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週末だけ冒険者のおっさん達  作者: 小雅 たかみ
第二章
37/104

第37話 馬車の中

 気を失った領主の娘を従者や女性陣で馬車まで運び、その中で介抱した。

 一通り処置が終わると暫くは安静させる為、手伝った女性陣は役目は終わったと解散し、他の者達と合流する為に去っていった。


 残った従者と領主の娘の三人。

 領主の娘が気を失ったまま出発すると、例え豪華な馬車で街までもうすぐであっても、舗装されていない道のせいで快適とは程遠く、激しい揺れで体を痛めてしまうので、領主の娘が目覚めるまでは待機しなければならなくなった。


 その後、従者達の手厚い介護のお陰か、身体的にはサウルから特に何もされていないお陰か、領主の娘は従者達の予想より早く目覚めた。

 だが、精神が完全に癒えた訳でもなく、昨日親しかった人からあれ程酷い事を言われてショックの度合いも酷く、目覚めて直ぐに従者達へ縋り、また泣き出していた。


 落ち着くまでは出発も無理だと従者は判断し、領主の娘を中心に従者達は両脇から抱きしめて三人で慰め合った。



「……起きた?」


 そんな三人で馬車の座席に座り、抱き合うすぐ目の前にエストが音もなく現れて、声をかけた。

 女性陣が解散した際にしっかりと馬車の扉は閉めていたはずなのに、一体何処から入ってきたのか?領主の娘や従者達も混乱と恐怖再来かと抱きしめ合う手が強張る。そんな三人を安心されるように、落ち着いた声でエストは言葉を選ぶ。


「……何もしないよ?ただ、お話しにきただけ。

遅くなったけど、サウルに『才能』とか『正しい力』とか絶対に言っちゃダメ。キミに限ったことじゃない。誰が相手でも、ああなるから。」


「「……。」」


 従者は「今更言うのは本当に遅いです。」と言いたげな顔をし、エストはその顔を察して「ごめん。」と一言謝った。

 あんな恐怖を体験したばかりなのだが、領主の娘はそれでも納得がいかなかったのか、微妙な顔付きのまま、だけどもまだ恐怖もあり、言葉としては何も出てこなかった。そんな領主の娘を見ながらエストは我が道を行く。


「……ノリスやサウルの……僕らの力を正しく使えば、多くの人が幸せになれる。

そんな言葉は今まで沢山聞いてきた。特にサウルは『癒し』だから、僕らの中でも飛び抜けて多かったみたい。

キミもそんな事を思っているでしょ?今も考えているみたいだし……」


「……。」


「……でもね。そう言ってきた人達は肝心な事が抜け落ちているの。

ねぇ?今考えている『多くの人が幸せになる為』の正しい力の使い道に、『サウルの幸せ』はちゃんと入っているのかな?

サウルだって多くの人の中に含まれているはずだよ?」


「それは……。」


「……今までそう言ってきた人達は、この力についての事しか考えていなかった。

実際に使う僕らの事なんて、どうでも良いみたいに。

僕らが「やりたくない。」と言っても、「今やらないでどうするのか!」と強要までしてくるんだ。」


「そんな事、絶対にしません!!」


「……それも一緒。最初は皆、そう言う。

でも、サウルの力は『癒し』。キミの大切な人が急に倒れたら、無理を言ってでも救いを求めようとするでしょ?」


「……。」


「……別に僕らは望んでこの力を得たんじゃない。

それでもこの力を使うのは、そうしないと生きていけなかったから。

その中で、助けたいと僕らが思えば、今のキミ達みたいに助けてきた。

だけど、キミが考える人達まで力を使って助けようとは思わない。使うのは僕ら。キミじゃない。

……それでも正しいとキミが思うのなら、まず最初に力ではなく、僕ら……ノリスやサウルを見なきゃダメ。

だから、サウルに何も見てないと言われたんだよ。」


 エストは優しく語りかける。

 本来、あまり会話をするタイプではないエストが、自分から進んで長々と喋る。


 ……それは、サウルの為。


 サウルを怖がらないで欲しい。サウルをちゃんと知って欲しい。本当は誰よりも優しく、まさに『癒し』の力を持つ者に相応しく、仲間として、親友として、エストが一番信頼するサウルを理解して欲しい。


