第三十五夜 勝者と敗者
お待たせいたしました、第三十五夜です。
未だに風邪は治ってはいないんですが、流石に二週連続で休載はマズイだろうと言うことで、頑張りました。
ただ、やはり内容が……って感じですかね。
こんな拙い作品ですが、少しでも皆様に楽しんでもらったら幸いです。
それでは、どうぞ。
三回戦を勝利で飾ったクラウドは、それに気持ちを昂らせることなく、淡々とした様子でサイドに捌けていった。
すると、ちょうど入場口をくぐった所で、誰かから声をかけられた。
「ま〜た君ですか……」
「あ、ン……?」
声のした方へ顔を向けてみれば、そこには、
「いや〜、なんの因果ですかね〜?」
寝癖でボサボサの金髪をガシガシとかいている、ヒョロ長の男がいた。その男は、とにかく身長が高い。二メートル近くはあるだろう。その長身で胸を張って立っていれば、どこぞのモデルでも通用しそうなのだが、如何せん、彼は背中を丸めてだらしなく立っていた。
「『雷電』……」
ボソリと呟いたクラウドだが、それは金髪の男に届いていた。
「ええ~、そうですよ~。No.12~『雷電』ことアクセル・プライムで~す」
妙に間延びした口調の男──アクセルは、右手を緩く挙げる。
「何か用か?」
つっけんどんな物言いで尋ねるクラウド。
「いえいえ~、特にはないんですけど~……」
アクセルはのろのろと右手の人差し指を立てる。
「一つだけ~」
「……あるんじゃねェか」
呆れた口調で聞こえないように呟くクラウド。しかし、どうやらアクセルの耳はその呟きを聞き取ったらしく、確り反論してきた。
「ですから~、この一つは~特別言いたい事ではなくて~、普通に言いたい事なんですよ~」
そこまで言って、
不意に、
アクセルの雰囲気が変わった。
「去年はクラウド君、君に敗けましたからね。今年は勝たせてもらいますよ」
「…………!」
今までの間延びした、脱力させるような口調とは正反対の、固く尖った印象を与える口調。
敬語であることは変わらない筈なのに、何処か刺々しさを含む声。
立ち姿も先程とは異なり、背中を延ばして堂々とした佇まい。
一瞬にして、別人と入れ替わったかのような雰囲気の変わりように、流石のクラウドも驚いた様子だ(目を少しだけ見開いた程度だが)。
「正直、去年の惨めさは今でも忘れません。悔しくて仕方がなかった……。だからこそ、今年リベンジ出来ることに、嬉しく思います」
アクセルは、クラウドに数歩近付き、大袈裟に一礼する。
「どうか、四回戦では手を抜きませんよう。そうすれば、まあ、良い勝負ぐらいにはなりましょう」
そして、不敵に笑う。
全ての動作が実に決まっているが、残念な事に彼のボサボサヘアーが全てを台無しにしてしまっている。
「………………」
アクセルの一連の動きを黙って見ていたクラウドだが、全部終わったと見るや、まずアクセルに現実を突き付ける。
「……髪型をどうにかしろ。全てが台無しだ……」
「おお〜……」
指摘されたアクセルは、雰囲気をあっという間に元に戻し、両手で髪の毛を押さえる。が、その程度で隠れるわけもなく、方々に跳ねた髪が手と手、指と指の隙間から顔を覗かせている。
「……あと、残念なお知らせだが、」
クラウドは(表情だけ)言いにくそうにしながら、しかしキッパリと言い切る。
「はい?」
「貴様のリベンジは果たされない……」
「……なに?」
アクセルの雰囲気が、またもや鋭くなる。今回は目付きまでもが変化している。
「それは、僕じゃあ君を倒せないって意味かな?」
アクセルはこのように解釈したが、どうもこれは違ったようで、クラウドは直ぐ様それを否定した。
「否、そうではない。ただ単に、オレが四回戦を棄権するだけだ……」
「………………は?」
当然きょとんとなるアクセル。数秒した後、ようやく言葉の意味を理解した。
「え、えぇ〜……何でですか〜?」
目を丸くして、愕然とした表情のアクセル。だいぶショックを受けたようで、目元が少し潤んでいる。
「………………」
「ここで無視〜!?」
ツーンと目線を反らし、返答する気がないクラウド。あまりの対応に、似合わない大声をあげてしまったアクセル。そのせいで、周囲に注目されてしまった。
「あ、あちゃあ〜」
頭をボリボリかいて、しまった、という表情をするアクセルを尻目に、クラウドはただ無言でその場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと〜」
だが、アクセルはこれを見逃さず、慌てて制止をかける。
「……まだ何か?」
億劫そうに振り向くクラウド。当然、周囲の視線はクラウドにも注がれているが、大して気にしていないようだ。
「何かも何も〜、僕の質問に答えてませんよ〜」
