第十四夜 口撃~後編~
ツェツァリ王城謁見室
普段ここは、他国の王族や、それに準ずる人物の使者、または自国の近衛長等が通され、第三者に話の内容を聞かれぬまま会談を行うためにある部屋である。
しかし、今回国王、王妃、そして王女と対面するのは、使者ではなく、自国の近衛長でも、況してや他国の王族でもない。
傭兵。
二つ名持ちとは言え、ただの傭兵に違いはない。
無論、これは異例中の異例である。例えローレンシアギルド―ツェツァリ本部の本部長であるナタリアであったとしても、この待遇はないであろう。
寧ろあってはならない。王国軍を差し置いて傭兵を謁見室に通す等、国が傾きかねない大事だ。
しかし、現に二人の傭兵――クラウド・エイトとエルヴィネーゼ・マクスウェル――はここに呼ばれている。それはつまり、傾国の危機を冒してでも聞かれてはならない話題を、この二人が持っているということだ。
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「来たか……」
豪奢な一人用ソファーに座っているバルフォイ王が、両開きの扉が開き、クラウドとエルヴィネーゼが姿を現した瞬間に呟いた。彼の両隣には、同じくセリア王妃とユリア王女が一人用ソファーに静かに腰掛けていた。表情は正反対だが……。
「フム……王族を待たせるとは、これ以上の自慢はないかもな」
軽口を叩きながらクラウドが対面にある二人掛けのソファーに座る。エルヴィネーゼはクラウドを睨みながら、しかし何も言わずにクラウドに続く。
両者の間には、『ナーシャの部屋』のシステムデスク並に、幅広いことだけが取り柄のようなテーブルが置いてある。周りの装飾も、華美なものは置いておらず、性能と使い勝手の良さから選ばれているようだ。
「失礼致します」
確認を取ってから、メイドが部屋に入ってくる。その手にはお盆を持っており、ソーサーに乗ったティーカップが五つ、そしてティーポッドがその上に乗っていた。
「失礼します」
メイドが洗練された動きで、カップを並べ、紅茶を淹れていく。そのカップは全て同じ種類で、ここから、“私達は互いに対等である”というバルフォイ王の考えが分かる。
メイドが退室し、紅茶を一口飲んでから、バルフォイ王が口火を切った。
「一体何時気付いた?」
挨拶もなしにいきなりの本題。ユリア王女の目付きもより一層キツくなる。
「気付いた、ではなく至った、だが」
「至った……?」
「嗚呼、今回の依頼は不審な点が多すぎた……ただそれだけだ」
クラウドはそこまで言ってから紅茶に口をつけた。すると、僅かに顔を歪めた。
「お口に合いませんでしたか?」
その様子を見たセリア王妃が訊ねる。ほんわかした言い方なので、咎めているのか本当に訊いただけなのか、判別しづらい。
「否、済まぬ。元々紅茶が苦手な故……この紅茶が不味い訳ではない。寧ろ美味い。流石は王宮、良いものを飲んでいる」
「あら、ありがとう」
コロコロ笑うセリア王妃は、特に気分を害した様子でもなかった。
それを見たエルヴィネーゼも恐る恐る紅茶を口にする。
「うわ、美味しっ」
エルヴィネーゼも目を丸くして味に驚いた。
「気に入りましたか?」
セリア王妃はエルヴィネーゼにも味を訊く。
「は、はい、それはもう! 正直申しますと、あた……私はストレートがあまり得意ではないんですけれど、これはストレートでも凄く美味しいです」
「それは良かった。この紅茶は――」
「お母様! 紅茶なんかどうでも良いんです! 話が本線に入る前から脱線、いや寧ろ乗る路線から間違ってます!」
ユリア王女が、このほんわかしたセリア王妃に噛みつく。王妃はあら、と手を口に添えて微笑む。
「あなた達も、少し位緊張したらどうなの!? 謁見室に通されてるんだから!」
今度は対面の二人を標的に変更した。
「あ、す、すいません……」
エルヴィネーゼは素直に謝る。ユリア王女はそれにうむと頷いて、次にクラウドに視線を向けて謝罪を待ち構える。
しかし、この男は。
「……美味いものを美味いと褒めて何が悪い」
「なッ―――!?」
全く反省をしておらず、逆にユリア王女を責める始末。この返しに、王女は絶句。因みにエルヴィネーゼも絶句していた。
「それに、オレはそっちの疑問には確りと答えたぞ」
「えっ……?」
「“至った”っと……」
「それを答えたとは言わないッ!」
「では応じた?」
「それも違う! 言葉が足りないと言っているのッ!」
「足りないではない……必要最低限と言って欲しい」
