第十八夜 それぞれの動き
船上から見上げる空は雲一つない、とまでは言えないが、充分快晴と言って良い天気だ。照り付ける陽の光はジリジリと、無防備な肌を無慈悲に焼く。
「やっぱり会議は長引きますね。結局七泊もしちゃいました」
「仕方がないだろう。今回は議題が二つあり、その内の一つは、毎年恒例の一大イベントだ」
ナタリアとシャイナは今、帰路についている。行きと同じ船に乗って、潮風を全身に浴びている。
「傭兵の間では……ですけどね」
「いや、そうでもないぞ。そこら辺りで開催されるような、つまらんものとは訳が違う」
ナタリアは手摺に肘を載せ凭れ掛かり、穏やかな海を眺める。
「なんせ、『中央ギルド連合』が主催の、“ランク二桁以上しか参加できない”超エリート集団の大会だからな……様々な国のお偉いさんが注目しているさ」
ナタリアの言葉に、シャイナは顔をしかめる。
「なんか……そう言われると、傭兵達の品評会みたいですね」
シャイナの呟きにナタリアが振り返る。
「お、中々に的を射ているじゃないか。そう、何事に於いても、強い奴らが参加する大会ってのは、一種の品評会だ。この大会にはポイントが付与されるから、皆、己が持つ力を最大限発揮して、敵をぶちのめすために総てを賭ける……査定するには絶好の場だ」
それだけ言って、ナタリアはニヤリと不敵に笑った。
「……まあ、全員が全員、真の実力を発揮するとは限らないがな」
「……ふふ、そうですね」
今、二人の頭の中には同じ人物が想像されている。黒い髪に黒い着流し、そしてやる気の無さを身体全体で表す一人の男の子。
ランク77であるにも関わらず、二つ名を授かった異端。
そして――――
「…………開催地が『クリスティア』って、どう思いますか?」
「……どうもこうも、妥当な案だと思うが? 戦闘に怪我は付き物だ。医療専門国のクリスティアならば誰もが納得するだろう」
シャイナが突然話題を変えるが、ナタリアは驚くこともなく平然と答えた。
「いえ、確かにそうなんですが……」
何処か煮え切らない様子のシャイナ。
そんな彼女を見て、ハァと溜め息を吐きもう一度海を眺めるナタリア。
「あの二人か……?」
「……はい」
固有名詞は出さなかったが、互いに考えていることは同じ。
「考えすぎじゃないのか?」
「ですが……何かイヤな予感が……」
「…………」
顔をしかめるシャイナを、暫く無言で見ていたナタリアは、一つの提案を出す。
「ならば、お前も出場すれば良い」
「えッ……?」
唐突な言葉にきょとんとするシャイナ。
しかし、それを気にせずナタリアは続ける。
「そろそろお前のポイントもヤバいんじゃないのか? 下手すると、スターツのヤツに抜かれるかもな」
スターツ、の名にピクンと反応するシャイナ。
「アイツ……出場するんですか?」
「さあ? ただ、前回大会には出場していたな。そして準優勝している」
ナタリアが言葉を続けるに従ってシャイナの顔も険しくなっていく。
「更に言えば、この前アイツは私に“あと少しだ……”と溢していたな。一体どういう意味だか……」
