。だが、腕の力が抜け、エルヴィネーゼに逃げられてしまった。

「くそぅ、惜しかったなぁ……」

 悔しそうに呟くエルヴィネーゼに、冷や汗を流しながらカルロスが苦言を呈する。

「鬼畜ですか? それとも外道ですか? 膝蹴りで股間狙いとか……それはやっちゃいけないでしょう」

「何言ってるのよ。急所狙いは、戦いの基本でしょ? 弱点でも良いけど……」

 シレッと答えるエルヴィネーゼに、唖然とするカルロス。

「……ほんじゃま、さっさとケリをつけちゃいましょうか、ねッ!」

 エルヴィネーゼが奔る。

「また、ヒット&アウェイですか……。馬鹿の一つ覚えみたいに……」

 迎撃するために左手のナイフを仕舞い、両手で〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を握るカルロス。

 そして──

「ッ!?」

 カルロスも真っ直ぐに跳んだ。長剣を後ろに流し、頭から突っ込む体勢で。

「せいッ」

 先に攻撃を仕掛けたのは、やはりリーチが長いカルロス。長剣を横に薙ぐ。

「ふッ!」

 その攻撃にエルヴィネーゼは、ギリギリまで長剣が迫るのを待ち、当たる寸前で長剣の腹に手を置き・・・・・・・・・塀を乗り越えるように避けた。

「なッ!?」

 バランスを崩されたカルロスは、驚愕の表情でエルヴィネーゼを見る。

 長剣の一撃を軽やかに避けたエルヴィネーゼは、カルロスに対し後ろ向きで着地、そのまま体を捻りながらカルロスに向かって左手の〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉を振るった。

「うをッ!」

 それを前転でなんとか避けるカルロス。その時〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉は左手一本で持っていた。

 だが、回避する際エルヴィネーゼの右側に行ってしまったため、右手の〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉が追撃してきた。

 それを予測していたかのように、足が地に着いた途端に反転、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉でエルヴィネーゼの一撃を防ぐ。

 エルヴィネーゼも体を反転させ、先程空振った左手で更に追撃。

 それをカルロスは、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を無理矢理立てることで防ぐ。



 戦いは、完全に拮抗していた。そして、この状況は両者にとって全く別の意味を持つ。

「不味いな……」

「え……?」

 クラウドの呟きを聞き取ったカイルが振り向く。

「何が、不味いんですか……?」

「戦いが長引いている事がだ……」

 クラウドは視線を鋭くして試合を見つめる。

「でも、格上相手に拮抗してるのは凄い事じゃないですか?」

「それは違うんだよ」

 カイルの意見を一蹴したのは、クラウドの隣に座っているリンだった。

「どういうこと?」

 フィオナも振り向いて、リンに視線を向ける。

「『吸血』っていうのは、一種のドーピングみたいなものなんだ」

「ドーピング……」

「うん。だから、そのドーピングが切れちゃったら……」

 リンの言葉に、ハッと気付くフィオナ。

「まさか……副作用?」

「えっ!?」

 フィオナの解答にカイルも驚きの声をあげる。

「そうだよ」

 その二人に、リンは確と頷く。

「だよね、お兄さん?」

「嗚呼……」

 リンにバトンを渡されたクラウドが、続ける。

「急激な過負荷による、筋肉の限界……。普段ならば脳が制限している力を、遥かに超える過使用……。このような事をして、人体が平気である訳がない」

「「………………」」

「だが、それを可能にするのが、異能『吸血』。その効果が発動し続ける限りは、体の限界を使用者に意識させない。認知をさせない。それ故、効果が切れた際の反動は、オレ達の想像を遥かに超える痛みとなって、エルに襲い掛かる」

