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Aの革命  作者: r_SS
第四章
26/28

灯の会 前編

  「埴科君に合うのは何年振りかしらね?当時の仲間も今頃何しているんだろう…?」

  「本当にそうっすよね。灯さんがあんな事になってから当時の仲間も皆散り散りになったし。」

 小ぢんまりとした喫茶店で、埴科透は久しぶりに再会した江田香子と共にお茶をしながら昔の事を回想した。


 もう20年近くも前の事。元々これと云った取り柄もなく、運良く自宅から何とか通える範囲にある無名大学の社会学部へ推薦入学した埴科透だった。そして卒業後は何となくマスコミ関係の仕事でもできれば良いかな…、とぼんやりと考えていたが、案の定就職活動は全滅し、卒業間近になっても就職先が決まらないままだった。自分以外の同級生は既に就職先も決まっている中、ただ1人だけ透だけがいつまでもフラフラとした生活を続けており、いい加減家族をはじめ、周囲からも呆れられる様になっていた。

  そんなある日、たまたま大学構内の掲示板に掲げられていたとあるボランティアスタッフ募集のチラシを目にした透は、『どうせ今暇を持て余しているし、適当にボランティアでもするか…』と云う、軽い気持ちでそのボランティア活動に参加する事となった。


 そこは築何十年も経過した古い建物であり、本当にそこで社会奉仕活動がなされている場所なのか、外から見たら分からない程であった。

「あ、あの…、スミマセン。」透は恐る恐るその建物の引き戸を開けた途端、

「こんにちは!!!!埴科透君、『灯の会』へようこそ!」

 人権尊重啓蒙活動をメインとした非営利団体『灯の会』の代表者である尾崎灯哉が笑顔で右手を差し出し透に握手を求めた。

「こちらこそ…、よろしくお願いします。」

 透は一瞬戸惑ったものの、身長が190㎝近くもあり、大変筋肉質でガッチリした体型の尾崎灯哉からの握手に応じた。


「いや…、初めて灯さんと握手した時の事を思い出しましたよ。初っ端から物凄いオーラを感じましたんで。」透は再び『灯の会』にいた頃を回想した。


 尾崎灯哉率いる非営利団体『灯の会』について説明しよう。

 代々資産家の家系、つまり『超富裕層』階級の尾崎家であったが、同時に代々社会的に手助けが必要な人々に対する奉仕活動にもかなり積極的な一族でもあったのだ。その様な家柄で生まれ育った尾崎灯哉自身も先祖代々の血筋を見事引き継ぎ、学生時代から社会的困窮者に手を差し伸べるボランティア活動に熱心に取り組んでいた。そして大学卒業後は大手出版会社に入社し、同期には現在海原あいりがお世話になっている瀬川健斗もいたのだ。しかしながらどちらかと云えば保守的な考えの上層部と情熱的で革新的な性分である灯哉と業務上の衝突が絶えず、結局は『出る杭は打たれる』が如く、尾崎灯哉は入社後わずか5年未満で退職し、同期であり親友でもあった瀬川健斗は去り行く灯哉の背中をただ見つめながら自身はそのまま職場に残る事となったのだ。


 ところが前職を辞めた事が功を奏したのか、灯哉は先祖代々受け継ぎ、尚且つ元々自身が理想を掲げていた『社会的困窮者』の実態をニュースペーパーやインターネット等を通じて公にし、社会問題として提起する事と、彼らの尊厳を守り、『差別される謂れのない人間』として尊重し、生きるための基盤づくりに精を出す非営利組織を設立する事が出来たのだ。

 しばらくの間透は『灯の会』で淡々と事務作業をこなすだけだったが、慣れていく内に周囲の状況を観察する様になった。よく見渡すと高校生から自身と同い年位のスタッフ、そして中には30歳をとうに超えた大人のスタッフ等、多岐にわたるメンバーが『灯の会』の活動に共鳴し、いつ自身が同じ立場になるかもしれない社会的に困窮している立場の人々が抱えている多くの問題を世間一般に関心を持たせ、ある時は弁護士等相談先のあっせんや炊き出し活動、ある時は生活保護受給申請フォローやシェルター等のあっせん等、実に多岐にわたる活動を精力的に行っていたのだ。

 そして専従職員やボランティアスタッフの皆全て、団体名であり、代表者である尾崎灯哉の漢字の一部を取って、彼の事を『ともしびさん』と親しみを込めて呼称していたのだ。


 一方で透自身はまだそこまで周囲と溶け込んでいた訳でもなく、ましてや自分をスタッフとして雇い入れた人物に対して愛称で呼ぶ事に非常に迷いを感じていたのだ。だが、それでも何となくではあったがマスコミ関係の仕事に興味があった事もあり、リーフレット案企画やSNS発信など、簡単な事でも良いから自分でもできる事をしたい、という意思を抱く様になったのだ。そしてある日、勇気を振り絞って灯哉に自分の希望を伝える事を試みた。

「あ、あの…………。おおおお、尾崎…さん。差し出がましくて恐縮ですが…」

 存在するだけど強いオーラを放つ灯哉に対して、透は緊張気味で声掛けした。

「ん?どうした?そうそう、俺の事だけど他のスタッフと同じ様に『灯さん』って呼んでいいよ。『尾崎さん』って呼ばれるとさ、何となく気恥ずかしいよ。あははは。」

 灯哉は豪胆に笑いながら、頭を掻いた。

「わ、分かりました…。それでは灯…さん…。」

 透は相変わらず灯哉の圧に負けそうになりながら『灯さん』と呼ぶと、

「ダメダメダメ!!!!埴科君若いんだからさ、そんなにオドオドしないで!!!!ホラ、背筋をピンと伸ばして、声ももっと大きく、『差し出がましい』なんて言わないでさ、自分の意思をちゃんと伝える!!!!!!!」

 灯哉は遠慮がちな透の背中をバシバシ叩きながら、意思表示を自らの言葉できちんと伝えさせる様に、笑顔で言った。これまで無気力かつ無難に生きていた透にとって、まさに衝撃的な一幕であったのだ。そして灯哉の言う通り勇気をもって、きちんと声に出して伝えたのだ。

「灯さん、お願いがあるんです。俺、皆と一緒に企画とか情報発信とか色々とやってみたいんです!!!!!」

 やっと自身の希望を伝える事ができた透に対して、灯哉はこう伝えた。

「埴科君、俺はその言葉をずっと待っていたよ。ウチは本当に小さな団体だし、ましてや無給のボランティア扱いになってしまうんだけどさ、それでも一緒に活動してくれるのなら、俺はとことん付き合うよ!!!!!!」

 灯哉は透の目をじっと見つめながら、透の意思を尊重した。その瞬間、『この人は自分ら周囲の人間に対して心底本気で向き合ってくれる人だ』として、『灯さん』の事を心から信頼し、後をついていく決心をしたのだ。


 大学卒業後も引き続き『灯の会』でのボランティア活動を続けた透であったが、やがて努力が認められて専従職員となり、本格的に尾崎灯哉の片腕となって活躍する様になったのだ。『その日』が来るまでは。


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