第78話 修羅場
イドがセガルの元へ歩くのを見ながら、サウルとノリスはクロード達の元へ行く。
「ノリス。こういう時は貴方が真っ先に行くのかと思っていましたよ。」
教えたクロードが倒れ、イド程では無いが顔見知りのセガルが相手。どちらも女性ではないが、温厚と聞き及んでいるノリスとは言え、こんな状況で、こうもノリスが大人しいとはサウルは思わなかった。
「んあ?相手はセガルだ。なら、イドに任せるのが一番良い。そういうサウルだって似たようなもんだろ?」
「ハハッ。そうですね。」
これからクロードを救う。遠目から見てもクロードを蘇生しなければならない。それは神の奇跡を自分で起こすようなものだ。
それなのに、ノリスと同じようにサウルも落ち着いていた。
「俺達は禁句や『生ゴミ』と関わらない普段は感情の起伏があまり無いからな。
そういう役目だっただろ?ま、そのままだとアレだから、感情を豊かに見せるようにもなってるだけだな。サウルだってそうだろ?
お前もエストとじゃれ合った方が良いぞ?訓練にもなるし、からかってスッキリもするからな。」
「アハハッ。イドとのじゃれ合いはそういう意味もあったのですね。」
ノリス達は今まで壁役として長年活躍してきた。
仲間を守り続け、敵の攻撃に耐え続ける。ただひたすらにソレを続けてきた。
仲間が危機に陥っても冷静に、敵が煽ったり、卑怯な策を講じても動じない心を持たなければならなかった。
あの頃のノリスは盾になろうとしていたのだ。無機物だ。人じゃない。その結果、感情が無くなっていく。だが、そうなるとノリスの言うアレ……本当に人じゃなく、ただの人形になってしまい、周りから奇異がられる為、普段は感情があるように見せている。
ノリスだけではない。イド、サウル、エスト、全員がそうだった。壁役は、本当の意味でパーティの壁だ。その壁が感情で動くものなら、パーティが瓦解することだってある。
サウルも理解していたが、イドとのじゃれ合いにまで意味があるとは思わず、しかし絶対に後者……からかって遊んでるだけだと思い笑う。
なので、サウルとノリスは普段通りの雰囲気で、地獄に向かった。
「うぅ……クロード……いやあぁぁぁ!クロード!うわぁぁぁぅん……。」
「エマ!お願い。もう一度、クロードに回復魔法を……次は成功するかもしれない。
ねぇ、エマ。もう一度だけ……もう一度だけで良いから!」
「ダメです、メリル。ぐすっ……これ以上は……もう……。
ぐすっ……でも、クロードがガンダルさんに頼んでいました。……私は無理でも、あの人なら……」
まさに地獄。いや、修羅場。
倒れるクロードの傍でケイトは泣き喚き、メリルはエマに魔法を何度もせがむ。一緒に泣いていたがエマだけはギリギリ希望を残して耐えていた。
その希望がいつも通りの空気を纏い、やってくる。
「アハッ。エマ君。良く諦めなかったですね。
それでこそ、私が人肌脱いだ甲斐があります。」
「サウルさん!どうか!どうか!クロードをっ!」
「ええ。分かっています。
私はその為に来ました。クロード君を蘇生しますから安心してください。
ですが、ケイト君、メリル君。君達にも手伝ってもらいます。
だから泣き止んで落ち着いてください。良いですね?」
サウルはエマを安心させるように、更にはケイトとメリルにも希望を灯し、優しく語る。まだぐずるがお陰で少しずつ三人は落ち着いていった。
「この馬鹿野郎が。盾が壊れちゃ意味が無いだろ?」
地獄の中で希望を見出した雰囲気の中、それをぶち壊すかのように、ただ淡々と冷徹にノリスは倒れ伏すクロードに言葉を投げつける。
ノリスだけは見えている世界が違う。たとえサウルが来てケイト達三人が明るくなったとしても、『生ゴミ』が腐敗臭を撒き散らす地獄であることに変わらなかった。
「なっ!?どうしてそんな事をっ!!」
「酷いっ!」
「ノリス。言い過ぎで……」
ケイトやエマがノリスを非難するように叫ぶが、ノリスには届かない。仕方がないので、サウルが代わりに注意しようとしたが、
「ま、お前は守りたい者を守ったんだ。良く頑張った。本当に良く頑張っていたもんな。
だけど、まだだ。まだ満足するなよ?まだ守り抜いてないだろ!
