第53話 強さ
「まぁとにかく、冒険者としてやっていけそうで何よりだな。」
クロード達がイド達を前にしてもイチャイチャしそうな雰囲気になったので、そうならないように釘を刺しつつイドは話を戻した。
「そうですね。俺達は『強さ』しか興味が無かった。それだけで良いと思っていたんだ。」
「……別にそれも間違いじゃないよ?」
「エストの言う通りだけど、それはそれで大変ですからね。」
「確かに。本当に……大変だった。」
「なんて言ったら良いのかな?
上を目指す為に、『強さ』と言う曖昧な紐を必死に掴んで、よじ登ってる感じだった。
その先が本当に上なのか?途中で途切れないか?常に不安が付き纏っていたわ。
けど今は、あの頃に比べて凄い地味で進みも遅いけど、しっかりした階段を一歩ずつ、少しずつ、登ってる感じね。」
「それ、凄く良く分かります!
私は特に『強さ』なんて無縁ですから、本当にあの頃は怖かったです!」
ケイトの例えに、僧侶であるエマは激しく同意した。
『強さ』とは何か?
何をもって『強い』と言うのか?
周りから強いと言われる魔物を倒せば良いだけだから、攻撃を担う者はまだマシだ。
それでも、それが『強い』のか?と言われたら疑問に思う者も居るだろう。
勿論、冒険者には組合主導のランク制がある為、一応はランクで強さが分かるだろう。外から見れば……だが。
中に居る冒険者達には……微妙だった。
「お前はDランク。」、「アイツはBランク。」……。そう言われて納得する冒険者は少ないだろう。無論、ランクに応じた実績を積み上げてきたから、そのランクになっている。
当たり前の事なのだが、現状の実績や評価を自分で納得していないから、より上を目指していく。
「俺達はまだこんなものじゃない!」
そんなセリフを吐く冒険者はよく見かける。要するに冒険者自身が一番ランクを信用していなかった。
「ランクは強さ基準では無い。あくまでも評価なのだ!」と更にはこんな言い訳が続く。
勿論、その通りなのかもしれない。
だから誰も『強さ』とは何か?には答えられない。そして、迷う。
当然ながら、イド達は一般的に力のある者を『強い』と思っていない。元壁役ならではの考えを持っていた。
ドラゴンを一撃で倒す攻撃力を持っている者が『強い』のか?しかし、そんな者もドラゴンのブレス一発で……いや、普通の鉄の剣で一刺しすれば死ぬだろう。それが『強い』とは到底思えなかった。
『強さ』も人それぞれ。
だから、『強さ』に憧れるのは良いが、目指すほど明確でハッキリしたものではない。
イド達は経験で知っている。
自分達が上を目指し、Sランクまで辿り着いて、到達した極地。そこは誰かのものではなく、自分一人だけの頂上だった。それぞれがそれぞれに思う極地に達しただけ。
当然、色んな人の影響は沢山受けた。だけど、辿り着いた場所には誰も居なかった。先に進む者が居なかったのではない。自分で色々選び取って進んだ道だから、他人が入り込む訳がなかった。
同時期に『四神獣』として活動していた為、イド達は互いに比べられたりもしたし、他の過去に居た、似たタイプの英雄達をあげてくる人々もいたが、当人達にとっては「何処が一緒なのか?」これっぽっちも理解できなかった。
『強さ』は目指すものではない。それは既に自分の中にあるものだ。
だからこそ『最強』なんてものは存在しない。
誰もが違うのに、それを一緒に混ぜ込んで、無理矢理決めつける。酷く横暴な言葉だとイド達は思っていた。
「強くなるのも確かに重要だが、それだけじゃないと分かったのは良かったな。」
イドは素直にクロード達を讃える。『肉屋』が素晴らしいのも当然だが、それをしっかり聞いて自分達で考える力をクロード達は持っている。恐らく以前から持っていたものかもしれないが、そのきっかけが無かった。それをクロード達も気づいた。だから、こうして自分達に感謝を述べたのだろうと、イドは思い、彼らの感謝を受け取った。
「アンジェももう少し居れば、気づいたのかもしれないね。」
「大丈夫よ。戻ってからでも遅くないわ。」
メリルのボヤキに、元々仲の良かったケイトは胸を張って居ない者を庇った。
「なるほど。もう一人はあまり経験してないのですね。」
「……嫌になって飛び出した?」
「フッ。あの感じだと『強さ』が全てだったようだしな。無理も無いか。」
「いえ……もちろん歯がゆかったのもあると思いますが、俺の決定が早すぎたのかもしれません。
……彼女達を守りたい。その為にどうすれば良いのか?今のままでは難しかった。
だから役割も変えようとしたんです。それがアンジェには耐えきれなかった。
やったこともなかったから、最初は本当にダメダメでしたからね。それに日々『肉屋』さん達の仕事もこなさなければならなかった。ずっと同じ場所で足踏みしているようだと言われました。」
クロードは悲しそうにアンジェとの別れを零す。ケイトやメリル、エマも若干顔を俯かせて暗くなってしまった。
しかし、エストとサウルは別の空気を感じて止める。
「クロード君。その辺りで大丈夫ですよ。」
「……うん。良くない流れ。」
しかし、知らなければ防ぎようがない。言わなかった方が悪いのかもしれない。
「何よ?でもアンジェの言う事も理解できるのよね。
こんなことを続けていたら、確かにアンジェが言ってた『効り……つっ!?」
ケイトがクロードの言葉を続けて言おうとし、やはり流れは変わらなかったとエストとサウルは焦り、慌ててケイトの口をエストが塞ぐ。
急に口を塞がれてムームー喚くケイトを必死に落ち着けようとエストとサウルは言葉を重ねようとしたが遅かった。
『バキッ!!』
一人の男のまさに逆鱗に触れてしまった。ちゃんと言っていないのに、予想されてしまった。
酒が入った木製ではあるが丈夫そうなコップを簡単に握り潰して、破片が飛び散り、中身もテーブルを盛大に濡らした。
握り潰した男の顔は怒気が溢れており、まさにコップの中身と同じ状態になっていた。
ムームー喚いていたケイトや他のクロード達も一瞬にして急変したイドの様子に沈黙し、飲み屋の一角は静寂に包まれた。
「……イド。落ち着いて?」
「そ、そうですよ。何もクロード君達が言った訳ではありませんよ?」
エストとサウルはなんとかフォローをしようと今度はイドに落ち着くようになだめる。イドは年長者だから、エストとサウルはまだ少し慣れていなかった。こういう時は大体仲の良いノリスが対応していたが、この場にノリスは居なかった。
「ああ。エスト、サウル。大丈夫だ。
お嬢ちゃん、あの女は『効率が悪い』とでも言ったのか?」
声は落ち着いた雰囲気を出していたが、やたら低く、底冷えする程の喋り方で、イドはケイトに聞く。その顔は到底落ち着いているようには誰もが思えなかった。




