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Aの革命  作者: r_SS
第3章
19/28

募る思いと現実 前編

 「海原さん最近何かいい事あった?」

 10月も間もなく終盤に差し掛かる頃のとある火曜日、海原あいりは例によって娯楽誌掲載用の原稿を渡す為に、編集担当者である瀬川健斗の元へ訪れていた。

「えっ…、いや…別にないですけど。瀬川さんこそどうしていきなりそんな事を聞いてくるんですか?」

 全く心当たりがないあいりは不思議そうに理由を尋ねた。

「え~、だってさ。海原さん最近何だか妙に雰囲気が変わったよ?何となくだけどさ、服装とかさ、全体的に随分とお洒落になったな~って、男の自分でも分かるくらい、何だか依然と雰囲気が変わった気がするんだよね?」

「ええっ?全くそんな事ないですよ~!!!もう瀬川さんったら嫌だ!冗談はやめてくださいよ~。」

 あいりは冗談交じりでこう返した。しかしながらどう云う訳か、電話口のみではあったものの、時々埴科透と他愛のない会話をする様になってから、彼女自身もどことなく今までとは違う自分でいる事には、薄々自覚していたのだ。

 更に井田あきよの店でアルバイトをしている最中も、埴科透が来店するのをソワソワと心待ちにしている様子が、店主であるあきよの目から見ても明らかであったのだ。

 そしてあいりの実父と長兄、瀬川健斗、井田あきよ達全員が『あいりは今、絶対に好きな男がいるに違いない』と云う共通認識を持っていたのだ。


 ただ1人、実弟の海原亮太だけは

 『あいりの奴馬鹿じゃねぇの?完全に色ボケじゃねぇか(呆)どんな野郎が相手なのか知らねーけど、女に対して妙に優しい野郎に限ってクソ野郎が多いんだよ。澤井に対して手を出しやがった武藤みてぇによ…。』

 と、自身が過去に高校退学処分を受けた要因となった、澤井あんみと武藤玄の間に起った出来事と今のあいりの姿を重ねつつ、冷めた視線を向けていたのだ。


「ところで海原さん、今日も午後から地元でアルバイトあるの?」

 原稿を渡し終えたあいりに瀬川健斗が尋ねて来た。

「今日の午後ですか?ええっと…、今の所特に予定はないですけど。」

 いつもなら火曜日の午後は井田あきよの食堂でのアルバイトへ向かう所、この日は臨時休業となった為、特に予定は入っていなかったのである。

「そうか、それは良かった。実はさ、今1階のホールで井辻大典の展覧会が開催しているんだよ。丁度手元に社員限定の無料入場券があるしさ、1枚海原さんにも渡すから、ちょっと寄ってみないか?」

 偶然にもこの日は、あいりの出身校である公立芸術系専門学校の著名な大先輩であり、尚且つ彼女と同じ被差別コミュニティ出身者でありながら、絵画を通して出自の枠を超えて社会的に大成功を収める事ができた、云わば『被差別コミュニティ出身者の希望の星』であるアーティスト、井辻大典の個展が、瀬川健斗が勤務する出版会社内のホールにて開催中だったのだ。

「えっ!?あの井辻大典さんの展覧会が!!!!!行きます、是非是非!!!!!!」

 通常それなりの入場料を支払わないと鑑賞する事が難しい井辻氏の個展が、偶然にも健斗のお蔭で無料チケットを手に入れる事が出来たあいりは、二つ返事でその展示会に健斗と共に立ち寄る事としたのだ。


「あ、ああ…、かん……どう…する…(感動する…)」

 展示会場であるホール自体は比較的小ぢんまりとしており、平日昼間と云う事もあってそこまで客数が多い訳ではなかったが、井辻大典の人柄が表れているのか、陽だまりの様に温かく、人の心を優しく触れる様な、沢山の絵画が展示されていた。

 当然ながらあいりはいくら井辻氏と同じ専門学校卒という間柄であっても世代的に大差があり、社会的立場も雲泥の差があった為、正直な所『先輩・後輩』と称して良いのかどうか極めて微妙な所ではあった。しかしながら唯でさえ侮蔑的な視線を受けがちな被差別コミュニティ出身者でありながら、己の実力1つで出自の垣根を超えて、今の地位を築いた井辻大典は、あいりだけでなく被差別コミュニティ出身者にとって数少ない誇りであったのだ。


