第十一夜 反撃の一手
クラウドと暗殺者が何かを画策している時、エルヴィネーゼと金髪の女性の戦いは終盤に差し掛かっていた。
エルヴィネーゼの狙いは、女性の体力切れ。彼女が内包する『人工筋肉』は、エネルギーの消費が激しいため長期戦は苦手であり、戦いを長引かせれば勝てると読んだのだ。
そして、それは正解であった。しかし、不正解でもあった。
「ハァハァ……。くっ……!」
上から振り降ろされた大剣を、転がることで避けるエルヴィネーゼ。その動きに機敏さはなく、何とか避けられたという感じである。
(失敗したなぁ、まさかこっちが先にばてるとは……)
異能『吸血』。
クラウドはこれを“ドーピング”と称した。この呼称は的を射ている。
他者の血液を飲むことで、一時的に力を増幅させるこれは、強力であるが故に副作用があった。『吸血』が切れかかってくると、体に虚脱感が現れ、完全に切れた場合、全身に激痛が走るのだ。
ただし、この痛みは人体の構造から成るものであり、『吸血』それ自体にはなんの制約もない。人体に作用する異能であるが故の副作用なのだ。
エルヴィネーゼは柱を構えるが、腕も足も小刻みに震えており、頼りない。
彼女からは攻めない。否、攻められない。それだけの余力が残っていないのだ。
(まあ、向こうもだいぶ体力使ったみたいだし、もう少し耐えれば、かな?)
金髪の女性も体勢こそ崩していないものの、息遣いは荒く、体力が底を尽きかけているのが分かる。
しかし、そのもう少しがあとどれくらいかが分からないエルヴィネーゼにとって、この先の戦いは精神的にキツいものになるだろう。
金髪の女性が大剣を横から後ろに流しながら突進してきた。エルヴィネーゼは迎撃のために全身に喝を入れる。
構えから素直に放たれた横一線を柱で受け流す――筈が、手元が確かでないため失敗し、まともに受け止めることになった。
「ぐっ……!」
僅かも耐えられずに吹き飛ばされる。試験管群には当たらなかったが、壁に激突。攻防の要であった柱もついに手放してしまった。
(ヤバいッ……! あぐっ……!)
エルヴィネーゼは直ぐ様動き出そうとするが、激突のダメージと『吸血』の副作用により、既に腕一本さえ満足に動かせなかった。
ついに『吸血』の効果が切れたのだ。激痛がエルヴィネーゼの全身を襲う。
女性はその様子を見ても、何の感慨もなしに無表情で大剣を振りかぶり――
(殺られる……ッ!)
――駆け出そうとして、つんのめって倒れた。
「…………!?」
それを見たエルヴィネーゼは目を見張った。何故突然倒れたのか、理由が分からないからだ。
しかし、エルヴィネーゼからは見えないが、ジルの方からは、その原因がよく見えていた。
「ほう、“検体4098”は殺したのか、『暗殺者』?」
「クラウド!?」
その名が呼ばれたことに、エルヴィネーゼは直ぐ様反応した。
彼女の死角に立っていたクラウドは少し立ち位置を変え、僅かばかり視線を向けた。彼の左手から伸びている銀糸が、女性の足首に結び付いている。更に指を動かし、女性の体に何重にも巻き付ける。
クラウドは直ぐに視線をジルに戻し、その目を、否、瞳をジッと見つめながら言った。
