第十五夜 不自由な自由
スイマセン……今日もあとがきはお休みです。
時間がない……バッテリーがない……あとがきが書けない……
ツェツァリ王国にあるいくつかの牢獄の内の一つに、リンはいた。
囚人服を着せられ、牢屋の奥の壁に鎖で繋がれた状態で床に座っている。
この鎖は、リンの変換を恐れての処置であり、全ての囚人に対して行われているわけではない。
(はぁ、どうなっちゃうんだろ、俺。やっぱ極刑かな……)
溜め息を吐きつつ、リンは今後の自分を想像していた。しかし、いくら考えても明るい未来は得られないという結果に終わり、その可愛い顔はどんどん暗くなっていく。
(まあ、暗殺部隊なんてものに入ってたんだから、覚悟は出来てるけどさ……やっぱり……イヴに会いたい……)
くっと顔をしかめるリン。涙こそ見せていないが、ほぼ泣いているのに等しい。
(会いたい……会いたい……イヴ……)
コツコツ……
「!」
その時、廊下から足音が聞こえてきた。わざとではないかと思えるほど反響し、故に囚人は身を固まらせる。
コツコツ……コ……
足音の主はリンの牢獄の前で止まった。
俯いていた状態からゆるゆると顔をあげる。
「出ろ」
一言。たった一言。だが――
「えっ……?」
――それはここでは、罷り間違っても自分に向かって言われる筈のない一言だった。
「釈放だ」
看守は腰にぶら下げた鍵束から一つの鍵を選び、開錠、次に檻の中に入ってきてリンが繋がれていた鎖の錠も開けた。
「…………」
一方のリンは何をされているのか分からなく、ただ呆然としていた。
看守に脇を抱えられ無理矢理立たされた所で、やっと我を取り戻し、質問する。
「え……何を……してるんですか……?」
「だから釈放だって。ほらしっかり立て」
看守は呆れながら答え、背中を軽くパンッと叩いた。
それでも納得のいかないリン。
「……でも、俺は殺人犯……」
「知ってるさ」
「じゃあ、何で釈放……」
「それは知らん。俺達看守の仕事は、上の命令通りに牢獄を開け閉めすることだからな。その中にいるのがどんな奴かなんて、俺達には関係ない。興味すらない。だから、何でお前が釈放されるのかなんて、俺は、知らない」
態々“俺は”と区切った看守の言葉に思案する。
「ま、俺が言えることはただ一つだ」
「……?」
そんな様子のリンに看守は微笑みながら付け足す。
「もう、ここには戻ってくるなよ。俺は二度と、お前をここでは見たくないからな」
「……!」
看守の言葉に一瞬、目を見開く。
「……はい」
そして、確りと、頷いた。
「ヤッホー。遅いわよ」
「ハァ……」
「…………」
囚人服から着替えたリンが看守に伴われながら外に出ると、クラウドとエルヴィネーゼが待っていた。
「あ、あれ……?」
二人の姿を発見したリンはまたしても言葉を失う。
「ん? どうかした、リンちゃん?」
エルヴィネーゼが顔を覗き込みながら尋ねる。
「あ、いや、別に……。ていうか、“リンちゃん”って何?」
「え?」
「いや、そんなキョトンとされても……」
「リンちゃんはリンちゃんだよ」
「あれ? この人ってこんなにお馬鹿さんだったっけ?」
「……年下にお馬鹿さんって言われると、結構傷付くね……」
ズーン、と項垂れるエルヴィネーゼ。
それを見て、仕方なくといった感じで溜め息を吐きながらクラウドが喋り始める。
「……そこの莫迦は放っておけ。取り敢えず、ギルドに行くぞ」
その言葉にハッとなってクラウドに質問するリン。
「お兄さん、俺どうして、釈放されたの?」
「……着いたら説明してやる。兎に角来い」
クラウドは答えず、踵を返した。
「あっ、待って」
それに駆け足で追いかけるリン。エルヴィネーゼもいつの間にか復活していて、その二人の後ろからついていく。
***********
ギルドに着いた三人は直ぐ様『ナーシャの部屋』に向かった。