「最低限過ぎるわッ! 単語じゃない! 文で語りなさい!」
「オレは、至った」
「誰が主語を入れろと言ったッ!?」
「主語と述語で文は成り立っているのだぞ」
「形容詞とか副詞と言った修飾語が入ってこそ意味のある文になるのよ! 省いたら意味分かんないじゃないッ!」
「貴女は、とても、綺麗な、女性だ」
「えっ……? って何よ、急に!?」
「否、適当に言っただけだが?」
「――ッ! そんなこと聞きたくないわよッ!」
「では、何が聞きたいんだ?」
「何に至ったのか、何時至ったのか、どのように至ったのか! そういうことをよッ!」
「…………」
「な、何よ……急に黙ったりして……」
「あまり怒ると皺が増えるぞ」
「余計なお世話よッ!! 何、私をからかってるの!?」
「否、バカにしている」
「尚更悪いわッ!!」
「セリアちゃん――」
「お母様……!」
「――そんなに大声を出して、はしたないわよ」
「あれッ!? お母様ッ!? お母様は私の敵なんですかッ!?」
「一般論を述べただけよ」
「このタイミングでその発言は、私の敵にしか思えないんですけど……」
「気のせいだと良いわね」
「否定はしないんですね……」
「セリア」
「あら、ごめんなさい」
バルフォイ王の一言でセリア王妃が引き下がる。ユリア王女はやっとまともになると溜め息を吐く。
バルフォイ王は次にクラウドに向く。それにニヤリと笑うユリア王女。対するクラウドは無表情を貫く。
「『暗殺者』……いや、クラウド君。済まなかった」
バルフォイ王の謝罪に、開いた口が閉じない状態のエルヴィネーゼとユリア王女。クラウドは目だけで疑問を呈する。
「お父様……何を謝ってるの!?」
復活したユリア王女が叫ぶ。バルフォイ王は彼女に微笑みかけると、またもやクラウドに話し掛ける。
「いやはや、私は焦っていたようだな……今のやり取りで大分落ち着いたよ」
そう言えばと、ユリア王女にも心当たりがあった。
挨拶もなしにいきなり本題に入った今回のやり取り。彼女は相手が傭兵だからだと勝手に頭の中で解釈していたが、そもそも彼女の父であるバルフォイ王はそのような差別はしない、寧ろ嫌いとまで思っていたはずだ。そんな彼が挨拶なしはしない。つまり、バルフォイ王は、焦っていた……。
「…………」
自分で結論を出してムスッとした顔をするユリア王女。しかし、真相が分かってしまったため何も言えない。
「では、冗談はここまでにして本題に入ろうか」
バルフォイ王が仕切り直す。それに応じるように姿勢を正す二人。その顔にはさっきまでのふざけた色は全くなかった。
「取り敢えず、至った、と言ったな?」
「嗚呼、こうもあからさまだと分かるなと言う方が可笑しい」
この台詞に何故か顔をしかめるエルヴィネーゼ。しかし全員がこれを無視。
「では、可笑しかった点を挙げてくれないか?」
「……玉座の間でも言った通り、先ずは情報の早さ。と言うよりも、依頼にするまでの早さと言った方が良いな。あれは、早すぎる。たった一人、しかも傭兵の証言をそのまま鵜呑みにするほど、この国も素直ではないハズだ」
「確かに。国とはそういうものだ」
バルフォイ王はクラウドの発言を認め、しかし、と続けた。
「彼女、いやエルヴィネーゼ君以外にも通報者がいたかもしれんぞ?」
「いただろうな」
あっさり肯定するクラウド。あまりにもあっさりし過ぎてキョトンとするバルフォイ王。セリア王妃とユリア王女も似たような表情だ。
「じゃ、じゃあアンタの推測は全くの無意味――「だが……」!?」
一番最初に復活したユリア王女が詰問するが、それに被せるように発言するクラウド。
「それがどうした?」
「何……?」
「何人通報しようが、関係ない。あんたたち王族は、それが真実であるか否か、精査する必要があるハズだ」
「「「!?」」」
「例えそれを最速で行ったとしても、半日はかかるよなぁ?」
王族側の三人は何も言わない。
「だから可笑しいと思った。これが一点目。二点目は依頼実行者にオレ達二人を指名したことだ」
「……?」
バルフォイ王は軽く首を傾げるがそれに構わずクラウドは続ける。
「これは、迅速に事を進めたかったからだろう。オレ達は傭兵と言えど、ツェツァリ本部と優先契約をしている。他の傭兵よりは頼みやすいハズだ」
「ま、待ってくれ」
バルフォイ王はここでやっと静止をかける。
「確かに私達はツェツァリ本部に依頼は頼んだが、傭兵の指名まではしていないぞ」
目を見張るエルヴィネーゼ。セリア王妃は少し眉を潜める。ユリア王女もバルフォイ王を見た後、クラウドを睨み付けた。