「嗚呼、あの童なら――」
さっきまでクラウドと暗殺者が戦っていた辺りを手で指し示した。
「――あの通り」
ジルは首を巡らせ、その先を見た。エルヴィネーゼも何とか見ようと、体を捩らす。
そこには、奇妙なオブジェが一つだけあった。
それは噴水を出す装置だった。しかし、それが噴く液体は透明ではなく、赤、否、赤黒い。その液体がそれを中心に泉を形成し、辺りには鉄臭い臭いが漂い、いくら噴水で撒水されても薄れることはなく、寧ろ濃くなっていった。
それ――暗殺者は頸動脈をかっ切られ、勢いよく血を噴き出しながら倒れていた。
「……やはり、あの程度では首級をあげることは出来なんだか」
それを見ても、ジルは顔色一つ変えなかった。寧ろ研究者の顔になり、クラウドの立ち姿、着流しの様子、顔色等からあの童がどれ程役にたったのかを見定めていた。
エルヴィネーゼも激痛に顔を歪ませながら、やっとの思いで見える位置に体を移動させ、それを見るが、途端に怪訝な顔をしてクラウドを見やる。何か言いたそうだが、何も言わない。
クラウドは首の骨をゴキッと鳴らし、呆れた口調で話し出す。
「……分かっていたなら、何故差し向けた? ここはそんなに“実験動物”が有り余っているのか?」
ジルは鼻で笑い、答える。
「はん、あやつより優秀な“検体”が完成したからの」
「……この女か」
クラウドは銀糸に捕らわれ、もがいている金髪の女性に視線を移した。銀糸はブチブチ鳴っているため、この拘束から抜け出すのも時間の問題だ。
「そうじゃ。あの『吸血姫』に打ち勝つ程の実力……何処の国だって欲しがるに決まっておる」
ジルは本当に嬉しそうに言った。自分の研究成果に満足しているようだ。
「フム……まだ勝ってはおらんぞ?」
「勝ったも同然じゃ。お主が助けに来なければ、『吸血姫』は殺られていたんじゃからな」
「……嗚呼、そうか。貴様は何も分かっていない」
「何じゃと……?」
眉を潜めるジル。
「エルはな、全力など出しておらん」
「何?」
「殺す気ならとっくに殺っている。あいつはな、殺さないように細心の注意を払いながら戦っていたんだよ」
「…………!」
ブチッ!
銀糸の拘束が遂に破れた。金髪の女性はゆっくりと立ち上がる。
「さて、この女をどうにかせんとな……」
クラウドは短刀を構えた。しかし、女性の目標はあくまでエルヴィネーゼ。クラウドには目もくれず、エルヴィネーゼに大剣を振りかぶる。
エルヴィネーゼはそれを見ても、表情を変えず、うっすらと笑みを浮かべていた。
大剣が振り下ろされる一瞬前にエルヴィネーゼの体が引っ張られる。クラウドの銀糸である。大剣は床を砕いた。
「ありがと……」
呼吸が荒いため、それだけしか言えないが、クラウドにはしっかりと伝わった。
「構わん。後はオレに任せろ」
「面倒……なことは……しない……んじゃ……?」
「あの女を放っておく方が面倒だからな、至極……」
クラウドはもう一度短刀を構え、今度こそ女性と相対する。
その様子を、高みの見物と洒落込むジル。
(ここであの二人の首を取れば、儂の研究は世界で認められる。そうなれば、儂は世界を掌握出来る……!)