「出場ます。いや別に私利私欲のためという訳じゃなくてあの子達が心配だから一番近い所から見守ってあげようかと……」
即決したシャイナはその後、色々ごちゃごちゃと言い訳を並べていたが、それを聞いていたナタリアは終始ニヤニヤと笑っていた。
***********
ギルド大会の開催地、日程が決定した情報は、瞬く間に全世界に広がった。それは傭兵達の間だけではなく、各国の王家や代表にまで伝わり、それぞれが動き出し始めていた。
その理由はナタリアが言っていた通り、強力な傭兵を探し、自国と契約させようという思惑が多分に含まれている。
そしてそれは此処、ツェツァリ王国でも変わりはなかった。
「私が行くのですか、お父様? 一体どうして……?」
ディナーの席でメインディッシュを堪能していたユリア王女は、父、バルフォイ王の突然の宣言により開いた口が閉じなくなっていた。
「お前ももう十六だ。そろそろ、お前専用の近衛軍の創設を考えても良い頃だ」
そんな様子を露とも気にせず、食事を続けながら話すバルフォイ王。
「確かにそうですが……だからと言って、何故わざわざ傭兵の大会になど行かなくてはならないのですか? 近衛軍ならば王国軍の精鋭を引き抜けば……」
「誰も傭兵の中から引き抜けとは言っていない」
「えっ……?」
バルフォイ王はナプキンで口元をしっかりと拭いてから、ユリア王女の目を視る。
「この大会は、ギルドランクが二桁以上の傭兵しか参加出来ない、実力者だけが集う真の武闘会だ。前回大会は、あの『葬送槍』が出場していた」
その二つ名を聞いた途端、目を見開くユリア王女。
「『葬送槍』って……No.2の?」
「そう。そのような猛者が参加する大会だ。それを観覧してくるだけである程度、お前の眼は養われるだろう。
先ほどお前は、軍の精鋭を引き抜けば良いと言っていたが、我々に届く情報が必ずしも正しいとは限らない。家名の力で情報を詐称している可能性だってなきにしもあらずだ。
自分の身を第一に守ってくれる騎士の選定だ。己の眼で、この人なら大丈夫だという確信を持てるようにならないと、後々に痛い目を見るだろう。
それは嫌だろう? 私だって嫌だ。だからこその大会観覧なんだよ」
長々と喋ったバルフォイ王は一気にワインを煽った。
ユリア王女は、ゆっくりとバルフォイ王の言葉を噛み締め、咀嚼し、飲み込んだ。その瞳は彼女の決意を如実に表していた。
それを見ていたバルフォイ王は口元を綻ばせ、しかし、それを悟られぬように軽口を叩く。
「まあ、気に入った者がいれば、傭兵の中から引き抜いても構わんぞ?」
それを聞いたユリア王女の様子は、バルフォイ王が予測したそれと全く変わらなかった。
***********
エルヴィネーゼが大会の情報を手に入れたのは、恐らく他の誰よりも早いだろう。
ナタリアから直接聞いた彼女は、直ぐ様仕事をナタリアに返却し、イヴに一刀両断された大口径のリボルバーの代わりを購入しに行った。
(資金は、バルフォイ王から貰ったものがたんまりと残っているから、全く気にしなくて良い……!)
そのような事を考えていたエルヴィネーゼは、自然と笑みを浮かべる。
(お金があるって最高ッ!!)
