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傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第一章
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第二夜 学校の先生―魔術理論編―

「さて……、何故ここに連行されたか……、分かっているよな?」

「フム……、まさかとは思うが先ほどの戯れのせいか?」

「戯れって……、私が止めなかったら完全に刺してたでしょ、あれ」

「あたしは全然納得してません! なんであたしが『ナーシャの部屋』に……」

 ローレンシアギルド―ツェツァリ本部は巨大である。地上六階建ては商業区の中ではもちろん、その更に内側の高民区でさえ肩を並べる建物はそう多くない。

 この部屋は、その本部の本部長の仕事部屋である。

 正式名称は『本部長室』。しかし、ある一部の人達はこう呼ぶ――『ナーシャの部屋』。

「だから、相棒の手綱をしっかり握ってなかったからでしょ」

「いや、だからって――「オレは馬ではないが……」アンタは黙ってなさい! そして、普通に悪いんだから素直に謝りなさいっ!」

「……ハァ」

 さて、今ここには何人かの人間がいる。

 人が一人寝そべられるほど大きい執務デスクに肘を載せ、手を組みその上に顎を載せているのがこの部屋の主、『ナタリア・リーンバール』。金髪をシニヨンで結い上げた麗人である。フレームなしの細身の眼鏡を掛けたその顔は真剣そのもの。

 そのナタリアの隣に侍っているのが『シャイナ・フォルク』。ショートボブの少々クセっ気のある茶髪をした妙齢の美女である。疲れているときも怒っているときも、どんなときでもいつも優しい笑顔を浮かべているので、ある意味ポーカーフェイスと言える。

 ナタリアの正面には二人。

 一人はこの部屋に入ったときから憤然やるせないと言った態度を取り続けている『エルヴィネーゼ・マクスウェル』。赤いポニーテールは今、苛立ちに揺れている。

 そして、長めの黒い髪を持つのがもう一人であり、この部屋の最後の一人である『クラウド・エイト』。

 これがこの部屋にいる全ての人間である。

「もういい、分かった」

 未だ文句をたれる二人にナタリアは言った。

「お前逹は何も分かっていない、二つ名の意味が」

「二つ名の意味って……、強くて有名だから付けられるんでしょ?」

 エルヴィネーゼがナタリアに聞き返す。

「それだけじゃないぞ。他の傭兵逹の模範であれ、そういう意味もあるという事を……教えたはずだがな、『暗殺者アサシン』、『吸血姫ビフォーアフター』?」

「そ、それは……」

「…………」

 クラウドもエルヴィネーゼもそろって口ごもる。

「分かってくれたかな? ここに連行された意味を」

「はい……、スミマセンでした……」

「…………」

 二人は素直に頭を下げた。何だかんだ言いつつも、二人に二つ名を授けてくれたナタリアの顔に泥を塗るのを良しとはしないのである。

「分かったなら結構。二人とも……、」

 ナタリアは二人の謝罪を受け入れ、今までの真剣な顔を何処かへ捨て去り、十人中八人は見ただけで顔を赤らめてしまうほどの笑顔を浮かべ――

「次はないぞ?」

 物騒な事を言った。

「アレッ!? 普通そこ、気を付けなさい、とか言う場面じゃない!?」

 予想斜め上の発言に、つい叫んでしまったエルヴィネーゼ。

「何のことだ? さて、ではお前逹に与える罰だが――」

「えっ? 罰って……許してくれたんじゃないの!?」

「誰が許すと言った? 謝罪は受け入れたが、しっかり罰は受けてもらう」

「うそーん……」

 がっくり肩を落とすエルヴィネーゼ。今までの会話中、クラウドは何も言葉を発さなかったが、面倒だ、という表情を浮かべていた。

「改めて、お前逹に与える罰はこれだ」

 そう言い依頼書を渡すナタリア。

 エルヴィネーゼが受け取り、紙面に目を向ける。

「何々……、『王国軍養成学校』の一日教師求ム……?」

 読み上げながら首を傾げるエルヴィネーゼ。クラウドも眉を潜める。

 それを見たナタリアはイヤな笑みを浮かべた。



***********



 ここ、ツェツァリ王国はローレンシア大陸最大規模の軍隊を擁する。

 その名を『ツェツァリ王国軍』。

 ローレンシア大陸一の武勇逹が集うと言われているこの軍だが、その兵士の獲得方法は他の国の優秀な兵士を引き抜くという制度を執っていた。 しかし、引き抜かれた兵士の中には、その事に天狗になって軍律を守らないような輩が混じっていたりするのである。

