第39話 別れ
「……そういえば、キミ達は僕の話をすんなり信じたけど、大丈夫?」
「え?嘘だったのですか?」
唐突にエストが不思議そうに言うと、領主の娘は「今までの話は何だったのか?」と驚き、少し膨れっ面になってしまっていた。笑って気が抜けたのだろう。随分と戻ってきたものだとエストも笑う。
「……クフッ。違うよ。本当だけど、普通なら信じられない事ばかりだと思ったから。」
「そうかもしれませんが、あの力を目の当たりにすれば、信じられると思います。」
エストの疑問に、実際にサウルのクソ魔法の餌食になった従者が応える。
確かに、あの完璧に制御されつつ、体の内部にピンポイントで反応させる魔法は異常だった。例え回復が人よりも得意だったとしても、余程の事が無ければあの境地に到達できないと思った。
その理由をエストから聞かされて、従者はストンと腑に落ちた。自分の体を切り刻まれたからこそ、人体へ作用させる魔法の制御がずば抜けたのだろうと。
そして領主の娘もまた、サウルを知って尚の事、昨日の夜の続きが出来ればと願った。
「ええ。もっとゆっくり色んなお話がしたいと思いました。」
「……残念。こんな感じになっちゃったから、僕らは街を寄らずに先へ行くよ。ごめんね?」
「そんな……!?でしたら……」
「……キミの力はそんな事の為に使うの?今さっきの決意はどうしたの?
キミがしたいならすればいいけど、それをして僕やサウルが喜ぶとでも思う?」
「うっ……でも、こんな……」
「……大丈夫。信じられなかった時に言おうと思ってた。
僕らの本当の名前を教えるよ。若いキミ達なら分からないかもしれないから、後で人に聞いてみると良い。より僕らを知れるはず。
僕の名は『ジャック』、そしてサウルは……彼は『シルベスト』。」
「『ジャック』さんに、『シルベスト』さん……ですね。」
「……うん。だけど、あんまり言いふらさないでね?そこまで内緒じゃないけど、広まったら面倒だから。」
「はい!その為に偽名を使われているのですよね?」
「……うん。その調子。よく考えてるね。」
エストはこれみよがしに何度も大袈裟に頷き、あえて領主の娘をいじる。領主の娘は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして不貞腐れた。
「もう!からかわないでください!
あっ!ジャックさん……」
「……エストで良いよ。今はそっちの方が慣れたから。」
「では、エストさん。
サウルさんには、わたくしはこれからの頑張りでお返しなのですが、木々を撤去された……あの力の強いお方……」
「……ノリスの事?」
「そのノリスさんには、謝らなくて良いのでしょうか?元々はノリスさんに対して、わたくしが色々言ってしまったのが原因ですので……」
「……ノリスなら大丈夫。
寧ろノリスにとっては来られる方が困ると思う。多分、キミの声は半分以上届いてすらいないよ。」
「えっ!?」
「……話し合う前にも聞いたでしょ?
ノリスは女性がダメ。頑丈な全身鎧を着て、ようやくまともな会話が出来る程。本当にダメみたいなんだ。」
「他の方々も色々あるのですね。」
「……それだけ色々と経験してきたからね。」
「エストさんも?」
「……それは、秘密。」
「フフッ。」
「……クフッ。もう大丈夫そうだね。
僕は戻るよ。キミ達は頑張ってね。ばいばい。」
「はい!色々と教えてくれて、ありがとうございました。」
エストと領主の娘は目を合わせて頷き合い、別れと感謝を交わす。手を振るエストは、そのまま霧のように領主の娘達の前から消えていった。
その後、すぐにも出発の合図が従者より出されて、一行は街へと向かう。
ノリスが御者をしながら、イドとサウルが待つ荷台へエストが合流した。
「……サウル。ごめんね。彼女達に色々と話しちゃった。」
「エストが言うなら、私は構わないよ。」
「それで?どうなった?」
「……大丈夫。ちゃんと分かってくれたよ。」
「ほぅ。やはり見どころはあったのだな。」
「エストが頑張ったお陰じゃね?」
「……沢山喋って少し疲れた。」
「ありがとう。エスト。」
「……うん。サウルとノリスに謝りたいと言ってたけど、その分を人の為に……と言っておいた。」
「ナイスだ!エスト。」
「アハハッ。では機会があれば、いつか街へ立ち寄らないとですね。」
「そうだな。良くも悪くもお嬢ちゃんはこれから色々経験するだろう。」
「……いつかまた戻ってこようね。」
暖かい気持ちでノリス達の馬車は進む。
そして街までもうすぐの所で、ノリス達は一行と別れて、街を迂回しながら通り過ぎる道を行く。
その際に、一緒に一晩過ごした商人や冒険者パーティ、騎士達……そして、豪華な馬車の窓から領主の娘や従者達が、別れ際にノリス達に向けて手を振る。
それに応えるようにエストは手を振り、ノリスやイドも手を挙げる。
エストの隣に座りながら、優しく微笑み、だけどやらかしてしまったので少しだけ恥ずかしそうにサウルも手を振っていた。
それを見つけた領主の娘は、輝かんばかりの満面の笑みと、目から溢れる雫と振り撒き、先程以上に手を振ってサウルを送り出していた。




