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君を王にするために  作者: 餅野くるみ
7/20

準備①

 やはりと言うべきか、次に目が覚めて真っ先に見えたのは僕が知らない天井だった。

 まだもや(・・)がかかったような頭で思考を巡らせる。

 昨日の出来事……天使が襲ってきた、気付いたらここにいた、セラとかいう謎の存在に状況の説明を受けた……こんなところで合ってるかな。

 時計を見ると朝の八時を示している。

「いつもだったら遅刻確定だな……」 

 僕はバス通学を行っていた。朝の六時に起床し七時のバスで学校へと向かう。ほぼ毎日がそのルーチンだった。バス停から学校への傾斜がキツく、初登校日にして後悔したことを覚えているが、それも一ヶ月で慣れた。そうしてダラダラと一年と約半分を過ごしてきたのだけれど、それも昔のことのように思える。

 人は成長するにつれて体感時間が短くなる傾向にあるという。それは小さい頃は未知のもの、新しいものが周囲に溢れているのに対し、大きくなるとそれらを知っているが故に日々を同じような環境で同じように過ごし、記憶に残りにくくなるからだからだそうだ。

 初めて聞いた時は「そんな馬鹿な」とも思ったが、なるほど、毎日同じ時間に起き、同じバスに乗り、帰って寝るという日々を繰り返していると、確かに印象に残るような思い出というものは少なくなっている気がした。同じバスに乗っている乗客は毎日違うだろうし、授業の内容もそうだ。なんならその毎日の子細はほぼ全て異なるようなものだろう。天気も違う、すれ違う生徒も違う、交わす何気ない言葉も違う。違う違う違う。違うことばかりじゃないか。

 にもかかわらず。僕は毎日を新鮮なものだと捉えなくなっていた。何故なのだろう。

「……ああ、そうか」

 理論上、新しいことに溢れているだろう日常も、高校生活というルーチンワークの中では慣れたものとして扱っていたのだと気付く。些細な変化など、それは脳の負担になるからいらないよ、とばかりに無視していたのだと。

 もちろん、バスの中によほど印象に残る人物が乗っていたらそれは僕の記憶にはっきりと残っていただろう。事実、下校中のバスで中学時代のクラスメイトに会って話をしたことははっきりと覚えている。しかし、それ以外の人物は失礼ながら僕は何も覚えていない。例え綺麗な女性が前の席に座っていようと、酔っぱらいが運転手に絡んでいようと、おそらくぐっすりと寝た翌日には綺麗さっぱり忘れているだろう。

 多分閾値(いきち)の問題なのだな、とまで頭を回転させたところで僕はストップをかけた。頭の体操にはもう十分だろう。

 窓からは差し込む輝かしい朝日。

「……朝日?」

 セラの言う通りにこの建物が作られているならそれは、その自然現象はおかしいのではないか、そう思ったのだ。

 窓に近づきカーテンを開く。

「こういう仕組みか……」

 窓の外には考えていたような当たり前の景色はなかった。代わりに一面黒色の空間、その一点に丸い光のようなものが浮かび、こちらを照らしていたのだった。昨日は夜になって初めてここに入ったから気づかなかったわけだ。

「おはよう! みんな起きるのが早いんだね、よく眠れたかい?」

 セラの声がする。スピーカーの様なものは見当たらないし不思議な技術だ。

「おはよう。お陰様でね」

 嫌味のつもりは今回に限っては一切ない。セラが助けてくれなければ恐らく僕はこうして誰かと話すことも出来なかったに違いないのだから。

「それは良かった! 起きてすぐ行動ってのもなんだし、先に今日の予定を説明するよ!」

「お願いするよ」

「今日やることは大きく二つ!」

 セラは少し間を置きーー

「一つは君たちの生活環境の整備、もう一つは訓練だ!」

 前者は分かる。だけど後者に少し不穏な単語が聞こえた気がする。

「質問があるんだけど」

 ここは素直に聞いておくべきだろう。知らずは一生のなんとやらだ。

「訓練って何?」

「そのまんまの意味さ! 君たちは後々あの天使たちを破壊しなくちゃいけない。それにはどうしたって戦闘は避けられない。だけど今の君たちにその力は皆無だ。だから力をつけるための訓練をしようってことさ!」

 なるほど分かりやすい。しかし訓練ときたか。インドア気味な僕にとっては少々敬遠したい分野の言葉である。腕立て伏せとかスクワットとかやらされるのだろうか?

