第二十夜 喫茶店にて
スミマセン。
今日のあとがきはおやすみです。
申し訳ありません。
「成る程、ツェツァリ王国の狙いは王女の目を養うことか……」
クラウドがユリア王女を見ながら呟く。
自分達の目論見を一目で看破され一瞬怯むが、数で勝るユリア王女は強気の態度を貫く。
「私達のことはどうでもいいんです。それよりも、アンタはどうしてここにいるのかしら?」
少々口調が可笑しいんだが、と思うが何も言わないクラウド。
「何故と言われても……オレは傭兵だ。それで察しろ」
辺りを警戒していた護衛達の視線が、ほんの一瞬だけクラウドに集中する。
ユリア王女も、クラウドの言わんとしていることを直ぐ様理解した。
「アンタ、大会に出場するの?」
「一応な……そろそろポイントもヤバめだからな」
そう言って緑茶を一口。ゆっくり口の中で味わってから飲み込む。
今、クラウドとユリア王女、そして護衛達は一軒の喫茶店にやってきていた。
クラウドとしては、さっさと立ち去りたかったのだが、ユリア王女が何かと突っ掛かってきたため、一度落ち着こうということでこのような状況となっている。
護衛達としては、一国の姫がこのような平凡な喫茶店の、しかもオープンカフェなどでお茶をしてほしくはないのだが、もう何を言ってもムダだと悟っているため黙ってついてきていた。せめてもの悪足掻きとして、オープンカフェを貸し切って厳重体制で警護している。
「ポイント……?」
ユリア王女が知らない単語に首を傾げる。
「知らぬのか?」
クラウドは、知っていて当然だと言わんばかりに聞き返す。
「うるさいわね……今まで傭兵のことなんかあんまり興味がなかったの」
ふんっと行儀悪く鼻を鳴らし、紅茶を上品に飲む。
その相反する行動を同時に行うユリア王女に、薄く苦笑いをしながら、クラウドもお茶で唇を湿らす。
「まァ、そのポイントの総数でランクが決まる、という事実さえ知っていれば構わん」
「へぇ……」
興味無さそうにお茶菓子を頬張る。
「……………………」
クラウドはまたもや苦笑いをしながら、こちらもお茶菓子を咀嚼する。
「……ランクって言えば……」
ふと思い付いたようにユリア王女が声をあげる。
「ン?」
まだ口の中にお茶菓子があるため、視線だけユリア王女に向ける。
「今回の大会って、確か出場制限があったわよね?」
クラウドは口の中の物を飲み込んでから答える。
「嗚呼……二桁以上が出場資格だ」
「ってことは、アンタ、二桁ランカー?」
「……嗚呼、一応な」
クラウドは、誇ることもなく、ただ相槌を打つだけだ。
「何位なの?」
だが、意外にユリア王女が食い付いてきたことに、少し目を丸くする。
「興味が無いのではないのか?」
「今まではね。でも、今回のことで色々知っておいた方が良いかなと思って……。で、何位なの?」
追及を止めないユリア王女に、クラウドは少々呆れながらも答える。
「ランク77だ。ほれ」
そう言って、ブレスレットをユリア王女に見せる。
ブレスレットの一部が画面になっていて、そこに“77”と表示されていた。
「あれ? 77?」
しかし、何故か怪訝な表情をするユリア王女。
「どうした?」
そんな様子に、クラウドも尋ねる。
「アンタ、確か『暗殺者』って二つ名持ってるわよね?」
「嗚呼」
「二つ名って、確か……かなり上のランクじゃなきゃ貰えないんじゃ……なかったっ、け?」
ユリア王女が顎に指を当てて思い出しながら言うと、クラウドはおぉ、と少し大袈裟に驚いた。
「良く知っていたな、そんなこと」
「前に、どこかで聞いた記憶があるの。それで、これがあってるって事は、どうしてアンタはランク77なんかで二つ名を持っているの?」
「……“なんか”……。一応、エリートの部類には入る筈なんだが……」
