第十七夜 会議
「イヴさんですね。はい、連絡は貰っています。それでは病室にお連れ致しますね」
白衣を着た、まだ青年と呼べる程の年齢の医師が、イヴが寝かせられているキャスター付きのベッドを女性看護師に運ばせる。
その後をクラウドとリンの二人が追う。
「こちらがイヴさんの病室になります。入室の際は、入り口に置いてある消毒液で手を洗ってからにして下さい」
手始めに女性看護師が消毒液を手に吹き掛け、両手を擦るように馴染ませる。
それに倣い、リンとクラウドも両手を消毒する。
「フム……存外に面倒だな……」
「絶対に消毒してよね」
どうやら、このやり取りは看護師には聞こえなかったようだ。
病室内は、白一色では無く、淡いクリーム色であった。入って直ぐの所に洗面台があり、如何に清潔面で気を使っているかが分かる。
窓際に近い空いたスペースにベッドが設置される。一人部屋のようで、室内はとても静かだ。
看護師はイヴの脈拍や、血圧等を測った後、直ぐに担当医が来る旨を伝えて、退室していった。
クラウド達三人は、特に何事もなく『クリスティア』に到着していた。到着して直ぐに、イヴを請け負ってくれる病院へと直行し、冒頭部分に繋がる。
看護師が退室して数分、扉からノック音が響き、一人の医師が入室してきた。
橙色の髪を短く刈り込み、白衣の上からでも分かる程引き締まった体つきをした、三十代前半の男性だ。
「どうも、こんにちは。今回イヴさんの担当医となりました、シジマールです。宜しくお願いします」
シジマールが軽く頭を下げたので、リンとクラウドも下げ返す。
シジマールは直ぐにベッドの脇に移動して、手に持っていたカルテを見ながら、先程看護師がやっていたことを繰り返した。
「なるほど……」
それを終えると、シジマールはカルテに何かしら書き込み、リンとクラウドに向き直った。
「イヴさんですが」
「……はい」
神妙に頷くリン。
「詳しく検査をしないと何とも言えませんが、此方に届いているカルテを見た限りでは、脳波に異常はないようですので、あまり深刻な状態ではなさそうですね」
「そう……なんですか……」
ほぅと息を吐くリン。しかし、クラウドは眉を潜めて怪訝な表情をする。
「じゃあ、何故転院なんかさせたんだ? 深刻ではないなら、態々転院する必要などないだろ?」
シジマールはこの質問に、数回顎を撫でたあと、少し言いづらそうに答えた。
「……恐らく、ですが。だからこその、転院ではないかと……」
「だからこそ……?」
「はい。医学的に見れば、イヴさんは何時目覚めてもおかしくない状態にあります。ですが、何時まで経っても彼女は目覚めなかった。それによって、向こうの医師達は自分達ではどうにも出来ないと思ったんでしょうね。故に、転院を勧めた……」
「……それは、身勝手と言うべきか?」
シジマールは頭を振る。
「いえ。寧ろ、彼女のために最善を尽くそうとした結果でしょうね。だから、責めてはダメですよ」
軽く笑みを浮かべながら、リンに忠告するシジマール。
クラウドとシジマールのやり取りを聞いている内に、段々と顔が険しくなっていたのだ。
指摘されたリンは肩をビクンッと震わせてから、渋々と言った様子で頷いた。
「宜しい。それでは、検査の準備をしてきますので、今暫くお待ちください。準備が出来次第、お呼び致しますので」
「嗚呼、分かった」
シジマールは、それでは、と言って退室していった。
手持ちぶさたになった二人は、取り敢えず椅子を二脚出して、それぞれベッドの両脇に置いた。
「イヴ、もう少しの辛抱だからな……」
リンはイヴの手を両手で握って、囁きかける。
クラウドはその様子を、軽く笑みを浮かべながら眺め、そういえばと窓の外を見る。
(もう、会議が始まっている頃……か)
***********
クルーシャル海のほぼ中央に、城が一つ建っている。
勿論、海上に浮かんでいる訳ではない。辺り一帯に広がる群島の中の一つに、それは建てられている。だが、敷地面積が島ギリギリまであるため、城が浮かんでいるように見えるのだ。
『中央ギルド連合総本山』
実は、この建物には正式名称が存在せず、一般的にはこう呼ばれている。
下手な小国より立派な城構えは、見るものを威圧する存在感を醸し出している。
