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君を王にするために  作者: 餅野くるみ
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準備③

 そうして今僕たちはショッピングモールにいる。

「マジかよ……広すぎんだろこれは……」

 水汲大我は目の前の光景に圧倒され、そう呟いた。

 僕らはというと、一歩引いた位置から眺めていたのが、口には出さずとも全員同じ感想を抱いていたに違いない。

 それもそのはず、僕らの目の前にはありとあらゆる日用雑貨や食料品、家具家電などなど、おおよそ日常生活において必要だと思われる品々がブロックごとに分けられて陳列されていた……のだが……。

 問題はその数、種類である。

 僕らの目の前には日用雑貨が所狭しと並んでいたのだが、そのスペースだけでもホームセンター並の面積が確保されており、その先が見えない。マジで見えない。トイレットペーパーのシングルからダブルの区切りが遠く彼方にあるようだ。

「ちょっと一度に回るのは無理ですね。迷子になってしまいます。」

 素直な感想を稲尾君が述べた。

「セラー! 何とかならないのかー!?」

 先輩が声を張る。よく通る声だ。反響する様子がまるでないのが恐ろしいけれども。

「そう大声を上げなくてもちゃんと聞こえてるよー ガーデンの中にいる限り、どこにいたって君たちの声は丸聞こえさ! だから大丈夫! ウィスパーだって拾ってみせるよ」

 それはそれで嫌すぎるのだが。


 ここに至る経緯を簡単に説明するならばこうだ。

 僕らの嘆願を聞き入れたセラは……

「結局のところ君たちが今やるべきことはそう変わらない。まずは生活環境を整えなくちゃ。ずっとあのビジネスホテル風の部屋ってのも飽きるだろう? それぞれ必要なもの、欲しいものもあるだろうし」

「ということで今日の目的その一、ショッピングだ!」

 そう言い、戸惑う僕たちをポーターへ誘導、その後たどりついた空間が今目の前に広がる果てしない品物の数々であった。

「ゴメンゴメン! つい張り切って古今東西ありとあらゆるメーカーの商品を再現してワンフロアに集めてみたんだけど……ちょっと広かった?」

 一寸(ちょっと)どころではない。目的の物を一つ見つけるのに長針が一周してしまう。せめて階層なり作るなどして分けて欲しかった。

「うん、次までにこのエリアは整備するとしよう。やっぱり生の意見が一番だね! 僕一人だとどうしても空回りしてしまうみたいだ。だから――代替案を提示しよう!」

「デバイスは持ってきてるかな?」

 僕らはそれぞれ同じものを取り出す。忘れ物に関しては心配ない面子のようだ。

「それは僕たちの技術で必要な部分を君たちの世界で言う『スマホ』という形に落とし込んだものだ! 『com』はそれぞれのコミュニケーション手段。『shop』はそのまま買い物。あとは必要に応じて増やしていくつもりさ」

「その中の『shop』に触れてごらん!」

 ご丁寧なことにモニター上のセラがデバイス画面に切り替わる。チュートリアルでもしてくれるようだ。

「そうするとこのように『ルーム設計』と『shopping』に切り替わるだろ? 前者では自分の部屋の間取りや細かい設計を決められるようになってて、後者は今君たちの目の前にある物を発注できるようになっている。もちろん、ジャンル別にもしっかり分かれてるよ!」

 なるほど、ここに来る意味が多少薄れている気がするんだけど気のせいだろうか。

「ただファッションのようにどうしてもその場で合わせないとシルエットが想像しにくいものがあるだろう? そういったものは実物を見て決めた方がいい。家具なんかも部屋との相性があるだろうしね、実際に目で見て決めた方がいいことなんかいくらでもあるさ」

 ……その通りなんだろう。服装や自分の使うものにあまり拘らない僕としては「そうなんですね」としか言えない。

「あとは触れば慣れてくると思うよ! 間取りはモデルになる部屋がいくつか提示されるはずだからそこから好きなものを選ぶといい。発注はそのまま自分の部屋に転送される仕組みだ。ただしあまり沢山買いすぎると部屋の中で溺れることになるからそうならないように!」

「現物は……後でフロアごとに調整しておくね。とりあえずその『スキャン』ってのに触れればデバイスに映り込む該当範囲の商品を画面に提示してくれる。あとは欲しい物を選んで部屋に送るだけさ」

 セラの説明はモニターと合わさって非常に分かりやすかった。これが祖父なら数十回はコールセンターに問い合わせているだろう。世代ってのはつくづく大きいものなのだ。時代の流れに対して常にアンテナを張っていないと瞬く間に置いていかれてしまう。

「とりあえずは『ルーム設計』からだね! 住む場所は大事だ。時には一人になりたい時間もあるだろうしさ。まあ色々いじってみるといいよ。君たちなら難なく使いこなせるはずだ」

 本当に一人の時間が存在するのかとその声の主に問いたいところだったが、皆がデバイスと睨めっこを始めたので僕もそうすることにした。

「僕はその間に色んな空間を用意しておくよ。今はまだ少ないけど君たちの時代にあったものなら基本何だって再現できる。食堂や公園、プールやジム、ご要望があるなら遠慮せずに言ってくれたまえ!」

