第18話 髪の試練
ノリス達一行はようやくダンジョンの外に出る。
最初はドバンが、ゴブリンキングの大きな魔石を掲げて、これみよがしに『ダンジョンの怒り』が終わった事を告げた。そして、アレク、エッジ、ゲインと続く。
ダンジョン前に待機していた人々は割れんばかりの歓声と喜びの悲鳴をあげ、ざわめき立った。その騒ぎを聞きつけて、更に人が集まって同じように騒ぎはじめた。
その後にノリス達が帰還する。
一瞬にして、静寂が辺りを包み込んだ。皆、何かに耐えるように、口を噤んだ。
アレク、エッジ、ゲインは不思議そうに周りを見渡し、ノリス達の事も見るが、ダンジョンを出る前まで話していた姿と何も変わらなかった。
どれだけの大群と、どれほどの時間を戦ってきたのだろうか?その身は誰もがボロボロで、装備品なんて付けてはおらず、辛うじてボロボロになったズボンを履いているぐらいだった。
そんな中、ダンジョン前で待機していた人々の中に、野次馬として一組の母親と幼い子供が居た。その子供が、母親に尋ねた。
「ねぇ、ママ?
あのムキムキの人、頭にお皿が乗ってるよ!!」
静寂のせいで、周囲の人々にも響き渡り、誰もが我慢の限界を迎え、一斉に吹き出し、笑い転げだした。『ダンジョンの怒り』が終わった事で多少気が緩んでしまったのだと、周りをフォローするなら言えるかもしれない。
ノリスはハゲていた。
ゴブリンにやられた訳でも無い。元々だ。
綺麗に頭頂部周辺が禿げ上がっているのだった。
更には……
「ねぇ。隣の人も、顔はイカついのに……」
「何処までが額なのかしらね?」
「ブフッ!止めてよ!広過ぎでしょ!」
若い女はイドを見て笑う。
イドもハゲていた。
前髪など無く、前面から頭の上まで。俗に言う後退禿げだった。
そして……
「ありゃ相当苦労したんだろうねぇ」
「ワシらと同じ真っ白じゃ。」
「それに、毛も薄くなってしまってはのぅ。」
「ヒッヒッ。白いモヤがかかった坊主じゃな。」
老人達がサウルを憐れみながらも笑う。
サウルもハゲていた。
髪の全てが白髪に染まり、更には全体的に少なくなった為に肌が簡単に見えた。
老人の言うように、丸坊主のようにも見えるが、頭が白い霧に包まれているようにしか見えなかった。
とすれば……
「ある意味凄いな。余程の何かがあったんじゃねぇか?」
「あんな風に丸ハゲがいくつも出来ると、髪を伸ばしても隠しきれないだろ?」
「もういっその事剃った方が良くないか?」
「いや、そうすると、毛根が有る無しでクレーターみたいにならねぇか?」
「ブハッ。まるでお月様だな。」
「フヒッ!やめろ。」
男達は剃ったエストを想像して笑う。
当然、エストもハゲていた。
頭の至る所にいくつも円形のハゲをこしらえていた。
エストは髪を伸ばしてはいたが、ハゲの部分が多く隠しきれていなかった。
彼らが同じ柄のバンダナを頭に巻いていたのは、全員がソレを隠す為でもあった。
アレク、エッジ、ゲインも当然気づいてはいた。だけど、それ以上に彼らの人柄や戦っていた時の勇姿を心に刻んでいたので、何も気にならなかった。寧ろ、何故こうも人々が笑うのかすらも理解できなかった。
周囲の人々の中に、ノリス達の見知った顔が近寄ってくるのが分かり、ノリスはイドを呼ぶ。
「イド。彼らを頼む。」
「ああ。すまんな。ノリス。お前にばかりその役をやらせて。」
「仕方が無いさ。イド達だと怒った場合の方が面倒になる。」
ノリスはそんな事をイドに言い、見知った顔『豪雨』のイシスと対応する。
「おう!『週末』の。おっちんだかと思ったが無事だったんだな。
しかし、おめぇ達。その頭は……ゴブにやられたんじゃねぇだろ?」
「よう!『豪雨』。いやぁ、行き止まりに逃げ込んだは良いが、その場から抜けられなくなってな。毛は抜け落ちるのに、散々だったよ!」
「ブハハッ!おめぇ。それを冗談でいけるクチなのか?ならバンダナで隠すこともないだろ!」
「気になる物を見せつけちゃ人様の迷惑になるだろ?」
「ブハッ!ちげぇねぇ!」
ノリスのノリの良さに、『豪雨』は盛大に笑い転げ、他の者達も一緒になって笑う。
「なんだ。ハゲのおっさん達は組合長に助けてもらったのか!?」
近くに居た、駆け出しの若い冒険者までもが、ノリス達に向かってそんなセリフを吐いた。
「坊主。おじさん達は、こう見えてもかなりの数のゴブを倒したんだぞ?」
ノリスは優しく窘めるように真実を口にする。
「嘘つけ!そんな事だからハゲるんだ!
