第31話 力の使い方
業者台を交代したイドを先頭にノリス達は悠々と森を進む。
先程、大木をたった一人で持ち上げ撤去したノリスの力について、近くで待機していた冒険者パーティや騎士達は、すぐにでも駆け寄って話しかけたそうな空気を醸し出していたが、足止めしていた木々の場所を少し進んだ先の光景で、それらは霧散した。
ノリス達と同じ方向から来る者達への足止めという要素もあるのだろうが、本命は標的を逃がさない為の足止めでもある。ということは、ノリス達の進行方向的に言えば、足止め用の木々の先には……当然、戦闘現場が広がっていた。
街道の至る所に踏み荒らされた地面。そこに降りかかり溜まっている大量の赤黒い液体。馬車の部品と思われる飛び散った木片の残骸。更には一部燃えたのだろう炭化した何か……。
ほんの数分前まで、ここは戦場だったことを物語るように……目に見える景色が、匂いが、雰囲気が……この場所で数多くの命が散ったと教えてくれた。
慣れていない者はその場で吐き気を催し、慣れている者ですらも眉間に皺がよった。
ただし、幸運なことに装備品も剥ぎ取る為なのか?魔物を寄せ付けない為なのか?人の形をした物は綺麗に撤去されており、慣れていない者にトラウマを植え付けることなく、吐き気だけで済んでいた。
全員が無言で森を抜ける。
必死で逃げようとした者も居たようで、森の出口付近まで赤黒い液体が続いていたことで、森を抜けるまでひたすら無言であった。
纏め役の周知は徹底され、ノリス達は何も魔物からも襲撃される事無く、安全に森を抜けた。
森を抜けて、まだ先ではあったが遠くに街の街壁が見えたことにより、一行に安堵の表情が戻り、チラホラと会話も復活し始めていた。
そうなってしまえば、当然話題は先程のノリスの行動になるのも仕方が無いかもしれない。誰もがその脅威的な力を目の当たりにして、その力のお陰でこうして無事に森を抜けれたのだから話題にならない方が異常だった。
しかし、実際に当人に聞くことは出来ない。物事には順序がある。誰もが平等な世界ではないからだ。特に位の高い者が居る場合は尚更だった。
そうして、先頭を行くイドの操る荷馬車の隣を並走するように、馬に乗った隊長格風の騎士が横に並んだ。
「すまないが、少し休憩しないか?
先程の光景を見て、皆ショックを受け精神的に疲弊しているようだ。」
「本当の理由は違うだろ?」
「……。」
「俺の話が聞きたいだけじゃないのか?大した事じゃないから別に構わない……だが、アンタの主だけは無理だな。」
ノリスだって気づいていた。しかし、ノリスにとって『生ゴミ』だけはどうしてもダメだった。
「何っ!?」
昨日の夜の話し合いでもそうだったが、ノリスもイドも貴族のご令嬢である領主の娘に対して、これっぽっちも敬う気持ちを持っていないような態度で、隊長格風の騎士は積もり積もってイラっとした。その感情を読み取ったのか、イドは俺とノリスは少し違うと珍しくノリスをフォローしていた。そうしないともっと面倒だと思ったのかもしれない。
「ああ。そういえば言ってなかったな。言う必要も無いと思っていたのだ。
コイツは女性がダメなのだ。嫌いとかそんなレベルじゃない程にな。だから、話すとか危険過ぎて難しいぞ。
取ってつけた理由も無いことは無いだろうから、俺らが代わりに話すのであれば構わんが?」
「……分かった。それで問題無い。」
渋々隊長格風の騎士は了承して、荷馬車を街道脇に停めて、皆思い思いに休息を取り出した。
休息をしているはずなのに、誰もがイド達と領主の娘や騎士達の話し声を聞くために、聞き耳をたてていた。
領主の娘が近くに居る為、ノリスは背を向けて座り込み、話をする態度では到底無かったが、隊長格風の騎士からノリスの事を聞いていたのか、領主の娘も他の騎士達も何も言わず、受け入れていた。
「それで?先程のコイツの力についてか?
別にどうということでも無いだろ?ただ人よりもかなり力が強いだけだ。」
「いや、その力は異常だろ!?」
「そうだとしても、それの何が問題なのだ?
寧ろ、お陰でこうして俺らや他の者達も無事なのだ。それで良いのでは無いか?
それ以上何が聞きたいと言うのだ?」
「ぐっ……それは、そうだが……。」
「いいえ。わたくしは納得できません!
彼は先程言った事を聞いていましたが、貴方達も彼と同等に近い力をお持ちのようですね?同じパーティのようですし。」
「そうですね。今ではかけがいのない仲間ですよ。フフッ。」
サウルが同意すると、背を向けたまま無言のノリスは親指を立てた拳をあげてサウルに対して誉める合図を送ったので、サウルも苦笑していた。
「昨日の夜、貴方は言いました。『命を賭ける理由が無いから助けない』と。
本当にそうなのでしょうか?
貴方達なら命を賭けなくても、助ける事は可能だったのではないですか?」
「……だったら?」
「何故、助けないのですか!?」
「何故?寧ろ、何故助けないといけないのだ?
俺らは余所者だ。この辺りを何も知らない。土地柄も、潜んでいた集団も、襲われた者達もな。
何が正しいのか?勝手に判断して、間違えたら更に面倒だろ?」
「何が正しいかですって!?
アレの何処が正しいのですか!!あの惨状を生み出した者達が正しい行為をしたとでも貴方達は言うのですか!!」
「お、お嬢様。落ち着いてください。」
「これが落ち着いていられますか!?いいえ、絶対にできません。」
「さぁな。だからその判断が出来ないから、余所者の俺らはあくまで無関係を貫くのだ。」
「アレの何処が無関係なのですか!?
その力を人助けに使わずに、あんな集団の手伝いの為に使っておいて!」
「そうしなければ、あの場で立ち往生する羽目になりそうでしたからね。
彼らの為ではなく、私達の為ですよ。」
「それがおかしいと言っているのです!
何故、初めから使わないのですか?その力を持っていれば何だってより良い選択が出来たはずです!
こんな残酷で残念で勿体無い使い方は、わたくしには到底納得できません!」
止めどなくヒートアップする領主の娘は、きな臭い雰囲気を醸し出してきた。
イドとエストは慌てて止めに入り、隊長格風の騎士も一応はノリス達が居たからここまで無事に来れた事もあり、領主の娘を止めようとした。
「馬鹿!よせ!」
「……ダメ!それ以上は……」
「お嬢様!どうか落ち着いてください!
彼らが居たからこうして我らは何事も無く無事なのです。そんな彼らに向けて良い言葉ではありません!」
「いいえ。止めません!この方達は間違っています!
とても素晴らしい力を持っているのにも関わらず、その才能の使い方が間違えています!
もっと大勢の人を救う……正しい力の使い方を絶対にさせるべきなのです!!」
領主の娘は止まる事無く、ある人物にとって最悪な言葉を発した。その言葉を耳にしたある人物は、同じ声なのに普段の口調からは想像もつかないような変貌をとげてしまった。
「おい!今、なんて言った?このクソアマァ!
才能だと?正しい力の使い方だと?おめぇに何がわかるってんだ!?クソふざけんなぁぁぁぁ!!」
「えっ?」
昨日の夜に長々と楽しく会話して過ごした相手だったサウルが、急に口調激しく罵ってきたため、領主の娘は理解できずに唖然としてしまった。




