3 胸の高まりはとまらない
王宮の謁見の間で、騎士カイロスが意外なことを内務大臣に聞き始めた。
そもそも武人である彼が、なんでそのようなことを聞くのかわからない内容だった。
「内務大臣フランソワーズ様、我がルフト王国では平民からいただいている年貢は何割でしょうか」
内務大臣フランソワーズ・ロレーヌは応えた。
「いまさら、そんなことを。収入の2割でず。私が内務大臣になって、国のため、従来の1割から2割に増やした。国王陛下に認めていただいたのだ。国を動かすためには仕方がない増税だ」
「いきなり2倍にしたのですか!! 」
「それだけあれば、国の在庫も潤うのだ」
「収入の2割は、収入が多かった年も少なかった年も年貢としていただくということですね。畑から の収穫が豊作である年もありますし、不作の年もあります。今年はどちらですか? 」
「内務大臣だから、そのようなことはわかるぞ。各地方の長官からの報告は不作。大変な不作だという報告をよこす長官もいる。もちろん全部無視しているがな」
「内務大臣様。お聞きします。それでは仮に今年が大変な不作で、去年から収穫が大幅に減って半分になってしまったとすると、平民達に残るのは去年の量の何割ですか」
「そんなめんどくさい考えの計算は必要ない」
すると、騎士アーサーは国王の方に一礼してからお願いした。
「国王陛下、もし今年が大変な不作であることがわかった場合、年貢の割合を元の1割に戻すことをお許しいただけますか」
「いや、それは‥‥ 内務大臣が英断したことだから」
「今は不作の影響が少ないと思います。しかし、これから絶対に大きな影響が現れます。飢饉になり餓死者が出たりすれば、平民の反乱は国全体を巻き込む非常事態に発展します」
「いや、それは‥‥ 」
優柔不断で、答えることができないような国王に、アイリス王女が言った。
「父上、騎士アーサーが言われるとおりです。元の1割に戻すべきです。農産物が不作なら、まず国民の生活を守ることが第1優先です。それに、国もそれだけあれば十分に国の運営をやってゆけます」
「わかった。騎士アーサーよ、お前の願いを聞き届ける。しかし、これには条件がある。平民達の反乱が鎮まるということだ」
「ありがとうございます」
ロレーヌ公爵が猛抗議した。
「国王陛下、国の運営に必要だという切実な理由で、内務大臣の我が長男が進言して増税を決めたいただいたのですよ。すぐに、元の1割に戻すとはあり得ません」
「内務大臣よ。誠に申し訳ない。不作で、苦しく成りつつある国民の生活を考えることは君主としての義務であるからな。」
協議が終了した後、王宮のある別室でロレーヌ公爵と2人の息子達が密談していた。
公爵が言った。
「騎士アーサーは人が変ったかのようだ。今までは最高の名声を受けた武人ではあったが、政治の方は素人、意見を言うことはなかった。しかし今はなかなかの意見も言うようになったな」
長男のフランソワーズが言った。
「父上、誠にまずいことになりました」
「どういうことだ? 」
「年貢を1割から2割に上げた増収分を、国の公の倉庫ではなく、我がロレーヌ公爵領内の倉庫に保管しているのです」
「そうすると、さきほど協議の中で王女が言ったように元の1割の年貢で国の運営はできているということではないか。なんで、そのような危ない橋を渡ったのだ? 」
「誰も年貢の割合の上げることに疑問をもちませんでしたので。王族や貴族の中で国民のことを真剣に考える者はほとんどいないのです。ただ、アイリス王女だけは反対意見をだしましたが」
「しかし、ロレーヌ家長男のお前が、内務大臣として年貢の率を上げて、その収穫を全部我が領内の倉庫にいれてしまったのでは言い訳ができないぞ」
「無知な平民どもに、年貢の率を上げたのはアイリス王女だとうそをつくのです。そして徹底的に王女のことを悪役王女だと決めつけてしまえばよいのです。批判を悪役王女に集中させるのです」
「抜かりないな」
「大丈夫です、父上。実は平民の反乱分子の中に、私の家臣を紛れ込ませています。『悪役王女』が悪いといううその噂を存分に流させています」
「おう。さすが我が息子だ」
「父上。私も兄上が国内で作ろうとしているフェイクニュースを国外に広げるためにがんばっています」
外務大臣である次男のニコルが話した。
「そうか、そうか―― 」
「私の多くの家臣を、旅人として外国に行かせています。彼らは外国に着くと、人が多い酒場なので『悪役王女』としての嘘の悪行を精一杯流しています」
「私は優秀な息子達をもって幸せだな」
悪巧みの対象となった王女アリスは、王宮の中の神殿にいた。
王女は、運命の女神モイラを信じていた。
そして、生まれつき聖なるオーラをまとっている聖女だった。
彼女は優柔不断な父・国王に代わり、ルフト王国とその国民を守ろうと決心していた。
今は祭壇の前に座り、運命の女神から王女は神託を受けていた。
「ルフト王国、アイリス王女よ。やがて、あなたの国は魔族と戦争をすることになる。そして魔族達の大侵攻により、残念ながら、貴方の国は滅亡します」
「女神様。それは私の国の避けられない、決まっている運命でございましょうか? 」
「そうとも言えるし、言えない訳でもない。亡国を防ぐためには、3つのことが必要になります」
「3つのことですか」
「1つは、王族・貴族・平民の身分の区分の隔たり無く、心を一つにすること。2つめは、妖精と人間の架け橋をつくること。3つめは魔女と人間の架け橋をつくること」
「大変な課題ですね。私1人で解決できるでしょうか」
「ふふふふ。きっと、あなたを助けてくれる人が現れますよ。もう現われているかもしれません。知力と武勇に優れ、しかも、あなたのことを心の底から愛しています。その愛は異世界の壁を超えました」
「そのような方が私に、どういう方でしょうか? 」
「目が合えばすぐにわかりますよ。運命の人ですから。1人で孤独に耐え、悪役王女という嘘のレッテルを張られてもがんばり続けたあなたに幸せが訪れます。それから、今、あなたに大切な神具を預けます」
女神がそう言うと、祭壇の上に楯が出現した。
「女神モリス、楯ですか」
「神具:楯コンフィデンスです。あなたの運命の人に渡しなさい」
女神はさらに続けた。
「さあ、これから勇気をもって進みなさい」
‥‥‥‥‥‥
王宮の高い塔の上にある自分の自室で、王女アイリスは女神から受けた神託を想い出していた。
今日は、騎士カイロスを自分の執務室に呼んでいた。
王女は国王に代わり、国に係るさまざまな事務を行っていた。
しばらくすると、メイドの声がした。
「王女様、騎士カイロス様がお見えです」
「お通しください」
アイリス王女は開こうとするドアを見た。
その瞬間、彼女の胸の鼓動が激しくなった。
最大限のドキドキになっていた。
「えっ!!!! どうして!!!! 」
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