埴科透の心の内
「いらっしゃいませ。あ、埴科さんこんにちは!」
この日、例によって井田あきよの店でアルバイト中だった海原あいりは久しぶりに埴科透と再会した。
「こんにちは。ええっと…海原さんだっけ?ここ最近いなかったみたいだけど、何かあったの?」
しばらくの間、あいりは萩田正平の件で忌引休暇を取っていた事から、店に姿を現さない日々が続いていた為、事情を全く知らない透はあいりに尋ねた。
「ええっと、実は…。」
あいりは実兄の死因が死因故に、当初言うのを躊躇ったが、当時既に常連客と化した埴科透と井田あきよ・海原あいり達は、他の常連客達と同様すっかりと打ち解けた間柄となっており、あいりは次兄萩田正平の件を正直に話したのだ。
「そっか…。色々と大変だったんだね。」
透は神妙な顔をしながら、あいりの事を労った。
「ご心配おかけします。正直な所まだ頭の中がフワフワして、気持ちの整理もままならないんだけど、こうして仕事をしている方が気が紛れるんですよ。」
「うん、まぁあまり無茶しない方がいいよ。それより注文いいかな?」
透はこれ以上あいりに対して余計な事は聞かず、昼定食を注文した。
ライター業務でお世話になっている瀬川健斗への対応と同様、あいりは埴科透に対しても『自分は大丈夫』と云うそぶりを見せていた。そして初めて埴科透と出会った時から徐々にあいりの中で彼に対する特別な感情が沸きつつあったものの、自身の様に『被差別コミュニティ』の血を引いた人間は、自身と同じ血筋以外の異性との交際は絶対に不可能であったし、例え結ばれたとしても周囲からの強い反対や偏見によって泣かされてきた被差別民を数多く見て来た経験上、透とは従業員と常連客以上の関係は絶対に築く事なんて到底ありえない事だと十分に認識していたのだ。
「埴科さん、お待たせしました。」
間もなくして昼のアジフライ定食をあいりが透に給仕した。埴科透の心の内
「ありがとう、美味しそうだね。」
透はアジフライを口の中へ入れながら、ふと昔の事を思い出した。
(彼女のお兄さん、自死したのか…。まぁ色々と大変だったんだろうけど、灯さんの時はそんなモノじゃ済まされなかったんだよな。あんな凄惨で理不尽な死に方ってあるかよ?)
透はその昔、自身にとって多大なる影響を与えた『灯さん』こと、尾崎灯哉氏の事を思い出さずにはいられなかったのである。
「ちょっと何なのコレ?いつからこんな話が出ているんだろう?あいりちゃん、知ってる?」
井田あきよが突如スマートフォンの画面を見ながら、あいりを呼び寄せた。画面上には
『某エリア内 再開発事業計画か?』
との、ゴシップ記事が表示されていたのだ。
「ああ、つい最近だけど父さんと優お兄ちゃんが食事中に再開発計画云々の話をしていたのを聞いた事があったけど、まぁあくまでも噂程度に過ぎない感じでしたよ。」
ここ最近、被差別コミュニティエリア一帯を大規模な再開発が計画されている噂を地元民の間で噂され始めていたが、あくまでも『話半分程度』という認識だったため、あいり自身も左程気に留めていない様子であった。しかしその話を耳にした透の表情が、やけに神妙な様子であったのだ。




