第98話 対立Ⅱ
長い間、領主メイ様が平和に治めていた街。
その頃は特に大きな問題は無く、人々は本当に安心して日々を繰り返していた。
ただ……問題が無いのが、後の大問題になった。
安心した日々が続くことは、その街に住む人々にとって良い事だった。
だからこそ、より長く続いて欲しいと人々が願うのは当然のことだった。その当然により、領主メイ様が治める期間はより長く続いたのだ。
どの街よりも長く……他の街であれば、息子に領主の後を継がせる年齢に差し掛かっても続けてしまった。
その頃、引き継いでいれば、もしかしたら何事もなかったかもしれない。
後を継がせる息子に問題があった訳ではない。
長男であるマッシュ様は領主としての知識や感覚を十分に備えており申し分なかった。街の長い治世に携わった貴族や大店等、メイ様を支える関係者達との交流も進んで行い、それぞれの信頼も勝ち得ていた。
だったら、さっさと代替わりしてしまえば良い?
する必要があるのか?今は素晴らしいのだ。
マッシュ様が領主になっても変わらないかもしれないが、もしかしたら少しは変わってしまうかもしれない。
であれば、このままで良いではないか……。
全ての人々がそう思っていた。
唯一、マッシュ様だけは胸の内に秘めた不満が溜まっていたかもしれないが、誰も気にしなかった。
そうしてマッシュ様に代わることなく、メイ様が領主を続けたせいで、次男のヴァンフ様の台頭を許してしまった。
マッシュ様が今まで盛んに交流してきた古き馴染みのある者達との付き合いではなく、ヴァンフ様は若く勢いのある者達を次々と取り込んでいった。
マッシュ様の一握りの中心人物とより深くではなく、ヴァンフ様は手広く誰とでも繋がり、浅いが気軽な関係を素早く構築していった。
この時点がどうにかできる最後のタイミングだったかもしれない。逃したからこそ、それが顕著に、後になって嫌という程知るものだ。
マッシュ様とヴァンフ様は正反対。当然対立することも度々あった。
しかし、当時はメイ様が領主としてまだまだ健在だったので、メイ様が筆頭になって、その下でマッシュ様とヴァンフ様が意見をぶつけ合う。周りの者達からはその光景が街の発展の為に切磋琢磨しているようにしか見えなかった。
メイ様にとって、二人は聡明で可愛い息子達であり、対立していても二人がいつか手を取り合って協力すれば、自分が治めている今より更に良くなるのではないかと思い、微笑ましく見守ってしまった。
その後もヴァンフ様の勢力はドンドン大きくなり……月日が経ち、メイ様や周りの者達が流石にそろそろ後継を思い始めた時には全てが遅く、街はマッシュ様とヴァンフ様の勢力で綺麗に二分化され、どうにもできないと知り後悔した。
一般的な流れで長男のマッシュ様を後継にするには、ヴァンフ様の勢力が大きくなり過ぎていた。かと言って、ヴァンフ様へ後継を譲る程、マッシュ様は愚かでも無能でもなかった。
二人共タイプは違えど、有能で人望がある素晴らしい人物だった。
だからこそ、そのどちらかに属する者や惚れ込んだ者達は、代表者同士が対立し合うことまでも引き継いで、より激しく混沌としたものへと街全体を包んだ。
どちらかを次の領主へ……もう簡単に決めることが出来なくなっていた。
決めてしまえば、取り返しのつかない事件が起こってしまう可能性が高い。すでに、街の各所で対立する人々の口論や喧嘩が頻発し、更には血が流れるところまで発展した事件も多々起こっていた。死人が出てもおかしくない。寧ろ、もう出ているのではないか?とさえ思われていた。
本来、この問題を解決させることが出来る現領主のメイ様はそれはそれは思い悩み、結局決めかねて、グダった。
しかし、ある意味何も出来なかったと言った方が正しいかもしれない。
この事態を憂慮したのはメイ様と補佐役や執事、身近な他の親族達……本当に極僅かな者達だけだったからだ。
今までメイ様と共に歩んで、支えてきた大店の商人や組織の重鎮達は、全てマッシュ様の勢力に取り込まれていた。
彼らも当初はメイ様と同じ思いを抱いていたが、実際にヴァンフ様の勢力が増し、市場を、利益を、影響力をドンドン侵食されていくと、自分達までもが飲み込まれると恐怖した。煮え切らない態度のメイ様では心許なく、一致団結する為にほぼ全員がマッシュ様の勢力に鞍替えしていたのだった。
こうして、マッシュ様の勢力はあのエンブレムを付け、その流れを受けてヴァンフ様の勢力も笹の葉を模したエンブレムを対抗して付け出した。見た目でどちらの勢力か判断出来てしまうので、対立意識が更に高まったのは言うまでもない。
一握りの憂慮しているメイ様達に出来ることは、より長く領主にメイ様が座るだけ。問題を先送りすることしかなかった。
それが、この街の現状だった。




