7 あなたは異世界の壁を超えてきたのですか
数か月後、ロレーヌ公爵領の各倉庫から穀物が続々、王宮にある倉庫に返却された。
そして、その穀物を積み込んだ荷馬車隊が作られ、王女の指揮の元、地方に出発した。
長い荷馬車の列が続いた。
護衛は騎士アーサーを隊長にした百人で、近衛兵団や国軍から強い者達が選抜されていた。
アーサーは隊列の先頭を騎馬で進んでいた。
王都をだんだん離れていくと、地方ののどかな風景が広がっていた。
「アーサーさん 」
彼はいきなり、よく知った声で呼ばれた。
すぐ先頭の荷馬車から顔を出したのは、アイリス王女だった。
「王女様、困ります。隊の真ん中の荷馬車にいていただかなくては。警備上、一番安全な場所なのですから、びっくりしました」
(でも、王女様のお顔を見るのは、いつも私にとって最高の幸せですよ)
「そうですか? 私はあなたが騎馬で進む戦闘の荷馬車が一番安全な馬車と思ったのですから、違うでしょうか? 」
「‥‥ そう言っていただくと、私も返す言葉がありません」
「アーサーさん、私は是非聞いてみたいことがあります。嘘はつかないで、お応えください」
「御質問の内容によります。もしかしたら嘘をつくかもしれません」
「数か月前から、あなたはまるで別人のようです。それ以前から武勇に優れた最強の騎士だったのですが、知力も加わったように見えます。あなたは異世界の壁を超えてきたのですか? 」
「‥‥ やはり、嘘はつけません。おっしゃるとおり、異世界の壁を超えてきた転生者です。厳密に言うと、異世界に転生した瞬間、以前の騎士アーサーと魂が合体しました」
それを聞いてアイリス王女は心の中で、とてもうれしくて思った。
(あなたが前の異世界にいた時、なんで、私のことを知ったのかはわかりません。女神モイラ様の御神託によると、私のことを心から愛してくれているのですね。運命の方なのですね)
王女は黙り込んでしまった。
「‥‥‥‥‥ 」
その様子を見て、彼は大変あわててしまった。
「王女様、王女陛下、今申しましたことは、ほんの冗談ですから。あまり深くお考えにならないように」
(照れ隠しですか)
その時だった。
穀物運搬隊のはるか前方に砂埃が見えた。
騎士アーサーはすぐに気が付いた。
「王女様、荷馬車の中にお入りください。向こうから盗賊団がやってきます」
「アーサーさん。大丈夫ですか」
「あの砂埃からすると、かなりの人数です。もしかしたら数百人はいくかもしれません」
「私達の方の護衛は百人。すいません。最初に父上から言われてとおり護衛の人数を千人にしとけばよかった」
「大丈夫です」
騎士アーサーはそう言うと、事前に選抜していた護衛の中でも特に強い10人を集めた。
「皆さん。私に続いてください」
彼はそう言うと、前方に向かって馬を全力で走らせ始めた。
10人は彼の後に続いたが、その馬術はとても見事で、1人猛スピードではるか先に行ってしまった。
やがて、騎士アーサーは予想どおり、向こう側からやってきた盗賊団と遭遇した。
盗賊団は驚いた。
こんなに早く、荷馬車隊の護衛が自分達の前に現われるとは思っていなかったからだ。
アーサーは馬の横につけていた楯の神器コンフィデンスを構え、突撃した。
「お頭、あの騎士はもしかしたらアーサーですか。世界最強ですよ」
「心配することは無い。人数で押し切るのだ。世界最強といえども、たった1人の騎士だ。やがて、筋肉が疲労して、動きが緩慢になる。そこを狙うんだ」
アーサーは戦い方を考えていた。
(神器コンフィデンスは動かしやすく防御が完璧。剣を振るのは、必要最小限。相手を殺さなくても、戦闘不能にすることを目的に、急所に向かって短く鋭く振る)
たちまち、百人程度が彼のため戦闘不能になった。
彼の後に戦いの場に到着した兵士達は、もう決着がついていたことに驚いた。
一方、盗賊達は驚き動揺が走った。
「なんという強さだ。それにしても疲れ知らず、機械のように剣を振う。相手が悪かった。さすが、世界最強の騎士アーサー。必ず、最後まで戦場に立って勝利を引き寄せると言われた男だ」
騎士アーサーはよく通る大きな声で、残りの盗賊達に向かって叫んだ。
「もう止めなさい!! 今、王女様の荷馬車隊は生活に困っているみなさんに、穀物を分けようとしているのです。みなさんもきっと、盗賊に成る前に大変な生活苦を味わったのでしょう」
彼の声は盗賊団の人々の心に響いた。
そして、荷馬車隊の目的を知ると、心の底から恥じた。
最後に盗賊達は武器を捨てて、道端に座り込んだ。
盗賊団の頭が言った。
「ほんとうに申し訳ありませんでした。降伏します」
やがて、座り込んでいる盗賊団の前に、アイリス王女が姿を現わした。
その場で王女は聖女として初めて治癒魔法を使い、不肖している盗賊団の人々の治療をした。
「あなた達も、私のルフト王国の民であることに間違いはありません。好きで盗賊になった訳ではないでしょう。ほんとうに生活が苦しかったのですね」
王女は盗賊団の人々にも穀物などを配ることを決心した。
「全部を上げることはできませんが、出切る限りお配りします。持って行ってください」
やがて、盗賊団は解散し、1人1人、自分の故郷目指して帰って行った。
はるか遠くの空の上から、この様子を監視していた魔族がいた。
その魔族は魔王の命を受けて、ルフト王国の戦力を調査しにきた先見隊のナイトメアだった。
ナイトメアは言った。
「あの騎士は厄介だな。副王ゲール様に伝えなければいけない」
そして、すぐにナイトメアは消えて魔界に戻った。
地方を回り、生活が苦しい平民達に穀物を配る王女の荷馬車隊は、その後も仕事を続けた。
その後も荷馬車隊は数々の盗賊団に襲われたが、騎士アーサーが1人の命も奪わないで撃退した。
地方には、王都、王宮の中では少しもわからない平民達の生活の苦しさがあった。
アイリス王女は穀物を配るとともに、聖女の力を使い精一杯人々に安らぎを与えた。
そうして最後には、全て穀物を配り終えた。
帰りの道を進んでいた時、アイリス王女が騎士アーサーに聞いた。
「アーサーさん。平民の皆さんの生活を少しでも助けることができてほんとうによかったです。どうしようない事情で盗賊団になってしまったみなさんも、盗賊団を解散して全て故郷に帰っていただけました」
「‥‥‥‥‥‥ 」
王女の話しを聞いても、彼は少し恐い顔をして黙り、馬を進めていた。
「アーサーさん。アーサーさん。聞いていますか? 」
「申し訳ありません。考え事をしていました。穀物を配る行程で、王宮まで噂が流れていた魔族と全く遭遇しませんでした。なぜだろう‥‥ 」
「アーサーさん、その長剣を鞘さら、私に持たせていただけますか? 」
「えっ。 はい」
騎士アーサーは自分が腰に付けていた長剣を王女に渡した。
「これがあなたに数々の功名をもたらした剣なのですね。これから、アーサーさんがもし魔物に遭遇した時は、しっかり、アーサーさんを守ってくださいね」
そう言った後、王女アイリスはアーサ-の長剣にキスをした。
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