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傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第二章
34/46

第三十四夜 二つの幻術

 ──『幻術』──

 この魔術は、他の魔術とは幾分か異なった趣向のものである。

 幻術は、人間が持っている五感──視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚──のどれかに働きかけることで、相手に幻覚を見せるわざ

 故に、自分の感覚だけで発動出来る、例えば火術や風術などと違って、相手の状態や体調、更には心理状態にまで己のイメージ力を浸透させなければならない。そのため、使いこなす以前に、使える人物は極端に少ないのである。

 更に言えば、先程も例に出した火術や風術は直接的に相手にダメージを与えることが出来るが、幻術にはそれがない。幻術はあくまで“幻覚を見せるに過ぎない”ため、それ単体で一気に勝利を決めることは難しい。だから、魔力的には使える者でも、態々使おうとは思わない訳である。



 クラウドとムーバルは互いのサイドに着き、何時ブザーが鳴っても良い状態であった。

 だが、そこでムーバルが動いた。

「ブザーを鳴らすの、ちょッと待ッた」

 ムーバルが虚空に向けて大声をあげた。突然のことに観客達はざわざわとざわめき出す。

「テメェラに一つ注文だ……」

 そう言って見渡すのは観客席だった。それにより、更に騒がしくなる観客達。

「この試合に関してだが……、一言も声、いや、音を発するな……」

 ムーバルの懇願、というよりは命令が続く。

「幻術ッてのはなァ、テメェラが考えている以上に繊細なんだよ……。ちょッとした刺激で術が解けちまう程にな……。だから喋るな。無音でいろ。もし、少しでも音を発してみろ……、ブチ殺すゾ……」

 偽りない殺気に充てられ、観客達は息を飲んだ。このような試合を見に来る物好き達なので、極端に気の小さい輩はいないが、それでも無意識に体が震えてしまっている者もいた。

 そして、皆が理解する。



 ──これが、“二つ名”……。



 無音の空間が形成され、それを是と取ったムーバルは満足そうに視線を正面に戻した。そう、クラウドの方へと。

「さァ、最高の舞台は整ッた……。これで下手ないちゃもんは付けられなくなッたぜ」

 両腕を広げながら言われた言葉に、クラウドは鼻で嗤って応えた。

「ハン……、貴様の幻術は観客のざわめき程度で破れる程脆いのか……。たかが知れるな」

「チッ……、良い度胸じゃねェかテメェ……。非殺だか何だか知らねェが、関係ねェ……ブチ殺すッ!」

 簡単な挑発にも激化するムーバル。それほどまでに格下クラウドに莫迦にされるのがムカつくのだろう。

「殺れるものなら、殺ってみな……。ま、貴様には到底ムリだろうがな」

 ビーッ!

 タイミング良く鳴るブザー。何か言い返そうとしたムーバルだが、結局何も言えずにフィールドに足を踏み込んだ。ただ、その怒りは内に溜め込まれていく。

 一方、言いたいことを言えたクラウドは、薄ら笑いを浮かべながら同じくフィールドに踏み込む。

 そして、互いに数歩歩んで足を止めた。隠れようとする意思は全く見えない。

「まァ正直よォ……、テメェのその勝ち気な性格、俺はキライじゃねェんだよ」

「……あ、ン?」

 またもや突然喋り出したムーバル。流石のクラウドも呆気にとられた。

「だが、テメェは弱ェ……。弱ェヤツが意気がる姿ッてのは、俺は大嫌いだ……! 意気がるなら強くなってからにしろッてんだ。だから、俺はテメェを殺す!」

 それだけ言うと、ムーバルは両手を胸の高さまで挙げた。掌を向かい合わせにして、その間は約十センチ。

「ただ、だからこそ俺の“代名詞”で決めてやる。有り難く思いな!」

 そして、クラウドの目を睨む。睨み付ける。

「……そうか。それは楽しみだ」

 クラウドも、ムーバルに負けじと睨み返す。視線と視線がぶつかり合い、火花が散る幻想が見えるほどだ。

 そして、二度目の、ブザーが、鳴る──


 ビビーパァンッ!!


 ──や否や、更に大きな音がそれに被さった。

 クラウドも、流石に反応出来なかったようだ。ピクリとも動いていない。

 そして、静止していた時の中で唯一動いていたムーバルは、一人樮笑んでいた。

「俺の、勝ちだ──」

 ────ッ!?

