第二十三夜 “例外”
時間がないため、今回のあとがきはお休みです。
すいません……。
なんか最近あとがきのお休み多いな…………。
「ただいま〜!」
初戦を難なく突破したエルヴィネーゼはクラウド達がいる観客席に戻ってきた。
「お帰り、お姉さん! あの魔術凄いね!」
リンが若干興奮した様子でエルヴィネーゼに話しかける。カイルとフィオナも口々に、おめでとうございますと言う。
「ありがとっ。いや〜、焦った焦った」
そんなエルヴィネーゼは少し疲れた様子で椅子に座った。
「何が?」
「何がって、相手のあの魔術よ。『牙岩砕』だっけ? あれでホントにランクが五十番台なの?」
納得いかない、と言うようにシャイナに問う。
「間違いなく五十番台よ。おそらくだけど、あの魔術は使用場所が限られるんじゃないかしら?」
「……ああ、そっか。わざわざフィールドの岩を砕くっていう、一見無駄な段階を一つ踏んでいるってことは、そうかもね」
うむうむとエルヴィネーゼは納得した。そんな彼女は周囲からもの凄く注目されていた。
それもそのはず。先程まで試合をしていた、しかも“二つ名”の女性が目の前にいるのだ。注目するなと言う方が難しい。
「先生ー!」
すると、エルヴィネーゼに向かって何人もの子供達が駆けてきた。
「ん〜? あっ!」
それに気付いたエルヴィネーゼも直ぐに破顔する。
「みんなッ!」
「先生ー!」
席を離れ通路に立ったエルヴィネーゼが囲まれる。その顔は一様に笑顔だ。
「来てたんだ」
「うん! 凄かったよ、あの魔術!」
「凄かったよな! あれ、砂埃使ってたから土術かな?」
キャイキャイ騒ぐ子供達の中で、今の会話を耳聡く捉えたエルヴィネーゼは驚いた。
「おっ! 分かってるじゃない。そう、誰かが言った通り、あれは土術だよ」
嬉しそうに、はしゃぐエルヴィネーゼ。初戦というプレッシャーから解放され、晴々としている。
「……嬉しそうだな」
クラウドはエルヴィネーゼを見てそう呟いた。それを聞き逃さなかったシャイナが、ニヤリと笑いながらからかう。
「あら? クラウド君だって、カイル君に先生って呼ばれて嬉しそうだったわよ」
「…………」
言われた瞬間、表情をムスッとさせてシャイナを睨んだ。が、特に何も言わずに視線をエルヴィネーゼ達に戻した。そこには、いつの間にかカイルとフィオナも混じっていて、楽しそうにじゃれていた。
そんな様子を何とはなしに見ていたら、一人の女の子がクラウドに近付いてきた。
「……クラウド先生?」
「ソラリス……か」
「覚えていてくれたんですか?」
紫色の髪を肩胛骨辺りまで伸ばした、おとなしそうな女の子──ソラリスは驚きに若干喜びを含めた顔をした。
「当然だろう。そもそもオレから声をかけたのだしな」
「そう言えばそうでしたね」
ソラリスがふわりと微笑む。荒野に咲いた一輪の花のように、派手ではないが温かい笑みだ。
「なになに? クラウド君から声をかけたって、もしかしてナンパ?」
シャイナは今の会話から面白そうな部分だけを抜き出してからかい始める。
「え!? ナ、ナン……!!」
ナンパの一言で顔を真っ赤に染めるソラリス。まるで熟したリンゴのようだ。今にも頭から湯気をたてそうな雰囲気に、クラウドがフォローを入れる。
「何を阿呆なことを言っているんですか」
「いやいや、端から聞いてたらそんな風な意味合いにとれるって」
それだけ言ってソラリスの方に向き直る。彼女は未だに顔を紅くしていたが、落ち着きは取り戻しているようだ。
「君はソラリスちゃんって言うの?」
「あ、はい。えと、ソラリス・クルービーです」
「「……クルービー?」」
クラウドとシャイナが、ソラリスの名字を反芻して首を傾げる。
(はて……何処かで聞いたような)
「?」
ソラリスは、そんなクラウドに“?”を出したが、直ぐに会話に戻っていった。そこにリンも加わり、見た目から言えば、美女・美少女が三人にクラウド一人という見事なまでのハーレムであった。
「あたしのお姉ちゃんはとっても強いんですよ。クラスの中で一番だってみんな言ってます」
