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君を王にするために  作者: 餅野くるみ
6/20

解錠

「助けて!」


 その言葉は僕に行動を決断させるには十分なものであった。

 何故だろう。

 クラスメイトからの求めだったからか、あるいは……見て見ぬふりをした罪悪感からか。ただ、その時の僕は迷いなく立ち上がり部屋を出た。デバイスはベッドの上に放り投げた。


「セラ!」

 エントランスに出ると同時に呼びかける。が、返事はない。

「いつも見てるんじゃなかったのか……!」

 文句を飲み込みひたすらに目的の部屋を目指す。

「あった……!」  

 運良く二分の一を引き当て、目的の部屋の前に立つ。

「……セラ!」

 かすかな苛立ちを含んだ声が辺りに響く。返事はない。

「くそっ!」

 ここで迷っている場合じゃない。セラが頼れないなら別の方法を探すまでだ。インターフォンらしきものはドア周辺に見当たらない。なら――

 自室と同じように設置された◾️パネルに手を触れる。

〈承認中……〉

 今までに聞いたことがない音声が流れた。

「何でもいい、開いてくれ……!」

 繰り返すが明確な理由があった訳ではない。あの時手を差し伸べなかったからという言い訳じみた理由からかもしれない。ただここで行動しなければ僕は確実に後悔するだろうという予感があった。

〈……承認完了〉

 ドアが開いた。

 光の中に迷いなく飛び込み、視界が開ける。

氷鉋(ひがの)さん!」

 同じ部屋だ、本当にセラは五人分同じレイアウトでコピったのだろう。彼女は見当たらない。

 少しの焦りと共に色んな考えが目まぐるしく浮かぶ。またセラを呼んでみるか、もしくはまだ開けていないこのドアを……

 何の前触れもなくドアが勢いよく開いた。正直に言おう。かなりビビった。

 ドアを開き、僕をビビらせた本人、氷鉋華(ひがのはな)は僕の目の前に立ち――

「――()を待っていたよ!」

 満面の笑顔に両手を広げるポーズのおまけ付きでそう言った。その眩しすぎる光景はしっかりと僕の脳内に焼き付いたのだった。



「……何だって?」

「だからさー、お風呂の使い方がわからなかったんだよ」

 彼女はベッドに腰掛け脚をパタパタさせながらそう言った。制服姿でそれはやめてほしい。視線が泳いでしまう。

「セラに聞いてみなかったの? 割と何でも答えてくれるよ?」

「それがね――」

 彼女は脚の動きを止めてこちらへ向き直り、

「このシャンプーじゃ嫌だ〜って言ったんだよ。どうも明日貰えるらしいからじゃあ仕方ないかーって思ったんだけど……」

「……だけど?」

「そこから連絡とれなくなっちゃった!」

 アメニティに物言いつけてたのはこの人だったのか。

「……で、お風呂がどうしたの? 悪いけど僕もまだ自分の部屋の浴室は見ていないんだ。役には立たないかもしれない」

 そっかーと彼女は少し考えている……ように見える。

「とりあえず見てくれない? あたし自分の家のお風呂しか入れたことないから分からないんだよー」

 少し上目遣い気味にそう言われた。

「……見るだけならいいよ」

 目を逸らしながら僕は答える。

「開けるけどいい?」

 ドアに手をかけたまま彼女の方へ半身で振り返る。一応確認は取らねばなるまい。女子の部屋だし。

「全然おっけー!」

 一ミリたりとも迷いのない返事が返ってくる。

 ……やっぱり違和感がある。後で聞くべきか、そう思いながら僕はドアを開けた。


「なるほど」

 ユニットバスというやつだ。僕は父と旅行に行った際何度か泊まったことがあるから分かるけど、確かに使い方を知らないと戸惑うのも無理はない。主にシャワーカーテンの位置で。

「氷鉋さん、ユニットバスって知ってる?」

 素直に尋ねることにした。

「んーん、全然」

 仕方ないか。僕だって経験がなければ分からなかっただろう。ここは父に感謝だ。

「ちょっとこっちに来てくれる?」

 そう言ってどこから説明した方が分かりやすいか考える。人に何かを教えるのは久しぶりかもしれない。

「来たよー」

 ――近い。半歩下がればぶつかる距離だ。パーソナルスペースってやつがないのかこの人は。

 色々言いたいことを我慢しつつ説明することにした。

「これはトイレとお風呂が一緒になってるタイプのやつだね。で、分からなかったのはお風呂って言ってたよね?」

 彼女はうんうんと頷く。なんだろう、こういうおもちゃがあった気がするが失礼に当たるのでお口はチャックしておく。

「簡単に言うと、このカーテンは目的によって位置を変えればいいんだよ。湯船に浸かりたい時は外側、身体を洗いたい時は内側って感じ。お湯が溢れる時もあるけど大抵は大丈夫。そういうふうに作られてるし、ほら、そこに排水口があるよね? そこから勝手に流れていくよ。だから気にせずに使って大丈夫」

 ほへーと彼女は納得したようなしてないような判断に困る表情をしていた。

 説明が下手だったかな、と少し焦りを覚えたが――

薙爽(なぎさ)くんに来てもらって良かったよ!」 

 氷鉋さんはまたしても眩しい笑顔を浮かべてそう言った。

 それは良かった。でも僕だってたまたま知っていたからというだけで、特別褒められるようなことじゃないよ、などと無理やり捻り出したフレーズは脳内に留まり、その笑顔の前では言葉にならず僕は「ああ、うん」と消え入りそうな反応を返すだけで精一杯だった。

