急がば回れ
「あーいっぱい進めたから疲れた」
体が重いな。最近ずっと家でゲームばかりしているからか。ゲーム内で走り回っていても、リアルでは寝ているだけなんだよな。仕方がないけど。
体を伸ばしながら部屋の中を見渡すと、夏休みになって持って帰った教科書の山が見えた。……宿題しとこう。
とんとん。ドアが軽くノックされた。母はノックせずに開けるし、父はもう少し荒っぽい。凛が来たんだろう。
「どうしたの?」
「お兄ちゃん、【BPO】のことなんだけど、良い?」
凛がゲームのことで来るなんて珍しい。MMOみたいなゲームが好きな俺と違って、一人でプレイする方が好きなのに。厄介なことでも起こったのか?
「掲示板で、町の西に料理ギルドがあるって聞いたから行ってみたいんだけど、戦闘スキルがなくて困ってるの。もし良ければレベル上げを手伝ってくれないかな、って」
「良いぞ。今日はもう時間制限ギリギリだから、明日になるけど良いか?」
「うん。ありがとう! 冒険者ギルドの前で待ち合わせで良いかな? フレンドコードを渡しておくから、着いたら連絡してね。髪は白にしてるよ」
妹は要件を言い終わるとすぐに部屋から出ていった。
ゲームにログインする。忘れないうちに凛とフレンドになっておく。名前はリンか。本名そのままだが、リンなら沢山居そうだから良いのか?
待ち合わせの時間まで、ゲーム内で一時間しかない。せっかく東の村に来たが、また来れば良いか。急いで始まりの町へ向かった。
できるだけモンスターを避けながら町へ向かうと三十分程度で帰ることが出来た。エリアボスとの再戦がないのが大きかったな。余った時間で何をしようかと思っていたところ、新規メッセージが二件来ていた。Stringsさんからだ。
『リックさん、情報提供ありがとうございます。報酬は検証を行なってから渡すことになると思います。検証が終わり次第、連絡いたします』
『妖精の入手はセーフティーポイントに三十分間居続けることでした。また、四つのセーブポイント全てで妖精の入手が可能なようです。ただし、風の妖精が仲間にいる場合、土の妖精は現れませんでした。火との組み合わせは可能でした。
エリアボスの討伐は情報提供の通りでした。報酬は西門の近くで受け取ってください。オル以外の支払いも可能です』
報酬を渡されるだけなら、待ち合わせまでに終わるかな。
西門へ着いた。門から少し離れた場所――草原の真ん中に机を置いて、ものを売り買いする人がいた。あの人だろうか。すでに三人くらいいるが、時間はそんなにかからないだろう。
順番が回ってきた。そこにはβ版でポーションを作っていたBrassさんが居た。彼は情報屋まで手を広げているようだ。
「こんにちは。Stringsさんから来るように言われたんですけど」
「リックさんですね。βテスト振りです。念話」
テレパシー? 疑問に思っていると説明してくれた。念話は任意の人と遠くにいても会話ができるようになるスキルらしい。念じて会話をするため、情報の受け渡しに活用しているとか。
『早速、報酬を渡しますね。オル以外に欲しいものはありますか』
『今のところはないですね』
彼は少し考えるような素振りを見せ、言った。
『リックさん、その武器では力不足ではないですか?』
『そうですね……。STRにほとんど振っていないので火力不足でしたね』
『えっ、それでソロ討伐出来たんですか!? ……失礼しました。町の西は職人街となっていて、何軒か鍛冶屋があります。NPCと親しくなる必要はありますが、そこで武器を作ってもらうことも可能ですよ』
……確かに、もっと良い武器を使った方が良いのかもしれない。今後、ダメージが低すぎて、エルダートレントの討伐みたいに一つ一つの戦闘が長引くのはゴメンだ。全くダメージが入らないかもしれないからな。
「ありがとうございました」
お礼を言って立ち去ろうとする俺をBrassさんが止める。何があったっけ? ってあ、情報提供の報酬をくれると言っていたんだった!
彼は銀色の硬貨を一枚置いた。手に取ると、吸い込まれて消えた。
『ああ、これは小銀貨って言うんですけど、触れるとアイテム化される代わりに自分の所持金に追加されるんです。確認してみてください』
所持金:10000オル
「え、一桁間違えてませんか」
『小銀貨一枚ですよね? 10000オルのはずですが』
俺が独占しているし、良い情報だとは思ったけどここまでとは。Brassさんは元が取れるのだろうか……。
『こちらのことは気にしないでください。……それでも気になるというのなら、また情報を持ってきてくださいね』
ニコッと笑われてはもう言うことがない。俺はありがたく受け取ることにした。
ギルドの前に行くと既にリンは来ていた。
「あ、おに……リックさん。ありがとうございます」
「リン、遅くなってごめんな」
リンは首を振った。
「遅刻してないし、私が頼んだ立場だから。気にしないで」
「そうか。ありがとう。じゃあ、一応ステータスを見せてくれるか?」
「その前にパーティーを組んでおくね。承認よろしく」
リンから送られてきた申請を承認する。相手のパートナーも見れるんだな。リンのパートナーはホーンラビットか。
リン
種族:人間 Lv.2
HP:20/20
MP:10/10
STR:5
VIT:5
INT:5
AGI:5(+5)
【スキル】
使役 仲間強化 服飾Lv.2 調理Lv.3 細工Lv.1 MP回復Lv.2
しらたま
種族:ホーンラビット Lv.1
HP:10/10
MP:0/0
STR:3
VIT:3
INT:1
AGI:9(+5)
特性:跳躍
【スキル】
突進 運搬
説明は見えないか。【仲間強化】、【MP回復】、【運搬】って面白そうなスキルを持ってるな。戦闘メインじゃないスキル構成も面白いな。
「【仲間強化】があるし、戦えそうに見えるけど」
「それは罠だよ。戦闘系も取っておくべきかと思って取得したけど、強化率が少ないみたいでステータスに全く変化がないんだよね」
二人に風の加護の効果が付いているなら、俺たちにも付いているんじゃないか?
