第63話 特訓ーエマー
ノリスとクロードが特訓を開始した横で、イド達は女性陣と向き合った。
その中で最初にサウルが動く。
「そういえば、イドが言っていましたが、キミ達はしっかり話し合って決心したのですか?
とは言え、エマ君は元々賛成でしたし、あまりやる事も変わらないので、問題無さそうですね。
イド。そちらは任せますね。」
「ああ。問題無い。」
「……サウルも頑張って!」
「エストもね。
では、エマ君。行きましょうか?」
「えっ?何処へ?」
全員が庭で特訓すると思っていたエマは驚いていた。
「エマ君は私とリビングで『お勉強』です。
ハハッ。安心してください。いかがわしい事は絶対にしませんから。」
『お勉強』と言った瞬間、エマは体を硬直させて、警戒感を強め、ケイト達も不安な表情をさせていた為、サウルは苦笑して否定した。
渋々、了承したエマをサウルは引き連れてリビングへ戻る。
「さて、お勉強が終わり次第、エマ君も庭で皆さんと一緒の特訓ですが、当分無理かもしれません。少しでも集中する為に、暫くは静かなココで頑張りましょう。」
そうサウルは言いながら、一冊の本をエマに渡す。
「こ、これは、【アナトリス大全】?でも少し違うような……。」
「へぇ。物知りですね?読んだ事はあるのですか?」
「いいえ。私は教会出身の僧侶ですから……。」
「そうでしょうね。雰囲気からそんな気がしていました。」
回復魔法は、他の魔法とは違い、【神の祝福】と一般的には呼ばれている。
特にサウルやエマのような神官や僧侶系の職では、さまざまな回復魔法を習得出来る為に、神の代理として聖なる癒し手になる。
その為、【アナトリス大全】はその出自もさることながら、存在自体が教会関係者にとってあまり好ましくない物として扱われた。
真相発覚当時、神への冒涜だと猛反発したのは教会であり、そのせいで箝口令が布かれたのだ。
なので、教会関係者は知っていても、ほとんどの者がこの本を読んでいない。当時を知っている上の者は当然ながら……若い者でさえ上の者から読むのを禁止させられたりするのだ。
「出版されてしまったのならば、仕方がありません。ですが、こういう時にコレは使えるので、それで良かったのかもしれませんね。」
「あのぅ……どういう意味でしょうか?」
「ただの独り言です。気にしないでください。
さて、エマ君にはこの本を読んで、人体のお勉強です。」
「えっ?良いのでしょうか?」
「これを読んで神に罰せられる事は絶対にありません。
確かに回復魔法は神の奇跡です。貴方達は皆、詳しく知りもしない人体を普段から回復させている。その力はまさに神の力が働いていると私も思いますね。」
「でしたら……」
「ですが、全てを神に委ねるのはどうかと私は思います。
神の力をただ単に回復させたい願いだけで……その代償の魔力を捧げているとはいえ、他の事は全て神へ任せて行使させていると考えられませんか?
人体の構造を知り、神が使う力を少しでも自身で支援する。これはそういう事だと思っています。」
回復魔法とは何か?
サウルが普段何気なく使うからこそ、その疑問はずっと持っていた。
サウルのように人体を熟知しておらずとも、回復魔法の使い手はエマのように普通に数多く存在している。その者達は、回復させたいという漠然な願いだけで使えているのだ。
何が原因なのか?どの部位が傷ついたのか?そんな事を知らなくても問題無く治してしまう。
だからサウルは、問題なく治るのは、誰かが問題を無くしているからだと考えた。その誰かとは?当然、神だと思い至った。
ちなみに、エマにはバレずに普通に話しているが、サウルは神を忌み嫌い、呪っている。
この才能を本人の意思に関係無く与えられ、そのせいでこうなった運命を、誰よりも神が許せなかった。
しかし、逆に言えば誰よりも神を信じていた。誰も存在しない者を呪ったり怒ったりはしない。
だからこそ、サウルの力は絶大なのかもしれない。
「知識を深めれば、より神を知れるでしょう。今まで神が行使していた力の一端に触れる訳ですからね。だから、大丈夫ですよ。
それにクロード君を癒すのでしょう?その為にはエマ君も学ばなければなりません。理由はこの前言った通りですね。」
「そ、そうでした……そうですよね!
分かりました。私、頑張ります!」
「良い返事ですね。
あっ、あともう一つ。これは【アナトリス大全】ではありません。アレは所々嘘が混ざっていますからね。
……そうですね。これは【シルベルト大全】です。」
「えっ?」
「これは上巻ですが、なんと【シルベスト大全】は下巻も揃ってますよ。」
「そ、それは……」
「アハハッ。今回は特に使わないので、安心してください。あまり勉強に時間をかける訳にもいきませんし。今は気にするような事でもないですね。
さて、お勉強を始めましょうか。」
口篭るエマと、乾いた笑いをするサウル。
サウルの笑いの奥に、ドス黒い何かを感じ取ったエマは無言で何度も頷き、渡された本を開いて、必死に勉強を始めた。