「アンタ、お父様に冤罪でもかける気!? ハズレてるじゃない、アンタの推測!」
ユリア王女はここぞとばかりに責める。エルヴィネーゼは顔を引きつらせながらクラウドを見る。その瞳にはしっかりと「大丈夫?」と浮かんでいる。
しかし――
「「「「――!?」」」」
――クラウドの顔には笑顔が張り付いていた。無邪気な笑みではなく、してやったりと言うかの如く、正にニヤリという擬音がピッタリの笑みだった。
「嗚呼、済まん。その言葉が欲しかったのだ」
バルフォイ王に頭を下げるクラウド。その素直な行動に面喰らう四人。
「あ、いや、別に構わんが……」
「お父様!?」
クラウドを赦したバルフォイ王にユリア王女が驚く。
「間違いは誰にだってある。一々目くじらを立てていては話が進まんぞ」
「…………。分かりました……」
渋々と言った様子でユリア王女が引き下がる。
「では、気を取り直して続けようか」
「嗚呼。では三点目に――否、二点目か? まぁ良い。次に引っ掛かったのはドルムック王国での出来事だ」
「それは情報として来ている。確か、犯人の情報提示を向こうが拒否したのだったか?」
「少しばかり違う。正確には“そんな人物はこの国にはいない”と言われた」
「どちらにしろドルムック王国が協力を拒んだのに違いはない。……約束と違うじゃないか……」
最後の呟きは傭兵の二人にしっかり届いていたが、特に何も言わなかった。
「まあ、向こうにも事情があったのではないのか? 最終的には向こうから姿を表した訳故、裏切ったということでもあるまい」
「えッ!? じゃあリンちゃんがあたし達を襲ってきたのって……!」
エルヴィネーゼが驚く。あれも思惑の一つだとは思ってなかったようだ。
「嗚呼、確実に上からの命令だろうな。本当なら、あのまま何もせずにほとぼりが冷めるまで隠れていれば良かったハズだ。だが実際は、態々向こうからやってきた……アイツの意志ではないだろうな」
「そうだったんだ……」
少し放心したように背もたれにもたれる。あの時の事を思い出しているのだろう。
「確かにそうだな。情報隠蔽には理由があったのだろうな……まあ、だからと言って追及の手は緩めないがな」
ニヤリと笑うバルフォイ王にクラウドもニヤリを返す。
「そこをどうするかはそちらに任せる。さて、と言った所だ、オレが真相に至るまでの違和感は」
そこまで言って一息つくために紅茶を口に含む。
「成る程な。これは確かに、聞けば聞くほど違和感だらけだ」
バルフォイ王はやれやれと首を振る。そして、急に真面目な顔でクラウドを見る。
「それで、口止め料は?」
それにクラウドはキョトンとした後、軽く言った。
「否、こちらの要求は初めに言ったハズだが……」
「……では、本当に二人の身柄をそちらに渡すだけで良いのか? 金品等は……」
「余計な事を言うと、集るぞ?」
クラウドはニヤリと笑って発言を止めさせる。
「いや、だが……」
それでも引かないバルフォイ王。その様子に頭をバリバリかくクラウド。
「じゃあ――」
ここでバルフォイ王が提案する。
「――『生物兵器研究機関』を潰した褒賞という形ならどうだ?」
「まァ、それなら良いが……しかし、どうしてそこまでオレ達に褒美を渡すことに拘る?」
クラウドがそう問い掛けると、バルフォイ王はバツが悪そうに言った。
「いや、傭兵を謁見室に呼ぶという前代未聞のことをしたんだ……それなりの体裁と言うものを……」
クラウドは成る程と頷く。エルヴィネーゼもふうんと首を縦に振る。
「分かった。では、向こう十年間は働かなくても暮らせることが出来るくらいの金を……」
「ていっ」
「ぐは、ッ!」
鳩尾に一撃。クラウドは体をくの字に曲げて震える。
「「「…………」」」
その遠慮容赦無い一発に唖然とする王族三人。ユリア王女までもが、額に汗を浮かべている。
「調子に乗ってしまい申し訳ございません」
エルヴィネーゼが頭を下げる。クラウドのことはガン無視だ。
「い、いや……別に良いが……クラウド君は大丈夫か……?」
「はい、これくらい平気です。鍛えてますから」
「いや、鳩尾に鍛えるも何も……」
「気にしないで下さい。流石に謁見室で人死には不味いですからね」
「謁見室じゃなかったら殺してたのかな……!?」
「うふふ……」
「…………」
意味ありげに笑うエルヴィネーゼに先程とは違う汗が流れる。
「では、褒賞の話なんですけど……」
エルヴィネーゼが本題に戻ったため、バルフォイ王も咳払いを一つ、表情を戻した。