途中、ギルド内で屯していた屈強な男達、女達が幼い容姿のリンが入ってきたことで一斉に注目したが、そこは暗殺部隊に所属していただけのことはあり、完全に無視して通り過ぎていった。
因みに、誰も絡まなかったのは、一緒にいたクラウドとエルヴィネーゼの(名前の)効果だったりする。
「取り敢えず、ご苦労」
ナタリアが三人に対して労いの言葉をかける。
「え、俺は別に……」
無言で礼をするクラウドとエルヴィネーゼと違って、リンは何故自分がそんなことを言われるのか分からなかった。
「言っただろう、取り敢えずと」
そんなリンにナタリアは軽く返して、システムデスクから煙草を取り出し、火を着けた。
「ナーシャさん、ここに来た人には取り敢えず“ご苦労”って言うの。まあ、余裕があるときだけだけどね」
エルヴィネーゼが説明を加える。
それでやっと納得がいったのか、「ど、どうも……」とぎこちなく礼をする。
それに満足したのか、煙をぷはぁと吐いて笑みを浮かべる。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。私はナタリア。ナタリア・リーンバールだ。見ての通り、ギルドの本部長をしている」
「は、はじめまして。リンです」
リンはもう一度、今度は確りと礼をする。
「うむ、あっちにいるのがシャイナだ」
ナタリアが顎で指し示す方には、ナタリアのシステムデスクより二回りは小さい机に座って高く積まれた書類と闘っているシャイナがいた。
「あ、あの人は知ってます。危ない所を助けて貰いまして……でも、あれ? あんな雰囲気の人だったかなぁ?」
そう。表情こそいつもの微笑みを絶やしてはいないが、彼女から、鬼気迫る迫力が滲み出ているのだ。
可愛らしく(少々怯えながら)首を傾げるリンにナタリアが苦笑しながら説明する。
「あいつは仕事の鬼だからな。あの机に座ったら最後、書類が無くなるまでずっとああだ」
「……誰かさんに見習って欲しいですね……」
「誰かさんとは誰のことだ……?」
エルヴィネーゼがぼそりと呟いた言葉を聞き逃さない辺りは、流石と言うべきか。目だけが笑っていない笑顔を浮かべたナタリアにエルヴィネーゼは冷や汗をだらだら流す。
「……当然アンタのことだよ、ナーシャ」
「!?」
「……ほ〜ぉ」
ここで物怖じしないのがクラウド。エルヴィネーゼの言いたかったことを直球ど真ん中に投げ込んだ。ナタリアが目を細めて威圧するが、クラウドには効かない。
「凄んだ所で無駄だ。今はリンがいるから良いが、この状態に慣れたら必ず本性表すだろ」
「うぐっ……」
たじろぐナタリア。本当の事を言われたので反論が出来ないようだ。
「…………?」
言ってる事が分からないリンは首を傾げる。
「少し経てば分かるよ」
そんなリンにエルヴィネーゼが説明しておく。
リンはまだ納得はいってないようだが、大人しく下がった。
「さて、本題といきましょうか」
突然、シャイナが会話に参加してきた。さっきまで作業をしていた机を見ると、あれほどあった書類が全て片されていた。
「は、はやッ……」
知らず知らず呟いていたリンの言葉に頷く三人。それを全く意に介さず、未だに本題に入っていない会話に冷水を浴びせる。
「……いつまで馬鹿話してるんですか? さっさと本題に入りましょ」
「……そうだな。少し脱線していたな」
ナタリアは椅子に確りと座り直し、凛と声を発する。
「リン」
呼ばれたリンは背筋をピンと伸ばす。
「そう畏まるな。ただ、今のお前の状況を伝えてやるだけだ」
「俺の状況……ですか?」
「そうだ。取り敢えず極刑は免れた、というのは薄々感付いてはいるだろう?」
「それは……まあ」
「なら良し。だがな、罰が何もないと言うわけでも、当然ない」
「分かってます。それで、俺は一体どんな罰を……」
