正平の生誕祭
「そうなんだ。最近観光客やマスコミ関係者を装った差別主義者がここら辺をうろついたり、迷惑をかけてインターネット上で晒す様な事が増えているって話を聞くから心配してたんだけど、あきよさんのお店に来る常連さんはそんな怪しい様子もなさそうだし、安心したよ。」
あいりから埴科透の話を聞いた次兄の正平は安堵しながら言った。
「まぁ相手の方から名乗り出て名刺もくれたしさ、見た目もそんなに怪しげな印象もなかったから、とりあえず今の所は大丈夫かなってあきよさんとも言ってたんだよね。」
あいりが機嫌良さそうにこう言うと、
「あいり、もしかしてその男の人を気になり出したりしてるのか?」
正平があいりに対して興味津々に聞き出した。
「ちょっと嫌だ、正平お兄ちゃんってば!!!!そんな!!!!会ったばかりの人に対してどうこう感じようがないよ~!!!!!!」
あいりは慌てて拒否したが、頭の片隅に埴科透の事が離れずにいられなかったのも事実であった。しかしながらあいりにとっては萩田正平の様に、賢くて優しい男性が一番理想的な男性像であったのだ。
「そう言えばさ、明日は正平の30歳の誕生日だったよな。」
然長兄の海原優が話題を変えた。
「そうだ、そうだった!明日は秋分の日で皆仕事も休みだし、正平、どうだ?明日は家族全員でお前の誕生日祝いをしようじゃないか!」
実父の海原洋が嬉々とした表情で息子の誕生日パーティを提案した。
「そんな、父さん別にいいよ。だって俺もう30歳だし、今更誕生日を祝ってもらう様な年齢でもないよ。」
正平は遠慮しがちに反応したが、
「何バカな事言ってるんだ?子供が生まれた日を祝わない親がどこにいるってんだ?そうだ、昔よく家族で出かけていた『ヨーロッパの広場』に弁当持参して、そこで家族全員で正平の生誕祭をしよう!!!!!!!優、あいり、りりか、異論はないな?」
すっかり正平の30回目の誕生日会をやる気満々の洋が、全体的に殺風景で清潔感に乏しい被差別コミュニティエリアにしては珍しく四季折々の木や草花に恵まれ、老若男女問わず地元民にとって唯一の憩いの場である『ヨーロッパの広場』にて宴会を行う事を、他の子供達に同意を求めた。
「ねーねー、『おたんじょうびかい』ってなぁに?ねーねー?」
知的にハンディキャップがある故に『誕生日会』の意味が今一つ理解できなかった末妹のりりかが、無邪気に他の家族に尋ねた。
「あのね、りりか。『誕生日会』ってのはね、家族やお友達、恋人など、誰かにとってとってもとっても大事な人が生まれた日をお祝いする事なんだよ?りりかも毎年2月になるとお父さんやお兄ちゃん、お姉ちゃん、施設の先生やお友達みーんながりりかに『お誕生日おめでとう』って沢山言ってもらえるよね?」
正平が無邪気に笑う末妹のりりかの頭をなでながら、分かりやすく説明した。
(正平お兄ちゃんって本当に完璧で優しくて、同じ兄弟でもすぐキレる何処かの誰かとは大違いだよ…。)
りりかを可愛がる正平の姿を見ながら、あいりは高校も卒業できず、19歳になった今でも仕事もせず外でフラフラしては対人トラブルが絶えない実弟の亮太とつい比較してしまった。
「ねぇ父さん、明日の正平お兄ちゃんの誕生日会だけど亮太も参加するの?」
あいりが実父に尋ねた。
「当たり前だろうが!どこの世界に実の弟を誘わない家族がいるってんだ!」
実父洋がやや啖呵を切った様な言い方をした後、
「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーい亮太ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!明日は『ヨーロッパの広場』で正平の誕生日パーティやるからお前も絶対に来いよな!!!!!」
先程正平に対して意味もなく不遜な態度を取った挙句、さっさと2階にある自室へ引きこもった亮太に向かって
大声で叫んだが、
「うっせーよ!!!!!!!!!!!!!そんなくだらないモノ興味ねぇんだよ!!!!!!!!!!!!!!!」
亮太は相変わらず誰に対してもキレ気味な態度であった。
「やれやれ、一体亮太は誰に似たんだ…。」
反抗的な亮太の態度に洋・優・あいりの3人は呆れて溜息をつき、正平は苦笑いをし、事態を良く理解していないりりかはニコニコと無邪気に笑っていた。
そんな時、正平のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
「正平、電話が鳴ってるぞ。」
着信音に気づいた長兄の優がこの様に言ったが、
「ああ、別に大丈夫だよ。どうせ要件は分かってるし、後で留守電確認しておくよ。」
正平は一瞬自身のスマートフォンの画面に目を向けると、そこには堀池智奈美からの着信履歴が何件もあったが敢えて反応せず、そのまま無視を決め込んだ。
「さて、ちょっとお風呂に入ってくるよ。」
正平は久々に生家の風呂を利用する為に、居間を後にした。
みんな本当にありがとう、自分みたいな卑怯者を無条件に迎え入れてくれて、
誕生日まで祝ってくれて…、本当にありがとう。
だけど俺、もう無理だ、本当に疲れちゃったよ…
正平はこの様に心の中で寂しげにつぶやいた。