第20話 壁役
「それにしても、分からない事があるんだが、良いか?」
「なんじゃ?」
エッジが組合長とアレクへ疑問を投げかけた。
「イドさんは組合長が見た事あるなら確定だろうけど、サウルさんは人相書きだろ?それにノリスさんやエストさんに至っては、ただの流れの予想じゃないのか?
『玄武』や『白虎』だとしても、アーロン様やジャック様とは限らないだろ?他の方々だって居るんだから。」
「ああ。エッジ。それはですね。
彼らにはもう一つの共通点があるんです。それは彼らは全員、それぞれのパーティ内での【壁役】なんですよ。」
「壁役?」
「兵士のエッジやゲインにはあまり馴染み深い言葉じゃないかもしれんのぅ。
冒険者はパーティで連携するのじゃから、誰かが魔物の攻撃を惹き付けて、他の者達が攻撃した方が少人数での戦闘では効率が良いんじゃ。」
「その魔物の攻撃を一身に受け持つ役を【壁役】と冒険者は呼ぶんです。」
「なるほど。でも、だからそうだと決めつけるのは変じゃないか?」
「ゲインの言いたい事は理解出来る。だが、俺達はあの時の戦っている彼らを見た。あれはまさしく全員があの方達だと言う証明になるんだ。
だからこそ、俺もドバン組合長が何故気づいたのか分からないがな。」
「アレク。どういう事じゃ?」
「俺はあの戦いを見てから……見たからこそ気づけたんだ。でもドバン組合長はその前から知っていた。それこそさっきのゲインのようにパーティ内の人なら誰だって当てはまるはずだったんだ。何故ですか?」
「クハハッ。なるほどのぅ。若い者には分からぬか。
彼らにアドバイスを送った甲斐があったのう。あながち間違いではないらしい。
となると、お前達はまだ彼らの本当の凄さを理解出来ておらんのじゃな。」
「なんだって!?そんな事は無い!
俺達はそれこそ子供の頃から子守唄のように聞いて育ったんだぞ。」
「まぁエッジとゲインは兵士じゃからの。だが、アレク。お前はまだまだじゃと言わざるを得んな。
そんなお前に聞こう。冒険者で一番貴重な役割はなんじゃ?」
「それは……考えた事もありませんが、この話の流れだと【壁役】なのですか?」
「こら!会話を予測するでない。まったく……。じゃが、正解じゃ。
無いなら今考えてみろ!エッジもゲインもな。
【壁役】とは魔物の攻撃を全て受け持つのじゃぞ?要するにパーティの痛みを一身に受けきるのじゃ。勿論、イドさんやエストさんのように受け流したり、避けたりする方法もあるにはあるが、彼らでさえ最初は失敗もしたはずじゃ。その時の痛みを嫌という程味わって、あの境地に辿り着いておる。
分かるか?想像できたか?これがどれ程過酷な役割なのかを!」
「「……。」」
三人は想像を膨らませ、その結果痛々しい表情になっていたので、十分過ぎる程理解出来てしまった。
「それに、彼らの凄さは更に超えとる。
なぁ、お前達。『四神獣』が何故有名なのか考えた事はあるか?」
「有名な逸話があったりするからじゃないのですか?」
「違う。そんな話なら過去の英雄達も沢山持っておるじゃろ?
彼らの凄さはその期間の長さじゃ。お前達が幼い頃から、大人になっても活躍しておるのじゃぞ?
イドさんとノリスさんは『英雄』として十五年以上、サウルさんとエストさんでさえ十年は超えとる。『英雄』になる前を考慮すればもっと長いのじゃ。過去の英雄達と比べても彼らは異常な長さじゃよ。
彼らにとってみれば、今回のゴブリンの攻撃なんか鼻くそのようじゃろうて。『英雄』じゃからのぅ。『英雄』に見合った強力な魔物相手に十年以上もの間、痛みを背負ってきたのじゃぞ?」
「だから、彼らは俺達世代以外の上の人々からも讃えられていたのですね。」
「そうじゃ。まぁ彼らがそれぞれお互いをライバルとして意識しておったから、長く続けられたと昔のイドさんは言っておったがのう。
アレクよ。組合に長く居れば、如何に【壁役】が大変で貴重なのかがよく分かるのじゃ。大体の者達が数年で痛みに耐えきれず辞めていくか、死んでしまう。お前達でも、今想像してみて続けられると思えるか?無理じゃろ。
彼らはそれを十年以上やっておるのじゃよ?尊敬しかないじゃろ。
じゃから、組合としても【壁役】の者達への支援は手厚くしたりと色々な策を用意しておる。」
「それでドバン組合長は、彼らを一目見て全てを理解出来たのですね。」
「そうじゃな。あのイドさんが真に心を許して話している相手となれば、そうは居らぬ。
お前達も知ったじゃろ。あのイドさんじゃぞ?『清流』のブルース様じゃ。
そのイドさんを呼び捨てで気軽に話をしておった。それだけ彼らは対等なんじゃ。なればこそ、イドさんと同じ【壁役】だと思い至ったのじゃ。
そして、趣味でダンジョンに潜って楽しんでおった。今までずっと痛みに耐えてきたのじゃ。恐らく楽しさなんて知らなかったのではないかのう。彼らの昔のパーティはもう無いんじゃ。それなら彼らの自由にさせた方が良いじゃろ。」
「だが、彼らは貴重なのだろ?もっとやりようはあるんじゃないか?」
「確かにそうじゃが、ゲイン。なんて言うんじゃ?
『貴方達は凄い!だから、今後もずっと痛みに耐えてくれ!』とでも言うのか?
昨日のアレを見てお前は言えるのか?ワシは絶対に言えん!もう好きにさせてあげたいとすら思った程だ。」
「それは……そうだけど……。」
「ちなみに、彼らはその技術を広める事も伝える事も絶対にせんぞ?それは即ち、若者に彼らと同じ痛みを与える事と同義じゃからのう。
確かに【壁役】にとっては有意義かもしれんので、場所によっては彼らに懸賞金がかけられてもいたりするのぅ。イドさん、サウルさん、エストさんは特殊だが、盾を使う一般的なノリスさんに至ってはそれこそ遊んで暮らせるだけの報酬が貰えるらしい。
お前達、ノリスさんを売れるか?」
「組合長、馬鹿にしてんのか?そんな不義理を俺達は絶対にしない!」
「そうじゃろ?ワシもじゃよ。そして組合全体でもその気持ちは強いはずじゃ。
彼らはもう十分働いた。引退しても組合からは誰も文句は言わない。
それでも彼らは冒険者をしている。
偽名を使おうが、剣士と偽ろうが、趣味だとしても、週末だけだとしても、もう一度冒険者として、楽しんでくれるならば、ワシらは暖かく見守るだけじゃよ。」
「そうだったのか。
俺達はそんなノリスさん達を……しかも結局、この街を去っていってしまった。」
「それはどうしようも無かったのじゃ。彼らの報酬、人々の反応……どうにか出来たかもしれぬが、ワシには解決できる道が見えなんだ。
彼らにもお前達にも辛い思いをさせて、すまんかった。
じゃが、この街にお前達が居てくれてワシは誇らしい。改めてワシからもありがとうと言わせてくれ。
彼らが感謝する程の事をお前達はしてくれたんじゃ。またいつかココへ戻ってきてくれるかもしれん。」
「……そうですか。そうだと嬉しいですね。
その前にこれから彼らが向かう場所でも、楽しんでくれる事を願いますよ。」
「ああ。そうだな、アレク。」
「だな。またいつか会えると良いな。……サインを貰っておきたかった。」
「それな!」




