第二十四夜 二つ名の実力
はい、今回もあとがきはお休みです。
くっそー、時間がない……。すいません。
あと、来週ですが更新お休みになります。
七月の初めにもあった合宿が来週にもあるんですよ。
そのため、お休みということです。
すみません、皆さん。
再来週はしっかり更新する予定ですので、楽しみに待っていてください。
クラウドが、上位ランカー相手に余裕で勝利を収めたことによって、会場は際限無しに盛り上がっていた。これは観客達が、もしかしたら下位が勝つこともあるかも……という楽しみが増えたことが理由である。
そして、こういう大会に有りがちな賭け事でも、オッズに変動が出るなど色々影響が出始めている。
善くも悪くも、場を掻き乱す存在だ。
その張本人は、ジェイコブとの試合が終わるとさっさと観客席に戻ってきていた。
「あ、お帰りなさい」
リンが一番初めに気付き、笑顔で出迎える。その言葉で他の皆もクラウドの帰還を知り、笑顔で労いの言葉をかける。
一通りそれを終えると、クラウドはよっこらしょ、と腰を落ち着ける。そこにエルヴィネーゼが近付いてきて、隣の席に座った。
「お疲れ」
「疲れてはいない」
「一応よ、一応」
「…………」
クラウドの言う通り、彼は特に疲れている様子はない。
返事をしないことで会話を断ち切ったクラウドは、今行われている試合をボーッと眺めていた。
「……強かったわね、アイツ」
エルヴィネーゼは無駄話を諦め、本題に入った。それに対し、眉をピクッと動かし反応を見せるクラウド。顔の向きはそのまま目だけを横に、つまりエルヴィネーゼの方へ向けた。
「……アイツ?」
「惚けないで。No.61 ジェイコブよ」
鼻を鳴らし、視線を試合に戻すクラウド。
「……オレは、アイツに圧勝したのだが?」
「運良くね……。それはアンタも分かってるんでしょ?」
「…………」
返事をしないクラウド。だが、その目付きは険しい。
「アイツは、アンタの銀糸を正確に叩き落とした、四本全て。これがどういうことか、アンタが一番分かってるでしょ」
「……チッ」
舌打ちをし、目を閉じるクラウド。眉間の皺は更に険しくなる。
「……まぁ、分かってるみたいだから良いけどね。一応言うけど、アンタの次の相手は三十番台よ」
「……だからどうした?」
クラウドは片目だけを開けてエルヴィネーゼを睨んだ。その迫力は凄まじいものだったが、エルヴィネーゼはこれを軽く受け流し、清々しいまでの笑顔を作る。
「別に。言ったじゃない、“一応”って。ただなんとなく伝えただけよ」
「そォかい……」
溜め息を吐き、再び目を閉じるクラウドに、エルヴィネーゼは笑顔をひそめ最後に一つ付け加えた。
「アンタには、アンタが決めたノルマがあるんだから、しっかりしなさい」
そして、エルヴィネーゼはそのまま席をたった。
それを気配だけで感じ取ったクラウドは、また溜め息を吐いて眉間の皺を揉み始めた。
(ノルマ……か。オレのノルマは二回戦に勝つこと。そして、三回戦で敗けること……。変更はあるやもしれんが、今までシャイナさんの予想が外れたことはない。ならば今回も、予定通り事が進むだろう……)
「先生、どうかしたんですか?」
カイルは、戻ってきてから様子がおかしいクラウドを心配して、たった今話していたエルヴィネーゼに尋ねた。
「ん? 大丈夫よ、心配しないで」
「……そうですか?」
「そうよ。それよりほら、カイルは試合を見なさい。ここに来た意味がないわよ」
「……分かりました」
未だ納得していないカイルだが、エルヴィネーゼに従っておとなしく席に座った。
《さァ次の試合ダァ! テメェラに朗報だァ……次は二つ名だぜェエエエ!!》
二人の傭兵がフィールドに入ってくる。
《東側、クードルト大陸からの出場、No.58 ダイアン・クワイ!》
「ウォオオオオオ!!」
名前を呼ばれ、雄叫びをあげるダイアン。身軽な軽装で、武器らしきものは持ち合わせていない。
《そして、西側! ポルトン大陸からの出場! No.13『拍手』ムーバル・ヴァンガードォオオオ!》
「フッ……」
対するムーバルは一振りの長剣を右手に携えている。握り手の部分が異様に長い得物であるため、両手剣のようだ。
