第十三夜 口撃~前編~
すみません。
諸事情により、今回のあとがきはおやすみさせていただきます。
私生活で時間があまりない~!
『ツェツァリ王城』
ツェツァリ王国の中心に佇む城であり、ローレンシア大陸最大の城でもある。
そこの玉座の間には今、ツェツァリ王国の王『バルフォイ・クラミナル・ツェツァリ』、王妃『セリア・フォン・ツェツァリ』、そして第二王女『ユリア・ツェツァリ』が玉座に座しており、対面の謁見者の位置に、No.77『暗殺者』クラウド・エイトと、No.17『吸血姫』エルヴィネーゼ・マクスウェルが立て膝で頭を垂れていた。
両脇には多人数の高・中級貴族がおり、その最前列に装備をしっかり着けた騎士が警備員よろしく貴族の護衛にあたっていた。
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クラウドとエルヴィネーゼは、シャイナ、リン、そして気を失ったままのイヴと一緒にツェツァリ大使館に辿り着いた後、陽が明けた直後にドルムック王国を出国した。クラウドとエルヴィネーゼは自分達が乗ってきた自動二輪に、シャイナとリンとイヴは、シャイナが乗ってきたという自動四輪にそれぞれ乗車していた。
エルヴィネーゼの『吸血』による副作用は、しっかり休養を取ったことで治まっていた。しかし、イヴは依然として目を覚まさなかった。クラウドとエルヴィネーゼの見解では、体もそうだが、脳への負担も少なくなかったのではないか、故に目を覚まさないのではないか、としている。
結局、ツェツァリ王国に着くまでの間でもイヴは目を覚まさなかったので、現在はツェツァリ王国最大の病院で入院している。
リンは、『グラハ・ローライト』の殺害容疑で、ツェツァリ王国入国直後に憲兵に差し出され、連行され、現在は牢獄に幽閉されている。
クラウドとエルヴィネーゼはツェツァリ本部でナタリアに依頼達成完了の報告後、報酬を受け取るため、その足でツェツァリ王城へと向かった。
ナタリアから報告が行っていたのか、面倒くさい手続きは省略され、到着後直ぐに玉座の間へと連れていかれ、冒頭の状況となっている。
因みに、シャイナはクラウド達とは同行せず、ギルドに残って自分がいない間に溜まった書類と闘っている。
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「頭を挙げよ」
バルフォイ王のお許しを得、頭を挙げるクラウドとエルヴィネーゼ。王達の玉座は階段を数段登った所にあるため、少々見上げる形となる。
「依頼達成の報酬をいただきに参りました」
エルヴィネーゼが代表として言う。彼女の方がランクが上なため、当然と言えば当然である。
「確かに。ギルドの本部長である、ナタリア・リーンバールから報告を受けておる。よくやってくれた」
「はっ、有り難き幸せ」
エルヴィネーゼは感謝の言葉を述べ、また頭を下げる。クラウドも頭を下げる。
「それでは、報酬として何が欲しいのだ? 何でも一つ言ってみよ」
バルフォイ王はうむ、と頷くと、早速二人の希望を訊いた。
そこで、エルヴィネーゼは少し複雑な顔をして言った。
「それなんですが、国王陛下……」
「何だ?」
少し言い辛そうにしていたが、意を決したのか、しっかりバルフォイ王の目を見て言った。
「報酬内容を、欲しいものを一つから“二つ”に変えて欲しいのですが……」
その発言に、周りの貴族達が騒ぎだした。
「なんて図々しい」「これだから傭兵は……」「分を弁えろ!」等と言いたい放題。
バルフォイ王はすっと手を挙げて騒ぎを収めると、エルヴィネーゼに向かって質問した。
「どうしてだ? 一つでは不服か?」
それを聞いたクラウドがニヤッと笑ったが、誰もそれには気付かなかった。
「はい。今回の依頼の難易度に対して、この報酬は少し不釣り合いに思えます」
「ふむぅ……」
バルフォイ王はたくわえた髭を右手で擦る。
「先ず、依頼内容の不鮮明さです。あたしは直接承ったわけではありませんが――」
