会遇②
「ーー天使たちを壊して未来を変えて欲しい」
会話を交えた時間は少ないが、セラは自分で言う通り、固く重い雰囲気を好まずに砕けたような口調で話す、というのが僕が受けた印象だ。
そのセラが本当に、切実とまで言ってもいいかもしれない。真面目な口調でそう僕らに答えていた。
しかし、遅れて理解したその言葉の意味に僕は……いや、恐らくセラを除いた僕達全員は混乱していた。
一早く回復したのは大我先輩で、
「……それはあの天使もどきを俺たちでぶっ壊せって意味で合ってるか?」
「百点満点の解答だね、その通りだよ」
「……未来を変えるってのは?」
「それもそのまんまの意味だ。僕らの、ああ言葉が足りないね、ゴメン。未来の世界を君たちの手で作っていって欲しい」
先輩は意味を消化したのだろうか、目を閉じて髪をニ、三搔きしたところで、
「ーーやっぱり情報が足りなさすぎる。俺たちがここにいる理由はまあ分かった。助けてくれたんだろう? それについては素直に感謝するよ、ありがとう」
ただ、と前置きしーー
「お前の要求に対して素直に『はい分かりました』と答える訳にはいかない。手短に理由を言うぞ。もちろん答えてくれるよな?」
「何なりと」
セラは即答した。
「じゃあ一つ目だ。アレを壊せと言うがどうやって? 俺は校庭から見ていたが、率直に言ってアレは化物だ。秒、いや一瞬で俺らのクラスをまとめて吹っ飛ばすなんて正直訳がわからない。壊すってだけなら兵器引っ張ってくりゃ可能だろうが、人間大の個体があそこまで精密に物をぶっ壊せるなんてそれこそお前の言う未来の技術だ。それを俺たち普通の人間がどうやって壊せる?」
至極真っ当な疑問であった。僕より遠い位置から見ていたであろう先輩がそう思うほどにあの天使は普通ではない。僕が見ていただけでも一体で大の大人二人を消し炭にし、校舎を一階層丸々吹っ飛ばしている。そんなものと相対しろというのか。それは婉曲表現でも何でもなく「死んでこい」と言われるようなものだろう。
だがセラはこう言った。
「天使たちの壊し方、言い換えると天使と戦う手段はちゃんとあるよ。それはこの後しっかり伝授しよう! なに、そんな難しいことじゃあない。未来の技術には未来の技術で対抗をってだけのことさ!」
自信を持って言い切った。続けてーー
「ただしそれなりに準備が必要だ。今伝えられるのはこんなところかな? まだ疑問があるんだろう? そっちも聞こうじゃないか!」
強引に話題の転換を図ったともとれる。しかし、そう言われてしまえばこれ以上の追及は難しい。先輩もそう考えたようで、
「……二つ目『未来を変える』って言ったよな? 俺はこっちが一番気になるし、何よりお前の説明に矛盾が含まれることになる。多分みんなも同じ考えだろうさ」
ゴメン、先輩。正直僕の頭ではついていけない。セラの説明に矛盾? とりあえず黙っておこう。
「セラ、過去から未来への流れは一直線って言ったよな? なら、あの天使の襲撃もお前の世界の過去に含まれていたのか? 加えて俺たちがここにいることも、だ。これらはお前の世界から見て既に起こったことでないとおかしい。これについてはどうなんだ?」
言われて気づく。確かに時間の流れが一本道なら、天使の出現を含めてセラのいる未来へ流れていないとおかしい。既定路線のはずだ。ただセラのいる世界は過去干渉はタブーだと言った、ならば……
「うん、大我、君の言う通りだ。僕らの世界は人間が普通に生き、普通に争い、研鑽し合うことでたどり着いたものだ。そこに防衛装置という名の天使は存在した記録はない」
「過去から未来への流れが一直線、っていう考えがメインだということはさっき言っただろう? メインってことはそうじゃない考え方もあるってことさ」
「繰り返しになって申し訳ないんだけど、僕のいた世界は君たちが自然に作り上げた結果そうなったというものだ。過去干渉がタブーになっている理由は主にそこにある。干渉によって何か重要な要素に影響が出ると自分達のいる世界にたどり着かなくなるかもだからね。ここまではおさらいだ」
セラはわずかな間を置いた。
「ーー僕は未来は分岐すると考えている。少なくとも強硬派が天使たちを送り込んだ時点で、大我の言う僕らの未来へは繋がらない。僕が君たちをここに集めるという事実も存在しなかった。つまり、強硬派にとっても僕にとってもここから先は分からない未来が待っている、ということさ」
「にもかかわらず僕は僕の世界の技術を変わらず使えている。もちろん、防天使たちが来ようが来まいが同じ技術を君たちの世界が獲得する可能性は大いにある。でも仮説として、僕らの世界が干渉を行った世界とそうでない世界に分かれた、という考えも生まれてくる」
「未来を変えて欲しい、というのは語弊があったね」
セラは前置きした上でーー
「どうあっても、もう君たちの世界に天使が送り込まれたという事実は変わらない。でもそれは本来良くないことだ。都合の悪い事実を僕らの世界が揉み消そうとした結果そうなったというだけで、君たちは普通に過ごしていれば何事もなく君たちだけの世界を生きていられた。これは僕らの世界の身勝手の結果だ」
「自分の意志が色んな体験で変わっていくことなんてそう珍しくないことさ。それが良いことか悪いことかを決めるのは自分自身だ、決して他人じゃない。ただ、何か大きなものに流されて自分の意志を曲げざるを得ない時、捨てないといけないって時もまた事実存在する。それは……うん、あまり良くないことだ」
だからーー
「ーーアイツらを壊してその先の未来を君たちが作って欲しい。その先に僕らがいようといまいと関係ない。それが僕の一番の望みさ!」
少し砕けた口調はわざとだろうか、しかし迷いも戸惑いも感じさせずセラはそう言ったのだった。