 ムーバルの宣言で、観客達に驚きが走る。ただなんとか、声をあげずに済んだのは幸いか。

「俺は、試合前に幻術勝負を打診したが、悪ィな……。テメェの勝ち目はハナからなかったんだよ……」

 ムーバルは、合わせていた両手を離しながら続ける。

 そう。唯一動いていたのは、ムーバルの両手だった。

「俺の最高の幻術は、『拍手カレイドスコープ』。その名の通り、手と手を打ち付けて起こした音波で、テメェの聴覚に働き掛ける術だ。……どォだ?」

 そこで、両腕を広げるムーバル。

「──グニャグニャだろ?」

 言われたクラウドは、未だにピクリともしない。その目はグラグラと揺れており、何処を見ているのか分からない。

「まァ、聞いてねェだろォな。自分の視界に戸惑ッて、それどころじゃねェハズだからな」

 やはり、クラウドから返答はない。

「今のテメェは、脳震盪を起こした状態と一緒だ。しかも、待っていれば治まる脳震盪とは違い、それは治らねェ」

 ムーバルは、試合前に投げ捨てた己の固有兵装〈開戦告げる天の角笛ギャラルホルン〉に向けてゆっくりと歩を進める。

「理論は簡単だ。さっき言ったように、音波に乗せた俺の幻術をテメェの耳から脳に直接叩き込む。それだけだ」

 ここで、一度足を止めクラウドに振り返るムーバル。

「音速より速く動ける人間はいねェ……。つまり、俺の幻術から逃れる術はねェんだよ……!」

 そして歩みを再開し、遂に〈開戦告げる天の角笛ギャラルホルン〉が転がっている場所に辿り着いた。

「………………ァ?」

 辿り着いた、筈である。しかし、そこに〈開戦告げる天の角笛ギャラルホルン〉は無かった。

「おかしいな……。此処だったハズだが……」

 頭をかきながら辺りを見回すムーバル。だが、彼の長剣の姿形は何処にも無い。

「…………どォいう事だ?」

 流石のムーバルも訝り始めた。少々焦った様子で辺りに視線を這わす。この瞬間、ムーバルの中からクラウドの事はキレイに消え去っていた。

 だからであろう。ムーバルが、柄にもなく驚いてしまったのは。


「……そう言えば忘れていたな、〈開戦告げる天の角笛それ〉の事を」


「──ッ!?」

 響いた、響く筈の無い声に、ムーバルは慌てて振り向いた。その方向は勿論、立ち尽くしている筈のクラウドである。

「──なッ!?」

 だが、そこには変わらず・・・・立ち尽くしている・・・・・・・・クラウドの姿があった。

「……どォいう事だ……?」

 あまりにも理解出来ない状況に、同じセリフを続けてしまった。

(……『拍手カレイドスコープ』は解けてねェ。まさか……もう慣れたのか、あの歪んだ視界に……!?)

 呆然と、そして壊滅的に悠長に、思考の海に沈んでいたムーバル。このタイミングでならば、例え四桁ランカーでもムーバルを倒せてしまうだろう。しかし、ムーバルの視界に入っているクラウドは未だピクリともしない。