思考の海を漂っていたクラウドは、ソラリスのセリフで現実に回帰した。
「……お姉ちゃん?」
「あ、はい。言ってましたよ」
律儀に答えるソラリスにまたもや思考に没頭するクラウド。
(お姉ちゃん……この子と関係がありそうで、尚且つ強いと言えば……)
しかし、先程よりは深くなく、浅い所をうろうろしていた。
「……ねぇソラリスちゃん。君のお姉ちゃんってもしかして──」
シャイナは、思案顔のままソラリスに話しかけるが、それは途中で遮られた。
「あ、ソラリス。そこにいたの?」
「あ、お姉ちゃん!」
「「えっ?」」
ソラリスが笑顔を向ける方向には、フィオナがいた。
「……お姉ちゃん?」 クラウドはフィオナの方を見ながら問いを投げ掛けた。ただし、それは誰か特定の個人にしたわけではないようで、その問いも質問と言うよりは呟きだった。
「お姉ちゃん〜!」
ソラリスがフィオナに駆けていき、抱き着いた。その様子で、ソラリスはフィオナを随分慕っていることが分かる。
「おっと……もう、甘えん坊なんだから。すいません、先生」
フィオナはソラリスを抱き止めながらクラウドに頭を下げた。
「ァ? 否、気にするな。……そうか、クルービー……」
「?」
クラウドは一人頷いて、シャイナを見た。彼女の方もやっぱり、と言った表情をしていた。
「どうしたの、お兄さん?」
リンは、首を傾げながらクラウドに訊く。
「ン? 否、何でもない」
「……そうかな?」
「嗚呼」
「ふーん……」
リンは、未だ納得いっていない表情だったが、クラウドがフィオナの方に向き直ったので何も言わなかった。
「フィオナ、その子は君の?」
「あ、ソラリスですか? そうですよ、妹です」
そう答えるフィオナの腹部にはソラリスの頭があった。なるほど、確かにこうやって見比べてみると髪の色がそっくりだ。
「お姉ちゃん、クラウド先生のこと知ってるの?」
抱き着きながらフィオナを見上げて質問するソラリス。
そんな彼女にフィオナは頭を撫でながら答える。
「うん。前話さなかったっけ? あたしがコテンパンにやられちゃった人だよ」
「それってクラウド先生のことだったんだ!」
ソラリスは目をキラキラさせながら、すごぉいとクラウドを見つめる。その眼差しには尊敬の念がこれでもかと込められていた。
「そうか? オレは普通だよ」
クラウドはそれを正面から受け止めながら、尚も平然としていた。本当に何とも思っていないようだ。
フィオナは、そんなクラウドを奥歯を噛み締めながら見ていた、否睨んでいたと言った方が良いだろう。それほど彼女の視線は鋭かった。
(次はあたしが……!!)
知らず知らず手に力が篭り、頭を撫でられていたソラリスはそれに気付いた。
「……お姉ちゃん?」
「え!? な、なにッ!?」
「……ううん、何でもない」
にぱぁと笑うソラリス。彼女はどうやら、聡い子のようだ。
「そろそろ出番じゃない、クラウド君?」
「──!」
「そうですね。それでは行ってきます」
「頑張ってね、お兄さん」
「嗚呼」
クラウドは、ゆっくり席を立った。それに気付いたエルヴィネーゼとカイルが子供達の輪の中から抜け出し、クラウド側に寄ってきた。
「頑張って下さい、先生!」
「……まあ、アンタが負けるとは思わないけど、一応ね。頑張って」
「……嗚呼。行ってくる」
クラウドはそれだけ言って、下駄をカランカラン鳴らしながら歩いていった。その後ろ姿には緊張など微塵も感じられなかった。
フィオナはそれをジッと見つめ続けていた。
《さあ! 試合は第2ブロックに入っているが、やはりここは激戦必至だッ! 唯一一桁ランカーがいないブロックだけあって、強者達が多数組み込まれている! 先程の試合も、三十番台同士の対決が初戦から繰り広げられたぐらいだからなッ!》
実況は、興奮を更に煽るような口調で試合の合間を埋める。
実況とは言っても、実際、試合中は傭兵達の邪魔にならないように黙っているため、その役割と名称に若干齟齬がある。今、彼が行っている事こそが、彼の存在理由なのだろう。