その城の中にある部屋の内の一つに、今回召集された本部長達が集まっていた。
大きな円卓を六人で囲み、その後ろには五人が待機している。
「では、始めるとするかの。ナタリア」
円卓の一人、白髪に長い白髭をたくわえた高齢の男性が、右隣に座っているナタリアに呼び掛けた。
それを受けたナタリアは、眼鏡の位置を直した後、話し始めた。
「今回の会議の召集者である、ナタリア・リーンバールだ」
「知ってるさ。長年の付き合いだろ? 勿体振らずにさっさと本題に入ろうぜ」
ナタリアの正面に座っている男性が茶化す。
赤茶色の髪をツンツンに立たせた、強気な吊り目が特徴だ。その肌は、日によく焼けており、机の上に投げ出されている手には、包帯が巻かれている。
「スターツ……会議なのだから、それなりの態度で……」
ナタリアの後ろに立っていたシャイナが、茶化してきた男性――スターツに苦言を呈するが、言われた本人は鼻で笑った。
「はんッ、これが俺のスタンスだ。文句言うんじゃねえよ」
「何ですって……」
シャイナの頬がピクッと反応するが、流石に取り乱したりはしなかった。
「……全く」
「構わんよ、シャイナ。あいつの言う通りだ。己のスタンスを貫く……結構なことじゃないか」
スターツに笑い掛けるナタリアに、彼はまたもや鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「……そろそろ続けて欲しいのだか、良いかな?」
痺れを切らしたのか、ナタリアの右隣に座っている男性が、続きを促す。
青色の長髪に切れ長の眼の中に藍色の瞳を持つ、細身の人物。椅子に座っているというのに、紺色のコートを脱いでいない。
「おぉ、悪い悪い、ガウェイン。話の途中だったな」
「あれは話の途中と言うより、話の冒頭だがな……」
ナタリアにガウェインと呼ばれた男性は、そう言って肩を竦めた。
「細かい事は気にするな。器が知れるぞ?」
「…………」
ニヤリと笑うナタリアに対し、冷ややかな視線をぶつけるガウェイン。暫く無言で睨み合っていたが、先に根をあげたのはナタリアだった。
「……分かった、続けるよ」
「ああ、宜しく頼む」
それだけ言って、ガウェインは眼を瞑って腕を組んだ。
「ハァ……よし。では続けさせてもらう。皆には事前に通達してあると思うが、生物兵器なるものが私達の大陸の中の一国で開発されていた」
真剣な表情に戻したナタリアの言葉に、自然と場の空気もピリッとしだす。
「私は実際に目にしていないが、シャイナがそれと戦っている。シャイナ、情報を」
ナタリアはチラと後ろを見やり、見られたシャイナはナタリアの椅子の隣まで出てきて、一礼。それから話し始めた。
「シャイナ・フォルクです」
名前を言い終わる直前にスターツを見て、釘を差すシャイナ。彼はと言えば、軽く肩を竦めるに留まった。
「先程ナタリア本部長が仰ったように、私は実際に生物兵器群と戦闘を行いました」
「手応えの程は?」
ガウェインとスターツに挟まれた形で座っている男性が、最初に質問した。
肩口まで伸びた緑色の髪に、同じく緑色の瞳。身体全体の線が細いため、それなりの格好をしていると、女性に間違われても仕方ないと言った風貌だ。
「正直に言えば、あまり無かったと。しかし、その時は切羽詰まっていたために『魔弾の射手』を使用しました。そのため、生身でやり合う際に関しては、分かりません」
「成る程ね。確かに、シャイナの『魔弾の射手』は強力だからね。数の暴力の前では、半端な力など取るに足らないか……」
一人うんうんと頷く男性。シャイナは少しムッとした表情で反論する。
「それを言うなら、ヴァドレッド、貴方も似たようなタイプでしょう」
ヴァドレッドと呼ばれた男性はタハハと頭をかきながら笑った。
「確かにそうだ。だけど、別に批難した訳じゃないよ。ただ単に、シャイナは強いなぁと言いたかっただけだよ」
「……貴方の方が強いでしょ、No.3」
シャイナの台詞に、ヴァドレッドは意味深な笑みを浮かべたが、特に何も言わずに引き下がった。
「だけど……」
このまま話が戻るかと思われたが、円卓に腰掛けている中で唯一発言していなかった人物が、ここで声をあげた。
「シャイナ、お前が強いということはここにいる全員が承知のことだ」
