第36話 印象
騎士達の赤い跡が消えるまで、更に領主の娘が起きるまで、暫く追加で休憩となった。
その間に、二つの定期相乗り馬車と、一組の商人と護衛の冒険者達は先に街へ向かって行った。
二組の商人と冒険者達は、イド達と騎士達だけにするとまた問題になるかもと気を遣ったのかもしれない。更に、どうやら聞きたい事があったみたいだった。共に行動が多い冒険者パーティのリーダーから代表してイド達に質問してきた。
「あのぉ……先程の会話でどうしても聞きたかった事があったのですが?」
「ん?どうした?」
「話の中で、『巨壁』と聞こえたのですが、あの『巨壁』と知り合いなのですか?」
「それは我らも痛みに耐えていた時に聞こえてきたな。本当なのか?」
どうやら騎士達も聞いていたらしく興味津々だ。
「フフッ。そうですよね。ノリス?」
「フッ。まぁ、ノリスは同じ地方出身だからな。」
サウルとイドはニヤケながら、本人であるノリスに話を振る。ノリスは若干引き気味に対応した。
「ま、まぁな。しかし冒険者ならともかく、騎士にまで知られているものなのだな。」
「馬鹿を言うな!?当たり前だろ!!
かの御仁は、仲間を、味方を、人々を、全てを護る……冒険者ではあるが、あのお方こそ騎士の中の騎士だ!
浮いた話一つも聞かず、寡黙で孤高で気高い……まさに我々の憧れでもあるのだ!
かの御仁の話に影響を受けて騎士を目指す若い者も多いのだぞ。」
一人の騎士が興奮気味にノリスへ詰め寄った。ノリスは若干からドン引きに移行した。しかし、それならとノリスは気になる事があった。
「アンタ達もそうなのか?」
ノリスは今居る騎士達へと問い正してみた。
「無論だ!」
騎士達全員が頷いた。
「なら何故、盾を使わない!?」
ノリスはおもむろに叫ぶ。
自分に憧れていると言いながら、先程のサウルとの戦闘では誰一人盾を使っていなかったのだ。本当はノリスが『巨壁』だと知っていながら、からかってるのではないか?とさえも思った。
「鎧なんてどうでも良い!それならまずは盾だろ!?」
「そうなのか?我ら騎士達の間では、いつどんな時も無骨な全身鎧を身に纏い、誰にも惑わされず、揺るぎない絶大な安心感と共に……と良く噂されているのだが?」
「冒険者内でもそうですね。遠目から見た人の感想は大体同じでした。」
騎士や冒険者達から聞き明かされる、自身の印象にノリスは人生で上位に位置する程、困惑した。
ノリス自身としては盾使いだとずっと思ってきた。しかし世の中の印象は、まさかの『生ゴミ』対策の鎧の方が強かったようだ。盾で仲間を護り抜いた戦いの逸話とか結構あったはずだと思っていたのだが、逸話はあくまで逸話でしかなかった。それよりも身近で見た人達からの伝聞の方が信憑性が高いらしく、『生きた鎧』とまで噂されていた状態でだった。
こっそりと……しかし、ノリスにバレバレで、イドとサウルは腹を抱えプルプル震えながら、笑い堪えていた。
ガックリと気落ちしながら、ノリスは自分の印象を修正に図る。
「待て待て!『巨壁』は盾使いだぞ?というか、鎧使いなんて居るのか?
ちなみにだが、『巨壁』の鎧は大部分がただの鉄製だからな。」
「「えっ?」」
「あのぉ……それは本物の『巨壁』なのですよね?」
信じられなさすぎて冒険者や騎士達は、ノリスの言う巨壁は別人の可能性だと思われ出した。『巨壁』本人が目の前に居るにも関わらず……
イドとサウルは、腹がねじ切れる程に身を捩って、笑い堪えていた。そろそろ限界を超えて爆発しそうだった。
「うん?偽物なんて居るのか?『玄武』のアーロンだろ?」
「嘘じゃ……ない!?だってSランクですよ?それなのに鉄製?」
「フフッ。ノリスの言い分は間違ってませんよ。
Sランクだからこそじゃないですかね。英雄の敵もまた英雄なのです。どんな防具だろうが、簡単に切り裂かれますよ?」
これ以上は耐えきれないとでも思ったのか、サウルがノリスをフォローする。
「というか、さっきサウルにこっ酷くやられたばかりじゃないか?
鎧よりまず中身の肉体を鍛えろ!というかだな……何も騎士達だけじゃない。冒険者達も自分の肉体の弱さをもっと知れよ。それを克服する為に鍛えろ!鎧が無くても、『巨壁』は『巨壁』だぞ?」
「ではあの方は何故、鎧を常に着ていたのでしょうか?」
「……。」
しかし、冒険者から純粋な疑問が返ってきた。それの答えに詰まるノリス。そして、爆発するイドとサウル。
「フハハハッ!『巨壁』にも色んな事情があるのだろうさ。」
「フフフフッ。ええ。そうですね!それは皆さんの想像次第ですよ。」
それから、ノリスは騎士や冒険者達の意識改革に時間の許す限り取り組んだ。領主の娘のところにエストが頑張って話しているっぽく、結構な時間が経っても馬車から何の合図もなかったので、あわよくば『巨壁』は盾使いだと上書き認識されるようにノリスは頑張っていた。
人の体は、思っている以上に脆弱だ。
裸で歩けば、そこら辺の植物の葉が擦れるだけで皮膚が切れ、木片が刺さり、小石で足の裏を怪我する。何もしなければ歩くだけでボロボロになる。それほどに弱い。だからこそ、人は服を着て、靴を履き、鎧を身に纏う。しかし、それで肉体が強くなる訳では無い。ましてや敵と戦う場合、本当に気休め程度な物だ。
どれ程強い防具を装備したところで、高難度なダンジョンに行けば、相応に魔物も強くなる。その度に更に強い防具を用意しなければならなくなる。
それに対人も同じ。いや、魔物以上に人の場合はソレが顕著だ。魔物蔓延る世界だからなのか?倒さなければならない敵が居るせいか?人の誰もが攻撃に偏りがちになる。適当な場所にいるチンピラですら、割と良い武器を持っていたりするのだ。
そんな相手と弱い肉体のまま対峙して、その肉体の最後の砦とも言える鎧で受ける。先程言った通り、攻撃寄りの意識のままの鎧でだ。魔物が居る為、その意識はどうしても変えられないから悪いことではないのだが、良い武器より良い防具を選ぶことは無い。
結果……気休め程度な物になってしまう。だからこそ、まずは肉体を鍛えなければならない。
そこに気づかなければ、サウルの魔法で騎士達が自身の鎧に負けたように、いつか簡単に死ぬ。
ノリスはその体型から当然鍛えているし、あまり見た目では分かりにくいイドやサウル、エストもかなり鍛えていた。そんなノリス達もイドの作った皮鎧を着ているが、彼らの場合は着ないと冒険者ではなく、そこいらに居るただのおっさんにしか見えない為でもあった。




