第24話 亀Ⅲ
ある日、珍しく王『生ゴミ』が単身、アイツの部屋から出ていくところを見かけた。
アイツも魔『生ゴミ』もエルフ『生ゴミ』も常に一緒に居るのに、本当に珍しいなと不思議に思った。そんな光景をぼんやりと眺めていたら、王『生ゴミ』は急に小走りになって、それでも間に合わないと思ったのか通路隅にうずくまった後、口から本当の生ゴミを吐き出した。
「お、おぃ!?大丈夫か?アイツを呼ぼうか?」
『生ゴミ』の一人ではあるが、一応同じパーティ仲間だ。多少の心配はしつつ、アイツに丸投げしようとした。
「ダメ!呼ばないで!」
しかし、王『生ゴミ』から止められる。今度は目から汚水を流しながらも、懇願してきた。
意味が分からなかったが、渋々王『生ゴミ』の要望を聞き入れて、俺専用のマジックバックから適当な布を取り出し、王『生ゴミ』の生ゴミを淡々と処理していく。
今思えば、アイツは押しに弱いのだが、コイツらが調子に乗っているのは、俺が何も言わなかったのも原因だったかもしれない。しかし、『生ゴミ』だ。関わり合いすらも極力持ちたくなかったので、以前からこうしておけば良かったと思い直す気はサラサラ無かった。
王『生ゴミ』も処理したい気持ちに駆られながら、吐き出された生ゴミを片付けていると、隣に座り込んだ王『生ゴミ』は、何故かぽつりぽつりと俺に向けて語り出した。
どうやら、アイツとの子供を孕んだようだった。
なるほど。これが【つわり】と言うやつかと納得しながら、社交辞令で祝福した。
「良かったじゃないか。おめでとう。」
「……怖いの。」
『生ゴミ』は会話すらまともに返してくれないから困る。しかし、ぽつりぽつりと続けて話す内容で大体理解できた。
王『生ゴミ』は、他の『生ゴミ』達にもだがアイツにすらも妊娠を秘密にしているようだった。
アイツなら喜んでくれると思うのだが、そんな簡単な話でもないらしい。
冒険者が妊娠すると、その後、出産、育児もある為、大体引退する。急にそうならない為にも恋仲の冒険者達は色んなルールや規律を互いに決める。
あれだけ人前でもはばからずイチャついていたアイツとコイツらでさえ、きっちり決めるべきところは決めていたらしい。だから、今までそういった話はひとつも無かったのかと納得した。
しかし、俺達はSランクにまでなり、有名にもなってしまった。ここまで死なずに到達できたことは幸運なのだが、ここまで到達してしまったのが王『生ゴミ』にとっての誤算だった。
簡単には辞めれなくなってしまった。
しかも、時は止まらず月日が経ち、歳を取る。
他の『生ゴミ』は、魔『生ゴミ』とエルフ『生ゴミ』なので寿命の違いにより、あまり意識していないようだが、人である王『生ゴミ』は歳を重ねる毎にドンドン焦っていたらしい。付け加えて、一応何処かの王族なのだ。この妊娠発覚時ですら年齢的に遅いと俺でさえもが思った程だから、プレッシャーが半端なかったようだ。
王『生ゴミ』は焦りまくった挙句の果てに暴走し、他の三人には内緒で取り決めを破り、めでたく妊娠した。
だから怖がっていた。
他の『生ゴミ』達からの、非難の嵐を……
愛するアイツから、失望されるのを……
更には捨てられて、置いていかれるのではないかとも思ったらしい。アイツがそんな事をするはずがないと思いつつも黙って聞いていた。
黙っていたら何故か俺にまで飛び火した。
俺が何もかも護ってしまうから、支援魔法使いの王『生ゴミ』が居なくなっても、パーティとして成り立ってしまう可能性があると考えたそうだ。
「ある時期から貴方へ支援するのを止めたわ。それでも護りきってしまうのですもの。私の居る意味が無いわね。」
涙を流しながら自虐的に笑う王女。
他の男が見たら、さぞかし魅力的だっただろう。しかし、残念ながら相対したのは俺だ。
汚水を流しながら腐敗臭を撒き散らして笑う王『生ゴミ』でしかなかった。
気持ち悪くて俺が吐きそうだった。
大体、支援しなくなったのを俺も気づいていたが、その理由がこんなしょうもない事だとは思わなかった。
この時、何もかも全てが馬鹿馬鹿しくなった。
次の日、全員が集まったタイミングで、俺はパーティを抜けると伝えた。
王『生ゴミ』は押し黙ったが、魔『生ゴミ』とエルフ『生ゴミ』からは非難轟々で、アイツから止められるまで騒ぎ立てた。
「抜ける時はこんなものだ。」と特に理由も言わず、アイツも「いつかこんな日が来ると思っていた。」と半ば諦めつつも、その場はなんとか収まった。
その日の夜、俺が『生ゴミ』達と一緒だと何も言わないと考えて、恐らく三人を寝かせてからアイツは俺の部屋まで来た。
「急に言い出した訳を教えてもらえないか?」
「簡単な話だ。俺が護れなくなったから抜けるんだ。」
「そんな事は無い!」
「あるさ。これからの話だ。
お前も『いつか……』と言ったじゃないか。俺もそう思っていた。今がずっと続くのは無理だ。潮時だよ。」
「それは……だけど、こんな急に……。」
「それは悪いとは思う。なら期限を決めるか?それもおかしな話だろ。そんな状態で戦える程、俺達の相手は生温くないぞ?」
「……。」
「なあ、俺達はもう十分戦ってきたんじゃないか?まだ戦えるかもしれないが、ならいつまでなんだ?