 息を呑む二人。今のエルヴィネーゼは、正に諸刃の剣であることが分かったから……。

「実際、俺もお姉さんの『吸血』をこの目で見たし、その副作用も目にした。酷い有り様だったよ……。一人では、歩くことも出来ていなかった」

「……そんな」

 二の句が告げないカイル。明らかに動揺している。フィオナも、瞠目している。

「……故に、戦いが長引けば長引くほど、エルには不利になるんだ」

 カイルとフィオナが試合に視線を戻す。そこには、明らかに先程とは動きのキレが違うエルヴィネーゼが、苦しそうに試合をしていた。

「エルヴィネーゼさん……」

「頑張って……!」

 二人は祈る思いで試合を見つめる。リンも、口には出さないがその目がエルヴィネーゼの勝利を願っていることを物語っている。

「……クラウド」

「ン……?」

 セシルがクラウドに話し掛ける。表情に変化は見られないが、僅かに唇が震えている。

「……正直、どう思う?」

「………………」

 訊ねられた質問は、限りなく小さく発せられた。勝利を願う三人には聞かせられないから。

「……クラウド」

 急かすセシル。だが、クラウドは無言を貫く。

 それを傍目から見ていたシャイナが、何か言葉を発しようと口を開いた時、


 その声達は響いた。


「着いたーッ!」

「試合はッ!?」

「えっと、えっと……」

「あッ! 先生がやられてる!」

「そんな……」

「泣くなッ! まだ敗けてないッ!」

「そうよ! 今からでも応援しようよ!」

「遅れちゃった分、一生懸命ねッ!」

「みんな、いくよッ」

「「「せーのっ──」」」



***********



 カルロスは、エルヴィネーゼの『吸血』のデメリットを当然知っていた。だからこそ、無理に攻めることはせずに、守りに甘んじていたのだ。

(さて、結構な時間やりあっていますが、まだですかね? そろそろ此方も厳しいんです、がッ!)

 エルヴィネーゼの攻撃を、半身になって〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を体の前に立てることで防ぐ。

 そして、今までならばここで後ろに跳んで距離を取っていたエルヴィネーゼが、今回は追撃を加えた。

 〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉のない側面に即座に回り込み、無防備なカルロスに〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉を放つ。

 だが、それに確りと気付いていたカルロスはその一撃を屈むことで回避、そのまま右足を蹴り上げた。

「グハッ……!!」

 思わぬ反撃を喰らったエルヴィネーゼは、防ぐことも叶わずモロに腹に受け、吹き飛ぶ。

(動きに精細さがなくなってきた……、そろそろですかね)

 視線の先で、背中から倒れたエルヴィネーゼ。今までならば、バク宙で足から着地していたはずだ。

 肘で体を支えながら起き上がるエルヴィネーゼ。誰の目から見ても、エルヴィネーゼはボロボロだった。

(くぁッ……! ヤバい……『吸血』が切れかかってきた……)

 自分の事は、自分が一番分かっていた。誰よりも早く自分の異常を察していた。だからこそ勝負を仕掛けていったのだが、その悉くをカルロスに防がれてしまった。ただ、地力の差を見せつけられることになってしまっただけ。

(くそぉ……!)

 ぎりぎりと奥歯を噛み締め、拳を地面に叩き付ける。

(やっぱり、勝てないのかなぁ……。『吸血』も、もう限界……。体のあちこちが……痛い)

 体を起こして、なんとか四つん這いになる。だが、それだけの動きで息は荒くなり、大量の汗が溢れ出す。

「ギブアップしてください。貴女はもう、風前の灯火です」

 その姿を見ていられなくなったのか、降参を勧めるカルロス。彼の優しくない優しい・・・・・・・・言葉に、エルヴィネーゼの心は、折れかかった。

(あ……もう……ダ──)


『せんせぇぇぇいッ! 頑張れェエエエッ!!』


「ッ!?」

「なんです?」

 試合中の二人が、否、会場全体が同時に声が響いた方へと顔を向ける。

(あの子達……!)

 そこでは、横一列に並んだ子供達が精一杯声を張り上げていた。最後に現れた男性が、子供達を止めようと頑張っているが、一向に止まる気配はない。

「……先生?」

 カルロスは、聞き慣れない呼称に首を傾げる。

 自分ではない。では、あの応援の送り先は……。

「貴女ですか? 先生というのは……」

 エルヴィネーゼに視線を向ける。

「……えぇ。一日だけ、先生代理をやったわ」

 四つん這いから膝座りの体勢に変わっていたエルヴィネーゼが嬉しそうに答えた。

「慕われていますね」

「嬉しい限りよ」

「では、その分俺は悪者ですね。その慕われている先生をやっつけてしまうわけですから……」

 その嫌味をエルヴィネーゼは笑顔で受け止めた。

「確かに……。この今の状況から逆転するのは、正直無謀ね。無理と言っても良いかもしれない。でもね……」

 エルヴィネーゼの体に、力が入る。

「……なんですか?」

「あの子達の前で潔く降参するぐらいなら、あたしは、みっともなく足掻いてみせるッ!」

 勢い良く立ち上がり、両手の〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉を構える。

 それを見たカルロスは、軽く嘆息。

「ですから、無駄ですってば。先程も言ったように、貴女は風前の灯火です。たった一吹きの風で消えてしまうような、儚い状態なんですよ」

 それを聞いても、一切揺らぐことないエルヴィネーゼ。

「風前の灯火……ね」

 寧ろ、カルロスの言葉に僅か口の端を上げる。

「ねぇ、知ってる?」

「……何をですか?」

 膝を曲げ、力を溜めるエルヴィネーゼ。

「蝋燭の火ってね……」

 顔をカルロスに向け、不敵に笑う。


「燃え尽きる寸前が、一番光輝くのよッ!!」


 言葉の終わりと同時に、足に溜めた力を爆発させた跳躍。弾丸のスピードの如くカルロスに迫る。

(速いッ!?)

