VSゴブリン3
「やったな、ナル!」
安心して力が抜けた拳を突き上げる。疲れて色々な所に力が入らない。
全てがスロー再生のように目に映った。ナルが何かを叫んでいる。どうしたのだろうか。
「リック! そいつまだ倒れてねえ! 避けろ!」
「え?」
やっと聞こえたその声に目を丸くして振り返ると、赤く変色したボスがいた。第三形態だと!?
ボスは恐怖を与えるかのようにゆっくりと動き、俺にとどめを刺しにくる。体が動かない。たとえ動けたとしても、避けきれない。
――死ぬ。その二文字が頭をよぎった。
……最後まで諦めないと、諦めたらダメだと誓ったのは俺だ。諦めてどうする。
足に力を込めて、後ろに飛んで避ける。避けきれないものは槍を使って受け流せば良い。
攻撃が――死が迫ってくる。思っていた以上に遠くに飛べていない。このままではそのまま攻撃を食らってしまう。
俺は思わず目を瞑った。次に感じたのは攻撃の衝撃ではなく、高いところから落ちた時のような衝撃だった。俺は地面に背中から落ちていた。
ハヤテが攻撃の方向を変えてくれていたから俺は助かった。ハヤテは攻撃の方向を逸らした後、ボスに握りつぶされていた。
「情けないな、俺」
槍を支えにしながら呟いた。
「リック、そんなことを言ってないで早く構えろ」
「ナル……」
「助けてもらった分まで生k……ちょ、待てよ! 良いこと言おうとしてるんだから空気読めよエリアボス!」
ピンチでもナルは変わらないんだな。少し可笑しくなって笑う。
攻撃のキレはさらに上がっている。唸りながら暴れるその姿はまさに獣。人型モンスターらしさは無くなっていた。
攻撃が頬を掠った。俺に攻撃が届いたのをチャンスと見たボスは二撃目を繰り出そうとする。集中力はとっくに限界を超えていた。後ろや横ではなく、あえて前に走って躱す。
「攻撃の隙がない……!」
「落ち着け。あいつの首にはお前が付けた傷が残ってる」
ナルはわざとボスに近づいてターゲットになった。彼は攻撃を避けながら話した。
「今の奴は出血状態……。それにこの暴走状態の消費も激しいはず。スリップダメージで勝つぞ」
攻撃にリソースを割かないならまだ……なんとかなる。
アイツがボスを惹きつけてくれているうちに休憩しながら攻撃を観察しておく。行動パターンはただひたすら攻撃するだけで、動きが単調だ。その上、フェイントをかけることも無い。
攻撃の速さには慣れていないし、目で追うことも難しい。が、突撃しかしないならやりようはいくらでもある。
「もう大丈夫だ。交代するぞ!」
「助かる。が、無理すんなよ!」
ナルの言葉に頷きで返し、位置を入れ替える。ボスは狙いをこちらの方へ変え、襲いかかって来る。
ボスは手を上に構えた。反復横跳びの要領で振り下ろされた攻撃を横に避ける。ボスはそのまま二撃目を繰り出そうとする。二撃目は槍で防ぐ。ぶつかった衝撃で後ろに飛ばされる。
槍と足を使って減速してから走る。敵も俺を追いかけてくる。目で追えないほどの速さ。その速度で硬い何かにぶつかれば、ただでは済まないはずだ。
俺は木に寄りかかってタイミングを見極める。
「っここ!」
疲れも考慮して、少し早めに横に避ける。
「ナイスだ、リック! アイツ、木に突っ込んで動けないみたいだ!」
ボスが動けないうちに少し距離を取る。息切れが酷い。いや、そんなことはないはずだ。ここはゲーム、息切れなんて状態異常はないのだから。軽く息を吐くと、息切れは治った。
「この調子で行けば……」
額から血を流し、頭を抑えるのを見て呟いた。ボスは怒りのままにぶつかった木をへし折った。
ボスは咆哮する。流石に一度木に当たった程度では倒れてくれないか。ちょうど後ろに木があるのでそれを使ってもう一度木に当てようとする。
ボスは木に当たる前に減速し、二度目を回避した。……そこまで甘くないか。ぶつけるには止まれないくらいの勢いの時を狙うか、ギリギリで避けるかだな。
左斜め上からの攻撃を左後ろに飛んで避ける。上から、下から、左から、右から。ボスは様々な方向からメチャクチャに攻撃する。俺はボスの手の位置から次の攻撃の方向を推測して、最小限の動きで避けていく。
――しまった。頭の上に攻撃が降ってくる。横に薙ぎ払うような攻撃を避けるためにしゃがんでしまって避けられない。
咄嗟に足を槍で突き、ボスの意識を攻撃から逸らす。
上手く行った。作った一瞬の隙に敵から離れる。
「スイッチするぞ!」
「ナル!」
俺に代わってナルがボスのターゲットになった。一人で避け続けてみたかったが、安定を取ろう。折角二人いる所だしね。
二人でボスエリアを広く使って避け続けるうちに、段々とボスの動きが鈍ってきた。今では目で追える速さ――暴走前よりも遅い程度の速度になっている。
流石に倒れてくれ……!
『エリアボスの討伐を確認しました』
無機質なシステムメッセージ。今はそれが俺を最も安心させた。
「勝ったな」
「今度こそ終わりだな」
コイツは二度復活したが、システムによって討伐が確認されたんだ、大丈夫だろう。俺は肩の力を抜いた。今はアドレナリンが出ているから気にならないがかなり疲れた。早くログアウトしたい。
「ボスエリアでログアウトしたらどうなるんだ?」
「ボスエリアの外で再スタートだ。疲れたよなー。俺もログアウトしよっと」
ログアウトしようと、ウィンドウを操作しているナルを引き留める。
「ああ、待って。フレンドになろう」
「そういえばフレンドでもなかったな、俺ら」
フレンド申請を済ませたら、すぐにログアウトした。
山に登りきった時のような、疲労感が広がる。今日はこのまま寝ちゃおう。……おやすみなさい。