俺が女を『生ゴミ』としか見れなくなったのは昔に言ったな。だから、同じパーティでも一緒に食事すらしなくなった……という訳でも無いんだ。この際だ。『生ゴミ』達も居ない今が丁度良いか。」
おもむろに俺は着ていた鎧を脱ぎ始めた。最初、アイツは俺の行動に戸惑っていたが、俺がヘルムを外した瞬間に真顔になった。
「俺はこうなってしまったよ。この頭をお前の『生ゴミ』達に見せて笑われたら、俺は怒り狂って殺していただろう。それはお前も困るだろ?」
「……すまない。アーロン。
そこまで苦労をかけているなんて、俺は……。」
「気にするな。いや、お前は十分気にしてくれていたんだ。だから俺は大丈夫だ。
だけど、もう十分じゃないか?まだ護り続けないとダメか?
俺が護り、お前が道を切り開いて、ここまで来れた。
俺個人として、お前は十分やってくれたと思っている。ありがとう。」
「それは俺のセリフだ。アーロン。本当にありがとう。」
アイツは涙を流しながら、手を差し伸べてきたので、俺も応じて堅い握手を交わす。
「なあ?これから俺が抜けたらどうするんだ?」
「アーロン。だからそれも俺のセリフだ。
俺達はアーロンが居たから続けられたんだ。お前が抜けるなら……解散だろうな。」
「……そうか。なら丁度良いか。」
「うん?何が丁度良いんだ?」
「これからは、お前があの『生ゴミ』達を護らなきゃならないって事だ。」
「そうだな。そのつもりだよ。」
「なら、俺が抜けると言った時、反対しなかった『生ゴミ』は絶対に護りきれよ?何がなんでもだ。」
「……っ!?そういう事か。
やはり何か変だと思っていたんだ。」
「なんだ。気づいていたのか?
なら頑張れ!それは俺が護るべき命じゃない。お前が護るべき命だ。」
「そうだな。最後まで迷惑をかけて本当にすまない。いや、最後まで本当にありがとう。
アーロン。お前と一緒に冒険できて俺は良かった。」
「俺は……どうだろうな?」
「おい!?今、良い雰囲気だっただろ!?」
「ハハッ。それは後になって分かるだろうさ。
とにかくこれでお前も護る側だ。餞別だ。俺の鎧をくれてやる。相手は強敵で三人もいるからな。キツい時もあるだろう。これを見て思い出してくれ。」
「そうだな。だが、彼女達だとお前も護りきれてなかったじゃないか?」
「それは……仕方が無いだろ?」
俺が渋々応えると、本当に久しぶりに二人だけで暫くの間、笑いあった。
「それで?アーロンはこれからどうする?」
「俺か?特に考えてなかったな。ま、適当にブラブラするつもりだ。」
「お前……それで良いのか?」
「今までガッポリ稼いできたからな。数回分の人生を遊んで暮らせるだろう。そっちだってそうだろ?」
「それもそうか。
アーロン。良い相手が見つかるといいな。」
「どうかな。まず『生ゴミ』が変わらないと当分は無理だな。」
「ハハッ。出来たら是非紹介してくれよ?」
「期待なんてするなよ?俺自身が諦めているからな。
だが、俺の分までお前は絶対に幸せになれよ?」
「ああ!まかせてくれ!」
再び堅い握手を交わして、俺とアイツの人生は別れた。
こうして『玄武』は解散した。