「やっぱり芸術の世界は奥深いな…。」

 あいりの隣で瀬川健斗が感心した表情で立派な絵画を鑑賞している時だった。

 「ヒャッハーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 突如会場内にけたたましい叫び声が響いたと思ったら、迷惑系ジャーナリスト達が大挙して展覧会会場へ押しかけて来たのだ。

「みなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん、俺らは今、あの被差別コミュニテ住民の井辻大典さんの展覧会に来てまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーすwwwwwww」

 明らかに井辻氏の邪魔をしているとしか思えない様な様子で、彼らはなりふり構わず奇声をあげたり周囲の来訪客に追いかけまわす様にしながら、スマートフォンで動画を撮り続けていた。


「君達、一体何やっているんだ!!!!!」

 すぐに異様な光景に気づいた会場スタッフが姿を現し、迷惑系ジャーナリスト達の暴挙を制止しようとしたが、多勢に無勢という事もあり、彼らの暴走を止める事などと到底不可能であった。

 同時に動画配信者の1人があいりと目が合ってしまった。

「あれぇ~???おねぇさん、もしかして井辻さんのファン???随分と珍しいねぇwwwww

 被差別コミュニティ出身者の井辻さんの展覧会だよ???てか、もしかしておねぇさんも同郷者だったりするの???????」

 その『輩』はあいりの顔を嘗め回すかの様に覗き込み、スマートフォンの画面を彼女の顔に近づけた。

「ちょっとアンタ達一体何なのよ!!!!!」

 あいりはそれを手で振り払いながら、何とか彼らを自分から遠ざけようとした。

「まぁまぁおねぇさん、逃げないでってwwwww」

 逃げようとしたあいりの腕を力づくで握って彼女を逃さないようにした。


「お前らいい加減にしないか!!!!!もしもし、守衛室ですか?えぇ…、えぇ…、とにかく今すぐ

 来てください、早く!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 瀬川健斗が激しく抵抗するあいりと迷惑系ジャーナリストの輩共の間に何とか入り込み、やっとの思いで社内の守衛室に通報した。

「大丈夫ですか!!!!!!君達一体何やっているんだ、さぁ今すぐこの場から立ち去るんだ!!!!!」

 健斗の通報で駆け付けた警備員達が一斉に迷惑系ジャーナリスト達を捕らえ、無事その場から退去させる事に成功した。


「海原さん、大丈夫!?腕痛くない?」

「だ…大丈夫です…。でも、怖かった……………!!!!!!」

 良からぬ輩の魔の手から解放されたあいりは、恐怖のあまりその場にしゃがみ込んだ。そしてそんな彼女を心配そうに傍で寄り添う健斗のもとへ、主催者の井辻大典本人が付き人と思われる女性と共にやって来た。

「二人とも大丈夫ですか?自分のせいで怖い目に遭わせてしまって…、本当に申し訳ございません。」

  肩まで伸びた黒髪を一つに束ね、ダークグレーのハイネックセーターとオフホワイトのコーデュロイパンツに身を包み、個性的な眼鏡をかけた50代前半であろう、井辻大典本人が2人に心から謝罪をした。

「いえ、自分は大丈夫ですけど、ただ彼女が…。」

 瀬川健斗が心配そうにしゃがみ込んだままのあいりの姿に目を向けた。

「君、立てる?手を貸そうか。」

 井辻氏がそっとあいりに手を差し伸べてくれたおかげで、何とか自力で立ち上がる事ができた。

「ありがとうございます、井辻さん。」

 あいりにとって雲の上の存在である井辻氏と、まさかこんな大騒動の中で直接面識を持ち、しかも

 手を差し伸べられてしまうとは、何とも気恥ずかしい思いをしたのである。

「皆さんも折角お越し頂いたにも関わらず、怖い思いをさせてしまって本当に申し訳ございませんでした!!」

 井辻氏は大きな声で、他の来訪客達に対して頭を下げた。


「海原さん、もう行こうか。途中まで送るよ。僕が余計な誘いをしたせいで大変な目に遭わせちゃって、本当にごめんね。」

 瀬川健斗はあいりと共に展覧会場を後にした。

 その時、井辻大典の傍にいた、車椅子姿の連れの女性が

 (えっ?『海原さん』って………………)

 と、健斗の口から出て来たあいりの苗字を耳にした途端、何か思い当たる節がある様子を見せた。


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