二人はフィールドの中央に歩み寄る。ムーバルは長剣を残してきている。
「よろしく」
「ああ……」
ダイアンが右手を差し出す。それに応えてムーバルも右手を出し、お互い握手。
「しかしまあ──」
「……?」
突然、喋りだすムーバル。握手はしたままである。
「テメェも可哀想だなァ。相手が俺じゃあ、敗け確定じゃねェか」
「……あンだと?」
ダイアンが手に力を入れ、ムーバルの手を握り潰そうとする。が──
「ぐっ……!」
「フッ……」
逆にムーバルに握り潰されそうになってしまった。
それを見たムーバルはつまらなそうに鼻を鳴らし、手を離す。
「痛ぅ……」
「テメェ、その格好から言って格闘者だろ?」
痛みで膝を曲げているダイアンを、上から見下ろしながら喋るムーバル。自然とダイアンは見上げる格好となる。
「今ので解ったろ? テメェはテメェの土俵ですら俺には勝てない。つまり、テメェが試合で勝てる道理なんぞ、ハナッからねェんだよ」
そこまで言って、ムーバルはしゃがみこんでダイアンと目線を合わせた。
「悪いことは言わねェ、棄権しな。今なら無傷で帰れるぜ」
「……ふざけるなッ! 俺を侮辱する気かッ!? 戦いもせずに、敵に背を向けられるかァッ!!」
提案を一蹴するダイアン。思い切り地に足を踏みつけ、背筋を伸ばし、未だしゃがんだままのムーバルを上から怒鳴り付ける。
それを静かに見上げていたムーバルは、やれやれと腰をあげる。
「後悔するなよ?」
「それはこっちのセリフだァッ!」
「……そォかい。んなら、一つだけ忠告しとくよ」
人差し指をピッとたてるムーバル。
「……なに?」
「先程、数試合前に似非二つ名が試合をしたと思うが──」
「似非……? 『暗殺者』のことか?」
暗殺者、と聞いただけで顔をしかめるムーバル。オマケに舌打ちまでついてくる。
「チッ……そォだよ。言っとくがな、あれが二つ名の実力だと思うなよ。あんな紛い物、存在すると思うだけで吐き気がしてくる」
オエッと吐く真似をするムーバル。それを黙ったまま睨むダイアン。
「まァそォいうこった。精々死なねェよォに努力しな」
ニッと笑い、自分のサイドに戻るムーバル。
「……嘗めんじゃねえぞ!!」
ダイアンも暫くそこに立っていたが、パンッと拳を自分の掌に叩き付け、自分のサイドに戻っていった。
《なにやら、握手の際に何かを言い合っていたようだが、どうやら何事もないみたいだな。それじゃあ、いくぜ!》
ビーッ!
最初のブザーが鳴り、ダイアンとムーバルはフィールドに足を踏み入れた。そして、互いに自分の隠れ場所を探すために走り出す。
ビビーッ!
二度目のブザーが鳴り、試合開始だ。
ダイアンは岩に背中を張り付け、浅く早い呼吸を繰り返していた。
(落ち着け……冷静に……アイツの口車に乗るな……)
その呼吸は次第に遅くなり、遂には穏やかなそれへと戻っていた。
(よし……、大丈夫だ。さて、アイツは……っと)
首を左右に振り、気配を探すダイアン。ムーバルの武器は長剣だったため、仕掛けるには近付かなくてはならない。だから、この広大なフィールドでも攻撃をする前後数秒なら気配を察することが出来る、とダイアンは考えていたのだ。
そして、それは正解だった。
(──! 気配! どっちに……)
神経を研ぎ澄ませ、ムーバルの位置を探るダイアン。ムーバルは意外と近い場所にいた。
(──ッ!! 真後ろッ!?)
直ぐ様前に転がるダイアン。
ザンッ!
その一瞬後に、長剣が岩を易々と切り裂いて、たった今までダイアンがいた空間を通過した。
「ッぶねぇ……」
斜めに切り裂かれた岩は、上方がゆっくり滑り地面に落ちた。
その先には、長剣を片手で握るムーバル。
臨戦態勢をとるダイアン。その構えは、まるでボクシングのようだ。
「フゥ……行くぞッ!」
ダイアンがダッシュで間合いを詰める。
ムーバルは、長剣を横合いに引いて構え打つ姿勢。間合いに入った瞬間切り裂くつもりなのだろう。
ダイアンはそれを確認しながらも、足を止めない。そして、そのまま長剣の間合いに入った。
瞬間。
長剣が勢い良く振るわれ、それは寸分違わずダイアンの首を狙う。
ガィンッ!
