第26話 旨味
ノリス達は帆馬車に乗って、ゆっくりと道をゆく。
帆馬車といっても、屋根の布を外し、骨組みの木枠も分解している為、荷馬車だった。雨が降らない限り、荷馬車仕様にしている。その方が安全なのだ。
ノリス達の進む先に数人程、道脇の茂みに隠れている人達が居た。
御者台に座るノリスと、荷台で寛ぐイド達三人。
「イド。今回は必要そうですね。」
「ああ。そのようだな。サウル。
……うむ。こんなところか。」
サウルがイドに語りかけ、イドも気づいていると応え、ゴソゴソとボロの袋に何やら詰め込んでいた。
「……あそこ。」
「ああ。ほらよ!」
エストが軽く視線を送った先の茂みにイドがボロ袋をポーンと投げると、袋が落ちる前に茂みから手が生えて、袋を掴んだ。
「……頑張ってね!」
エストが茂みに向かって手を振り、サウルも微笑ましそうにエストを見ながら、同じように手を振る。茂みに生えた手も袋を掴みながら、器用に手を振っていた。
ノリス達は何事もなく茂みを通り過ぎた。
何も危険は無い。魔物以外のもう一つ……人からの危険もノリス達にとっては、理由すらも無かった。
ノリス達が通り過ぎた後、茂みに隠れていた数人は、イドの投げた袋を掴んだ男に集まってきた。
「良かったんですか?リーダー。」
「なんだ?お前は死にたかったのか?ありゃ、どう見たって冒険者じゃねぇか。」
「だけど、冒険者なら金持っ……」
「持ってそうにお前には見えたか?
中年のおっさんが四人だけで、同じ見た目の質が良さそうに見えない剣と防具。金目の物も、女の気配すら微塵もねぇんだぞ?どう見たって旨味が全然無いだろ?」
「言われてみれば、そうっすね!」
リーダーの説明に、先程のノリス達の風貌を思い出して、手下の者達は全員納得していた。
リーダーは手に持つボロ袋を拡げて、中身を手下達に見せる。中には干し肉などの食料が少しだが、ここに隠れていた全員の一食分ぐらいは入っていた。
「さらにこうして食料をくれたんだ。
下手に薮をつついて蛇を出すこともねぇ。これはそういう意味だ。」
イドの行動は要するに、『コレあげるから襲わないでね?』だった。
リーダー個人としては、あまり襲うつもりも無かったのだが、手下達があの中年達を侮って若干やる気になっていた。それでも相手は冒険者だ。旨味も無さそうなのに、こちらに被害が出てしまっては大損害だ。それに、食料を何の危険も無くもらえたのなら、それ以上危ない橋を渡る必要も無いと思い至り、リーダーは手下達の襲撃を止めた。
「なるほど!流石リーダー、頭良いっすね!」
「馬鹿野郎。お前らはもう少し頭を使え!」
リーダーは手下達を叱り、されど貰った食料を手下達に配り、再度隠れたり、数人を周辺の偵察に行かせたりと、次なる獲物を待つ。
リーダーはふと気づく。
このボロ袋は迷いなく俺のところに投げ込まれたな。俺がリーダーだと気づいていたというのか?
もし襲った場合、こちらの手下の三、四人は犠牲になっただろうが、勝てるとリーダーは考えていた。だけど中年達のあの見た目では、犠牲と比べて利益を得るほどの何かが手に入るとはとても思えなかった。だから、襲うのを止めた。
しかし、本当にそうなのだろうか?もし隠れ潜んでいる数人の中からリーダーである俺をピンポイントで把握できる程の実力者だったら?
もしかしたら中年達を一人も倒せず、全滅していたかもしれない。この食料のお陰で、俺らの命は救われたのかもしれない。
「……まさかな。」
そう思いポツリと呟いたが、あまりにも妄想が過ぎるなと、リーダーは二、三度頭を横に振り、中年達を記憶から追い出した。
……と、言う具合にノリス達の旅路は平穏だ。
盗賊や山賊の待ち伏せに遭遇することもあるが、ほぼほぼ素通りできた。
荷馬車にしてある理由は、「おっさん四人しか居ませんよ?」と大々的にアピールしているのだ。もうこれだけでほとんど襲われない。たまに殺気や気配を察して、襲われる前に食料でも渡してしまえば、今回のように何事も無く終わる。
ノリス達は、どう見ても襲われる要素が皆無だった。寧ろ、見た目で言えば襲う側の風貌だ。
いたって平和な旅路をノリス達はのんびりと行く。魔物を適当に倒して、盗賊や山賊をやり過ごし、いくつかの村を通り過ぎ、適当な街で次の目標を情報収集したりしながら、手頃なダンジョンがある街を目指す。
そうして、『ダンジョンの怒り』を経験した『初心者の街』からかなり離れつつある場所まで進んだある日、ノリス達の目の前に広がる森を抜ければ、その先を少し進むと次の街に着く予定だった。
しかし、森に差し掛かった頃合いで、見るからに賊の一団が現れて、ノリス達は止められた。
「悪いが、ここは通行止めだ。」