円卓の中で一人だけ確りと鎧を着込んだ男性で、黄色の髪を短く刈り込んでいる。
(あ、ヤバい……雲行きが……)
話された内容に、嫌な予感がビンビンするシャイナ。しかし、止められないのは今までの経験上分かっているので仕方なく続きを待つ。
「そろそろ、俺かスターツの所、つまり『ソートフェース大陸』か『ポルトン大陸』の本部長になってはくれないか?」
(やっぱりか……)
内心では、大きな大きな溜め息を吐くが、表面にはおくびも出さず冷静に対応する。
「セルドリッツ、話がずれていますよ。今はそんなことを議論している場合ではありません。そして、私はここを離れるつもりもありません、と何度も言っている筈ですが?」
キッパリと言い切ったシャイナに対し、しょうがないと言った感じで黙るセルドリッツ。
「皆さんも、話の続きをしても宜しいですね?」
返ってきたのは無言だが、シャイナはそれを肯定の意と捉えて問答無用と言わんばかりに話を続けた。
「まあ、実力云々に関しては、正直言って皆さんに提供出来る程のものではありません。逆に言えば、皆さんの実力ならば何の苦にもならないでしょう。ですので、取り敢えず外見辺りを伝えたいと思います」
それから、数十分に渡り会議は行われた。
本部長、副本部長達は積極的に意見をやり取りして己の中での生物兵器像を確立させていった。
議論も一通り済んだ後、議論の輪に加わっていなかった白髪の老人が締めに入った。
「それでは、他に質問はないかね?」
その質問に手を挙げたのは、スターツだった。
「何じゃ、スターツ?」
「今日は何でアスターの奴がここにいるんだ? コイツは何処の本部にも属していないだろ」
スターツはガウェインの後ろで立っている男性を指差しながら言った。
「ちょっとスターツ、いくらなんでも無礼でしょ。指を指すのは止めなさい」
その行動をたしなめるのは、スターツの後ろに立っていた女性だ。
紫の髪がふわっと腰辺りまで伸び、睫毛の長い切れ長の目が大人の色香を漂わせる女性だ。
「ああ? うるせぇなレイミア。一々そういうこと言うんじゃねえよ」
スターツは鬱陶しそうな言動とは裏腹に、素直に指をしまう。
老人は髭に隠れている口元を綻ばせながら、しかしそれには気付かせない声色でスターツの質問に答える。
「今回は会議の内容が内容じゃからな。儂が無理矢理呼んだんじゃよ」
アスターと呼ばれた男性は、一言で言えば“黒”だ。黒髪に黒目、着ている物も黒。唯一、肌の色だけが白色でそれが異常に目立つ。
「他にはないかの?」
老人が円卓を見回す。
「何かあるか、ジン?」
セルドリッツが自らの後ろに控えていた橙色の髪を持つ男性に問いかける。
「いえ、特には……」
ジンと呼ばれた男性は、軽く首を降って答えた。
「ガラテアはどうだ? 何も発言していなかったが」
ヴァドレッドが後ろの女性――ガラテアに訊くが、彼女は首を横に振った。
ガラテアは藍色の髪を後ろで一つに縛っており、背中が大きく開いた服を着ている。
「では、質問は誰もなしと言う訳じゃな」
円卓の全員が一斉に頷く。
「じゃが、まあ一応定例のヤツをやっておくかの」
そう言って老人はまずガラテアに視線を向けた。
「No.10『天使』ガラテア・ユースタス、異論は?」
ヴァドレッドの後ろにいるガラテアは、もう一度首を横に振って否定した。
「うむ。次にNo.9『絶対防御』ジン・トージョー、異論は?」
「ありません」
セルドリッツの後ろにいるジンは、首を横に振りながら言った。
「うむ。No.8『妖艶』レイミア・エルウッド、異論は?」
「ありませんわ」
スターツの後ろにいるレイミアは軽く微笑みながら答えた。
「うむ。No.7『消音』アスター・バイオレット、異論は?」
「……ない」
ガウェインの後ろにいるアスターは一言だけ放って、それ以上は何も言わなかった。
「うむ。No.6『王家の武器庫』セルドリッツ・ターナー、異論は?」
「ないです」
老人の左隣に座っているセルドリッツは老人の目を見ながら言った。
「うむ。No.5『破城拳』スターツ・ゴルド、異論は?」
「ねぇよ。ったく、面倒くせぇな一々……」
セルドリッツの隣に座るスターツは頭をかきながら言った。
「うむ。No.4『魔弾の射手』シャイナ・フォルク、異論は?」