 本当に何でもありなんだな、コイツ。

「……あのぅ」

 消え入りそうな声が聞こえた。

「お金は払わなくていいんですか……? こんな凄いお部屋……あとお金は持っていないんですけど……」

 と、この場で唯一の後輩は至極当然な当然な疑問をセラに投げかけた。

「全くもって心配ない! ここで貨幣や紙幣は意味を持たないよ。君たちの時代までに存在したものに限られるけど、タダだ!」

「多少の計画の変更はあれど、僕は君たちにお願いをしている立場だ。このくらいのことはするさ! それに君たちの日常生活に関わる大部分は既存データの再現で事足りる。僕の労力はほぼゼロに等しく、そこに対価は求めないよ、それだけさ」

「あの、ありがとうございますっ……!」

「どういたしまして!」

 金銭の類は心配いらないと、そういうことらしい。

「セラー、あたしお腹空いたー、ご飯はー?」

 氷鉋さんの言葉で気づいた。僕は朝食を食べていない。普段ならばもう一限目の授業が終わりかけている頃で、早弁に手をつけているヤツらがいてもおかしくない時間帯だ。そう認識した途端空腹が襲ってきた。

「セラ、僕からも頼む。食堂とかって用意できない?」

「……そうだね、このあたりかなぁ」

 とセラは半ば独り言のように呟き、

「うん、オッケー! ポーターの接続先に登録してみたよ。使ってみてまた要望があれば遠慮なく言ってくれ!」


「よし、飯にしよう!」

 大我先輩は顔を上げそう言った。

「とりあえず親睦も兼ねてってことで全員で行こうと思ってるが構わないか?」

 反対する者は一人もいなかった。当然の流れとも言えるだろう。どちらかと言えば僕は一人での食事を好むことが多かったが、この場においてそれは優先すべき事項ではない。

 RPGのパーティよろしく僕たちは先輩を先頭にポーターへ乗り込んだ。

 なるほど、こう言う仕組みか、と得心する。いや、この円筒の本来の意味での仕組みなど僕には一生かかっても分かりやしないのだが。

 恐らく転送先を示しているであろうパネルに今までは見なかった「食堂」の文字が追加されている。ご丁寧にフォークとスプーンの絵柄付きで。

 とりあえず先輩にお任せするとしよう。それぞれ個人的に使う機会もあるだろうし、後々慣れていくだろう。

 何度目かになる感覚の後に開けた視界は確かに食堂だった。五人が使うにしては広いように思えるがそれで困るような事でもない。行こう、と先輩が食券機のようなところを指差し歩き出した。

 そこから先のことは色々割愛するが、食券機がデバイス認証型であったり、それを別の場所でかざすと数秒後にはどう見ても出来立ての料理が出てきたりした。

 そうして僕たちは六人がけのファミリータイプの椅子に男子女子別れての対面で座っている。合コンというやつかこれは。しかし僕の正面は男子が一人多いこともあり誰もいない。その仮定でいくならば一人溢れて悲しいことになるが、余計なことを言うと目の前におしゃべりな白いキューブが浮かびかねないので何も言わないことにした。

「これからどうなるんだろうな」

 とは先輩の言である。

「少なくともここにいて衣食住は間違いなく確保されている。その上で何か……具体的に言えばあの天使とやり合う方法を教えてくれるんだろうけど俺にはその方法に皆目見当がつかん」

 どう思う、と隣の男子、稲尾宿に話を向けた。

「そうですね……」

 そう言って皆に等しく視線を配った上で、

「徒手空拳、武術のような手段でアレに対抗するのは……無理だと思います。セラさんが言っていた、それこそ未来の技術が関わってくると思いますが……」

 想像が及びませんね、と首を振る。同意見だ。

「銃とかはやだなー」

 先輩の正面から氷鉋さんの声。それにしてもよく食べるなこの人。唯一先輩と並んで大盛りだし。

「なんかイメージってあるじゃん。ゲームじゃあるまいし銃火器ぶっ放す系女子ってどうよって話だよ! ……いや、一周回ってアリなのかな?」

 自分で言ったことを自分で否定し始めた。その話ぶりといい健啖ぶりといい、昨日の会話も合わさって僕の彼女に対するイメージは既に180度転換していた。

 何やら一人で考え始めた氷鉋さんを前に、先輩は苦笑し、

「そういや柏矢は氷鉋と同じクラスなんだっけ?」

 唐突にボールがこちらへ飛んできた。

「二人は仲良いのか?」

「いえっ! あまり話したことはなくて――」

「はい、とても! 昨日も一つ屋根の下で過ごした中です」

 他人の言動に咽せるという経験は初めてかもしれない。まだ口内に残っていた冷水が入ってはいけないところへ入ってしまった。

 他の三人が鳩が豆鉄砲を食らった的な顔をしているじゃないか。月花さんまで珍しく顔を上げて氷鉋さんと僕を交互に見ている。

 僕はというと、

「……いや……ッ……ちが……」

 まだ冷水が迷子になっている器官のおかげで通常時の呼吸を取り戻すのに必死であった。

「大丈夫ー? 背中叩こうかー?」

 いや君が投げた爆弾なんだから自分で処理してくれ。不発弾だとしてもそれなりに迷惑は被るものだ。大体屋根の下ってなんだ。その意味でいくならこの場にいる全員一つ屋根の下だろう。

