第33話 回復魔法
倒れ伏せる騎士達を尻目に、サウルは領主の娘へと、ゆっくり歩み寄る。
領主の娘は従者の一人にしがみついて泣き崩れ、その従者も庇うように抱きしめていた。もう一人の従者は、全身を恐怖に震えながらも、その恐怖に立ち向かう。
「ど、どうして……一体何を?」
「あぁ?教えて欲しいのか?
ああ、時間稼ぎか。クソ無駄だが、まあいいか。
攻撃魔法じゃねぇよ。さっき言っただろ?
あれじゃ俺は倒れそうになかったからなぁ。ヤツらを強化してあげたんだぜ?優しいだろ?まともな攻撃が出来るように、全身の細胞を活性化させて、体を大きくしてやってんだ。」
サウルが騎士達に使用した魔法は、至ってシンプルな強化魔法だ。ただし、強化の効果はほとんどなく、単純に全身が大きくなるだけの範囲魔法だった。
「俺にとって、甲冑やら全身鎧の騎士なんてクソみたいなヤツらは、ただの【歩く棺桶】でしかねぇ。
まぁ、クソを止めようとしたみたいだから、動けない程度の痛みしか与えてないがな。
これを防げるのは、それこそ『巨壁』ぐらいなもんだ。なぁ?ノリス!」
全身の細胞を強制的に活性化させて、体を大きくするサウルの強化魔法はあくまで人にしか効かない。着ている鎧にまでは作用しないのだ。すると、どうなるのか?
鎧とは肉体を守る為にあるものである。すなわち、鎧の方が肉体よりも頑丈であり、特に騎士は金属製の鎧を着たがる傾向にある為、伸縮性が皆無である。なので、身体が少しでも大きくなってしまえば今までの鎧は着れなくなり、ましてや着ている最中に大きくなってしまうと、鎧が体を締め付けて食い込ませ、苦痛を与え身動きすら出来ない状態になる。
それが、今の倒れている騎士達の状況でもあった。
更に強化を強めて体を大きくさせると内部が破裂することも出来るのだが、サウルは手加減しているようで、行動不能になる痛み程度にしか、強化していなかった。
魔法効果の見た目がかなり地味ではあるが、対処法として自身の肉体が鎧よりも強ければ、この魔法はあまり意味を持たない。意味あり気にサウルはノリスに振ると、ノリスは先ほどと同じように親指を立てた拳をサウルに向ける。
「やったらやったで、怒るだろうがな。」
「それもそうか。ゲヒャヒャ!」
当時のノリスの鎧は、自身の肉体の方が遙かに強いので、このサウルの魔法は効かない。ただ鎧が弾け飛ぶだけだろう。しかし、ノリスの鎧は女性から守る盾の役割でもあるので、鎧が弾け飛んでしまうと女性の接触が避けられなくなり、ノリスは激怒していただろう。ノリスの答えに、サウルも納得して笑う。
「でも……騎士の攻撃は……?」
立ち向かう従者は、倒れた騎士達も不思議だったが、そもそも今までの戦闘全てが意味不明だった。
「はぁ……そこからかよ。
単純に回復魔法に決まってるだろ!」
「嘘っ!?」
「別に信じられねぇなら、それでもいいがな。あぁ、そういえば時間稼ぎだったな。クソ無駄だとまだ理解してねぇのか。
しょうがねぇな。こいつらの苦痛はもう少し続けて欲しいみてぇだし、ノってやるよ。」
サウルは最初に吹き飛ばし気絶している騎士の剣を片手で拾い上げ、自分のもう片方の手のひらをスパッと斬る。
斬られた手のひらから、ブシュッと血が噴き出て、それを見ていた従者や領主の娘は痛々しそうに目を背ける。
「おぃおぃ。説明して欲しいんじゃねぇのかよ?
これを回復魔法で治すだろ?」
手のひらが急速に治癒していき、サウルが破れてボロボロになっている自分の皮鎧で手を拭うと、傷跡も綺麗さっぱり無くなっていた。
「流石に分かるよな?これがおめぇらの考える回復魔法だ。
要するに『斬られてから使用する回復魔法』だな。んで、次が……」
サウルは言葉を紡ぎながら、もう一度手のひらをスパッと斬る。しかし、今回は斬ったはずの手のヒラは血も噴き出さず、傷跡すら無かった。斬っていない、ただのフリなのでは?と見ていた者は誰もが思ったが、先程までの騎士達との戦闘で嫌という程見せられた光景なので、フリではないと思い直していた。
「これが『斬られながら使用する回復魔法』だ。
剣が通り過ぎた時点でもう治ってんだよ。更に刺さってようが影響でねぇようにもしてるしな。
もういいよな?わざわざ教えてやったんだ。さっさと終わらせてやるよ。」
サウルは持っていた剣を放り投げ、手ぶらのままで従者達が庇う領主の娘にまたゆっくりと歩みはじめた。




