神殿探索2
リビングアーマー相手なら突きは効果が薄そうだ。鎧は槍で切れるものではなさそうだから、打撃武器として扱うのが良いか?
槍をひっくり返してスキルを発動する。石突きからでも発動できるんだな。試してみて良かった。
鎧が凹むことはなかったが、軽い衝撃は与えられたようだ。その小さな隙をナルは見逃さず、胴体にスキルを叩き込む。
「硬いな……。手が痺れた」
「ダメージは与えられているっぽいな。鎧が凹んでる」
「鎧を壊せば勝ちなのか?」
「かもな。起き上がるぞ」
見えない力に操られているようにリビングアーマーは起き上がる。鎧を動かす念動力のようなものが本体なのかもしれない。それなら……。
「イブキ、魔力吸収を試してみてくれ!」
俺たちの戦いを眺めていたイブキに声をかける。
イブキが魔力吸収を始めると、リビングアーマーの力が抜けていく。完全に魔力を吸い尽くすと、モンスターはただの鎧と大剣に戻った。
「それで倒せるなら早く言ってくれよ。頑張った俺が馬鹿みたいだろ」
「俺も今思い出したんだって。ごめんな、ナル」
「二人ともお疲れ様です。消耗も少ないですし、このまま中に入ってしまいましょう」
裏口から神殿内に侵入する。モンスターは何匹かいるようだが、正面から入った時よりは少ない。
地図を持っているアオイの指示に従って進んでいくと、中に何かがありそうな、大きな扉の前にやってきた。
「地図によると、この先は礼拝堂のようです」
「よっし! 早速入ろうぜ」
扉は押しても引いても開かない。内側から閉められているようだ。
「魔物に戸締りをする習慣があるとは思えません。神殿の奪還のためにこの中に入る必要はないかと」
「確かに。いや待て、この中に誰かが立て籠っている可能性はないか? 誰かが内側から鍵がかけたと考えるのが自然だ」
ナルは門を叩きながら、中に向かって叫ぶ。特に反応はない。今、中に人はいないようだ。
「秘密の脱出口があるのかもな」
「おおー! かっこいいな、探してみようぜ」
「繋がっているとしたら、敷地外とでしょうか。地図には秘密の抜け道らしいものは書いてありません。探し出すのは難しいかと」
「それでも探してみせる! 神殿探索もついでにやれば良いだろ?」
「僕は本当にあるかも分からないものを探すのは好きではありません」
彼女は妖精たちを扉の内側に行かせた。物理攻撃無効ということはつまり、物理的に干渉されないということか。
「念の為、あの妖精たちに強化魔法をかけて欲しいです」
壁の向こうにいても対象には指定できるな。強化魔法はINTで良いだろうか。
「ありがとうございます。ではシルフ、ニンフ。合成魔法を」
扉の向こうから轟音が聞こえる。その風圧のせいか、扉が勢い良く開いた。
「え、何したの?」
「中から閉められているなら、中から壊せば良いと思って」
「脳筋……」
「何か言いましたか? ナル」
「イイエ、ナンデモアリマセン。ナカニハイリマショウ」
いくつか反応が近づいてくる。おそらく、先ほどの音に気づいてやってきたのだろう。
急いで中に入って扉を閉める。鍵を壊したせいで施錠することはできないが、扉は閉めておく。振り向くと、幻想的な光景がそこにはあった。
魔物の襲撃のせいで崩れているところがあるが、壁一面の絵画はそれでもなお美しかった。それらはこの世界の神話がモチーフなのだろうか。美しい女性に力を授かる男や魔物を撃ち倒す騎士団が描かれている。
天井のステンドグラスは多くの色が使われているにも関わらず、無秩序になることもなく、見事な調和を作り出している。
扉から伸びる赤いカーペットの先には天使の石像があった。羽や衣服が欠けていることすらも作品の一部であるかのようだった。
破れて地面に捨てられている本や散乱した長椅子が、俺にここが過去に襲撃にあったと実感させた。
「探索、しましょうか。リック、近くに敵は?」
「今はいない。さっきの音で近寄ってきていたけど、閉まってる扉を見て散っていったのかも」
「安全なようでしたら、それぞれバラバラになって探索してみましょうか」
俺は天使像の辺りを調べることにした。隠し通路があるとしたら真っ先に候補に上がるのが、天使像の裏だと思ったからだ。染みができたカーペットを歩いて、長椅子を調べつつ向かう。
残念ながら隠し通路は見つからなかったが、一つ不気味なものを見つけた。禍々しい色をしている小さな欠片だ。魔力が込められているためなのか、鑑定はできなかった。
水晶のような質感で、欠片の向こう側が透けて見える。全てが半透明というわけではなく、ところどころにどす黒い赤色が混じっていて、怪しい光を放っている。
まるで悪魔のようなアイテムだ。ぼうっと見ていると吸い込まれそうになる。
これはおそらくキーアイテム。大事に持っておこう。
「何にもないぜー。お前らは何か見つかった?」
大雑把に探索し終えて、扉の前に集まった。
ナルの問いかけにアオイは首を振った。二人は大したものは見つけられなかったようだ。
「俺はこれを。天使像の下に落ちていた」
握りしめていた欠片を見せる。
「ザ・キーアイテムだ! やっぱり何かあったんだ!」
「禍々しいですね。鑑定は……ダメでしたか」
二人は俺の手を覗き込んだ。俺らが欠片に顔を近づけたその時、欠片が強く光った。
「痛え。何するんだよ、リック」
「俺は何にもしてない。急に光が出て……」
「ふ、二人とも……あのゴブリン、先ほどはいませんでしたよね?」
アオイが指差した方向を見ると確かにゴブリンが居た。扉から入ってきたのだろう。しかし、音は聞こえなかったはずだ。
ゴブリンも状況が掴めていないのか、辺りを見回している。こうしてはいられない、早く倒さなければ。
槍術ですぐさま仕留める。入ってきた時と変わらないのようで扉は開いていない。増援が来ることはなさそうだ。
「その欠片ってまさか、魔物が呼び出される道具……?」
「つまり、これが魔物に神殿を乗っ取られた元凶ってことか!」
「壊さなきゃ!」
潰そうとしてみたり、魔法で攻撃してみたり、地面に叩きつけてみたりしたが、ヒビすら入らなかった。欠片になっていることから、壊れないことはないはずだが……。
「とりあえず、NPCに話を聞いてみましょう。預かるとか浄化するとか、イベントが何かしら進行しそうです」
俺たちは一度、入り口まで戻ることにした。
長椅子の荒れ具合からして、多くの人がこの礼拝堂にいた時に襲撃されたと推測できる。
扉が内側から閉じられていたということは、外側からも魔物が襲いかかってきたということ。内側にも外側にも魔物が居て、逃げ惑うことしかできない人々……。
リアリティを追求する会社だ。ゲーム開始前にAIだけの世界で実際に侵略されていてもおかしくはない、か。
死が刻一刻と迫ってくる状況なんて考えたくもない。
「許せないな」
俺は魔物への怒りを静かに燃やした。




