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週末だけ冒険者のおっさん達  作者: 小雅 たかみ
第二章
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第38話 馬車の中Ⅱ

「……他人が考えるサウルの力の正しい使い方は、最終的に二つにしか辿り着かない。

キミが考えていたようにサウルを引き摺りまわして人々を救う方法と、アナトリスのようにサウルを研究して多くの医者が人々を救えるようになる方法。そのどちらもサウルの幸せには到底ならなかった。誰一人、サウルを救おうと思ってすらいなかったからね。

……僕でさえ、変わらなかった。サウルはもっと酷かったはずだよ。」


「そ、それは……だって……わたくしは……」


 ここでようやく領主の娘は、自分が今まで発言してきたことを思い返していた。


「……知らなかった?だから、何を言っても良い?確かに間違いじゃない。

なら、言われたことに対してサウルが激怒しても何も間違いじゃないよ?

サウルにとって『才能』や『正しい力』は、より残酷で残念で耐え難い言葉だよ。」


「わたくしは……なんて事を……」


「……大丈夫。キミは死んでない。

サウルもキミがこれから変わってくれると信じたから、こうしているし、僕も今キミに話している。

サウルは昨日の夜、キミのことを褒めていたよ。まだ若いのに、ちゃんと自分の考えを持って貫こうとする意思の強さと、他人を助けたいと思う慈悲の心を持っているとね。その気持ちはこれからも持っていて欲しいとサウルも僕も思う。

……でも、もっと周りを見て、もっと考えなきゃダメ。分からなければ人に相談すれば良い。」


「もっと見る……ですか?」


「……うん。今回のキミが一番納得できなかった森を通る時を覚えている?」


「はい。あの力強さを見て、疑問に思いました。」


「……ノリスのことよりも、その時の賊の印象はどうだった?」


「賊ですか?野蛮そうな方達でした。」


「……本当にそう思った?賊だからと思い込んでいたから、そう思った?」


「そんなつもりはありません!……違うのですか?」


「彼らは塞いだ木々を撤去していたんだよ?

本当にどうしようもない連中なら、そんな事はしない。適当に放置してる。」


「っ!?言われてみれば、そうですね。」


「……勿論放置した結果、討伐される可能性が高くなるから撤去したとも考えられるけど。そうやって彼らも考える力を持っている。

ノリスと会話した人もそう。本当に野蛮な人達だったら、あんな風に人を動かして指揮できないし、命令されてた人達も木々の撤去なんて面倒な作業をしたりもしない。」


「……。」


「……だから僕らは彼らが極悪だとは思えなかった。

襲撃した相手も分からないし、僕らは余所者だから手を出して巻き込まれるのも面倒。

でも、彼らは何を思ってそうさせたのか?それをキミが賊だから……と、ちゃんと彼らを見ずに、極端に凝り固まった考えで思い込むのではなく、もっと見て考えなければならなかった。

指揮していた人も、それに従っていた人達も、本当なら街中で一生懸命、真面目に働けていたはずなんだよ。それはあの光景からも簡単に想像できるでしょ?やむにやまれぬ事情があったのかもしれない。でもそれなら領主の娘としてキミが出来る事は沢山あるはずじゃないかな?」


 あの光景が、賊として異常だった。


 ノリスと会話した纏め役の男が、他の手下達を力で押さえつけていたとしても、木々の撤去なんて作業は、流石にゴロツキ共なら不満の声があがる。それもなく、襲撃後で疲れているにも関わらず、皆黙々と作業していたのだ。普通の賊にはない従順さと秩序が彼らにあった。

 もしかしたら纏め役の男が、それほど凄い男だったのかもしれないが、それならそれでわざわざ街の外で賊をやる必要がなく、街中ですら、それなりの地位に着いているはずだった。ゴロツキ共をあのように纏め上げる事が出来るのだ。一般人を纏める事なんて簡単だろう。