 その状況を打開するためにツェツァリ国王が造ったのが『王国軍養成学校』。

 小さな子供の頃から軍について教え、規律を守らせ、将来立派な王国軍に育てるための施設である。


「ようこそいらっしゃいました、私、当校の校長をしております、グラハと申します。クラウドさんとエルヴィネーゼさんでよろしいですよね?」

 王国軍養成学校の校長室。クラウドとエルヴィネーゼの二人は今、ここにいた。

「はい、本日はお世話になります」

 綺麗にお辞儀をし、礼儀正しく佇むエルヴィネーゼ。彼女はいつものレザージャケットにジーンズではなく、リクルートスーツだった。ポニーテールを下ろし、だて眼鏡を掛けたその姿は知的な女性の雰囲気をしっかり醸し出していた。

「…………」

 その横で黙ってお辞儀をするクラウド。彼はいつも通りの格好である。

「ほう、失礼ですが貴女は本当に傭兵なのですか?全然そのようには見えませんな」

 グラハは少し目を丸くしエルヴィネーゼを見る。

「えぇ、まあ……」

 困ったように答えるエルヴィネーゼ。

「それに比べ、」

 グラハは次にクラウドを見る。いや、目を若干細めているので睨んでいるとも言える。

「君は本当に傭兵のようだね。そんな薄汚れた格好で、この神聖なる学舎に足を踏み入れるなんて……」

 その物言いに少しムッとするエルヴィネーゼ。しかし、言われた本人は何処吹く風と言わんばかりに無表情を崩さない。

「全く……、いいか、今日は教師が足りないから“仕方なく”君逹をこの聖域に入れたのだ。教師だからと言って、私達の可愛い教え子逹に偉そうな態度は取るんじゃないぞ。分かったか?」