エルヴィネーゼがクラウドを手のひらで指し示す。
「――彼が言うには何でも、詳細は全てあたしに丸投げしていたとか……」
エルヴィネーゼがクラウドに目配せをし、それを見たクラウドが発言する。
「嗚呼、具体的なことは何一つ記されていなかった……」
それを聞いたバルフォイ王は髭を擦るのを止め、目を細める。
「しかし、そちらの彼はそれで良しとしたから依頼を受けたのではないのか?」
クラウドは、皮肉げな笑みを浮かべながら質問に答えた。
「優先契約を行使されたので、こちらに否やを唱えることは出来ん」
敬語が含まれていない物言いに、またもや周りは騒然。隣のエルヴィネーゼですら顔を引きつらせた。
「無礼だぞ、立場を弁えんか!」
バルフォイ王の玉座の右隣に侍っていた大臣が、叫ぶ。だが、言われた当の本人は特に気にすることもなく、もう一度手を挙げて騒ぎを収めた。隣に座るセリア王妃も表情一つ変えなかったが、反対側の隣に座るユリア王女はムッとした表情をしていた。
「そうか。だが、それについてはこちらに咎はないだろう。優先契約を行使したギルド側に苦情を言い付けるべきだ」
「そ、それは……」
エルヴィネーゼが言い淀む。正論故に反論がしにくい。
「分かったかな? では、報酬は一つで変わらず……」
「暫しお待ちを」
バルフォイ王の発言を遮る、無礼なクラウド。貴族達もついに絶句してしまった。
「……何かな?」
それでもバルフォイ王は、表情を変えずに訊く。
「取り敢えず、こちらの要望の品を聞いてもらえぬか? 拒否をするならその後でも構わんだろう?」
それに対し、バルフォイ王は暫し黙考。
その様子に焦れたユリア王女はバルフォイ王を見て、次にクラウドを睨み付けるように見て、もう一度王を見てから言う。
「お父様、考えることなんてありません! こんな無礼者、二つどころか一つも渡さない方が……」
「ユリア、このような場では国王陛下と呼びなさいと言っておるだろう。それと、彼らは私の依頼を確りとやり遂げた。報酬は渡さなくてはならない」
「…………」
ユリア王女は苦々しい表情をした後、クラウドを睨み付けた。しかし、それを受けたクラウドは、大して気にすることなく、涼しい顔をしていた。
「願いを聞く程度なら、構わないのではないかしら?」
なかなか決められないバルフォイ王に、セリア王妃が助け船を出す。それを聞いたバルフォイ王は直ぐ様頷いた。
「うむ、まあ聞くだけ聞いてみても良いだろう。さあ、言ってみなさい」
バルフォイ王に促され、クラウドはキッパリと言った。
「現在収容中のリンと、現在『ツェツァリ中央病院』で入院中のイヴの身柄が欲しい」
「!」
流石のバルフォイ王もそれには眉を潜めた。ユリア王女も同じで(こっちの方が深いが)、唯一セリア王妃のみがあらま、と言うように口元に手をやって驚いた表情をしていた。
勿論、周りの貴族達も騒然とし出す。今回ばかりは、バルフォイ王も静かにさせず、クラウドに聞き出す。
「分かっておるのか? お主が何を言っておるのか……」
「嗚呼、分かっている。今回の依頼の対象であり、『グラハ・ローライト』の殺害容疑がかかっている人物だ。自分で連れてきたのだ、知っているに決まっている」
「では、その要求が通る筈がないのも分かっておるよな?」
バルフォイ王は注意深く、クラウドの本心を探るように訊く。
「普通ならな……」
ここで、クラウドは意味深な発言を一つ。バルフォイ王だけではなく、エルヴィネーゼを除くこの玉座の間にいる全員が怪訝な表情をした。
「それは、どういう……」
クラウドは皮肉げな笑みをもう一度浮かべた。
「現在、外交は忙しいか?」
「…………?」
バルフォイ王は突然の話題転換に付いていけていない。
「大変なはずだよなァ、ドルムック王国との外交は……」
「…………!」
ドルムック王国。この単語が出たことで何かに気付いたバルフォイ王。