 ようやく呼吸を取り戻した僕は、

「……本当にただのクラスメイトです。昨晩は部屋の使い方で呼ばれただけで、それ以上のことは何もありません」

 やっとそれだけを言い切った。ちゃんと伝わっただろうか、その誤解だけは解いておかないといけない。

「……めちゃくちゃからかわれてるぞ、お前」

 と先輩の声に従い氷鉋さんを見ると……お腹を押さえ涙を浮かべながら笑いを堪えていた。同性だったら拳が飛んでいたところだぞ。

「二人がとても仲が良いというのはわかった」

 とてもをわざと強調するあたりこの先輩も楽しんでいるな。

「で、月花だが」

 呼ばれた後輩は少しびっくりしたようでおずおずという表現ぴったりに大我先輩を見る。

「スマンな。どうしようもないことだがここには一年が一人もいない。オマケに男子の割合が……一人だけだが多い。色々不安だと思うし、話しづらいことや聞きにくいことは氷鉋を頼ってくれ。もちろん、俺たちで力になれるようなことなら出来る限り協力する」

「……ありがとうございます」

 小さい声だけどそこには確かに感謝の気持ちが込められていることが伝わってくる。

「じゃあ……一つ聞いてもいいですか?」

「おう、何でも聞いてくれ!」

「皆さんは、自分がいたところがあの後どうなったか不安じゃないんですか……? 私は家族や友達、飼い猫がどうなったか不安で仕方がありません。……身勝手かもしれませんが、私は一刻も早く元いたところに戻ってそれを確かめたいと思っています」

 ここに来て初めて聞く彼女、月花千里の考えだった。

 なるほど、その心配は十分すぎるほど分かる。僕だってあのまま……僕たちがここへ来た後も天使たちの破壊が続いていたら、と考えなかったわけじゃない、だけどそれは、

「月花……お前の考えていることは当然で何も不思議なことじゃない。俺だって残された両親や友達がどうなったか真っ先に考えたさ」

 だけど、と先輩は続ける。その目はしっかりと月花さんから逸らさずに、

「セラは最初、俺たちはピンクの天使に捕まった時間に戻ることができると言った。どういう理屈か分からんが、それは確かなんだろう。だけどそれじゃ既に死んでしまった人達が生き返らない、ってことで天使の襲撃自体を防ぐ方向でセラにお願いしている。これが可能になれば、少なくとも俺や月花、他のみんなが心配していることは大体解決するはずだ」

 セラが正しいことが大前提になるけどな、と続け、

「あとこれは持論なんだが……、自分の力が及ばないことを気にしても仕方がない、と俺は思っている。もちろん不安になるのは十分分かるさ。だけど今もしあの場所へ戻れたとして、悔しいが何もできないってのが事実だと思う」

「だから、俺はこの場所で今自分に出来ることを精一杯やろうと思っているよ。それがあの天使どもをぶっ飛すことに繋がれば文句ないさ。……言い方は悪いがそのために俺たちはセラを利用し、セラもまた俺たちに何かを期待している、そう考えることにした」

 言いたいことを言い終えたのか先輩は大きく息をついた。

「悪い。全部伝えられたかは分からんが俺の考えはこんなところだ。少しでも役に立てばいいが……」

「……はい、ありがとうございます。十分です」

 月花さんもまたしっかりと先輩の目を見て答えた。何か思うところがあったのだろう。その目からは不安や怯えと言った色は薄れているように感じられる。

「スマン! なんか変な空気にしちまった。けどこういうのって先に解決しといた方がいいだろ? だからそうした! 俺に悔いはない!」

 開き直ったような素振りはわざとだろう。つくづくこの人が居てくれて良かったと思わされる。

「よし! みんな食べ終わったようだしそろそろ行くか!」

 と先輩が言った後に全員の脳内に疑問符が浮かび上がる。「どこへ?」と。


「それには僕がお答えしよう!」


 出たなエスパーめ。どうせ全部聞いていたのだろうけど口を挟まないでいてくれたことについては感謝している。

「この後は今日第二の目的、訓練が待っている」

 あまりハードなのはご遠慮願いたい。食後だし。せっかく頂いたものをリバってしまうのは勿体無い。

「そういや内容は聞いてなかったな、どんなことやるんだ?」

 もう大我先輩に全部代弁させてもいいくらいだ。

「フッフッフー 聞いて驚け見て笑え! ってのは半分冗談で――」

 半分は事実なのか? 驚くのか? 笑うのか?

「伝えていた通り、君たちがあの防衛装置に対抗する手段を得るための訓練さ」

 なんとなく予想はしていたがついに来てしまったか、何をさせられるのやら。

「内容は、そうだね……具体的かつ抽象的に言うなら――」

 一言で矛盾するとはかなりの高等テクニックをつかうじゃないか。


「――君たちには魔法使いになってもらう」

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