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週末だけ冒険者のおっさん達  作者: 小雅 たかみ
第三章
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第76話 二人の竜

 イドの歩みはゆっくりだった。


 先行して戦ってくれているエストの邪魔にならないようにとの考えもあったが、実際のところイドの感情は複雑だった。


 あまり良い別れではなかったとは言え、セガルとは長年一緒に冒険してきた仲間であった。その付き合いの長さで言えば、当然ノリスよりも長い。


 そんな友と恐らく今から戦う。


 無論、セガルのした事に激怒してもいる。だが、理解出来ないこともなかった。

 サウルが言ったように、クロード達との特訓は悪くなかったとイドも思っていた。

 若いケイトやメリルが、模擬戦を繰り返して、日に日に成長していくのを見るのが楽しいと思った程だ。


 だから、クロードが倒れているのを見て、ケイトやメリルが泣いているのを見て、激怒した。


『結局、俺はセガルと同じか……。

アイツも師匠として、弟子であるアンジェが可愛いのだろうな。』


 怒れば怒るほど、自分とセガルの立場が被り、冷静になっていく。

 だから、イドは怒っているのだが、何処か落ち着いていた。



 しかし、迷っている訳ではない。

 歩みはゆっくりだが、止まることはなかった。


 自分の代わりに今、エストが戦ってくれている。しかも、セガルを倒そうとせず、時間稼ぎしているという事は、決着を譲ろうとしてくれていた。

 サウルとノリスは、クロードを救おうとしている。あのサウルなら必ず救うだろう。


 頼もしい今の仲間達が居るのだ。

 自分だけが歩みを止める訳にはいかない。


 イドとして……ではなく、セガルと一緒にパーティを組んでいた、ブルースとして……



 一人の元【英雄】が、ゆっくりと舞台に上がる。




 エストとセガルもイドの歩みに気づいたようで、両者は離れ、距離を取る。

 誰が近づいたか知っているエストは、イドの歩みの方へ飛び、隣へと音もなく綺麗に着地していた。


「……イド。ごめん。間に合わなかった。」


「良いのだ。エストが間に合わなかったのならば、誰もが不可能だ。」


「……自暴自棄なケイト達を下がらせることしか出来なかった。

セガルはイドの仲間だっただけはあるね。時間稼ぎが精一杯。【竜爪】も中々、面倒な攻撃だね。」


「アレは俺やエストみたいなタイプには厄介だが、慣れれば問題無い。

それにエストが本気を出せば、適う相手など居ないだろう。すまんな。いや、ありがとう。」


「……僕がイドなら、自分で清算したいと思ったから。」


「そうだな。助かる。こちらは俺に任せてくれ。

エストはサウルの元へ。クロードを救う為に手伝って欲しいらしい。頼む。」


「……うん。任されたし、任せた。イド。頑張ってね!」


「ああ。だが、エスト。ここからの俺は『ブルース』だ。」


「……クフッ。なら大丈夫だね。」


 エストは笑い、サウルの元へ下がっていく。

 そんなイドとエストのやり取りを、強者はこうあるべきだと言わんばかりに、セガルは悠々と待っていた。


「ハッ!変なのが乱入したかと思えば、また乱入か?良いぜ!誰でもかかってこいよ!

俺に貫かれたいなら、どんな奴でもこい!

そんで、次はおま……って、その顔!?お前は……!!」


「久しいな、セガル。お前とこんな場所で会う事になるとはな。そこのお嬢ちゃんからお前の名前を聞いた時は驚いたぞ。」


「ブ、ブルース!何故お前がココに居る?」


「それは俺のセリフだ。

大体の事情は知っているが、お前が来るまでもなかっただろ。そういうのは嫌いじゃなかったのか?」


「可愛い弟子の頼みだ。師匠として当然だ!」


「フッ。なるほどな。なら同じ理由だ。」


「ハッ!そういう事か!!

だから俺の【竜爪】をあの甘ちゃんは防いだのか!」


 セガルは納得が言ったように吐き捨てる。そのセリフでイド……ブルースは、クロードがセガルの【竜爪】を何度か防いだ事実を知った。

 クロードの腹に三つの穴が開いていたので、最終的には防ぎきれなかったのだが、元【英雄】の攻撃を耐えていたクロードを心の中で褒めたたえた。


「だが、防御ばかりじゃダメダメだな。お前が教えていたのなら、所詮あの程度か。他の者達もチンケな攻撃ばかりで、話にならん。」


 更にセガルはクロード達をこき下ろす。

 しかし、セガルがご丁寧に説明してくれたお陰で、ブルースはクロード達がどういう戦い方をしたのか理解した。


『なるほどな。クロード……お前はまさに命を賭して、認めてもらえるように頑張ったのだな。

ケイトやメリルも良くやった。後でお前らも盛大に褒めないとな。

そうだな……真に誰に認めてもらうか?お前らはしっかり分かっていた。大丈夫だ。あの様子なら伝わっている。』


 ブルースはクロード達のことが誇らしくなった。だから、セガルが何を言おうとも全く響かなかった。


「フッ。俺にはお前が話にならん。

大体やり過ぎだ。殺す必要など無かったはずだ。」


「あの甘ちゃん達は、生意気にも、ひたすらボコっても向かってくるんだぞ?「諦めない!」とか言って勝手に盛り上がってな。」


「違うな。ご自慢の【竜爪】が防がれて、お前自身がキレただけだろ?馬鹿者が!」


「う、うるせぇ!