アクセルも、若干周囲を気にしながらも、確りとクラウドに視線を向ける。
その目に浮かぶ本気に気が付いたクラウドは、溜め息を一つ吐きながらも面倒そうにぼそぼそと答え始めた。
「……去年もそうだったが、オレはオレの目的のためにこの大会に出場している……。優勝することが、オレの目的ではない。ただそれだけだ」
「あ…………」
話はそれだけだと言わんばかりに、今度こそアクセルに背を向け去っていくクラウド。
アクセルは、姿と一緒に遠くなっていく下駄の音を黙ったまま聞いていた。
今度は、制止をしなかった。
***********
「んっ……」
消毒液の独特な臭いが辺りに漂い、とても静かで明るい色の一室。そこのベッドで寝ていた男性が、目を覚ました。
「ここは……痛ッ」
所在の確認のため首を動かそうとしたが、首の根元近くに鈍痛が走ったため、首を動かすのを諦め目だけを左右に走らせる。
「この臭い……医務室か……」
場所を特定した彼は、ふうと溜め息を吐き、静かに目を閉じた。
(そォか……俺は……敗けたのか……)
ギリッ……と歯軋りをする音が彼の口から聞こえた。
(クソが……!)
点滴の針が刺さった右腕で目元を覆う。その陰から、二筋の雫が流れる。
(あれだけ大見得切って、この程度……クソが! 情けねェ……)
いつまでそうしていただろうか。
ふと気が付くと、扉の外が少々騒がしくなっていた。
『……ですから……困ります……!』
『……いいじゃねぇか……なぁ?』
『……こらっ……すいません……』
(騒がしィな……)
目元を擦ってから、彼は扉に視線を向けた。どうやらその騒がしい集団は、彼の病室に向かってきているようだった。
そして、騒がしさが最高潮になったとき、ノックも無しに扉が勢い良く開かれた。
「よーっす! 調子はどうだ?」
「静かになさいッ、まったく……。あら、目が覚めてたのね、ムーバル。調子はどう?」
「いや、それ俺が訊いたし……」
「細かいこと気にしていたら、モテないわよ」
騒がしい集団は、病室に入っても騒がしかった。
彼──ムーバルは呆然とした表情で、その二人の来客を見ていた。
「……スターツ本部長に、レイミア副本部長……」
睨み合っていた二人だが、ムーバルに呼ばれたため、直ぐに互いに目を反らした。ムーバルの方へ。
「よぉ! 元気そうで何よりだ」
「スターツ本部長、何故此処に……」
ムーバルは未だ呆然としながら、しかし自然と体を起こしながら近付いてきたスターツに尋ねる。
「そりゃあ、うちの本部の奴がやられたんだ。見舞い以外の何だってんだ?」
スターツは軽く腕を広げて答え、ベッドの脇に置いてあった丸椅子を引き寄せて座った。
「でも、試合は……」
これには、スターツの後ろで立っているレイミアが答えた。
「三回戦は終了してるわ。今は、四回戦が始まる前のお昼休みね」
その答えには、ムーバルも驚いた。
「そんなに俺は寝てたのか……」
「今起きたのか?」
スターツの質問に、首を縦に振るムーバル。
「まあ、綺麗に延髄を殴られていたんだ、これぐらいは気絶してるわな」
スターツは微妙な言い回しを使ったが、嫌味でないことは面白そうに笑う表情が証明していた。
「俺は……どうやってやられたんですか?」
「風術で、ドゴッ、かな?」
レイミアは右手を握り、自分の首の後ろをポンポンと軽く叩いた。
「……あのヤロウ……、最後まで性根の腐ったやり方しやがって……」
ムーバルは掛け布団を握り締めながらギリリッとまたもや歯軋りをする。
「確かにね。ナイフを持った『暗殺者』に囲まれてたのに、トドメは鈍器の一撃だもの。おちょくっているとしか思えないわね」
「え…………?」
ムーバルは、レイミアの何気ない賛同に疑問を呈した。
「なんで、分かるんですか? 俺の体験した幻術を……」
それを聞いたレイミアは、何故か彼女の方がムーバルより驚いたようだ。
「忘れちゃったの? 私の『眼』のこと」
「あ、そォか……、そォ言えば……」
得心の入ったように頷くムーバル。
「殴られてバカになっちまったか?」
スターツはムーバルの頭をポンポンと叩きながら訊くが、直ぐ様退かされる。
「鬱陶しいです……」
「ひひっ……」
拒否されたのに、何処か楽しそうなスターツ。
そんな彼を優しい眼差しで見ていたレイミアが、話し始める。
「まあ、私の異能である『慧眼』にかかれば、他人の幻術を覗き見るくらい、わけないわ」
「異能の“千里眼シリーズ”か……。ホント、『透視』じゃなくて良かったよ」
スターツはやれやれと肩を落とし、何故かムーバルに耳打ちする。
「……もし『透視』だったら、今頃俺達はレイミアのオカズにされてたぜ」
「スターツ!!」
どうやら聞こえていたようで、レイミアは顔を真っ赤にして怒鳴った。
ガラッ!