 押し黙った僕を見てセラは何かを察したのか、

「フィジカルな意味での訓練じゃないよ。それも意味がないとは言わないけど……ここではあまり役に立たないかな。君は地上から空中にいる相手に有利を取れると思うかい?」

 ……思わないな。一方的に美味しく焼かれるだけだろう。

「そういうことさ! 昨日も言ったけれど天使に立ち向かう方法はちゃんとある。それを覚えるための時間だと思ってくれればいいよ」

「……分かったよ。で、この後はどうすればいい?」

 そうだね、とセラは少し考えたように思える。

「九時にデバイスを持ってエントランスに集まってくれ! そこで改めて今日やることを整理しよう! 着替えは全く同じ制服を用意してあるからそれを着るといい。洗濯の心配はないとも。正真正銘出来立てホヤホヤの新品さ!」

 昨日のパンといい用意のいい全く同じ下着といいやはり謎の技術が介入していることは間違いないようだ。

 が、それをこの場で考えたところで仕方がない。

「分かった。確認だけど他のみんなと一緒に行動するんだよね?」

「もちろんさ! 君たちバタバタでお互いのこともまだよく知らないだろう? この後はお楽しみの自己紹介タイムだ! 第一印象は大事だぞ★」

 お前は僕の保護者か、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。セラの言葉を全部真に受けていたら話が先に進まないことは昨日からという短い付き合いだけでも十分分かっていた。

「りょーかい。オシャレには気をつけるよ」

 着る物は制服しかないのだし楽でいい。元々使っていた整髪剤の類は見当たらないがそれは仕方ない。それにまず僕はアレらを上手く使えた試しがない。

「うん、じゃあ九時に待ってるよ!」

 そう言い残しセラの気配が遠ざかる。実際はどこかで見ているのだろうけれど。

 時間までまだ三十分以上ある。こういう時にスマホがあればなと思い、ふと机の上の謎デバイスを手に取る。想定外の場面で「com」を使うことにはなったが、残りはまるで分からない。こういうのはセラが教えてくれるまで触らぬが吉だ。

「素直に待つしかないか」

 洗面台へ向かい、チェックを行う。寝癖OK、歯磨きOK、目やに(・・・)も……よし、ないな。

 隣の脱衣ボックスには綺麗に折り畳まれた制服が入っている。確認するとシワ一つ無い完璧に新品だと思われる状態で用意されていた。

「本当にこういうとこは未知の技術だな」

 寸分違わぬサイズの制服に袖を通しながら素直にそう感じた。いつもはアイロンがけが中途半端なので感触も新鮮である。学ランも用意されているがこっちはどうしようか……

 昨日は寒暖の差もあり、夜の作業も想定されたから持ってきてはいたが、本来僕の住んでいる地域は南寄りでかなり暑い。最近ではスコールも降るようになり、秋でも日中は三十度を平気で超えてくる。そのためシャツがほぼデフォなのであるが……まあ今日はいらないだろう。

 そう結論づけた。

 常々思っていたことだけど、同じ時間でも何かに夢中になっている時とそうでない時とでこんなに体感が違うとは……仕方のないことなのだろう。楽しい時間というのは一瞬で過ぎ去ってしまうのだ。

 残り十分……少し早いがもう出よう。このままカチコチと時計を眺めていても何も変わらない。五分前行動ならぬ十分前行動でも別に咎められるわけではあるまい。

 そう自分に言い聞かせ、僕はもう一度鏡で制服姿をチェックした後部屋を出た。

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