 グラハは口調を変え、苦々しく言い聞かすように二人に言う。

 エルヴィネーゼは拳を握り締め怒りに耐えていたが、

「……分かりました」

 クラウドは最初から最後まで態度を変えずにそれだけを言った。



「まったく、何よあのオヤジ!」

 二人は講義をする教室へ行くために廊下を歩いていた。

「しかも教室までの道案内すら無しなんて……!」

 エルヴィネーゼの歩き方はお世辞にも行儀が良いとは言えない。周りに生徒がいないのが救いか。

 その横で黙々と歩くクラウド。その様子を見て噛みつくエルヴィネーゼ。

「アンタはなんとも思わなかったの!? 言われたいだけ言われて……!」

 クラウドはそれを一瞥してやれやれと溜め息をつく。

「傭兵に良いイメージがあるわけないだろう……。しかも相手は王国軍養成学校の校長をしているんだ、傭兵なんてならず者、本当は近づくのもイヤなはずだ」

 諭すように言われ、怒りがどんどん萎んでいくエルヴィネーゼ。

「で、でも……だからって……!」

「他の傭兵逹の模範であれ……」

 ぼそっと呟くクラウド。それをしっかり聞いたエルヴィネーゼはハッとなって黙る。

「言われたばかり……。傭兵は元来歓迎されるものではない……。あの程度の事でそう感情を表に出すな。二つ名のオレ逹がそれでは、他の傭兵逹の評判は更に下がるぞ……」

 そう言って先を行くクラウド。

 エルヴィネーゼは暫く顔をしかめていたが、

 パンパンッ

 自分の頬を両手で叩き、クラウドに追い付こうと少し早足で歩き出す。

 その足取りは、とても静かなものになっていた。



***********



「ここね……」

 クラスプレートを見上げ呟くエルヴィネーゼ。

 彼らが今回割り当てられたのは二クラス。その内の一つである『二―二』では魔術理論について教えることとなっている。

「ふぅ……、よし、行くわよ」

「面倒だ……」

 エルヴィネーゼはクラスの引き戸に手をかけ、一気に引いた。

「こんにちはー!」

 自分が今出来る最高の笑顔と共に元気よく挨拶をするエルヴィネーゼ。第二学年は十〜十一歳の子供逹のクラスなので、とにかく元気が大切とエルヴィネーゼは考えたのだ。

「「「こんにちはー!」」」

 小さな子供逹が元気よく返事をする。全員で三十人程度。男女の比率は七対三ぐらいか。

 その様子に少し目を丸くするクラウド。

「お、元気がいいわね〜。子供はそうでなくっちゃ!」

 嬉しそうに壇上に着くエルヴィネーゼ。魔術理論を彼女が、もう一方をクラウドが担当する事になっている。クラウドは別に来なくても良かったのだが、もう一方のクラスがこの次の時限だということで、行くところがないクラウドは仕方なく付いてきたのだ。

「みんな、はじめまして。今日だけこの授業を担当するエルヴィネーゼ・マクスウェルです。よろしくね」

 直ぐに、よろしくお願いしま〜す、と返ってくる。

 それを聞いたエルヴィネーゼは益々笑顔になっていく。

「先生〜、そっちの人は〜?」

 一人の女の子が入り口近くに佇んでいたクラウドを指差す。

「うん? あぁ、この人はあたしの助手よ。ほら助手、自己紹介なさい」

 先生と呼ばれたのがそんなに嬉しいのか、偉そうに言うエルヴィネーゼ。

 それを一瞥し、しかし特に何も言うことなく、

「……クラウド・エイトだ」

 とだけ言って、また黙る。

「よし、それでは授業を始めるわよ。所でみんな、魔術のこと、何処まで知ってる? はい、君」

 エルヴィネーゼは教壇の目の前の机に座っている男の子に訊いた。

「え!? あ、はい……。えっと、炎だしたり風だしたりってのは知ってるけど……」

 それを聞いたエルヴィネーゼはふむふむと頷き、教室内を見回し、皆もそのような感じだと理解する。

(まだ何も習ってないのか……。なら、基礎の基礎からか)

 そう思いうん、と頷き、チョークを手に取る。

「分かったわ。それじゃ最初から教えるわね。

 みんな、魔術を使うには魔力が必要だって事は知ってる? ……うん、よし、みんな知ってるわね。じゃあ、その魔力が五つの種類に別れているという事は? ……お、知らないみたいねぇ。大丈夫、ちゃんと教えてあげるから。

 さて、さっき言ったように魔力には五つの種類があります。それが『暖』『寒』『乾』『湿』『無』よ。みんなはそれを『系統』と呼ぶわ。魔術は無以外の四つの系統を組み合わせて発動させるものなの。

 例えば、さっきこの子が言ってくれたように、『火』の魔術を使いたかったら暖と乾の魔力を、『風』の魔術を使いたかったら暖と湿の魔力を組み合わせるの。

 ここまでは分かった?」

 チョークを置き、子供逹に向き直るエルヴィネーゼ。

 みんながうんうんと頷く中、一人の女の子が手を挙げる。

「先生、その系統はみんなが全部持っているんですか?」

「お、いい質問ね。次はそれを説明しようとしたのよ。

 では、これ等の系統を全て持っているか……。答えは人それぞれです。……えぇ~って言わない。ちゃんと説明を聞いて。

 この無以外の四つの系統は、更に二種類に分けることが出来るの。『状態系統』と『形態系統』と呼ぶわ。

 状態系統は暖と寒、形態系統は乾と湿のことよ。そして、人は基本、状態と形態をそれぞれ一つずつ持っているわ。暖と湿、寒と乾みたいにね。でも、中には三つ持っていたり四つ持っていたりする人もいるのよ。だから、さっきの答えは人それぞれになるの」