リック
種族:人間 Lv.20
HP:20/20
MP:10/40
STR:10(+4)
VIT:5
INT:26(+2)
AGI:10(+6)
【スキル】
使役 槍術Lv.10 索敵Lv.4 回復魔法Lv.1 強化魔法Lv.5 毒術Lv.7 麻痺術Lv.7 鑑定Lv.3
【装備】
初心者の槍 STR:+3 耐久:∞
残りポイント:35
息吹
種族:風の妖精 Lv.14
HP:-/-
MP:56/56
STR:1
VIT:1
INT:25(+2)
AGI:9(+5)
特性:魔力生命体 飛行
【スキル】
魔力吸収 風の加護
やっぱりだ! 仲間が対象のスキルはパーティーメンバーも効果の対象になるみたいだ。
「リン、そのスキルは無駄じゃなさそうだ。一割増加になってるよ」
「あ、だから効果がなかったんだ。もう少しレベルが上がればしらたまも恩恵が受けられるのかも!」
「【MP回復】と【運搬】はどんな効果なんだ? 【MP回復】は気になっていたんだけど、ポイントが足りなくて取れなかったんだよね」
「【MP回復】はMPが徐々に回復するスキルだよ。レベル一だと五秒に一回復するかな。レベルがもっと上がると使えそうなんだけどね。まだなくても変わらないかな。【運搬】はモンスター専用スキルみたい。物が運べるようになるんだよ」
リンが短剣を取り出してしらたまの頭の上に乗せる。しらたまはそれを乗せたままリンの周りを二周した。落ちる気配は全くない。
「採取の依頼に役立ちそうだな。でも、このままでは戦えないか」
「うん。パーティーを組めれば良いんだけど、経験値は分配されるし、足手纏いになる私は組んでもらえないんだよね……」
生産職は大変だな……。
「一人で森の狼と戦えるくらいのレベルになれば良いか?」
「あ、できればレベル六にしたいな。解体スキルを取れれば、モンスターから肉を取れるみたいだから」
「解体は冒険者ギルドで取れるぞ?」
「グロいらしいし、オルもかかっちゃうから嫌だなって思ってる。六まであげると時間がかかっちゃうけど良い?」
俺は頷いた。早速、森に出発しよう。
「ちょっと、何で森に? 草原からじゃないの?」
「パワーレベリングをご所望では?」
「確かに、それは望んだけど……。任せきりになっちゃうのは悪いなって思うんだ」
「大丈夫。俺も大して戦えないから」
リンは首を傾げた。むっ、索敵に反応があるな。三匹来ているみたいだ。俺は二匹を同時に相手する自信がないし、妨害魔法を取ってしまおう。
「狼を一匹残しておくから、それはリンたちで倒してくれ! サポートはする! 強化STR、強化VIT、強化STR」
しらたまに強化STRと強化VITを、自分に強化STRをかける。一番近くにいる狼を強突きを使って一撃で仕留める。残りの二匹はリンの近くに引きつけ、拘束で動きを封じる。
「強突き、速突き! リン、もう一匹を倒せ!」
「あ、うん。行くよ、しらたま!」
通常攻撃で狼を仕留め、リンが戦う様子を見学する。
しらたまは動けない狼に向かって突進する。突進を使えない時間は頭突きで攻撃しているみたいだ。ユキも頭突きで攻撃をしていたし、ラビット系のモンスターの通常攻撃は頭突きだろう。狼は今は出来ないが、爪での攻撃が通常攻撃だろうか。
「拘束、強化STR、強化VIT」
考え込んでいると魔法の効果が切れそうになっていたのでかけ直す。レベル一の攻撃で狼を削り切るのは難しいみたいだ。とはいえ、無事に倒し切れたので良かった。
「リン、少し休んだら次の狼を探すぞ」
「ちょっと待って、リック。戻らない? しらたまがかなりキツそうなんだけど……」
確かに、しらたまは地面に仰向けになって寝転がっている。……人間みたいな仕草だな。
「パワーレベリングをお願いしといてって思うだろうけど、私はしらたまと一緒に戦いたい。戦うのもゲームのうちだし、甘えているだけなのもよくないと思うの。あと、強くなろうと思うなら、自分で戦った方がいいかなって。急がば回れってやつ? だから草原まで一緒に戻って貰ってもいい?」
拘束している敵に攻撃するだけじゃ、プレイヤースキルは上がらないしな。戦うゲームに興味がなかった凛からこんな言葉が聞けるなんて思ってもなかったな。次は一緒に戦うことになるかもしれない。
「じゃあ、草原に向けて出発するぞー」
「おー」
「ありがとう、リック。これからここで少しレベル上げをしてみる。……今度、服飾ギルドに来てくれる? 大したものは渡せないけど、私が作った装備品を渡したいの」
「ありがとう、リン」
手を振って別れる。リンは昔、自分でぬいぐるみや人形の服を作っていたから装備品には期待ができそうだ。
時間もあるし、東側の村にまた行こうかな。その前に、Brassさんに聞いた、NPCの鍛冶屋を覗いてみよう。