エルヴィネーゼは、いつの間にかしていたスキップで武器屋へと急いだ。
因みに、仕事を押し付けられたナタリアは泣きながら、シャイナにしごかれながら、仕事を片付けていたそうな。
***********
そして、開催地にいるクラウドにも、当然大会の情報は伝わっている。
ギルドからイヴの病室に帰ってきたクラウドは、溜め息を吐きながら椅子に座った。
「おかえり、どうしたの?」
リンがクラウドの様子を見て、首を傾げながら訊く。
「ン? 嗚呼、いやなに、大会がここで行われるらしくてな……面倒だな、と思っていただけだ。それより、イヴの容体はどうだ?」
クラウドが視線を送る先には、未だ眠り続けているイヴの姿があった。
「……どうもこうも、見た通りだよ。未だに目覚めない」
「……そう、か……」
俯くリンに、何も言えないクラウド。
クラウド達がクリスティアに着いてから、既に一週間が経っていた。その間にも、クリスティアの最新医療技術を駆使して、昏睡に陥り続けているイヴの原因を探っていたが、一向に成果が表れなかった。
そして、つい先日、担当医のシジマールから医師側の見解が告げられた。
『我々が持つ全ての技術を注ぎ込みましたが、出た結論は一つだけです。彼女、イヴさんは、目覚めたいと思っていないのではないのか、と』
『目覚めたいと思って……いない?』
リンが反芻して聞き返す。
『そうです。
人体には未だ、解明されていない謎があります。その内の一つが、意思です。人間というモノは、気の持ちようで己の体調を良くも悪くも変えてしまいます。
例えば、ある医師が研究の一環で、何処にでも売っているような小麦粉を粉薬と称して患者に渡した所、その患者は物の見事に回復しました。つまり、その患者は、医師の言葉を信じ込む事によって、何の効能もない筈の小麦粉を薬に変えてしまったのです。これが所謂、“思い込み”の力ですね』
『…………』
『更には、医療ではないのですが、全く同じ体型の男性二人が全く同じトレーニングを積むという実験が行われたこともあります。片方はただ漠然と、もう片方は自分が成りたいイメージを常に頭の中に投影させてトレーニングを続けさせた所、後者の方が前者より獲得した筋肉量が多かったのです』
『……そんなことが』
リンは、初めて知った事実に驚いていたが、クラウドは特に表情を変えずに静かに聞いていた。
『他にも例はあるのですが、今回は置いておきましょう。
そして、イヴさんの場合ですが、彼女も意思によるものではないか……と』
『意識がないのに、意思なんて関係があるんですか?』
リンの質問にシジマールは応と答える。
『はい。“無意識下”というヤツですね。恐らくですが、前回彼女が目覚めた際に、何か強烈な衝撃が彼女を襲ったのではないですか?』
『衝撃……ッ!』
リンはハッとする。言葉には出さなかったが、表情が如実に表していた。そして、シジマールにはそれで充分だった。
『……何かあったようですね。具体的に聞きたい所ですが、止めておきましょう。
兎に角、その体験によって、彼女は“もう一度目覚めたら、また同じ経験をしてしまうのではないか”と無意識に考えてしまっているのでしょう。だから、目覚めない。彼女が望んでいないから……』
シジマールの言葉に顔色を無くすリン。
『そ、それじゃあ……イヴはずっとこのまま……?』
リンの声は、小刻みに震えていた。
だが、シジマールはリンに優しく微笑むと、頭を振った。
『そうなるかどうかは、リンさん、あなたに掛かっています』
『俺……に……?』
シジマールは軽く、しかし強く頷く。
『そうです。あなたが行う事……それは、“語りかける”事です』
『語りかける……それに意味はあるんですか? だってイヴは意識が……』
リンの否定的な意見に被せるシジマール。
『ええ、ありますよ。リンさんは聞いたことがありませんか? 寝ている人の耳元で囁いたら、囁いた内容が夢に出るって話』
『あ……あります』
『それと一緒ですよ。無意識下で目覚めるのを拒否しているならば、無意識下に語りかけるのが一番効果的なんですよ。大丈夫だよ、怖いことなんてないんだから、起きてよ、という具合にね』
それを聞いていたリンの顔に血色が戻ってくる。口元には笑みまで浮かんでいる。
『俺にも……出来ることがある……!』
そんな様子をシジマールとクラウドは微笑んで見ていた。