「何せ、オレ達がその国が極秘にしていた研究所である『生物兵器研究機関』を事実上潰してしまったわけだからなァ」
次第に周りの貴族達が静かになっていく。
「実際問題、現在はリンを裁くことまで手が回らないはずだ……然らば、オレ達に身柄を渡して、傭兵のように最前線で戦わせた方が良いのではないか?」
「…………」
バルフォイ王が考え始める。
「お父様、このような戯れ言に乗ってはなりません! 拒否すれば良いではありませんか!」
ユリア王女のお父様発言も聞こえていないようだ。セリア王妃は静かにクラウドを見詰めている。その目は、どこか研究者然としていた。
中々決断をしないバルフォイ王に、痺れを切らしたクラウドが次の作戦に出る。
「では、こういうのはどうかな?」
皆の視線がクラウドに集まる。
「先程、エルが依頼内容が不鮮明と言ったが……」
ここで、クラウドは立て膝状態から立ち上がる。
「オレはそもそもこの依頼自体に疑問を抱いた……」
「? 一体何処からだ?」
「始めから……」
「何だと……?」
クラウドは人差し指を伸ばす。
「先ず最初に、グラハ・ローライトが殺害されたという情報がここ、ツェツァリ王城に届いてから、依頼が発行されるまでの早さ」
クラウドは挑むようにバルフォイ王を見る。バルフォイ王の方は、特に表情を変えない。
「少しばかり早すぎる。それに、この報酬も……一殺害事件の報酬にしては破格だ。破格過ぎる。そこまで、グラハ・ローライトという人物を、ここでは買っていたのか?」
クラウドは貴族達を見回した。
「少々調べた所によると、何でもグラハ氏は、高級貴族、ローライト家の次男坊だそうだな? ここにもその血族がいるのでは?」
クラウドの言葉には、誰も反応しなかった。それだけしっかりした人格の持ち主なのか、それともただ余計な事はするなと、事前に通達が行っているのか。
「まァ良い。これから話す内容はオレの推測だ。物的証拠も、状況証拠も何もない。故に、話半分で聞いてくれて構わん」
首に手をやり、軽く鳴らす。
「そもそも、グラハ氏は『王国軍養成学校』の校長をしていた人物だ。 養成学校はローレンシア大陸にある、他国の模範であるべき軍人を、その名の通り養成する機関。
だが、校長のグラハ氏は無類の傭兵嫌い。それはオレとエルが身を持って経験したため、真実だ。それ故、生徒達にも傭兵を下に見る傾向が多分にあった。
しかしだ、傭兵は、国と正規の手続きを踏んでいないとは言え、紛れもなく戦力だ。それらを、味方である軍人が、況してや模範であるべきはずのツェツァリ国軍が忌避していてはどうなるか……国王陛下ならば、お分かりでしょう」
バルフォイ王の顔が若干ひきつる。
「だが、グラハ氏は有力な貴族の子息……簡単にはどうこう出来はしない。
故に考えられたのが、協力関係にあるドルムック王国の助力を借りた――」
「ま、待て!」
クラウドの独白を止めたのは、バルフォイ王だった。その顔には、冷や汗が流れている。
「――何か?」
「待ってくれ」
「何故止めるのです、陛下!?」
突如響く第三者の声。それは貴族達の側から聞こえてきた。恐らく、この声の持ち主がローライト家の当主なのだろう。
しかし、バルフォイ王は彼を無視してクラウドに告げた。
「分かった、そなたらが欲すものをくれてやっても良い……」
「お父様!?」
「陛下!?」
驚きの声をあげるのは、ユリア王女とローライト家の当主。しかし、これをもバルフォイ王は無視する。
「ただし、条件がある」
「何でしょう……?」
クラウドの口調に敬語が混じる。
「後で直ぐに謁見室に来なさい。君と、彼女とで」
「……嗚呼、分かりました」
「……分かりました」
クラウドとエルヴィネーゼは同時に頭を下げる。
それに頷いたバルフォイ王は直ぐにこの謁見を終了させ、セリア王妃とユリア王女を連れて退室し、クラウドとエルヴィネーゼも騎士の一人に連れられ、玉座の間を後にした。
後には、状況が分かっていない貴族達と、苦虫を噛み潰したような顔をしたローライト家の当主だけが残された。