闇の結晶2
「助かった、イブキ!」
亀裂から禍々しい力が溢れ出した瞬間、俺はその力に飲まれ……ることはなく、代わりに、イブキの風魔法が俺の体を包み込んでいた。
「新しい攻撃だ! 攻撃パターンが変わるかもしれない!」
「意外と攻撃範囲が広いな……少し触れただけでも大ダメージだ……」
「後衛もかなりダメージを負っているみたいだ! 全範囲攻撃だ、やべえ!」
「みんな! 落ち着け! あの攻撃は連発するようなものじゃないらしい!」
攻撃パターンの変化で混乱している人もいるみたいだ。俺も少し混乱している。イブキが新しい魔法を覚えたことに、だが。
行動パターンが変わったおかげでヘイトがリセットされたみたいだ。俺を狙う触手もあるが、ほとんどは他のプレイヤーを狙っている。今のうちにイブキの変化を知っておこう。
新しいスキルや特性は増えていない。ということは、風魔法を応用して防御に使ったということだろうか。
「リック、生きてたんだな」
「イブキのおかげでな」
「確か、風障壁だったか。あの場面なら風が正解だったな。他の属性なら死んでいたと思うぞ」
イブキは風障壁なんて覚えていないはずだが……。いや、違うな。風魔法の一種か。防御系の魔法はレベル十で覚えると聞いた気がする。
「レベル十の魔法だったか?」
「そうだ。妖精はレベル三十で覚えるらしいぞ」
「情報ありがとう。俺たちも前線へ行こう」
前に進もうとしたら肩を持って引き寄せられた。不満を露わにしつつ振り返る。
「MPは回復させておいた方がいいと思うぞ? ボスを直接殴れる人数には限りがあるから」
「それもそうだな。瞑想しておくよ」
「攻撃は俺が弾いておくぜ」
ナルに守られながらMPを回復させる。
長い時間戦い続けていると流石に疲れてきた。集中力も欠けてきたし、ちょうどMPもゼロになった。キリも良くなったし、一度ログアウトして疲れを取りたいな。
ナルとアオイにフレンド通話でそのことを伝える。二人もログアウトのタイミングを探していたらしい。
ボス部屋でのログアウトはその一つ前のフィールド、ここなら礼拝所の扉の前になるそうだから、次はログイン時間を合わせず、好きにやろうということになった。
ログアウト前にボスのHPを確認する。大体七割くらいになっていた。このペースだと明日もまだ戦っていそうだ。
『エリアへの侵入を確認。レイドボス"闇の結晶"との戦闘が始まります。現在の参加者数は871人です』
二度目は演出が入ることなく、すぐにボスエリアへ。午後ということもあって人は増えている。
さっきも少し思ったが、人が多くて出番が少ないのが嫌だな。下手に動くと他のプレイヤーの攻撃に当たってしまう。アンケートが来たら改善点として送っておこう。
回復と触手の撃退をしているうちにHPが半分ほどまで減った。そろそろ後半戦だ。新たな行動パターンや形態、攻撃が増えてくると思うが……。
「ボスの動きが変だ! みんな警戒しろ!」
リーダー格の男が叫んだ。前衛職は後ろに引いて様子を伺い、後衛職は一箇所に集まり、武器を構えてボスの動きをじっと見ていた。
ボスは触手を全て手元に戻した。胴体に触手が絡みつき、大きな繭のような姿になる。
繭の中からは二回りほど大きくなったボスが出てきた。変化したのは大きさだけではないようで、爪はより鋭くなっている。
脱ぎ捨てられた繭からも新しいモンスターが生まれてきた。四方に飛び散った繭から、芽が出て草木が成長するように、触手が生えて来たのだ。
その造形はボスのように既存の動物由来のものではない。禍々しい触手の塊だった。植物であれば花が咲くところには欠片のようなものが付いていた。これこそが"闇の結晶"なのかもしれない。
足元に亀裂が走る。あの全範囲攻撃だ。他のプレイヤーとは少し離れていたのもあって、すぐに当たらない場所に回避することができた。
一呼吸した後、亀裂から力が溢れ出した。前回よりも攻撃までの時間が短くなっていた。そのせいもあり、避けきれなくなった人たちが大量に死に戻りしていく。
ボスはここからが本番だと言わんばかりに咆哮を上げた。ボスとそれを守るように生えている触手から一斉に攻撃が繰り出される。人数が減った上、初見の攻撃になる。前衛職の人たちがもたない。
「速突き、強突き、貫通突き!」
プレイヤーの背後から忍び寄る触手をスキルを駆使して倒していく。が、触手はいくら切り離してもすぐに再生してしまう。
それでも、ボスのHPはわずかに減っている。が、他のサーバーの攻撃のおかげかもしれない。
イタチごっこを続けて負けるのは俺たちだ。ほぼノーダメージで再生しているボスとは違い、俺たちは一度死に戻ると戦えるようになるまでに時間がかかるからだ。
打開策として思いつくのは取り巻きの撃破。攻撃は本体からだけではなく、四方の触手からも放たれているからだ。それに、激しい攻撃を掻い潜ってボス本体を叩くよりもまだ現実的である。
「ナル! 取り巻きを倒しに行こう!」
「それを俺も言おうとしてたぜ! 今から向かう!」
ナルと合流して、取り巻きの所へ向かおうとした時、近くで戦っていた男性に声をかけられた。
「どこに行くんだ!? 一人じゃこの攻撃は捌ききれねえ!」
「原因をぶっ叩きに行く!」
「HPが半分になった時に出てきたアレか。確かに、このままでは埒があかないよな」
納得したような声で言うと、彼は礼拝堂全体に聞こえるような大声で言った。
「攻撃は最大の防御だ! 腕に自信のあるパーティーは取り巻きの討伐へ向かってくれ! それ以外で、そいつらに向かう攻撃を減らす!」
「ここはやっぱり、戦いたいよな?」
「ああ。俺たちのパーティーで倒してやろうぜ」
取り巻きに近づくにつれ、攻撃は激しくなってくる。最初は順調に躱せていたが、段々と苦しくなってきた。
攻撃が頬を掠めた。鈍い痛みが走る。HPを確認すると、ほとんど無くなっていた。俺にとっては一発掠るだけでも致命傷だ。
回避に専念すると今度は前に進めなくなる。俺では中途半端だ。強化魔法をかけても事態は好転しなかった。多少倒しやすくなった程度では数が減るスピードは変わらないし、紙耐久を底上げしても紙であることには変わりない。
逆転の一手は意識外から飛んできた。
「水球! 今です!」
「助かったぜ、アオイ!」
俺たちに襲い掛かろうとしていた触手が一掃された。ナルの視界に取り巻きの弱点と思われる結晶が入った。スキルが発動され、淡く光る剣をナルが振り下ろした。