 直ぐ様〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を眼前に置き、盾の代わりにする。

 ガァンッ!

「くッ!」

 衝撃。カルロスの予想より断然上の威力。だが、耐えられない程ではなく、

「うおらッ!」

 〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を振り抜いてエルヴィネーゼを吹き飛ばす。

 エルヴィネーゼも無理に逆らわず飛ばされ、着地と同時に左の素手・・で地面に触れ支えとする。

(!? 左の〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉は……?)

 眉を顰めるカルロスに、エルヴィネーゼは右手で空を指した。

「……気を付けてね」

「ッ!!」

 慌てて空を見上げれば、カルロス目掛けて〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉が降ってきていた。

(投げ飛ばしたのかッ!)

 一瞬、弾くか避けるかで悩み、避けるを選択。後ろに跳躍するが、その一瞬の思考が災いし、完全には避けきれず左の肩口を斬られてしまった。

「くあッ!?」

 左肩を押さえながら、下がるカルロス。

 一方エルヴィネーゼは、避けたカルロスを心中で賞賛していた。

(流石に間違えない……。あそこで〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉を弾いていたら、無防備な腹部をあたしが裂いてた。やっぱ強いな……)

 地面に突き刺さっている手袋状の〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉を左手に着け直した。

(痛ッ! ヤバい、持って後三分かな……)

 息を細く吐き、痛みに耐えるエルヴィネーゼ。

 その様子を見ていたカルロスは、表情を引き締め〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を両手で握る。

「いいでしょう。貴女のその気概に免じて、本気で相手させてもらいます」

「ッ!?」

 驚愕するエルヴィネーゼ。ここまで苦しめられたカルロスが、未だ本気ではなかったことに。

(言ってくれるじゃない……。やれるもんなら、やってみろッ!)

「シッ!」

 地を駆けるエルヴィネーゼ。それに対しカルロスは〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を両手で握り締め、横に引く。その握り手は非常に長く、今カルロスは左手で先端を、右手で鍔近くを、つまり端と端を握っているが、その手と手の間に、もう一対の手が入りそうな程スペースがある。

「ハァッ!」

「フンッ!」

 爪を振り抜くエルヴィネーゼ。カルロスも、長剣で薙ぐ。右手だけを動かして。

「ッ!?」

 カルロスの横一線を屈むことで避けたエルヴィネーゼは、止まることなくカルロスを狙う。が、

(ッ! ヤバいッ!)

 慌ててもう一度屈む。その上を長剣が通過した。

(引き戻しが速いッ!?)

 エルヴィネーゼが顔をあげれば、長剣は既に上段で振りかぶられていた。

「ヤバッ!」

 振り下ろされる長剣。それを右に転がることで回避。立ち上がろうと体を立てるが、次の瞬間にはその場でジャンプ。その下の空間を長剣が斬り裂く。

「危なッ」

 着地したエルヴィネーゼはカルロスに視線を向けると、彼は長剣の振りと同じようにエルヴィネーゼに対して背を向けていた。

「──?」

 一瞬怪訝な表情を浮かべたエルヴィネーゼだったが、カルロスの右脇から長剣を振り上げられたのを見て、慌てて顔を反らした。剣先は、ギリギリエルヴィネーゼの顎をかすらなかった。

(この引き戻しの速さ……。そうか! 梃子の原理ッ!)

「梃子の原理?」

 カイルがクラウドに鸚鵡返しをする。

「嗚呼。アイツの手先を見てみろ……」

 クラウドが顎で指し示したのは、カルロスの両手。

「あれが、なんですか?」

 カイルは首を傾げたが、フィオナは一つ気付いた。

「なんか、変わった振りですね」

 その言葉に、クラウドは微笑む。

「変わった、とは?」

 敢えて訊くことで、フィオナに考えさせるクラウド。

「何て言うか、動いているのが右手だけなんですよね。左手は体の近くで固定されてる感じで……」

「そうだ。それが正解だ」

 クラウドは一つ頷く。

「カイル、お前が違和感を持たなかったのも、仕方がないと言えば仕方がない」

 未だにカルロスの手元を見ていたカイルにフォローを入れるクラウド。

「いえ、言われて分かりました。あの振り、槍術・・に似てます。だから違和感がなかったんだ」

 カイルは確と見つめながらそう答えた。

「そうだ。アイツの振りは、槍術のそれに非常に似ている」

 振り返るカイルとフィオナ。

 クラウドが懐から取り出したのは、一本の短刀。今は刃は仕舞われているため、ただの鉄の棒である。

「動いていない左手は支点に、動かしている右手は力点に、そして剣先が作用点の役割を成している」

 言葉通りに、指を指して、実際に支点を持つ。そして刃を出して、力点を指で押す。すると、作用点と言われた剣先がススス、と動く。

「今は短刀でやっているため剣先の動きは小さいが、あの〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉は二メートル級の長剣。力点と作用点の位置が離れているため、僅かな右手の動きで剣先は大きく動く」