 彼女の横をすり抜けるように通り、少し振り返って尋ねた。

「……こんなところでいいかな? 僕は部屋に戻るけど」

 浴槽に水が落ちる音が聞こえてくる。

「えー? 一緒に入ってかないのー?」

 両首筋から頬にかけて血が昇ってくるのを感じた。何なんだこの人は。

「……入るわけないよ。君と僕とはクラスメイトだったけどまともに話したのは今日が初めて……だと思う。あまりからかわないでよ……慣れていないんだ、そういうノリは……」

 かろうじて、しかし正直な気持ちを答えたつもりだ。

 加えて一番の疑問を口にした。

「……氷鉋さんってそういう性格だったっけ?」



 状況によっては失礼なものと受け取られかねない僕の疑問に対し、彼女は一瞬キョトンと僕の目を見つめ、しかしすぐに相合を崩した。

 冗談だよーと笑いながら、

「そこは『いや、今日は勝負パンツじゃないから遠慮しておくよ』くらいの返しができないとモテないぞ?」

 誰の真似なんだそれは。モテたい、と思う気持ちは正直無いわけではないけれど、そんなセリフを臆面もなく吐けなければモテないというのであれば、僕は一生モテないままでいい。

「あとあたしの性格? 多分変わらないよー、クラスメイトからそう言われるとちょっとショックー」

 全然ショックを受けてなさそうな顔でそう言った。

「大体、呼ぶのは僕じゃなくてあの一年生の子でよかったんじゃないの? ほら、僕は男子なんだし」

 少し「男子」を強調したのはせめて一矢報いてやろうと考えた僕のしょーもない反抗心からだ。

 しかし、彼女には全く意に介した様子がない。

千里(せんり)ちゃんのこと? ホントに疲れてそうだったから休んだ方がいいかなーって。そしたらクラスメイトの君しか残ってないっしょ」

 至極当然のように言われてしまった。おおよそ彼女が正しいのだろう。この状況でセラが応えてくれないのであれば僕という選択肢が浮上してくるのは仕方ないこと……なのか?

「僕が悪かったよ……もういい? あとは一人で大丈夫だろうしもう部屋に戻るよ。風呂もまだだしね」

 皮肉っぽく聞こえるかもしれないが多分大丈夫だろうという妙な確信があった。

「あ、じゃあやっぱ一緒に……」

「――お休みなさい」

 パネルに触れ、部屋を出る。これで開かなかったら大恥をかいていたところだが、内側からは開くようだった。エントランスに出たところで壁際の椅子に座り、一息つく。


「疲れた……」

 人助けという慣れないことをしたからかもしれない。いや、大部分は氷鉋さんとのコミュニケーションが原因だろう。ああいう人をからかうような言動は勘弁願いたい。本当にどう対応していいか分からなくなってしまう。慣れてる側はいいのだろうけれど……

「……セラ」

「……なんだい?」

 必死に笑いを噛み殺している様子がその一言から伝わってきた。抗議はひとまず置いておき、聞きたいことを優先しよう。

「何で氷鉋さんを助けなかったの? それだけで解決した問題だろ? こんなのは。僕が出張る必要なんてまるでなかったよ」

「そうした方がいいと思ったからと、そっちの方が面白そうだったからだ! 割合的には1:9くらいかな?」

 よし、おまえを綺麗に削って正多面体にしてやろうか。細かい作業は嫌いじゃないぞ、僕は。

「ほら、君もドキドキしただろ? 男女二人きりで一つ屋根の下、なんてシチュエーションは君には縁遠いものだったはずだ! 結果的には予想通りの形になったけどね。ほら、僕はこんな形だし年齢不詳だろう? だけど青春的な甘酸っぱさ成分ってのを定期的に摂取していないと心が老いていくのさ!」

 なるほどねと話半分で聞きながら、僕は「ナタデココ、直火で炙ってみたらこうなった」なる企画を考えていた。コイツはナマモノだろうか。

「うーん、お悩みの様子だね?」

「……よく分かったね」

「うん、君が立方体に欲情を抱くような性癖だとは思わなかったよ。ーーよし、こうしよう。部屋のTVはただのお飾りだけどモニターとしては役に立つ。そこで思う存分僕の姿を堪能し、欲望を吐き出すといい。ねじれの位置から2D仕様までどんなご要望にもお応えしようじゃないか!」

「――チェンジだ、馬鹿野郎!」

 つい怒鳴ってしまった。僕はメジャーに女性が好きで、そのような特殊性癖は持ち合わせていない。


 セラは笑いながら言った。

「それだけ元気なら大丈夫だ! もうやり残したことはないね? なら今度こそ休むといい。繰り返しになるけど君は疲れているはずだし、明日からもそれなりに大変な日々が待っているよ」

 その疲れの何割かはセラが原因なんだけど……もういい。明日から忙しいってのも本当なんだろう。なんせ将来的にあの天使どもを壊さなくちゃならないんだから。

「今度こそ、お休み」

 振り返ることなく僕は自分の部屋へ戻る。

「うんお休み! 良い夢を!」

 そこから先の行動はよく覚えていない。疲れている……というセラの指摘は事実だったのだろう。風呂へ入り、何故か脱衣所に用意されていた新品の下着とバスローブに着替え、ベッドに入って数十秒で僕の記憶は途切れた。

 ここ――ノースガーデンに来てからの濃い一日はこうして終わった。

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