「──!」
しかし、それはダイアンが着けていた手甲に阻まれた。反動で体制が崩れたムーバルにダイアンは一気に詰め、右のフックを顎に喰らわせた。
ドサッ……。
それにより脳を揺さぶられたムーバルは、脳震盪を起こしそのまま地面に倒れ伏した。
「ハァハァハァ…………」
暫く構えを解かずに、ムーバルの様子を確認していたダイアンだが、ぴくりとも動かないのを見て、ようやく一息吐いた。
「……ッシャァアアアア!!」
勝利の雄叫びをあげるダイアン。右の拳を天に突き上げ、己の勝利を誇示する。
暫く勝利の余韻に浸っていたダイアンだが、いつまでたっても実況が自分の勝利を宣言してくれないので訝しんだ、その時──
ドッ……!
「グフッ……!?」
ダイアンの胸を、一本の長剣が貫いた。
「な、に……!?」
ダイアンは自分が見ている光景を信じられなかった。この長剣の担い手は自分の目の前に倒れているし、そもそもこの長剣は目の前に落ちているし、何より自分がこんな近くまで敵に寄られていることに気が付かなかいなんて……!!
混乱した頭に、一つの声が響く。
「どォだ、勝利の酔いのお味は? どんな美酒より甘ェだろ?」
「ム、ムーバル……!?」
ダイアンはこの後も何か続けようとしていたが、口から血が溢れ出してきて言葉を紡ぐことが出来なかった。
「言いてェことは分かる。だから、もォ一度前見てみな」
ダイアンは言われた通り、視線を前に向けた。そこには、倒れたもう一人のムーバルがいるはずだが。
「……!?」
そこには何もなかった。
「幻術だよ。テメェは俺の幻術にかかっていたんだよ」
「いつ……から……」
「教えるわけねェだろ。幻術は、理解出来ないからこそ意味があるんだ。気付いちまったら本末転倒なんだよ」
長剣を抜くムーバル。傷口から夥しい量の血が溢れ出す。
《し、試合終了ォオオオオ! 救護班、早く!》
実況に言われた通り、救護班が素早くやってきて直ぐに応急手当を行う。
ムーバルはそれを黙って見ていた。
「……圧倒的でしたね、エルヴィネーゼさん」
カイルがなんとかこれだけを口にする。フィオナもソラリスも、顔を強張らせていた。
「そうね。流石は二つ名って所かしら」
一方傭兵組──クラウド、エルヴィネーゼ、シャイナの三人──は涼しい顔で見ていた。
「あれってやっぱり幻術ですか?」
やっと落ち着いたフィオナが次の質問をする。
「多分ね」
これにはシャイナが答えた。
「どうやって幻術をかけたのかな?」
質問は全然尽きない。それだけ熱心に試合を見ていた証拠だろう。
「さあね、そればっかりは分かんないなぁ。クラウド、アンタ分かる?」
エルヴィネーゼは振り向いてクラウドに尋ねる。尋ねられたクラウドは面倒臭そうに溜め息を吐き、しょうがないと言った風に喋り出す。
「さぁな……」
「そっか……」
「ただ、幻術というのは人の五感に訴えかけて騙す術だ。さっきのアイツの動きの中に幻術のヒントはある」
自信ありげに説明するクラウド。当然、他の皆はその様子に疑問を持つ。
「やけに自信満々に言うわね……。まさか、アンタ気付いたの?」
代表してエルヴィネーゼが訊く。
「嗚呼。当然」
そして、誇示するわけでもなく淡々と答えるクラウド。
「ど、どうやって!?」
カイルが身を乗り出して尋ねる。勢い余って落ちそうになるほどだ。
「それは自分で考えな。自分で考えなければ、お前は何も伸びないぞ」
「──!!」
クラウドの言葉に感銘を受けるカイル。彼は、分かりました! と力強く頷いて、席に戻った。
それを満足そうに見るクラウド。エルヴィネーゼが耳打ちをする。
「(説明するのが面倒臭いだけでしょ?)」
「(当然だ)」
悪気もなく頷くクラウドに、肩を落とす。
「今回は二つ名はどれくらい出てるんですか?」
フィオナが、エルヴィネーゼに別の質問をぶつけた。エルヴィネーゼは振り向いて顎に手をやってうーん、と唸る。
「えーと、取り敢えず一桁の『機動艦隊』にシャイナさん、つまり『魔弾の射手』、そして『破城拳』でしょ」
順番に指を折って数えるエルヴィネーゼ。
「あたしに、クラウド。で、『無限の檻』に『雷電』、さっきの『拍手』、『至高の剣装』、『重量戦車』、あとは『二重身体』もいたかな。うん、それだけ」
「十一人も……」
その数に素直に驚くフィオナ。強者達の祭典だけあって、皆聞いたことのある名前のようだ。
「大体こんなもんよ。言っとくけど、皆アイツ並みの実力よ」
「……これが二つ名……か」
フィオナはそう呟いて、視線をフィールドに戻した。