「静かにして下さいッ!」
看護師が扉を開きながら一喝。中々の迫力であった。
「す、すみません……」
「……バーカ」
「──!」
慌てて平謝りするレイミアの後ろから揶揄するスターツに、レイミアは激昂しかけたが、なんとか耐えてみせた。
「次騒がしくしたら、出ていってもらいますからね」
「はい。すみませんでした……」
深々と頭を下げるレイミア。看護師はそんな彼女を、次に平然と椅子に座っているスターツを睨んでから病室を出ていった。
「…………ハァ」
暫くの間、頭を下げたまま固まっていたレイミアは、看護師の足音が聞こえなくなってから溜め息を一つ、そして勢い良く振り返った。
「スターツ……!」
怒られたばかりなので小さく怒鳴るレイミア。だが、スターツはそんなものは何処吹く風と言わんばかりに受け流し、ムーバルに向き直った。その表情には巫山戯た様子が見られず、レイミアもその原因に気付いた。
「………………」
ムーバルが、俯いていた。
「どうした?」
スターツが、この病室で初めて響かせた真面目な声。それを聞いても、ムーバルは顔を上げない。
「いえ……、自分が情けなくて……。本部長達も、わざと明るく振る舞ってくれているんですよね?」
ムーバルの言葉に、互いに見合うスターツとレイミア。だが、顔を上げていないムーバルは、そんな様子を露とも知らず、話し続ける。
「あんな一瞬でやられちまって……。これじゃあ、傭兵最強の幻術使いの男は、返上ですね……」
「それは違うな」
「えっ……?」
スターツの否定に、僅かに顔を上げるムーバル。
「あれは、ただの相性の問題だ」
「相性……。じゃあ、やっぱり──」
「言っておくが、お前と『暗殺者』の相性じゃねぇぞ」
「──は?」
全く理解出来ていないムーバルに、レイミアが細かい説明を始める。
「『慧眼』で見ていたけど、彼、『暗殺者』君の幻術は、視界を媒介にする魔術みたいね」
「はい……」
素直に頷くムーバル。
「つまり、相手と彼の視線が交わらなければ、発動することはない」
「……あ」
レイミアの説明で、何かに気が付いたムーバル。
「そう。だから、彼は貴方を挑発した、自分の目を見てもらうために。何度か接していて、貴方の沸点が低い事は知っていたんでしょうね。人間、怒っている時はその相手の目を睨む習性があるからね」
「つまり……」
「貴方の敗因を敢えて言うならば、その平常心の無さかしらね。それさえあれば、ちゃんと彼から隠れて、ブザーと同時に『拍手』で一発だったのに……」
首を横に振って残念そうに言うレイミア。
ムーバルはうぐっ……と唸り、気まずそうに視線をスターツの方へ反らした。
「じゃあ、本部長の言った相性ってのは……」
「お前と『暗殺者』の性格の相性だ。お前はもっと冷静になるんだな。クールにいこうぜ」
ビッと親指を立てて、ウインクするスターツ。それを、レイミアが後ろから静かに非難する。
「貴方がそれを言いますか……」
「……んだよ、何か言いたそうだな」
スターツが鬱陶しそうに振り返る。
「ええ、まあ。この前あった本部長会議で色々いざこざを起こした本人が、よくもまあそんなセリフを吐けますねと……」
「バッ……おまっ! それは言うんじゃねぇよ!」
突如慌て出したスターツに、美味しそうな匂いを嗅ぎとったムーバルが会話に参加する。
「副本部長、何があったんですか?」
「ムーバルてめぇ、聞くんじゃねぇッ!!」
「本部長は黙ってて下さいッ! どォしたんですか、副本部長!」
「実はね〜……」
「言うんじゃねぇぞ、レイミアッ!!」
楽しそうに騒ぐ三人に、看護師の怒りの雷が降るのは、数分後のことだった……。