「何処を見ている? ほら、貴様の御所望の物は直ぐ後ろだぞ?」

「──ッ!?」

 またもや振り返ったムーバル。そこには──、

「ば、バカな……」

 先程は確かに無かった〈開戦告げる天の角笛ギャラルホルン〉が、悠然と地に突き刺さっていた・・・・・・・・・・

「………………」

 遂には二の句が告げなくなってしまったムーバル。その目には動揺がありありと現れている。

「……どうした、手に取らないのか? 貴様の愛剣だぞ?」

 再三響く、クラウドの声。この声が、ムーバルを追い込んでいく。いや、もう追い詰めた。

「ッ! 何なんだッ!? テメェは一体何をしたッ!?」

 急な激昂。人間、追い詰められればやることは限られてくる。

「……何をした? 何をしたも何も、貴様が提案した事じゃないか」

 呆れた口調で言い放ったクラウドに、一瞬、呆気に取られたムーバル。

「……なに? テメェ、何を言ってやがる……?」

「分からないのか? “幻術をかけた”と言ってるんだよ」

 口をパクパクして声を発しようとしたが、出てこなかった。

「……バカな」

 なんとかこれだけ言えたが、先程の弁舌ぶりは鳴りを潜めている。

「ならば、これでどうだ?」

 その言葉に慌てて身構えたムーバルだが、その必要は無かった。

「……嘘だろ……」

 ムーバルは目を疑った。何故ならば、立ち尽くしているクラウドの姿が、まるでノイズがかかったかのようにブレ始めたからだ。

「信じたか? 貴様は、オレの術中に嵌まっているんだよ……」

「………………。どうやって」

 半ば諦めた感が漂い始めたムーバルだが、まだ納得はしていなかった。

「いつかけた? 言っとくが、俺の幻術の発動のタイミングは完璧だった。あれ以上は……ない」

 そう言って振り向いたムーバルの視線の先で、クラウドが唐突に現れた。本当に、気付いたら、居た、というような然り気無さで。

「確かに、貴様の幻術ではあのタイミングが最高だろう。だがな、オレの幻術よりは……、遅い」

 クラウドは、下駄をカランカラン鳴らしながら左右に行ったり来たりする。

「………………まさか」

「そう──」

 そこで止まったクラウドは、ムーバルを見ながら左手で左の下の瞼を引っ張った。まるであかんべぇをするように。

「オレは、視覚で嵌める」

 そしてまた行ったり来たり。

「確かに制約はある。相手と視線を合わなければ、かけることが出来ないしなァ」

「だから煽ったのか、俺を……」

 苦々しげなムーバル。クラウドはその表情をチラリと見て、口角を上げる。

「嗚呼、そうだ。怒れば怒る程、人はその相手の目を睨むからな。そうすれば、後は簡単だ」

 またもや唐突に、今度は消失するクラウド。ムーバルも僅かに目を見開くが、直ぐに表情を戻す。

「貴様が幻術を発動するためには、“手を叩き音を出し、それを聴かせる”、という二工程を踏まなければならない」

 今度もまた後ろから。ムーバルはゆっくりと振り向いた。やはりそこにいたクラウド。

 だが、今回はそれだけではなかった。

「だが、俺の幻術は“相手の目を睨む”、ただそれだけだ」

 二人目・・・のクラウドが続ける。

「一工程で済む幻術が、二工程かかる幻術に遅れを取る訳がない」

 三人目が現れる。

「ましてや、こちらは視覚、つまり光だ……」

 次々と、ムーバルを中心に出現するクラウド。その数は、そろそろ十に達する程だ。

「光速が」

「音速に」

「敗ける訳が」

「ない……」

 順々に喋るクラウド。このまま聴き続けていたら、混乱してしまうこと必至だ。

「俺は、試合前に」

「幻術勝負を受け入れたが」

「悪いな……」

「貴様の勝ち目は」

「ハナから」

「なかったんだよ……」

 ステレオと言うのも生易しい、多方向からの同じ声。これだけで、充分な脅威となる。

「……クソッタレ」

 小声で悪態づくムーバル。もう、それしか出来ることがなかったのだ。

「さァ」

「そろそろ」

「この不思議な」

「夢幻の世界に」

「お別れを告げよう」

 そして、同時に懐からナイフを取り出すクラウド達。その構えには、寸分の違いも見つからない。

「無論だが」

「この試合は」

「オレの勝利で」

「終わらせてもらう……」

「それでは──」

 一拍、間が空く。



『さようなら』



 この言葉を合図に、クラウド達は一斉に駆け出した。

 それを、ただ見ているだけだったムーバルは、

「チッ……」

 ここで、意識を失った。






 ドサッ……

『えっ…………』

 急に倒れたムーバルに、つい声を出してしまった観客達。だが、それを咎める者はいなかった。

 試合開始のブザー直後にムーバルが掌を打ち合わせた以降、戦いらしい戦いもせず、ただムーバルが何事かを喋り(観客席にまでは聞こえなかった)、うろうろしていたら、急に倒れたのだ。その間、対戦相手のクラウドは試合開始地点から一歩も動いていない。

 そう。当人達は緊迫した騙し合いをしていたが、観客からしてみれば、最低で最高につまらない試合だったのだ。

《……あ、あれ? お、終わり?》

 実況も、状況を全く把握出来ておらず、どうすれば良いのか分かっていない。

 そんな中、クラウドは一人踵を返し、フィールドから出ていく。一度、首をゴキッと鳴らす。

《……ええー、状況が全く分かりませんが、取り敢えず、『拍手カレイドスコープ』ムーバル・ヴァンガードが試合続行不可能のようですので、勝者、クラウド・エイト!!》

 シーン…………

 気まずい静けさが、辺りに漂う。それも仕方がないだろう。

 貴賓席に座っているユリア王女と護衛達も、あまりの試合内容に唖然としていた。

「これは……なに?」

 ユリア王女は、クラウドを呆然と見つめながら護衛達に尋ねるが、尋ねられた護衛達も何も言えなかった。それほどまでに動きが無かったのだ。

「実力、分かりました?」

 今度の質問も、視線は先程と一緒だったが、確実に特定の一人に向けて放たれていた。

「……いや」

 当然それを分かっていた護衛の女性だが、上手く言葉が出てこない。

「……でも、まあ、一応、No.13には勝てるということが分かったかと……」

 しどろもどろに言葉を探す護衛。

 このような雰囲気は、会場全体に広がっていた。なんとも形容し難い結末。待ち望んでいた二つ名対決なだけに、期待を大きく下回った試合に、ある意味度肝を抜かれたのだろう。


 だが、その中で、ユリア王女の注目度は、確実に上がっていた。




 なんとも言えない空気を残しつつ、No.77『暗殺者アサシン』クラウド・エイトとNo.13『拍手カレイドスコープ』ムーバル・ヴァンガードの試合、ここに閉幕。








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