 短刀の刃を仕舞い、懐に戻すクラウド。

「普通の剣ではこんな芸当は出来ない……。握り手が異常に長い〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉だからこそ出来る使い方だ」

「じゃあ、あの引き戻しの速さも……」

 フィオナの質問に、クラウドは頷く。

「右手の小さな動きで、大きく動く剣先。これが、引き戻しの速さの正体だ……」




 エルヴィネーゼも、梃子の原理にまで理解は及んだが、だからと言って直ぐ様打開策が思い付くとも限らない。

(どうすれ……痛ッ! 痛みで思考が……)

 なんとか長剣を避けてはいるが、その度にズキズキと痛みを発するエルヴィネーゼの体。避けている際、右股にあった拳銃とナイフは反撃のために抜いてはいたが、どちらも切り捨てられていた。

 朦朧としてきた意識の中で、エルヴィネーゼはある物・・・を視界に捉えた。

(あれは……)

 直後、彼女に向かって振り下ろされた〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉。エルヴィネーゼはそれを全く見ていなかった。

(終わりですッ!)

『キャアアアア!』

 響くのは、子供達の悲鳴。カルロスも、子供達ですら終わりと確信したその一撃を、エルヴィネーゼは一瞥もくれず両手の〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉で受け止めた。

『おおっ!』

(そんなッ!?)

 そして、そのまま力強く〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を握り、スライドさせてカルロスに近付くエルヴィネーゼ。鉄と鉄が擦れるシャアアアという音が響く。

『行けェエエエ!』

「んなッ!?」

 驚いたカルロスは〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を引き戻そうとするが、とんでもない力で握られているためエルヴィネーゼの拘束から逃れられない。

(どこにこんな力がッ!?)

 直感でヤバいと感じたカルロスは、なりふり構わず両手を振り回した。

 すると、

 ガシャアンッ

『ああっ!?』

 〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉がエルヴィネーゼの手から離れた。更に、

(よしっ!)

 〈血風舞う蹂躙の爪ダーインスレイブ〉も、エルヴィネーゼの両手から飛んでいってしまった。

 だが、走るのを止めないエルヴィネーゼ。その目は、ただ一点を凝視していた。

(ヤバい、体勢が……!)

 カルロスは、無理に〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を振り回してしまったため、体勢が崩れていた。

 エルヴィネーゼは、そのカルロス──の脇を抜けて裏に回り込んだ。

(なにっ!?)

 エルヴィネーゼの向かった先を首だけ回して確認する。


 エルヴィネーゼは拳銃をカルロスに向けて構えていた。


(馬鹿なッ! 拳銃は切り捨てたはず……いや! 初めのッ!)

 そう。エルヴィネーゼが構えている拳銃は、試合開始直後にエルヴィネーゼが自分の意思で放り捨てたものであった。

(間に合わない……!)

 この時、カルロスの頭から銃弾はゴム弾であることはすっかり消え去っていた。

 そして、エルヴィネーゼが引き金を引いた。

 銃口から放たれた弾丸は、

 エルヴィネーゼの狙いを、


 ──────

 ────

 ──


 ドサッ……

「はぁはぁはぁはぁ……」

 倒れたのは、エルヴィネーゼであった。彼女の放った弾丸は、狙いを大きく外れて中空に消えた。

「はぁはぁはぁ……ッはぁはぁはぁ」

 荒げた息を戻さず、カルロスはジッとエルヴィネーゼを見つめる。

(俺が〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を引き戻せたのは、直前で彼女の掴む力が抜けたからです……。つまり、あの時点で『吸血』は効果を失っていた。なのに、彼女は動いた。それだけに留まらず引き金を引いた、激痛に苛まれながらも……)

 カルロスは、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を取り落とした。

(なんていう根性ですか……。一歩間違えていれば、敗けていたのは俺だった)

 カルロスの心境とは関係なしに、実況の声が会場に響く。

《試合終了ォオオオオ! この激闘を制したのは、No.15『至高の剣装ソードダンス』カルロス・シェイパーァアアアアア!!》



 ──四回戦第一試合、試合終了──








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