「端的に言えば、奴隷だな」
「…………は?」
一瞬思考が停止するリン。
「ど、奴隷?」
「そうだ」
「この国は奴隷制度を適用しているんですか?」
「いや、していないぞ」
「ならなんで……」
理解出来ていないリンにシャイナが苦笑しながら追加説明をする。
「まぁ、簡単に言えば、君の身柄は今、クラウド君が握ってるってこと」
リンがクラウドに視線を向けると、クラウドはうむと頷く。
「つまり、リンちゃんの身体はす・べ・て、クラウド君の物ってこと。クラウド君の命令には絶対服従で、逆らったりしたら痛〜い体罰が……」
「…………」
暴走するシャイナの台詞に二の句が告げないリン。エルヴィネーゼが苦笑しながら助け船を出す。
「と言う建前よ」
「……た、建前……?」
見て分かるほどに肩の力が抜けるリン。
「そ。それぐらいの不自由がないと奴隷って言えないし、他の奴らを黙らせる罰にもならないでしょ? それに、逆に考えれば、クラウドの奴隷になったことで、あなたは『不自由な自由』を手に入れたってことになるのよ」
「『不自由な自由』……?」
「生殺与奪の権利をクラウドが全て握ることで、あなたは何人にも触れることのできない、ある意味孤高の存在となったってこと」
「あ、だから『不自由な自由』……」
言葉の真意に気付いたリンに笑いかけるエルヴィネーゼ。
「そういうこと。まあ、クラウドに相手を縛りたいっていう性癖があれば別だけど……」
ニヤッと笑ってクラウドを見るが、見られた本人は華麗に無視。
「ここまで無視されると、いっそ清々しいわね……」
クラウドは結局、エルヴィネーゼの発言には一切反応せず、リンを見る。
「リン、そういうわけでお前はオレの奴隷だ。それで良いか?」
問われたリンは苦笑を浮かべながら答える。
「良いも悪いも、俺に選択の余地は無いんでしょ」
「嗚呼、そうだ」
「なら、喜んで受け入れるよ。……ありがとう」
「奴隷に成り下がった奴が礼など、どんな喜劇だ?」
「それでも、ありがとう」
真っ直ぐに送られた感謝の意に、クラウドはそっぽを向きつつ「嗚呼……」と答えた。
「ただ、一つだけ訊いていい?」
「なんだ?」
「どうして俺を助けてくれたの?」
その質問に、クラウドは暫く黙っていたが、やがてぼそりと言った。
「……罪滅ぼしだよ……」
「罪滅ぼし……?」
詳細が気になったリンだが、それ以上は訊くなという雰囲気をクラウドが纏っていたため、深くは詮索しないことにした。
***********
現在、ナーシャの部屋にはナタリア、シャイナ、クラウドの三人だけがいる。エルヴィネーゼとリンは、イヴが入院している『ツェツァリ中央病院』に向かっている。
「「「…………」」」
重苦しい雰囲気の三人。これは、別れ際にリンに訊いた質問の答えによるものだ。
「やはりな……リンは何も知らなかった」
初めに口を開いたのはクラウドだった。残りの二人もコクリと頷く。
「ああ。『暗殺部隊』なんていう名前上、もしやとは思っていたが……」
ナタリアの言葉の続きをシャイナが引き継ぐ。
「一体、誰からの命令なのかは一切知らされていなかったわね」
そう。クラウドはリンに「今回の命令は誰からのものだ?」という質問をぶつけていた。その答えはとても簡潔で「知らない」の一言だった。
「……まァ、得られた情報もあるがな」
そのクラウドの発言に少し空気が軽くなる。
「『生物兵器研究機関』に逃げ込んだのは、やはり上からの命令だったな」
「しかも、後付けらしいしね」
「ああ。これで、少なくとも“二人以上の人物がリンに命令を出した”と“考えても良い”ことになった……。小さな一歩だが、確実な一歩だ。さあ、これから忙しくなるな」
頷く二人。
この後、三人は二言三言やり合って解散した。一人はエルヴィネーゼとリンを追って、二人は自分の仕事に戻っていった。