《さて、次の試合だが……正直俺にもどうなるか分からねェ……。それほどまでに、コイツの存在は奇妙キテレツだ!》
轟ッ、と会場が揺れる。それは一般の観客達だけではなく、貴賓席に座っている貴族や王族達も同様だった。
「それだけ、アイツは注目されてるってこと」
エルヴィネーゼは子供達と一緒に腰掛けながら、説明していた。彼の異常性を。
「実際、アイツ目当てに足を運んだヤツだっているはず。特に貴族連中はね」
チラリと貴賓席を見る。そこには確かに、これからの試合に熱視線を送っている人物が何人かいた。
「高ランクの傭兵は王族に根こそぎ持っていかれる。でも、アイツは王族が常にキープするほどのランクじゃない。けど、その実力は折紙付き。隙あらば専属契約をしてやろうと考えている輩は少なくないでしょうね」
その話をカイルとフィオナ、ソラリス姉妹、そしてリンは確り聞いていた。一言も聞き漏らさないように、と。
「まあ──」
そこで、シャイナが口を挟む。その視線の先には本部長達が座るテラスに向いている。
「彼らにとっては、厄介極まりない存在だろうけどね」
「厄介……?」
カイルは、理解出来ないと口にする。それはソラリスとリンも同様だったが、唯一フィオナだけが納得した表情で頷いていた。
「このランクシステムは、その名の通り傭兵にランク付けをするためのシステム。つまり、一目でその傭兵の実力を分かるようにするための、指標みたいなものなのよ」
ふむふむと頷く三人。他の皆はフィールドに目をやっていた。話題の人物が登場したのだ。それにより、会場のボルテージは更にヒートアップする。
「だから、基本、低ランクが高ランクより実力があるってのはね、好ましくないのよ、システム側としては」
ここで、実況が己の仕事を始める。
《さァ、準備が出来たところで選手紹介と行きますかッ! 先ずは東側! ローレンシア大陸からの出場! No.61 ジェイコブ・ガリアァァァン!!》
大層立派な鎧に身を包んだ大男は堂々と登場した。
その足並みは自信満々と言ったところか。
(ん? あれ? アイツ何処かで……)
その姿に引っ掛かりを感じるエルヴィネーゼだが、それが何なのか思い出せない。
「そして、その好ましくないヤツを体現しているのが──」
そこで視線をフィールドに移すシャイナ。つられて三人も同じ方向を見る。
《そして、遂にコイツの登場だッ! 何万もの傭兵の中で唯一の“例外”! ただ一人、ルールから外れた“異端児”!! テメェラに紹介してやる……西側! 同じくローレンシア大陸からの出場! No.77『暗殺者』クラウド・エイトォォォォォォォォ!!》
ワッ──と会場が沸き上がる。クラウドはいつも通り気だるげに歩みを進める。
「先生……」
カイルの視線はクラウドから全く離れない。一挙手一投足も見逃さない心構えがよく分かる。
そして、それはフィオナも同じようだ。彼女もじっとクラウドを見据える。
また拳に力を込めながら。
両選手がフィールドの中央に歩み寄っていく。
「よォ、久しぶりだな『暗殺者』」
声が届く距離になって、ジェイコブが声をかけた。
「ァ?」
クラウドは眉を顰めながらジェイコブの顔を見るが、一体誰だか分かっていないようだ。
「あの時は、俺様が油断していたからあの結果になったんだ。だがな、悪いが今回はあの時のようにはならねェよ」
ジェイコブは気持ち良さそうに舌を回すが、クラウドはと言えば、ぽかーんとした表情でジェイコブを見ている。
「否、貴様誰だ?」
ついに言ってしまった一言。
「アァ!? 俺様だよ!」
「おれおれ詐欺は間に合っているぞ……」
ジェイコブは頭をバリバリかきながら声を荒げる。
「違ェよ! 一度ツェツァリ本部でやり合ったじゃねェか!」
「…………?」
未だ思い出せないクラウド。ここまで来ると相手が可哀想だ。
「思い出せよ! 途中で副本部長が止めに入ってきたアレだよッ!」
「……………………あ」
やっと思い出したようで、今度は記憶と照合させるためにジェイコブを見る。