「二つ名を貰う程じゃないでしょ」
ユリア王女のつっけんどんな言い方に、クラウドは溜め息を吐く。
「あ、溜め息はダメよ。幸せが逃げちゃうから」
ユリア王女が一々注意する。
それに一瞬呆けたクラウドだが、直後に大爆笑をした。
「ハハハハハッ……クックックッ……」
「……な、なによッ!? 私なにか可笑しな事言った!?」
突然の事で面喰らうユリア王女。護衛達もビクッとなってクラウドに注目する。
クラウドは暫く笑っていたが、それも次第に収まっていった。
「クククッ……嗚呼、否、スマン。何でもない。……幸せが逃げる、か……」
「? 最後なにか言った?」
「否、何も」
「なんでもない訳ないでしょ!? 一体なによッ!?」
「否、だから何でもない」
ユリア王女は何度か詰問するが、頑なに答えようとしないクラウドに、やがて諦めた。
「まあ、答えたくないなら良いわ」
「だから、何でもないと……」
「でもね」
「?」
「そういうの、礼儀がなっていないわよ。私、そういう人、嫌いなんです」
キッパリ言い放つユリア王女。
「……それはいかんな」
それを聞いたクラウドは、真剣な表情で手を顎にやる。
「? なにが?」
「可愛い女の子に嫌われるのは、男としてどうかと思ってな……」
こんな事を言われたら、ユリア王女の顔が真っ赤になる――と思いきや、
「あら、それは私を誘惑しているのかしら?」
軽く流していた。
「けど、おあいにくさま。私、そういう言葉には慣れているの。もっと歯の浮くような台詞だって、何度言われたことか……」
そこまで言って、チラリとクラウドを見るユリア王女。
するとそこには、暇そうに欠伸をするクラウドが……。
「なッ!? 無視ッ!?」
「? 何がだ?」
目の端の涙を拭う。
「いやいや、アンタ可愛い女の子がどうかとか言っていたじゃない」
「まァ、お前に嫌われた所でどうでも良いかと……」
「侮辱!? それは私に対する侮辱と取っていいんでしょうね!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るユリア王女。
それを見た(聞いた)護衛の一人(女性)が宥めにかかる。
「ひ、姫様。そんな大声をあげて、はしたない……」
「貴女は黙ってなさいッ!!」
「は、はいッ!!」
想像を絶するユリア王女の迫力につい返事をしてしまった護衛。
「まァ、そんなことより……」
「そんなこと!?」
「一々突っ掛かるな……話が進まん」
「うぐっ……」
息を詰まらせ、黙るユリア王女。クラウドを睨んではいるが、これ以上無駄に反応はしなさそうだ。
「さて、話の続きだが……何だったか?」
クラウドが首をひねる。
「え……? それはもちろん…………アレ?」
同じく首をひねるユリア王女。
今のやりとりで話題を忘れてしまったようだ。
二人そろって「うーん……」と悩む姿は端から見れば滑稽だが、当の本人達は至極真面目である。
それを見かねた護衛(先程怒鳴られた女性)が助け船を―――
「――ッ!?」
―――出そうとして、一言も発さずに言葉に詰まった。
クラウドが睨んでいたのだ。だが、その目に殺気や怒気と言った敵対感情は伺えず、どちらかと言えば懇願の色が見て取れる。
(ああ……)
それに気付いた護衛は直ぐ様クラウドの気持ちを察した。
(早く終わらせたいのね……無礼かもしれないけど、分かるわ、その気持ち、とっても)
全てを理解した護衛は、同情した顔で頷いた。それを見たクラウドも似たような表情で頷き返す。
当然だが、これはユリア王女には見られていない。彼女は未だにうーんと目を瞑りながら思い出そうと必死なのだ。
「本当に忘れちゃったわね……貴女はなにか覚えていない?」
