第5話 ランクアップ
「なんだ。こんな時間に誰かと思ったら、『週末』の皆さんか。今日だろ?ダンジョンに行かなくて良いのかい?」
見知った男達の来訪により、多少の緊張感は霧散し、アレクは気軽に話しかけた。
食堂に居た冒険者達も知っているようで、手を挙げて歓迎し、それに同じように応えるノリス達。
彼らは、この『初心者の街』でDランクになっている。それは言わばノリス達と同じように本気でダンジョンに挑んでいるのではなかった。理由は家を買った、家族が居る、その他にも色々あるだろうが街から離れられない冒険者も結構居たりするのだ。
そういった者達は繋がりを大事にする。ノリス達の理由は不明だが、双方ある程度は上手くやっていけているようだった。
しかし、アレクが不意に来訪の理由を尋ねた事によって、空気が変わった。
「てへっ。冒険証の期限切れちゃった!」
筋肉質なおっさんが可愛らしく頭にゲンコツを落とす……まるで地獄絵図だった。
「……更新か。分かった。全員、冒険証を出してくれ。」
地獄絵図をスルーして淡々と事務処理をこなすアレク。当人も先程なんて無かった事のように、それに従うノリス達。
「もう今回で三回目か。この際だから言うが、アンタ達、もう少し組合に立ち寄ったらどうだ?色々利用方法はあるだろ?」
「え?更新しか無くね?」
先程、地獄絵図を作り出した張本人のセリフとは思えない程、「何言ってんだ?こいつ。」感を出してノリスはアレクにダメ出しする。
『「何やってんだ?こいつ。」と言いたいのは、さっきの俺だ!』と心の中で、怒りの握りこぶしを作りながらも、組合員として染み付いた引き攣った笑顔を貼り付けながら、アレクはギリギリ理性を保って対応した。
「いや、毎週ダンジョンには潜ってるのだから、帰りに立ち寄るとか……まぁ魔石を自分達で使えるのなら、確かに不要かもしれないがな。」
しかし、確かに彼らにはココへ来る必要はあまり無いのかもしれないと、自分で話していて、自分で気づき、自分で結論にまで達した。
「ふん。俺らを調べたのか?律儀な事だ。」
そんな空気とアレクの発言に少しだけ声のトーンを落としてイドが喋ると、慌ててアレクが申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「イドさん、仕方がないだろ?冒険証はそれこそ誰でも簡単に手に入るんだ。身分証としても使える一番手頃でな。更新しかしない奴が居たら調査対象になってしまうんだ。」
冒険者は誰でも成れる。
名前が書ければそれで良い。犯罪者だって成れてしまう。有り得ない程ユルユルだった。
だけど、成った後が厳しいのだ。下位のランクでは更新頻度も費用も多く、とてもじゃないが生活が苦しくなる。上のランクを目指さざるを得ない状態になる。たまにノリス達のように費用を苦にしない者が居たら身辺調査されたりもする。
だからこそ、アレクがノリス達の生活状況を知っているのだ。
魔物を倒すと魔石が手に入る。
確かに魔石は色んな用途に使われるが、お金じゃない。冒険者だって、お金が無いと生きていけない。だから、組合が魔石を買い取って、その魔石を有効活用するためにそれぞれの場所へ売り捌いているのだ。冒険者が持ち寄る魔石で倒した実績にもなるので、ランクアップに繋がる一石二鳥だった。
なので、冒険者当人が魔石の使い道を知っており、それでお金に変えられるのであれば、確かにノリス達のように組合を利用する事は少ない。
「大丈夫です。私達全員が良く知ってます。」
「……うん。」
「なら、せめてランクを上げようとか思わないのですか?Dランクに上がれば、もう少し更新頻度も減りますし、更新費用だってEランクだと割高じゃないですか!」
魔石をノリス達本人が利用出来るからと、組合に立ち寄る必要が無い。しかし、それではいつまで経っても討伐実績が増えない。週末にダンジョンへ潜っているにも関わらず、帰りに組合に来ないのでノリス達の実績はゼロに近かった。
だから、こうしてEランクのままだし、期限切れを頻繁に起こしては結局組合まで来る事になっていた。
組合員としても、自身の優しさとしてもアレクはノリス達にランクアップを薦めたのだが、ノリス達は乗り気では無かった。
「えー?無理!
だってDに上がったら、アレをしなきゃいけなくなるだろ。」
ノリスは即否定し、食堂の一角で食事していた冒険者パーティを指さした。彼らが仕事だと確信しているかのような言いぶりだった。
「ほほぅ。よく見れば『豪雨』か。珍しいな。今日は雨なんてまったく降って無かったぞ?」
ノリスが指さしたので、他の面々も冒険者パーティをじっくりと観察し、イドが彼らのパーティ名を思い出して話しかけていた。
「よう。『週末』の。別に俺達は雨以外でも活動はするさ。今日はこの仕事をこなせるのが、俺達以外居なかったみたいだな。」
「なるほどな。」
食事中の冒険者パーティ名は『豪雨』。
槍使いと弓使い、魔法使いの男性三人のDランクパーティだ。
槍を降らせたり、矢を降らせたり、魔法を降らせたりもするから、『豪雨』なのだが、実の所少し違う。彼らはノリス達のように普段は他の仕事をしている趣味の冒険者達だ。パーティ名の本来の理由は、イドが言ったように雨が降ると普段の仕事が出来ないらしく、雨の日は冒険者として金を稼ぐから、『豪雨』なのだそうだ。
「ノリスだったか?別にコレも悪くないぞ?
飯も食えて、酒も程々だが飲めるし、それで金まで貰えるんだぞ?更には可愛い受付のお嬢ちゃん達をずっと眺めていられるんだ。今はむさ苦しいのしか居ないがな。
良い事尽くしじゃないか!」
『豪雨』の一人がノリスを説得しようとしたが、一蹴された。
「馬鹿野郎!俺にとっては一番最後が大問題だ!絶対に無理だ。数分で吐く自信がある。」