チュートリアル2
俺はまた草原に来ていた。ユキのレベルが上がり、STRも高くなったため、支援の方法を変えて戦ってみる。
「強化VIT」
こちらに気づいていない角兎に向かってユキが突進する。角兎のVITが低いこともあって、一撃で倒すことができた。反撃を喰らった時のためにVITの強化を使っていたが杞憂だったな。
「この調子で戦うぞ、ユキ!」
ユキは返事の代わりに胸を張ってアピールしているように見えた。
ホーンラビットは不意打ちで倒し、ポイズンスネークは強化STRと付与麻痺術を使って攻撃させずに倒す。
草原の敵はだいぶ楽に倒せるようになってきた。掲示板によると、草原で楽に勝てるようになったら、森へ行っても良い頃らしい。俺たちは瞑想でMPを回復させたあと、森へ向かった。
俺は森を舐めていた。セーフティーポイントまでサクッと行っちゃおうという考えは砂糖よりも甘かった。
「モンスターが群れているなんて聞いてねえ!」
狼のモンスター――ドロップアイテムからワイルドウルフという名前だと分かった――が目を赤く光らせながら追いかけてくる。
一番初めに戦ったやつは一匹で行動していた。そいつ一匹相手には蛇と同じように戦って追い詰めたのだが、狼が倒れる直前に仲間を呼んだ。これがその結果である。
はぐれないように、ユキを肩にしがみつかせ、自分に強化魔法をかけながら走る。が、狼との距離は離れるどころか縮まっていく。
「追いつかれる……! メニュー、ステータス割り振り、AGI+5!」
こんなところでデスペナルティを受けたくない。咄嗟に音声でポイントを割り振る。自分でも明らかに早くなっているのが分かった。
「――見えた! あと少し!」
開けた空間に一回り大きな木が見えた。間違いない、ここがバース森林に四つあるセーフティーポイントの一つだ。
エリア内に入ってから振り返ると狼はすでに居なくなっていた。無事に逃げ切れたようだ。
エリア内では襲われない。ということで、エリア内のものを片っ端から鑑定していった。すると、新しいアイテムを三つ見つけた。
一つ目は毒消し草。見た目は薬草に似ていた。毒消し草が手に入るということは、今後、森に毒を使うモンスターが出てきそうだ。気を付けないと。
二つ目は風の石。見た目は普通の石と全く同じだったが、持ってみると少し軽い気がした。石から風が吹いているとかはなかった。
三つ目はバースベリー。ラズベリーのような見た目で、この地域が原産らしい。これは町の中で見かけたこともあったが、一粒一オルしたのでたくさん採取しておきたい。これを採取しようと、エリアの外に出て狼に追いかけられた時はユキにぺしぺし叩かれてしまったが、取ってきたバースベリーを渡すと、機嫌を直してくれた。チョロいユキが可愛い。
瞑想したり、ユキを餌付けしたりして過ごしていると淡い緑色の光がふよふよと漂っているのが見えた。
「鑑定」
妖精
「妖精? 敵意は無さそうだが……」
気になって、ユキと一緒に見つめていると妖精はどこかに飛んでいってしまった。なんだったんだろう? 俺とユキは顔を見合わせた。
リック
種族:人間 Lv.7
HP:20/20
MP:50/50
STR:5(+1)
VIT:5
INT:25
AGI:10
【スキル】
使役 瞑想 回復魔法Lv.2 強化魔法Lv.3 付与魔法Lv.1 麻痺術Lv.1 鑑定Lv.4
【装備】
初心者の短剣 STR +1 耐久:∞
残りポイント:16
よし、MPは全回復してるな。鑑定もレベルが上がっている。いい調子だ。
「ユキ、町に帰るぞ」
今度は狼が見えたら隠れ、遠回りして町へ進んだ。訂正しよう。狼から逃げていたら道に迷った。他のプレイヤーに助けてもらうか? でも迷子だって思われたくないな。こうなったらとことん自分の力で進んでやる!
森を彷徨っていると開けた地に出てきた。
「大きな木と池? こんなところがあるなんて聞いてないけど……」
肩からユキを降ろし、池に咲いているハスの花を一つ取る。森の奥まで来てしまったみたいだからこの花は高く売れるかもしれない。
――その時、大地が揺れた。
狼の遠吠えが聞こえる。セーフティーエリアじゃないのか!?