「流石に十年間は無理だと言うのは分かるのですけど、どれほどなら良いのかこちらでは分かりかねます。そちらで決めてください」
エルヴィネーゼが至極まともな意見を言う。
「うむ、そうだな。では、Sレベルより少々上程度の金額を渡すとしようか」
「そ、そんなに頂けるのですか!?」
ギルドが傭兵に依頼を提示するとき、その依頼にはレベルが制定されている。Sレベルならランク三十以上、Aレベルからランク六十以上、Bレベルならランク二桁以上と、ランクによって請けられる依頼に制限がかかるのだ。Sレベルは最上位の依頼であるため(実は更にその上があるのだが、一般には知られていない)、その報酬も最上位である。
「当然だ。君達が行ったことは、これでも少ないかぐらいだからな」
「……有り難く頂きます」
何を言っても無駄と分かり素直に引く。無論、エルヴィネーゼとて傭兵の一人であるため、報酬に歓喜こそあれ、文句等はない。
「ほら、クラウドも。礼を言いなさい」
未だに腹を押さえているクラウドにエルヴィネーゼが促す。
「嗚呼……」
しかし、何処か煮え切らない様子のクラウド。
「……どうしたの? まさか、まだ懲りずに金額の上乗せでも頼む気?」
少し怒気を孕ませ言ったが、クラウドは気にすることもなく首を横に振った。
「否、そうではない。少々、腑に落ちなくてな……」
そう呟くクラウドの顔は真剣そのものである。
「……まだ何か違和感があるの……?」
その様子にエルヴィネーゼも真面目に訊く。王族三人もクラウドに注目する。
「嗚呼。先程話題に出た『生物兵器研究機関』のことだ」
「……? それがどうしたの?」
首を傾げるエルヴィネーゼにユリア王女。だが、バルフォイ王とセリア王妃は納得したように目を細めた。
「何故リンは、逃走先に彼処を選んだのだ? 他にも逃げ隠れられる場所等、いくらでもあるだろう」
「それは……」
「しかも、彼処は生物兵器を造っていた……恐らく秘密裏に」
クラウドがバルフォイ王に視線を向けると、彼も重々しく頷く。
「うむ、あの研究機関の存在はこちらには届いていない。今行われている外交の大部分はそれについてだからな」
バルフォイ王の言葉に全員の顔に暗い影が落ちる。
「やはりそうか……。だが恐らく――」
全ての視線がクラウドに集中する。
「――リンは、最低でも二つ以上の組織、若しくは人物に命令を受けていたと言うことだ。それぞれ別の思惑を腹に抱いた……な」
「第十四夜を読んで頂きありがとうございます♪」
エ「突然“♪”なんて、どしたの?」
「いやぁ、最近になってこれを発見してね。使いたくて使いたくて……」
ク「キモい」
「グファ! よ、容赦ない一撃……」
エ「まあ、あたしも思ってたけどね」
「自分に味方はいないのか……」
エ「少なくともここにはいないわね」
「いいよいいよ、どうせ自分なんか……」
エ「面倒くさい奴……」
「あ、それでさ、ちょっと相談なんだけど……」
ク「復活早いな……」
「それが自分の長所です」
エ「それで、相談って?」
「新しい小説のイメージが出来たんだけど、どうしよう?」
エ「どうしようって……書きたいの?」
「書いてみたい」
エ「因みに内容は?」
「二つあってね。一つは天使と墮天使を題材にしたバトル物。もう一つが、武器に変身する女の子とそれを使役する男の子のバトル物」
エ「どっちもバトル物かい……」
「……因みにラブコメも……」
ク「やめとけ、必ず駄作になる」
「おぉぅ……分かっていたこととは言え、直に言われると結構傷つくね……」
エ「でも、真面目な話、他の小説を書くのって厳しくない? 時間ないんでしょ?」
「う、うん。確かにこの裏事情も少しスランプ気味だし……」
エ「だったらやめとけば?」
「……………………」
ク「読者に訊けば?」
「えっ? 無理だよ! 感想一件しか貰えてないこの小説じゃあ(夕霧さん、ありがとうございました)」
ク「やるだけやってみればいいだろ?」
「そ、それは……」
エ「そうよ。駄目で元々なんだから、変に期待しなければいいんだし」
「そっか……そうだよな! 期待しなければいいんだし! やってみるか!」
エ「了解。それじゃあ、読者の皆様。この駄作者に――」
「ちょっと待って。駄作者って何?」
エ「――新しい小説をどうしたら良いか、意見をいただけませんでしょうか?」
「スルーですか……」
エ「正直な気持ちで言っていただければ嬉しいです」
「皆さん、感想待っています!」
エ「違うでしょ!? 意見、待っていますでしょ!?」
「あ、そうか……。ご意見、待っています! 宜しくお願い致します!」