よって、リンはシジマールに言われたように、一、二時間置きにイヴに語りかけている。話す内容は特に決めていない。その時その時で一番イヴに言いたい事を言っているだけだ。
そして、これが唯一の希望だということも、リンは理解していた。
「ところで、大会って何?」
リンは、クラウドから初めて聞いた単語に疑問を抱いていた。
「……知らないのか。大会というのは、簡単に言えばランクアップシステムだな」
「…………?」
首を傾げるリン。端的に言い過ぎて、何を言っているのか分からない。
クラウドは頭をバリバリかいて、少し言葉を選んでからもう一度説明し始めた。
「……傭兵のランクがポイント制というのは、知っているか?」
「あ、うん。それは知ってる」
リンの返答にうむうむと頷くクラウド。
「然らば話は早い。この大会には、勝ち上がった者にポイントを与えるシステムがあるんだ」
「ポイントを与える?」
「嗚呼。一回戦を勝った者にはこれだけ、二回戦を勝った者には更にこれだけのポイントを与える、といった風にな」
クラウドは、喋って喉が渇いたのか、備え付けのポットでお茶を淹れ始めた。
「リンもいるか?」
「うーん、いる。欲しいな」
「了解」
クラウドは湯呑みを二つ用意して、出来たお茶を注ぐ。
「ほら」
「ありがとう」
そして、二人同時に啜る。
「……ふう。さて、何処まで言った?」
「……熱ッ! えっと、ポイントを勝利者に与えるってところまで」
「おお、そうか。ならば、もう話すことはないな。それが全てなのだから」
そう言ってクラウドは、美味しそうにお茶を飲む。
「んじゃあ、質問良い?」
「嗚呼」
「何で態々大会を開いてポイントを与えるなんて面倒なことしてるの? 依頼達成する度にポイントを与えた方が早くない?」
クラウドはお茶を飲み干してから、答えた。
「そのような方法を使うと、下手したら実力のないヤツまで高ランクになってしまうから、らしい」
「あ、そっか。弱い人が、強い人達と一緒に依頼をやって、弱い人は何もしていないのに依頼を達成しちゃったら、弱い人にまでポイントがいっちゃう……」
その通り、と新たに一杯淹れながらクラウドは頷く。
「まァ、建前はそういうことになっているがな……」
「建前……? じゃあ本音は?」
クラウドは二杯目も一気に飲み干し、ふう、と一息付いてから答えた。
皮肉気な笑みを浮かべながら。
「さあな……?」
「第十八夜を読んで頂きありがとうございます」
エ「今回は、全然話が進まなかったね」
「そうですね。色々入れたい場面があって、全部入れたら結構な文字数行っちゃったから……」
エ「大会はいつ頃始まるのよ? 最近、デスクワークのし過ぎで体動かしたいんだけど……」
「取り敢えず、次話ではないのは確かですね」
エ「まだ待たされるの!?」
「だから、書きたい事があるんだって」
エ「だったら、もうちょっと文字数増やせば良いじゃない!」
「いやぁ、文字数は大体一緒ぐらいが収まりが良いかなと思ってね」
エ「なにそれ…………バトル始まんないと、ただでさえ少ない読者様が更に減るわよ!」
「―――ッ!?」
エ「今頃気付いたの? ハァ、ダメなヤツ」
「ど、読者様は神様だッ!!」
エ「どうしたいきなり!?」
「へっ!? あ、いや、混乱してた……スマン」
エ「ビックリしたぁ~。おどかさないでよ」
「ゴメンゴメン」
ク「おい、大事な報告はどうした? あるんだろ?」
「いたのかいッ!? 珍しく喋るからビックリしたじゃないか」
ク「ン? まァ、色々あってな……」
エ「フフッ……」
ク「チッ……畜生が……」
「? まあ良いや。それで、報告と言うのは、前回のあとがきでも言いましたが、来週はお休みさせていただきます。此方の都合で、金曜日辺りから五日間、携帯に触れない生活を送らなくちゃならなくなりまして……予約投稿もあるにはあるのですが、ストックの方も少しヤバめでして……。ですので、本当に此方の都合で申し訳ないのですが、更新はお休みさせていただきます。ご容赦下さい」
エ「あたしからも、スミマセン」
ク「……スマン」
「それじゃ、言いたい事も言ったし、今回はこれで終了としますか」
エ「そうね。それじゃお疲れ~」
ク「…………」
「無言で去るな~。全く……それでは、皆様、次回お会い出来るのを楽しみにしています。それでは」