 子供逹がへぇ~、と納得する。その中でさっき質問をした女の子がまた手を挙げた。

「先生、さっきから暖、寒、乾、湿の事しか言ってないけど、無は?」

「お、いい質問ね。また君か〜。君、名前は?」

「え、あ、えっと……ソラリスです」

 ソラリスは顔を赤らめながら言う。

「ソラリスちゃんね、うん覚えた。

 では、無とは何か? 一つ質問するけど……、じゃあ代表してソラリスちゃん。魔力を持っている人はどれくらいいると思う?」

 エルヴィネーゼはいきなり質問した。

 ソラリスは少しわたわたした後、

「ま、魔術師になれる人だから……、さ、三割ぐらい……かな?」

 自信なさそうに答えた。

 エルヴィネーゼはうんうんと頷き、

「じゃ、君は?」

 別の子を示した。

「う~ん、オレもソラリスと一緒」

 その子の他にも何人か聞いたが、皆似たような答えだった。

「そっかそっか……。みんな、ブッブー。正解は、全人類です」

 嬉々として答えるエルヴィネーゼ。先生という立場をとても楽しんでいるようだ。

「実は、魔術師じゃない人でも魔力は備わっているんだな、これが。そして、そういう人逹が持っている魔力の内の一つが無、なんだ」

 へぇ〜、と感嘆の声をあげる子供逹。

「では、何故無を持っていると魔術師になれないのか……。それは、無という系統は他のどの系統とも混じり合うことが出来ないからなの。だから、魔術を使うことが出来ないの」

 知らなかったー! と騒ぎ出す子供逹。

 そんな中、またもやソラリスが手を挙げる。

「でも先生、さっき系統を三つや四つ持っている人がいるって言ってたよね? その人逹も無を持っていたら、魔術が使えないの?」

 エルヴィネーゼは嬉しそうに笑う。実は、この質問が出るように巧く喋っていたのである。

「そうじゃないわ、あくまで無は他の系統と混ざり合わないってだけで、無以外に二つ以上系統を持っているなら魔術を使えるわ」

「それじゃあ、無ってのはスゲージャマなんだな……」

 一人の男の子がそう呟いた。

 それを聞き逃さなかったエルヴィネーゼはその男の子に言った。

「そう思うでしょ。でもね、無にもちゃんと存在理由があるのよ。無、特有の……」

 焦らすエルヴィネーゼ。子供逹は早く聞きたいと催促する。

 そして、やっとその重い口を開こうとしたら――

「それはね――「エル、時間だ」えっ!?」

 ずっと黙っていたクラウドに遮られた。

 エルヴィネーゼがクラウドに振り返るのと、

 キーンコーンカーンコーン……

 チャイムが鳴るのがほぼ同時だった。

「あっちゃぁ〜……」

 やっちまった、とエルヴィネーゼ。そして、そそくさと黒板を消して、

「今日はここまでっ」

「「「えぇ〜〜〜!!」」」

 子供逹大ブーイング。

「ゴメンね〜、続きは本来の先生に聞いてね。今日は楽しかったよ、またね」

 エルヴィネーゼは早口でそれだけ言って、さっさと出ていってしまった。

 長くいてまたあのグラハに何か言われるのがイヤだったのである。






 残念な雰囲気を出す教室の中に残っていたクラウドはソラリスに近づいて、こう言った。

「ソラリス……」

「えっ……? あ、えっと確かクラウド先生?」

「そうだ……。ソラリス、君は凄い力を持っている……」

「えっ?」

「そのまま確り精進しろ……。そうすれば、将来、素晴らしい魔術師になれる」

 それだけ言って、クラウドは教室を出ていった。

 残されたソラリスは、未だによく分からない表情で佇んでいた。







この世界の魔術について軽く説明したのですが、分かりましたでしょうか?

もちろん、これで全部というわけではないので、疑問に思った方もいるやもしれませんが、ご容赦を。

本文中の説明で分かりにくい所がありましたら、遠慮なく言ってください。お願いします。

次回は魔術理論からは完璧に離れますので、悪しからず……

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