「何もありません」
ナタリアの後ろにいるシャイナはキッパリと言い切った。
「うむ。No.3『機動艦隊』ヴァドレッド・フラム、異論は?」
「ないよ」
老人の目の前に座るヴァドレッドは頬杖を突きながら言った。
「うむ。No.2『葬送槍』ガウェイン・クロイツェフ、異論は?」
「いや、何もない」
ヴァドレッドとナタリアに挟まれて座るガウェインは腕を組みながら答えた。
「うむ。では、最後に……」
そして老人は自分の右隣に座る人物に目を向けた。
「No.1『舞姫』ナタリア・リーンバール、異論は?」
ナタリアは呼ばれてから一度目を閉じ、頭の中を一瞬で整理させてから答えた。
「ないな……ゲイル長」
ナタリアの返答に老人――ゲイル翁は大きく頷いた。
「では、異論なしと言うことで、この議題は我が名、ゲイル・トーラスの元終了することを宣言する」
ゲイル翁は高らかに言い放った。
しかし、ここで疑問を呈する人物が一人。
「議題……? 会議ではなく?」
シャイナはゲイル翁の発言に質問をする。
「そうじゃ。皆には悪いが、会議はもう少し続けさせてもらうぞ。元々、これについて話し合うために呼ぼうと思っておったんじゃ」
「一体何を……?」
シャイナはゲイル翁の言っている事が分からなかったが、他の皆には分かったようだ。
「もうそんな時期か……」
「あっという間だったな……」
「楽しみね、今回は誰が優勝するのかしら?」
皆、口々に自分の感想を言う。
その内容に、シャイナも何となく新たな議題の事を理解し始めた。
「ナタリアさん、議題って……アレのことですか?」
ナタリアは振り向いて、ああ、と答える。
「そうか、シャイナは去年関わっていなかったな。そうだ、アレだ」
「そういうことじゃ」
ゲイル翁がナタリアに続く。
「では、次の議題――『ギルド大会』の開催地決めに入ろうかの」
「第十七夜を読んで頂きありがとうございます」
エ「一気に人が増えたわね」
「ですね~。読者さんは今回の描写で分かってくれてますかね?」
エ「う~ん、もちっと詳しく話したら?」
「そうですね。まず、円卓に座っている六人の内、ゲイル以外が本部長です。そして、その五人の後ろで立っているのが副本部長です。但し、ガウェインの後ろに立っていたアスターだけは副本部長ではありません。彼は何処の部署にも縛られていない傭兵です。ですから、ガウェインは今回一人で会議に出席したことになります。勿論、副本部長がいないわけではありませんが、会議に参加はしていないということです」
エ「……余計分からなくなったような……」
「やかましゃあ! 自分だって一生懸命なんだよッ。いっぱいいっぱいなんだよ!」
エ「……まあ、分かんないとこは、直接訊いてもらえば良いかな」
「そだね。では、読者の皆さん、何かご不明の点が有りましたら、此方にお問い合わせ下さい。懇切丁寧な対応で答えさせていただきます」
エ「無駄に格式ばってるわね……」
「こういうのも大事かと思って」
エ「ふ~ん……」
「まあ、そんなことはどーでもいいんだけどね……」
エ「何かあったの?」
「ストックが底を尽きかけている! ヤヴァイ!」
エ「……………………」
「あれッ!? 反応無しッ!?」
エ「いや、だって……アンタが悪いんだし……」
「うぐっ……!」
エ「あ、そうだ。ストックないついでに今の内に言っといたら?」
「あ、そだね。えっと、実は自分、次の次の金曜日から五日間、合宿に行くため執筆が完全にストップしてしまいます。そのため、ストックがない今の状態ではもしかしたら次の次の日曜日は更新出来ないかもしれません。いや、下手したらその次の日曜日も……という感じなんですが、ご了承戴けたら幸いです。更新が停止するわけではありませんので、どうか見捨てないでやってください。お願いします」
エ「あたしからもお願いします。
さて今日はこれで終わりかな?」
「そうだね。では、皆さん、また来週お会い出来るのを楽しみにしています。それでは」
エ「まったね~」
~放送終了後~
エ「またアンタ黙ってたわね! 会話に参加しなさい!」
ク「……え~」
エ「え~じゃない! 次回は参加する、オーケー?」
ク「ノットオー……」
エ「オーケー……?」
ク「オ、オーケー……」
エ「良し」