俺達を馬鹿にするな!子供扱いもするな!
大体、坊主はお前だろ。お前が坊主にすれば良い!」
しかし、若い冒険者にはまるで理解が得られず、逆に酷い罵りを返された。ノリスは、「そうか?坊主にすれば似合うかな?」なんてヘラヘラ笑いながら取り繕っていた。なんとも情けないノリスを見て、他の者達も一緒に笑っていた。
そんな光景を目にしてアレク、エッジ、ゲインは怒りで我を忘れそうになった。あのガキを今すぐにでも殺してやりたいとすら思った。多少は想定していたであろうドバンですら、顔に怒気が溢れていた。
そんな四人の前を塞ぐようにイドが立つ。
「やめておけ。ノリスも俺らも大丈夫だ。」
ノリスがイドに頼んだ彼らはアレク達の事だった。ノリスもイドもこうなると分かってアレク達が暴走しないようにお互いの役割を決めていた。更にはイドの隣にサウルとエストも並ぶ。
「笑われるだけで済むなら、問題ありません。」
「……慣れてる。」
「だけど!こんなのって!!」
「良いんだ。アレク。ありがとう。エッジもゲインも、気にしないでくれ。
ドバン殿。この三人だから俺らは許したが、報酬の件を絶対に忘れないでくれよ?」
「……分かったのじゃ。」
イカつい顔のイドが慈愛に満ちた表情でアレク達に感謝し、ドバンへ釘をさす。苦々しくドバンは了承して、控えていた代表者達と話し合いの場にむかっていった。
「イドさん。気にするなと言ったが、俺達はそんな人でなしでは無い!」
ゲインはやり場のない怒りをイドにぶつける。ぶつける相手が全然違うのだが、イドの表情は変わらなかった。
「ならばゲイン。どうするんだ?
本当の事を話しても無駄だろ?いまさっきノリスがやったばかりじゃないか。」
「それは……。」
「良いか?ゲイン。アレクやエッジも。おっさんのしょうもない経験談だがな。
真の『英雄』とは、見た目も『英雄』でなければならないのだ。」
「イドの言う通りですね。
自分の為、仲間の為、人々の為にと理由はそれぞれありますが、私達は精一杯頑張りました。そして、一時期は『英雄』になれた。こうなったお陰でなれたのか今では分かりませんが、そのせいで『英雄』も零れ落ちていった。」
「……なれただけマシ。」
「そうだな。『英雄』になれずに死んで行った者達も腐るほど見てきた。彼らからすれば、俺らはまだ報われているんだ。
アレク、エッジ、ゲイン。
俺らは『英雄』になれなくなった。そして、『英雄』である事を諦めたのだ。
だから気にするな。」
「そうですよ?それに、本当の事を話して信じられても困りますね。」
「え?サウルさん?」
「だってそうじゃないですか?
今皆さんは笑い転げてますが、説明したら、土下座でもされるのですか?盛大に祝福されるのですか?それを受ける私達の立場になってみてくださいよ。」
「……手のひら返し。気持ち悪い。」
「ああ。それは確かに人を信じられなくなりそうだな。」
「でしょう?だったら笑われていた方がまだマシなのですよ。」
「でも、本当に良いのですか?」
「……何度も言った。慣れてる。」
「……そうですか。分かりました。貴方達の希望通りにしようと思います。」
「お、おぃ?アレク?」
「仕方が無いだろ!?俺は周囲に居る誰よりも彼らの希望に応えたい。例え俺自身が死にたくなるほど納得してなくともな!」
「そりゃ……そうだがよ。」
「すまんな。本来は巻き込むつもりは無かった。悩むようなら無理矢理連れてきたドバン殿に仕返しするといい。」
「そうですね。ええ、そうします!」
「だな。」
「ああ。」
「では、俺らは帰るぞ。いつまでも笑い物にされては敵わん。ノリス程、温厚では無いのでな。」
「アハハッ。ノリスは異常ですよ。女性が絡んだらもっと異常ですがね。」
「……皆、一緒。」
「ノリス!そろそろ行くぞ?」
「おうよ!じゃあな『豪雨』。また何処かで!」
「では、アレクさん、エッジさん、ゲインさん。今日はお疲れ様でした。」
「……ばいばい。」
エストが手を振りながら、ノリス達は家に帰っていった。その光景をアレク達は拳を握りしめ見つめることしか出来なかった。