ジルは完全に油断していた。敵は、『暗殺者』と『吸血姫』の二人だけだと。否、生き残っているのは二人だけだと。
普段ならこんな油断はしなかっただろう。しかし、己の実験の成功という、この世のどの美酒よりも甘美で芳醇な酔いに、注意散漫となっていたのだ。
ドスッ
「!?」
ジルは己の体に感じた冷たい感触と、耳を打った音に目を見開いた。そして、自分の胸に目をやれば、そこには一つの刃が生えていた。
「ゴボッ……」
口から夥しい血が溢れ出す。どうやら肺にも欠損があるらしい。
後ろに視線を送ると、そこには、“金髪の子供”がジルに寄り添うように立っていた。その右肘から先は、ジルの体内に消えていた。
「な……ぜ……?」
“金髪の子供”――暗殺者は答えず、右腕の刃を引き抜くと、正面に回り込み、ジルが持っていた箱型のコントローラを奪い取り、スイッチを切った。
途端、金髪の女性の動きが止まり、その場に崩れ落ちた。
「イヴ!?」
暗殺者は直ぐ様駆け寄り、抱き上げる。
「良かった……ッ!」
女性はしっかりと息をしていた。穏やかとは言い難いが、それでも、生きていた。
それを見たクラウドとエルヴィネーゼは嘆息する。
「何故じゃ? 何故その出来損ないが生きておる……?」
三人が同時に振り返る。そこには、胸の傷が修復しつつあるジルの姿があった。
「あれでも死なないのか……」
暗殺者は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「嗚呼、綺麗に惑わされてくれて助かったよ」
クラウドはジルに向けて嘲笑が混じった台詞を送った。
「惑わされて……? ッ! まさか、『幻術』かっ!?」
「御名答」
「やっぱり、そうじゃないかと思ったわよ」
クラウドの答えに、エルヴィネーゼが反応する。
「あたしがいくら見ても、そこには何にもないんだもの」
「お前には一度かけたからな……。オレの『幻術』は、初見の相手には絶大だが、二度目からは成功率が格段に下がるからな……」
己の未熟さを恥じるように言うクラウド。
「一体いつ『幻術』など……?」
ジルは未だに疑問が尽きず、クラウドに質問する。
「オレの『幻術』は瞳を媒介とする。視線が合わさった相手なら、何時でも『幻術』で捕らえることが可能だ」
「……そうじゃったのか」
ジルが先程まで奇妙なオブジェがあった所に視線を送るが、同然そこにはそんなものはなく、所々血痕が落ちているだけだった。
突然、ジルが走り出した。
クラウドは左手の銀糸で捕らえようとするが、スルリとかわされ、初めにジルが出てきた扉の向こうに消えてしまった。
「逃がしたか……」
「いいのか?」
追おうとしないクラウドに暗殺者が訊くが、クラウドは軽く首を振った。
「今まともに動けるのはオレだけだ。故に深追いは危険だ」
「そっか……」
暗殺者はそれだけ言って、己の腕の中で眠る金髪の女性――暗殺者が言うにはイヴをいとおしそうに見る。彼女の頭には既にヘッドセットはない。
エルヴィネーゼは悔しそうに下唇を噛む。そんな様子の彼女にクラウドは何か声をかけようとして、
ブツン……
スピーカーの電源が入る音が響いた。
「「「!?」」」
その音に三人が辺りを見回す。
[儂が逃げると思うたか?]
スピーカーから聞こえるジルの声。三人の顔に緊張が走る。
[こんなつまらん実験結果なぞ儂は認めん! キサマラはここで儂の生物兵器の餌にしてくれるわッ!!]
ガコンッ、ウィィン……
ジルの叫びと共に、通路の両脇に並んでいた試験管群が、イヴが目覚めた時と同様に作動し始めた。
「不味いな……」
クラウドは背後の三人を見やる。
(辛うじて動けるのは童のみ。だが、あいつでは残りのどちらかを担ぐことも出来ん。エルは『吸血』の副作用で動くこともままならぬし、あのイヴとか呼ばれていた女も未だに目覚めん……)
今度は、目覚めつつある生物兵器群に視線を移す。
(この数をオレ一人で……出来なくはないが、武器が足りん)
生物兵器は軽く三十はおり、クラウドは暗殺者との戦いでナイフを破棄していた。つまり、今の持ち合わせは短刀一本に銀糸のみ。
「不味いな……至極」
同じ台詞をもう一度言った。
「俺も戦うよ」
「!?」
クラウドの横に暗殺者が立っていた。その両腕は既に刃に変換されていた。
「傷は良いのか、童?」
暗殺者の腹部は服で見えないが、包帯が巻かれている。クラウドとの戦闘で負った傷は癒えてはいない。
「大丈夫だよ。お兄さんが治療してくれたから。それに、弱音を言える立場じゃないでしょ、ここでは」
「あの女は?」
「……うん。ここを切り抜けなきゃ、どのみち助けられないし……。それと――」
ムッとした顔でクラウドを見上げる。
「――その童っての、やめてよ」
「ではどう呼べば?」
「リン。俺の名前はリンだ」
「……そうか。では、リン」
「何?」
「手伝ってくれ」
「モチロン!」
二人は己の武器を構えた。その視線の先では、試験管群が完全に開き、生物兵器が解放された。
[ふん、無駄じゃ。たった二人で何が出来る? 数の脅威を思い知れ、行け!]