魔法使いで壁役なんぞ無理に決まっている!それを認めろというのか?有り得ないだろ。

多少、形になったから、どうだと言うのだ?効率が悪過ぎだ!そんなパーティにウチの可愛いアンジェを入れる訳には絶対にいかん!」


 セガルはブルースの禁句を言う。


「黙れっ!!拳闘士だった俺に壁役をやらせた、お前達が……お前が口にして良いセリフではない!」


 怒気が溢れたブルースも言い返すが、禁句という程キレてはいなかった。

 それは禁句になった原因、いや張本人が言ったからだった。セガルだけではないのだが、ブルース以外の『青龍』メンバーから何度も何度も言われていたから禁句になった。彼らから言われるのが慣れていたのだ。更にクロード達の頑張りのお陰でもあったし、今は俺がキレ散らかす訳にはいかないという思いもあった。


「そ、そうかもしれんが、だからこそだ!

俺らがどれだけ大変だったのかを、お前も身を持って知ってるだろ。

弟子に同じ経験をして欲しくないと思うのは師匠として当たり前の事だ。」


「だからと言って、強制させるのも違うだろ。そう思うお前の気持ちも分かるがな、セガル。

だが、選ぶのも、決めるのも、認めるのも、俺とお前では断じて無い。」


「認めるのは俺だろ!もう甘ちゃんは死んだからどうでもいいがな。

後でアンジェには効率の良いパーティを組ませて、これでおしまいだ。」


「本気で組めると思ってるのか?馬鹿者が。

下手な事したら師匠が、お前が、出張ってきて殺されるかもしれんのだぞ?今さっきお前がやったようにな。誰もアンジェと組みたいとは思わん。

お前の行動はアンジェにとって最も効率の悪い事をしたのだ。何故それが分からん。」


「ぐっ……」


「まぁ、クロードは俺の仲間が救うから、そうはならんので心配するな。」


 ブルースがそう呟くとセガルもそうだが、戸惑っていたアンジェも、ピクリと反応する。すかさずブルースはアンジェに問う。


「アンジェだったな。お前は本当にこの結末を望んでいたのか?」


「ブルース!俺の弟子に……」


「うるさい!セガルは黙ってろ!俺はアンジェに聞いているのだ!

お前がセガルに「クロードを殺せ。」と言ったのか!?」


「違う!私は……こんなつもりじゃ……」


「話し合ってもお前の思い通りにはならなかったかもしれんが、お前はセガルとクロード達の戦いを見ただろ。

何も感じなかったのか!?違うな。ちゃんと感じただろ!」


「うぅ……」


「だから、お前は戸惑っている。

だから、お前は泣いている。

クロード達が、どんな気持ちや決意で戦ったのか、お前は気づいているのだ。

ならば、すべき事があるはずだ。

アンジェ。お前が本当に望んでいた事をしてこい!」


「で、でも……」


 ブルースがこれだけ言っても、アンジェは迷っていた。


 それはどうしようも無い程に強固な鎖で縛られていた。

 育ててくれた師匠。その師匠は【英雄】。誰もが知っている『青龍』の一人。

 その人の言葉が、教えが、思想がアンジェの全てだった。


 その途中でクロード達と出会い、少しずつ想いを寄せた。

 だから、アンジェは今ココに居る。何も無ければ、戻ってなど来ない。手紙一通で脱退すれば良かった。

 それでも、数ヶ月経っても、クロード達を想い、戻ってきたのだ。

 しかし、クロード達ではアンジェの鎖を断ち切ることは出来なかった。


 今もアンジェは、想うクロード達と師匠のセガルを交互に見て、迷っていた。



 その鎖を今、ブルースが断ち切る。


「アンジェ。お前が一歩踏み出せないのなら、俺が力を貸そう。師匠の……セガルの事など気にするな!お前が本当にしたい事をすればいい。

怒られる?『竜爪』のセガルが怖い?問題無い!

後は俺が!『清流』のブルースに任せろ!分かったな?良いから行けっ!」


「っ!?は、はい!」


 セガルと同格の存在により、アンジェの鎖はボロボロと崩れ落ち、ブルースの命令に従い、クロード達の元へ駆けて行った。

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