 だから、領主の娘がサウルに禁句を言ったように、サウルもあの街は何かおかしいと領主の娘を侮辱し返した。


「で、ですが、お嬢様はまだ……」


 従者は領主の娘を庇う。領主の娘なだけであって、領主ではない。それにまだ幼い。出来ることは限られているだろう。

 だけど、サウルやエスト達よりも色んなことが出来るはずだ。騎士達に守られて、従者達からも庇われるぐらいには良好な関係が築かれているのだ。彼らと相談し、力を合わせればなんだって出来そうでもあった。


「……全部やれとは言ってない。キミが人を想うのであれば、小さなことからでも始めればいい。

キミ達は若いから気づいてないけど、【アナトリス大全】上巻は二十年程前に発行された本なんだ。

サウルはキミと同じぐらいの頃から人の為に体を張らされてた。」


「えっ!?」


「嘘っ!」


 エストの口から衝撃の真実を耳にして驚き戸惑う三人。


「……サウルの今日の一面はこうして生まれた。幼い頃から地獄のような日々を過ごしていた。

人々を幸せにする為だと言われ続けて、自分の幸せが何処かに消えていった。

真相を知る前までのキミ達のように、アナトリスは絶賛され、でもサウルは地獄しかなかった。

アナトリスを殺した時もサウルが非難された。関係者全員殺し尽くしたみたいで、箝口令まで布かれた。

第二、第三のアナトリスが現れるかもしれないし、第二、第三のサウルのような実験台にされる者が出るかもしれないから、サウルにとってもソレは都合が良かったみたい。人々を幸せにする為なのに、結局サウルは誰からも称えられることがなくなった。

だから、『才能』や『正しい力』と無遠慮に言う人をサウルは苛烈になる。でも昨日みたいな優しいサウルも居る。本当にサウルは凄い。キミ達もそう思わない?」


 エストの言う環境で今までサウルの精神が壊れていないのが奇跡のようだった。いや、一度壊れたのかもしれない。だから、今日のような鬼の一面を持っている。だけど、優しい一面も残った。エストは誰よりも自分のことのようにサウルを自慢する。


「「……。」」


 領主の娘や従者達は何も言えなくなっていた。

 エストが自慢するようにサウルは凄いと思った。到底真似できるものでもない。だからといって、「そうですね。その通りです。」と口にするには何かが軽かった。そんな簡単な言葉で同意してしまって良いとは微塵も思えなかった。


「……こんなにも優しいサウルを嫌わないで。お願い。」


 三人が返事をしなかったので、悲しそうな顔で再度懇願するエスト。


「どうして……あなたは、そこまで……?」


「……僕の大切な仲間、一度離れてしまったけれど昔からの大好きな親友、そしてサウルが初めて人を助けた相手が僕……命の恩人。

僕は感謝と尊敬しか無い。そんなサウルが嫌われるのは嫌だ。」


 エストは心の底から想いをさらけ出す。エスト自身は、あまり自分の事を自慢しないが、サウルの事なら誰よりも自慢できる。

 そんな想いを受け取ったのか?暫くの沈黙の後、領主の娘が重い口を開く。


「お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「……何?」


「これから謝りに行って、あの方は赦してくれるのでしょうか?」


 目をうるませながら、だけども目覚めた時のように恐怖に染まった眼差しではなく、サウルが豹変する以前の……意思の強さと、優しさを持った眼差しで、エストに懇願した。


「……クフッ。キミはもう赦されている。だから、謝らなくて良い。でも気が済まない?

なら、キミ自身が人の為に動けば良い。今後、また僕らが立ち寄る機会があるかもしれない。そんな時に、二度とサウルからロクでもない街と言われないように、変えてみたらどう?」


 エストは笑いながら、領主の娘の視線を受け止めて、提案した。


「……分かりました。サウル様のように頑張ってみます!」


「お嬢様!私達も手伝います。」


「ええ。何でも言ってください!」


「……クフッ。頑張ってみてね。

でも、無茶は禁物。サウルのようには誰も出来ないから。」


「フフッ。そうですね。

小さな事から少しずつ……ですね。」


 ようやく領主の娘にも笑顔が戻ってきた。

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