「あの時の莫迦か……」
「バカって何だ!? 言っとくがな、あの時のようにはいかないぞ!」
「否、それは先程聞いた」
「知ってるよ! もう一度言っただけだ! 見てみろこれを!」
そう言ってジェイコブは自分の鎧を指差す。
「この大会用にオーダーメイドした特注品だ! 貴様の糸などぶっちぎってやるわ!」
「……懲りんヤツだ」
呆れたように溜め息を吐き、自分のサイドに戻っていくクラウド。
「おいッ! 握手は!?」
試合前の握手をしていないため呼び止めるが、クラウドは首だけ振り返り答える。
「オレと貴様で、握手など必要か……?」
目を見開くジェイコブ。だが直ぐにニッと笑う。
「それもそうだな。まあ、お互い殺さない程度に殺り合おうぜ!」
今度は、クラウドが目を見開く番だった。だが、これも一瞬で唇の端をあげる。
「……嗚呼」
そして二人は互いのサイドまで戻っていった。
貴賓席からは、ユリア王女がクラウドをジッと見ていた。
「出てきましたね、ご執心の彼が」
護衛の女性がポツリと呟く。当然ユリア王女の耳にも入り、一瞬で顔が真っ赤になる。
「だ、だから違います!」
「はいはい、分かりました。そういうことにしておきましょう」
「だから違うってばぁああ!」
またもや騒がしくなる貴賓席。彼女の護衛は周りの貴族王族に一生懸命頭を下げていた。
「まあ、冗談はさておいて……」
瞬間、真顔に戻る護衛の女性。ユリア王女もそれに応えるように静かになる。
「彼の実力は本当に未知数です。確り見ておくのは、悪くないかと」
護衛の女性からクラウドに視線を戻す。その時、ブザーが鳴り、クラウドとジェイコブはフィールドを駆け始めた。
「……ええ、分かってます」
ビビーッ!
試合開始のブザーが鳴った。
クラウドは左手に黒い手袋を着けた。その指先からは、四本の糸が親指以外から伸びていた。
(さて……どう攻めるか)
そんなことを悠長に考えていたら、野太い声がフィールドに響いた。
「さァかかってこい! 俺様は逃げも隠れもしないぞ!!」
「……………………」
クラウドは、開いた口が塞がらない。暗殺者相手に正々堂々とやると宣言しているのだ。呆れたくもなる。
(やはり莫迦か……)
そう溜め息を吐きながらも、クラウドは隠れていた岩から姿を見せる。
「来たなッ!」
ジェイコブは、宣言通り堂々と突っ立っていた。右手には切れ味鋭そうな大剣が、左手には巨大な斧が握られている。
対するクラウドは左手の銀糸だけ。
「お前は莫迦だ」
「バカとは何だ!?」
怒鳴るジェイコブ。まあ、莫迦と言われて怒らないヤツはいないだろう。
それを一切無視したクラウドの左手が動く。四本の銀糸が扇状に広がり、ジェイコブに襲いかかる。
「甘いッ!」
それに対し、ジェイコブは両手の得物を器用に振り回す。正確に銀糸を打ち落とす。
ギンギンギンギンッ!
刃術で強化された銀糸とぶつかり合い、派手な音が響く。
「ハハァ! どうしたッ!? 同じ技は効かんと言っただろ──ガッ……!」
喋っている途中でうめき声をあげたジェイコブは、そのまま地面に倒れ込んだ。
「えっ……?」
会場から音が消え去り、観客の誰かの呟きがよく聞こえた。
「はぁ……貴様は莫迦じゃない、阿呆だ」
クラウドは銀糸を仕舞いながら、自分のサイドに戻っていった。
《え……っと、何が起きたのかイマイチわかんねェけど、取り敢えずジェイコブが気絶したみたいだから、勝者クラウドォォォォ!》
……ワ、ワァアアアア!
一瞬、観客達のノリが悪かったが直ぐ様気を取り直し、大きな歓声をあげた。
クラウドは淡々とフィールドを後にした。
「今、何が……?」
カイルは呆気にとられながら誰かに発したわけでもない質問をした。答えたのはシャイナだった。
「どうせ、風術で頚椎でも殴ったんでしょ。鎧と兜じゃ首は守れないからね」
「な、なるほど……」
カイルは納得しながら、気絶し救護班に運び出されているジェイコブを可哀想に見た。
「……御愁傷様」
クラウド・エイト、初戦突破