第77話 二人の竜Ⅱ
「ブルース!貴様!?俺の可愛い弟子であるアンジェをよくも……!よくもたぶらかしたな?」
クロードの元へ駆けて、セガルの元から去っていくアンジェ。その結果を見た途端に、セガルはブルースに対して激怒した。
「フッ。俺はほんの少しだけ勇気を与えただけだ。
真にたぶらかしたのは、お前が甘ちゃんと言ったクロード達だろうな。」
「クソがっ!すぐに連れ戻してやる。」
「おいおい。さっき言ったばかりだろ。俺が行かせると思うか?」
「退け!これはウチの問題だ。」
「馬鹿なことを言うな。短い期間だったとはいえ、俺らの教え子を殺しておいて、「はい。どうぞ。」なんて通用するはずがないだろ?
お前が激怒してようが関係無い。俺らは最初からお前に激怒しているのだからな。」
ブルースはセガルの行く手を塞ぐように手を広げ、まさにそうだ!と言わんばかりに続ける。
「流石のお前も薄々気づいているだろ?
俺がお前の前に対峙し、立ち塞がった時点で、こうなるとな。」
「……本気か?」
「なんだ?手加減でもしてほしいのか?」
「ふざけんな!良いだろう。お前を倒してアンジェを連れ戻す!
この『竜爪』のセガルが『清流』のブルースに引導を渡してやる!」
「フッ。その槍のようにまっすぐな愚直さは相変わらずか。
さっきから言ってる。俺はこの為に立っているとな。さっさと来いっ!」
『竜爪』のセガルと『清流』のブルースの……
二人の『青龍』による戦いの火蓋が切られた。
『竜爪』のセガルの槍術は、その二つ名の通り【竜爪】を多用する。
【竜爪】は神速の三連突きでもあるが、そこから更に上下左右、様々な方向へ変化する。
セガル自身の技量、スキル、槍の性能、度重なる試行錯誤を経て、セガルが編み出した技だった。槍での突き攻撃のはずが、まさに竜が爪で引っ掻くが如く斬撃に変化する……まさに【竜爪】であった。しかも、変化ばかりに囚われてしまうと防御が偏り、何も変化しない真っすぐな軌道が防げなくなる。受けた傷からして、クロードはそうしてセガルに敗れていた。
相対するブルースは静かに、落ち着き、されど張り詰めた糸のように集中し、セガルの【竜爪】を素手で受け流す。
セガルが神速で突きを放とうが、流れるように手が動き、絶妙なタイミングで槍を受け流す。ブルースは防具もつけず素手で流しているので、金属音どころか、他の衝突音さえもしなかった。まさに『清流』だった。
二人の『青龍』の戦いは、周りで観る者にとって、元ではなく、これこそが真の【英雄】だと思う程の戦いだった。二人の二つ名に相応しいと観る者誰もが思う程の戦いであった。
戦いの行方は両者、互角。
されど、セガルの攻撃は全てブルースに受け流され、対するブルースも受け流す防御で手一杯なのか攻撃をする気配すらなかった。
攻撃と防御、それぞれのエキスパートである二人が激突した結果。目に見える激しい攻防とは裏腹、本来するはずの音がほとんど無く、張り詰めた空気のままで互角の戦いが続いていた。
……いや、ブルースの方が余力を残していたのか、槍を受け流しながらもセガルに話しかけだした。
「セガル。お前も本当は気づいているだろ?
外から見たアンジェが気づいて、実際に戦ったお前が気づかないはずがない。」
「……何の事だ?」
「クロード達の戦い方だ。お前は気づいたが、認めたくないから見なかった事にしただろ。
だからこそ、クロードを殺したな?アイツを生かせば、それは認めたことになってしまうとでも思ったか?」
「……だから、何の事だ!」
「はぐらかそうとすると、すぐに語彙力が低下するのは変わっていないな。
俺を誰だと思っている。お前と長年一緒に冒険したブルースだぞ?