盾が壊れたら直せば良いだけだ。クロード。それを教えてやる。なぁ、サウル。」
ノリスはケイト達の事など気にせずに、淡々とクロードに賛辞を贈っていた。
クロードの特訓に付き合ったのはノリスだ。感情が薄れても、何も無い訳ではない。だから、セガルの相手よりも、クロードを助けるのが一番だと思い、サウルと一緒に来た。
「ええ。その通りですね。」
サウルはノリスの思いを知り、注意を止めて、励ますように頷く。ケイト達も何かを感じたのか押し黙っていた。
サウルは指を鳴らし、クロードをすっぽり包むように小型の効果を変えた【聖陣】を展開した。殺菌消毒とクロードの損傷具合をより正確に知る為だった。なので、人にとっては特に害なく、サウルも【聖陣】をすり抜けてクロードを触っていた。
「やはり肉体の欠損が酷いですね……血液も足りない……予想通りで嫌になりますね。」
サウルはクロードの体を調べながらブツブツと愚痴を零す。
特にクロードの腹に空いた三つの穴は貫通し、肉や骨、内蔵までをも壊し、貫通した衝撃の余波を受けた背中側は更に酷かった。
「これでは余分なところから継ぎ足すのも難しいですね。
ノリス。貴方の有り余る筋肉や細胞を分けてくれませんか?」
「おうよ!持ってけ泥棒。」
「アハハッ。良いですね。では、頂戴します。」
サウルは、一番ガタイが良いノリスを頼ると、即答し、何故か服を脱いで筋肉を強調するようにポージングしだした。
ムキムキのノリスの腹に手を当て、もう一方の手をクロードの腹に置く。
サウルはノリスの細胞を少しずつ貰い、それを元にクロードの腹を治していく。特に内蔵はミスが許されないので、ゆっくりだが、正確に修復していく。
「……ノリス、サウル。ごめん。間に合わなかった。」
サウルがクロードの穴を塞いでいると、エストが合流した。
「エストか。気にすんな。
エストが無理なら、俺だって無理だな。」
ノリスはサウルから自分の肉や骨、細胞が削られているのだが、長年壁役をしてきたのだ。この程度の痛みには慣れっ子であった。何ともないかのようにエストを出迎えた。
「……イドにも同じ事言われた。
サウル。イドが手伝って欲しいって聞いて来た。」
「エスト。ありがとう。
昔、何度かやった事をお願いして良いかな?」
クロードの腹を治しながら、サウルはエストに頼む。サウル一人でも出来ない事は無いが、その後もやる事は山積みだ。以前エストと一緒に居る時、何度か協力してくれていたので、エストを頼った。
エストも慣れた様子で、サウルの簡潔な頼み方だけで理解した。
「……輸血だね。でも血液の型を判別する時間や人手が厳しいかもしれない。」
「忌々しいですが、今回それは神に頼ります。そこは心配しなくて良いですよ。」
「……分かった。なら、あとは量だね。
ケイト、メリル。よく聞いてね?
クロードは血を流しすぎた。だから血が足りない。そこで君達の血を分けて欲しいんだ。」
「勿論、使って!」
「ええ!私ので良ければ!」
「あっ!わ、私も!」
メリル、ケイト、更にはエマも是非と言った感じで即答した。しかし、サウルはエマを外す。
「エマ君はダメです。君の出番はまだ後です。その時に頑張ってもらわないといけませんからね。」
「わ、分かりました……。」
エマが渋々納得していると、
「……れる?『竜爪』のセガルが怖い?問題無い!
後は俺が!『清流』のブルースに任せろ!分かったな?良いから行けっ!」
イドの大声がサウル達の元まで、轟き響いてきた。




