第54話 逆鱗
本人は大丈夫だと言うが、とてもじゃないが大丈夫な顔をしていなかった。
これはどう考えてもダメな時だとサウルは思い、少し離れたカウンター席で酒を楽しんでいる慣れた者を呼ぶ。
「ノ、ノリス!ごめんなさい。ちょっと来てくれませんか!?」
「んあ?どうした、サウル?
って、イド!?その顔、ヤバくね?何をそんなに怒ってるんだ?
ははぁ~ん。クロード達に禁句でも言われたのか?ったく。ちゃんと事前に伝えておけよ。」
長年付き合いがあるせいか、ノリスだけはイドが激怒していても普段通りで軽く対応しだした。
「ノリス。俺は大丈夫だ!」
「その顔で大丈夫とか……酒の飲み過ぎか?
店主!鏡無いか?って剣で良いか。ホレ、自分の顔を見てみろよ。」
おもむろにノリスは鞘を持って、少しだけ剣を抜き、イドに自身の顔が見えるように反射させて向けた。
「な?全然大丈夫じゃないだろ?
イドも退場だ。こっちへ来い。
サウル、エスト。クロード達と後の話はよろしくな!」
自分の顔を見たからなのか?普段通り接するノリスと会話したからなのか?イドは少し落ち着きを取り戻しつつも、まだブツブツとノリスに文句を言いながら、ノリスの隣のカウンター席へ連れていかれた。
「すみません。イドは『効率』と言う言葉が大嫌いなんです。」
イドに聞かれないように声を落としたサウルはクロード達へ説明する。
「……ちょっと面倒だけど、コレさえ言わなければ、僕らは大丈夫だから。」
エストは、イドやサウル、更には自分の禁句を紙に書いて、クロード達へこっそりと見せる。
「確かに面倒臭いかもしれません。ですが私達も長く生きてきたから、全員が相応の傷を持っています。出来れば配慮してもらえると助かります。」
「そ、それはもちろん。
だけど、コレを言うとサウルさんやエストさんも、イドさんのようになるのですか?」
クロードは頷きつつも、二人に聞いた。落ち着いているサウルとエストが、先程のイドのようになるとはとても思えなかった。
「……正直、さっきのイドの方が何倍もマシ。」
「アハハッ。確かにそうですね。ノリスやイドが可愛く思えますよ。」
軽く笑うサウル達。だけども、その笑いの奥で何かしら感じ取ったクロード達は無言で何度も頷き、サウル達の忠告を守った。
そうして、サウルとエスト、クロード達は再び楽しく会話に花を咲かせた。
一方、ノリスとイドは……。
イドがまだグチグチと言い訳をカマして、ノリスに慰められていた。
「俺はそこまで怒ってないぞ!?」
「はいはい。そうですねー。」
「この馬鹿ノリス。俺の話をしっかり聞け!
大体、クロード達からは直接言われてないからな?それに言われるだろうな、という予想もあったのだ。」
「うん?どういう事だ?」
「この場に居ないアンジェとかいう女が居ただろ?その女が前に言っていたじゃないか!」
「……誰だ?そいつが何か喋ったのか?」
「ああ。お前はそういうヤツだったな。聞いた俺が馬鹿だった。
この場に居ない女が一人だけ居てな。その女はセガルの弟子なのだ。
槍の技もそうだが、意思も受け継いだのだろう。」
「おお!セガルか。懐かしい名前が出てきたな。
それにしても、弟子なんて……あいつは道場でも開いているのか?」
「知らん。興味も無いが、そうらしい。」
「なるほど。そりゃダメだな。それならある程度予想はつくか。」
「ああ。だから、そこまで怒ってはいない。」
「違うな。確かにクロード達には怒ってないだろうが、セガルに対してはマジで怒ってるだろ?
『弟子にまで思想を押し付けて……』なんて思ったんじゃないのか?」
「ぐっ……。」
「ほらな。やっぱりダメじゃねぇか!
俺が引っ張り込んで良かったな。後でクロード達へ謝っておけよ?」
「……ああ。そうだな。」
「ったく。しょうがねぇな。
もう少し我慢というものを身につけたらどうだ?」
「お前だけにはそのセリフを言われたくない。」
「冗談だろ?俺は最近吐いてないぞ?ちゃんと我慢してる証拠だろ!」
「それを我慢してると言って良いのか俺にはもう分からん。今まで散々、俺が受け流してきたんだぞ?」
「それは助かってるさ。その分、こうしてイドがキレたら俺が付き合ってあげてるだろ?」
「……まぁな。」
「しっかし、セガルかぁ……。
こうなったのなら、あの頃と変わってないんだろうな。」
「ああ。そのようだ。」
「どうする?なんか会いそうな予感じゃね?」
「ああ。俺も思った。最悪、俺が対応するさ。
どの道、ノリスじゃ気づかれもしないだろうしな。」
「それもそうか。当時、鎧を脱いでる状態の俺を知ってるのは極僅かだもんな。」
「フッ。流石『生きた鎧』だな。たまにだが、ノリスが羨ましく思う。」
「『生きた鎧』とかマジで凹むから言うなよ。
だけど、そう思うならイドは髭ぐらい生やしたらどうだ?」
「髭は無理だな。ノリスも生やしてみろよ。それでこう言われるんだぞ?
『髭はフサフサなのに……頭は?』ってな。
言われなくとも目で語られるだろう。」
「それヤバいな!殺人動機になるぞ!?」
「だろ?だから髭は無しだ。」
「ああ。分かった。すまんな。もう言わないさ。」
イドとノリスの悲しい会話は続いていった。