「ユキ、逃げるぞ!」
ユキは首を振る。ユキの目線の先に、巨大な狼が居た。
「二メートルあるぞ! 戦うしかないのか?」
俺の声に反応したかのように、システムメッセージが流れた。
『ボスエリアに入りました。エリアボスとの戦闘が始まります』
ボス戦は逃げられない。俺は腹を括った。
「行くぞ! 強化STR、強化VIT!」
先制したのはユキ。狼の足に向かって突進する。ダメージは入ってそうだが、効いてない。狼が体勢を崩すことはなかった。狼はユキの方を向き、じりじりと距離を詰める。
「強化AGI。ユキ、回避優先だ」
ユキの方がAGIが高いようでうまく回避できている。
CTが終わり、もう一度ユキの突進が発動した。今回の方が威力が高かったらしく、少し効いているように見えた。狼の体勢が崩れたところに、ユキが連続で攻撃をしている。
俺たちのターンは長く続かなかった。ダメージを与えられたことで狼が怒ってしまった。狼は足元で攻撃を続けるユキを弾き飛ばした。
「ユキ!」
強化VITをかけていたおかげで倒されずに済んだようだ。苦しそうだったので回復をかける。
狼は先にユキを倒そうとしているらしい。強者の余裕というやつか、ゆっくりと歩いてユキに近づいている。
「強化STR!」
強化魔法をユキではなく自分にかける。狼はおそらくダメージを多く与えた相手を優先的に狙う。俺は攻撃スキルもないし、STRも初期値のままだ。大ダメージは与えられないだろう。それでも――。
「舐めるなっ!」
装備していた短剣を力の限り投げる。狙うは頭。無視できないダメージを与えるなら、ここだ。
――当たった。狼は唸り声を上げて俺を見る。あいつは俺を敵として見た。今みたいな不意打ちはもう通じない。でも、できる限りのことをしてやる!
「メニュー、スキル取得、格闘術」
格闘術は武器を使用しない戦闘時、STRとAGIに補正が乗るスキルだ。もとのSTRが低いから補正は低くなるが、ないよりマシだ。
「はっ!」
こちらに向かってきた狼に対し、すれ違いざまに顔面に拳を叩きつける。あまり効いていない。だが、AGIに補正が乗ったおかげで攻撃は見えるようになった。
装備はしないが投げた短剣は拾っておく。ユキと俺で、回避しながら攻撃し続ければ勝機はありそうだ。
ヒットアンドアウェイを繰り返していると、狼は俺たちから距離を取って、遠吠えをした。狼は俺たちを睨みつける。HPを削ってからが本番ということか。念の為、ユキに強化魔法をかけて攻撃に備える。
背中に衝撃が走った。
「ワイルドウルフ……!? ボスエリアには入れないはずでは!?」
後ろを見るとワイルドウルフの群れが見えた。
「遠吠えで仲間を呼んだのか。……ごめんな、ユキ。カッコ悪いマスターで」
狼の攻撃によって、俺はボスの狼の前に転がっていた。
最後に見た景色は俺を引き裂こうとする狼の姿と、それから俺を守るように飛び出したユキの姿だった――
『あなたは死亡しました。デスペナルティが発生します』
気がつくと町の広場に立っていた。ユキの姿は見えない。
『死亡するとゲーム内一時間は復活した町から出ることができません。ログアウトをしても、このカウントは進みます。テイムされたモンスターはマスターが死亡すると魔石に収納されます』
アイテム欄を見ると、【魔石(ランク1):ユキ】と書かれたアイテムが入っていた。選択しようとすると、【CT 9:23】と表示されて選択できなかった。カウントは一秒ごとに減っていく。
『死亡して魔石に収納されたモンスターはCTが終わるまで呼び出すことができません。このカウントはログイン時のみ進みます』
死亡してしまったら、一度頭を冷やせということだろう。
『CTが終わると呼び出せるようになります。召喚と唱え、呼び出してください。ただし、呼び出してすぐは弱体化しています。弱体化は復活のCTの半分の時間で完全に解除されます。また、召喚するまでモンスターに経験値は入りません。尚、モンスターのみが死亡した場合もこのように魔石に収納されます』
復活までの時間はおそらく十分だ。弱体化解除は五分だな。
メニューのクエストにクリアマークがついているのが目に入った。開いてみると、【チュートリアルクエストS デスペナルティを受けよう】がクリアされていた。SはシークレットのSだろうか。他にもこのチュートリアルクエストSがありそうだ。
草原で狩った魔物の素材をギルドで渡したり、依頼を眺めているうちに十分が経った。
「召喚!」
ギルドから出てユキを召喚する。呪文を唱えると魔石から光が溢れ出す。光が収まると魔石は消え、目の前にはユキが出てきた。
「おかえり、ユキ」
飛びついてきたユキにバースベリーを食べさせる。怖い思いをさせてしまったお詫びでもあったけど、ユキが喜んでくれてよかった。弱体化の程度を知るため、ユキのステータスを開く。
雪
種族:角兎 Lv.7
状態:弱体化(50%)
HP:10/20
MP:0/0
STR:8(−4)
VIT:4(−2)
INT:1
AGI:13(−7)
特性:跳躍
【スキル】
突進 庇う
新しいスキルが増えている……!?