 その為に苦手な会話も積極的にしていた。


「……変わったサウルは怖かった?でも、アレもサウルだよ?本質は何も変わらない。優しくて信頼出来る僕の大切な仲間。そんなサウルを嫌わないで欲しい。」


 エストは願う。仲間の為に。


 だが、それは仲間だからであって、昨日今日会ったばかりの領主の娘や従者には難しい希望でもあった。

 昨日は仏。今日は鬼。と言っても過言じゃない程、サウルの変わり様だったのだ。理解できなくて当然でもあった。


 そんな三人の顔色を伺い、少し困った顔をしつつ、言葉も少し躊躇しつつではあるが、エストは続けた。


「……サウルが初めからそうだったんじゃない。

……理由がある。

僕はノリスやイドと違いサウルと一緒に居る時間が長かったから、少しだけ知ってる。ホントは内緒。秘密にしてね?」


 困りながらも優しく語るエストに三人は無言で頷いた。


「……元々、サウルは昨日みたいな性格しか無かった。それにあの力も完全に制御出来てなくて、ただ人より少しだけ回復が得意なぐらいだった。

それが、何故?と思うでしょ?学がありそうなキミ達なら、知ってる?

【アナトリス大全】上巻……って名前の本は聞いた事が無い?」


 エストは三人に一冊の本を訊ねる。すると、やはり学があるようで三人共、それぞれの反応を示した。


「ど、何処かで耳にした事があります。」


「お嬢様。【アナトリス大全】は医学書です。」


「ええ。お医者様なら必ず持っている本の名前です。

高名な医者であり、研究者でもありましたアナトリス様が人の体の構造をまとめた本です。

筋肉や骨、皮膚など事細かく記されており、構造のみならず毒による反応までもが書かれた、とても素晴らしい書物で……」


 従者は思い出せない領主の娘に説明していた。その従者の一人が何かに気づいたように言葉尻が次第に小さくなっていった。


「あぁ!わたくしも思い出しました。お父様の専属医の方も持っていました!」


「ええ。あの本を持っていないお医者様は信用できないと言われている程、医療になくてはならない本です。

上巻と下巻に別れているのですが、残念ながら下巻が発行される前にアナトリス様がお亡くなりになられてしまいました。」


「それは、とても残念ですね。素晴らしいお方だったのでしょうに……。」


 領主の娘と従者の一人は、それはそれは悲しそうに賢者の訃報を嘆く。それを鼻で笑うエスト。


「……プッ。素晴らしいお方……知らないのは時に残酷だね。」


「何故、笑うのですか?人の為に尽力を尽くした者を笑うなんて、あまりにも不躾ではありませんか?」


「……ごめんね。箝口令が出てたから、知らないのは当然だった。

アナトリスは病気や寿命で死んでない。真相はサウルが殺した。」


「!!!」


「なんて事を!」


「……上巻は筋肉や骨、神経について。下巻は臓器関係を予定していたみたい。……ちなみに下巻だけど、実はほとんど出来上がっていたらしい。完成間近でサウルが飽きたから殺したと言ってた。」


 嘆く領主の娘を置き去りに、エストは淡々と説明する。その説明を聞いて、もう一人の従者も何かに気づき押し黙る。従者二人が何かに気づき、顔を青くしながら俯く姿に、領主の娘は少し混乱してしまう。


「……キミも、もう気づいても良いんじゃない?

サウルのあの力……このタイミングで僕が聞いた本の内容……その結末……」


「……っ!そ、そんな!」


 ようやく領主の娘は理解した。発狂ともとれるほど驚愕した大きな声にエストは静かに頷いた。


「……そう。それがあの本の真実。

サウルは実験台……あの本に書かれている全ての人体はサウルの体。

アナトリスに体を切り刻まれ続け、回復できるからと生きたまま解剖された。その成果が【アナトリス大全】という狂気の本。」

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