雄叫び一つ、生物兵器群がクラウドとリンに突っ込んでくる。
二人は絶望的な戦いを始めようとして――
「はぁい、お待たせ」
――新たな声と共に、色とりどりの弾丸が生物兵器群に襲い掛かった。
「「え……?」」
リンとエルヴィネーゼは目を見開き、それを眺め、クラウドはやれやれと嘆息した。
「絶妙なタイミングですね、シャイナさん」
「シャイナさん!?」
エルヴィネーゼがその名前に反応し、弾丸が飛んできた方向を見る。
そこには黒いスーツを着た、ショートボブの少々クセッ毛の茶髪に、ブラウンの瞳を持つ妙齢の美女――『シャイナ・フォルク』が立っており、クラウド達を見つめていた。その両手には、銃身の長い銃が握られており、その銃口は生物兵器群に向けられていた。
「ナイスなタイミングでしょ、クラウド君?」
「第十一夜、お読み頂き有り難う御座います!」
エ「風邪はもういいの?」
「いやまだ完治はしてないけどね。二話連続であとがき無しはヤバいでしょ」
エ「まあね。小説情報に“あとがき”って書いてあるのに、そのあとがきがないなんて、ある意味詐欺よね」
「詐欺は言い過ぎ……ゴホンッ。まあ兎に角そう言う事で、今回は前話の第十夜の内容も語りましょう!」
ク「……テンション高いな……」
「居たのかッ!? しっかり自己主張しなさいッ」
ク「…………」
「無視ッ!? ちょ、酷くないッ!?」
エ「まあまあ、クラウドの事は無視して。兎に角、前回は久々に戦闘シーンだったわね」
「久々ってか、まともに書いたのあれが初じゃないかな?」
エ「十話目にしてやっとか……」
「……因みに、この後数話にも戦闘シーンはほとんどありません……」
エ「マジでダメだな!」
「うぅー、返す言葉もありません……でも、戦闘がメインになる話もちゃんとあるから!」
ク「当たり前だ……莫迦か?」
「君は一言多いね……」
エ「それがクラウドでしょ。それで、他に言いたいことってあるの?」
「うん、ある。前話の最後のクラウドね」
エ「熱かったよね」
「だね。あれにもちゃんと理由はありますので、キャラ崩壊ではありません!」
エ「そこん所、宜しくね。それじゃあ、次に今回!」
「多分、『幻術』に“?”の人が出てくると思う」
エ「そうだね。でもあれもちゃんとした魔術なんでしょ?」
「もちろん。以前何処かで説明したはずの魔術理論に当てはまるよ」
エ「第二夜ね。でもあれ、説明としては不十分じゃない?」
「確かに。でも根底はしっかり説明してるよ。『暖』『寒』『乾』『湿』『無』。全てはこれの組み合わせなんだよ」
エ「……あとがきで言って良かったの?」
「良いも悪いも、以前説明したから大丈夫だよ。それに詳しい説明はちゃんとやるから」
エ「なら良いけど……」
ク「そろそろ限界だぞ……」
エ「あ、ホントだ。てか、クラウド、居るなら居るで会話に混ざりなさいよ」
ク「作者がボケたらツッコミという名の斬撃を放つつもりだったんだが……」
エ「そう言えば、今回はいやに真面目ね」
「まあね。……文字数考えたらボケる暇がなかった……」
エ「携帯は文字数少ないもんね」
「ハァ……」
エ「ほら、もう限界近いよ。締めなさい」
「分かりました。えっと、読者の皆様。これからもこの小説を楽しみに待っていてください。それでは」