今もなお放たれる【竜爪】を一番近くで見続けてきたのが俺だ。どう変化するか?など、誰よりも知っているのが俺だ。」
「くっ……。」
「クロード達はアンジェを待つと決めた。だから、攻撃をアンジェに託し、ケイトやメリルはサポートにまわった。先ほどのクロード達はそうやってお前と戦っただろ。お前が教えてくれたからな。
クロード達の戦い方を見て、アンジェはクロード達の中にもう一人の自分を見つけたはずだ。
クロード達がアンジェを想い、アンジェなら『こう攻撃するはずだ。』『こう攻撃してほしい。』と思い描いて戦ったのだ。
ならば、クロード達と一緒に戦うアンジェの幻視がお前にも見えたはずだ。」
「うるさい!うるさい!俺らは今戦っているはずだ!」
「見えないはずがないのだ。
アイツらとの模擬戦では、俺がアンジェの代役をしたのだからな。
俺はアンジェの戦い方など知らん。だが、師匠であるお前の動きは知っている。だから、お前が見えないはずはないのだ。」
「やはり!アレは……俺だったのか!?」
「ほら見ろ。気づいてて見て見ぬふりをしたな?馬鹿者が。何故認めなかった?」
「くどい!何度も言っただろ!そんなこと、認めれるものか。
俺は、俺が、アンジェの必死に頑張る姿を、一番近くで、一番長く見てきたのだ。見てきたからこそ、少しでも幸せな道を歩んでほしいと思うのが必然だ。
アイツらの中に俺やアンジェが見えたから、何だと言うのだ!あの道が苦難の道であることに何も変わらないではないか。
俺も、お前も、それをよく知っているはずだ!」
「ああ。そうだな。俺らが共に進んできた道だ。知らないはずがない。
だが、それを今選ぶのは俺らじゃない。アンジェだ。そこを間違えるな。
師匠なら、もっとどっしり構えろよ。例え弟子が苦難の道を選ぼうとも、励まし、味方し、協力するのが師匠じゃないのか?」
「うるさい!黙れ!お前に俺の気持ちが分かってたまるものか!」
「ああ。そうかもな。俺は道場など開くつもりもない。クロード達を見たものほんの少しの期間だけだ。
俺はお前の気持ちなど知らんし、俺らは分かり合えん。だから、こうして戦っている。どちらが正しいのか証明する為に……な。」
俺らの道が別れた頃……いや、もっとその前から、恐らくはあの時から……とブルースは思う。
その頃から、ブルースとセガルは別れた道のように分かり合えなくなった。
ブルースは特訓中、ケイト達にパーティ内で、もっと話し合えと何度も言ってきた。
しかし、言った張本人はそれを昔の自分達が出来ていたのか微妙だった。
誰もケイト達を馬鹿になど出来るものではない。
ケイト達はブルースではなくイドとして言った事を素直に実行し、パーティ内全員で理解を深めた。あの頃のブルース達とは違う道を進んだ。
無論、ブルースも当時、全く会話しなかった訳ではない。途中で止めたのだ。今のように言っても、ただ衝突するだけ……ならば言っても仕方がないと諦めていた。
今より若いとは言え、ブルースもセガルも歳を取り、頑固になってしまっていた。
クロード達を見ていると、若さとは良いものだ。とブルースはつくづく思った。
そうして、ブルースとセガルは戦いながらも会話し、その結果、更に戦いが苛烈になっていった。
セガルは、なりふり構わず【竜爪】を使うのをやめた。
まさにコレで登ってきた道を捨てた。セガルのプライドはズタズタになっていることだろう。
だが、目の前の昔は背中を預けたブルースをなんとしても倒さなければならない。その為には、ブルースが慣れた【竜爪】では勝ち目が無かった。
神速の【竜爪】とはいえ、変化させる為にどうしても少しだけ遅くなる。なのでセガルの純粋な突きはもっと速い。
神速を超えて繰り出される、連続した真っ直ぐな突きは、観衆の半分以上は見えていなかっただろう。
「むぅ……。」
ここにきて初めてブルースがうめき声をあげる。
服が少しずつ切り裂かれ、受け流す腕や手にも次第に傷がつき、ブルースの周りに血が舞い出した。
「ハッ!どうした?お前ももう歳だ。そろそろ地面に横たわった方が良いのではないか?」
「ぬかせ。だが、確かにコレでは分が悪い。
まぁお前にこのままで勝てるとは思ってなかったのでな。流石にそこまで腑抜けてはいなかったか。」
突如ブルースは、セガルの突きを受け流すでなく、後方に飛んで距離を取り、おもむろに両手を胸の前で合わせて、精神統一し始めた。
「チィ!お前も本気だな。」
長年一緒にパーティを組んでいたのだ。ブルースが何をするのか?セガルも知っていて、邪魔をすべく突進からの突きで牽制する。
しかし、その攻撃は受け流された。
受け流したはずのブルースは、両手を合わせたままだった。
だが、その両手とは別の、肩口から更に二対の腕が生えており、その腕の一つがセガルの突きを受け流していた。そして、ブルースの厳つい顔の両横にもそれぞれに顔が増えていた。
「【阿修羅】か……。」
セガルはブルースの技を呟く。
仲間だった頃は、支えられ、頼もしく、誇らしかったブルースの【阿修羅】。しかし今、目の前に敵として対峙してみて、少しだけ寒気を覚えた。
「どうした?お互い手の内は知ってるだろ?
俺の【阿修羅】でやる気が無くなったか?俺らが戦うのがバカバカしい?ただ疲れるだけで効率が悪いか?
フッ。降参しても良いんだぞ?」
「ハッ!それこそバカバカしいな。
俺は貫く!ブルース、お前すらもな!」
神速を超えた突きを繰り出すセガルと、【阿修羅】を纏い三対の腕で全てを受け流すブルース。
二人の『青龍』は止まることなく、戦いを激化させた。