よりにもよってクラウドとアイコンタクトをした護衛に訊くユリア王女。
当然彼女の答えは決まっている。
「いえ、私“達”は警護にあたっていたため、会話の詳細は分かりかねます。ご期待に添えず、申し訳ありません」
丁寧にお辞儀までする。“達”と強調したため、ユリア王女は護衛の画策通り納得して、他の護衛達に同じ事を訊くことはなかった。
「あ、いえ、そこまで畏まらなくても……。キチンと仕事をしているのですから、謝らなくても良いですよ」
「……ありがとうございます」
少々歯切れ悪く感謝を述べる。
表面上は、確かにユリア王女が言ったように聞こえるが、護衛の真意としては「嘘ついてごめんなさい」なので、素直に受け止められないでいるのだ。
チラとクラウドを見ると、机の影に隠しながらも手を立てて謝っていた。そのような所作につい口元が綻んでしまった護衛だが、ユリア王女はそれを許された故の笑みだと勝手に解釈したので、特に訊くこともなかった。
「むぅ、話題を忘れちゃうなんて……なんか重要な事を訊いてた気がするんだけど……」
未だに諦めきれないユリア王女。
「まァ、忘れてしまったものは仕方がない。一区切りついたと言うことでそろそろ帰りたいのだが? 待たせている餓鬼もいるのでな」
これ以上悩んで思い出されても厄介なので、お暇しようとするクラウド。
「餓鬼って……もしかしてアンタの奴隷?」
しかし、またもやクラウドの発言に食らい付くユリア王女。
「奴隷…………まァ、確かにそうだが、言い方というものが……」
「アンタが自分で言ったんじゃない。責任持ちなさいよ」
余計な事を言った……と思いながらガシガシ頭をかくクラウド。
「勿論アイツを養う責任は持つつもりだが、こう、公共の場で堂々と奴隷と言われるのも……」
「じゃあなんて呼べば良いのよ?」
腕組みをして、ちょっと苛ついた表情をするユリア王女。
そもそも、彼女はクラウドが罪人を釈放しているという点から気に入らないのだ。間違った事をしたのなら、それ相応の罰を受けるのは当たり前。なのに、それをさせなかったクラウドの行動は許される事なのか? 彼女の父、つまりバルフォイ王と母、セリア王妃は承認しているが、彼女は認めていない。このような感情も、クラウドに噛み付く理由の一端を担っているのだろう。まあ、ユリア王女は気付いてはいないが。
「アイツの名前はリンだ。故に、お前もリンと呼んでやってくれ」
「……まあ、良いけど」
憮然としながらも、渋々頷く。
それを確認したクラウドは、うむ、と頷いて、では、と去ろうとする。
「ちょっと待ちなさい!」
それを呼び止めるユリア王女。
今まではなんとか我慢していたクラウドだが、流石に面倒そうな表情を隠すことは出来なかった。「……何か?」
億劫そうに振り向いて、面倒臭そうに尋ねるクラウド。
しかし、ユリア王女はそれを意に介さず、最後の質問をする。
「アンタ……本当に大会に出場するんですよね?」
「(口調が可笑しいぞ……)嗚呼」
「いつ頃に出るの?」
真剣な表情で訊いてくるので、こちらも幾分真面目な対応で返す。
「さァな……未だ櫓は披露されていないからな」
「……そっか」
少し残念そうな顔で俯くユリア王女。
それには、クラウドも疑問に思ったが、薮蛇は嫌だからと訊くことはしなかった。
「もう良いか?」
「あ、うん。呼び止めてごめんなさい」
ちゃんと頭を下げるユリア王女。こういう所に家柄が滲み出ている。
(まァ、王族が簡単に頭を下げるのもどうかと思うが……な)
「それじゃ、失礼する」
クラウドはそう言ってから、紙袋を抱えて、下駄をカランカラン鳴らしながら病院への道を歩いていった。
ユリア王女は、その後ろ姿をジッと見つめ続けていた。