第102話 見方Ⅱ
誰かの為に例え自らが傷ついても良いと、本気で思い行動できるだろうか?
尊敬する両親。
愛する伴侶。
目に入れても痛くない程の我が子。
……そんな誰かなら可能かもしれない。
例えの全てが血縁や家族であり、その深い絆があってからこそだろう。
では、他人ならばどうだろうか?
貴方には、そんな誰かが居るだろうか?
何度も言うが、この街はマッシュ派閥とヴァンフ派閥に別れ、いがみ合っている。
すでに流血問題にまでなっており、今後さらに争いは激化すると予想されていた。
それは確かにシダースの言う、愚かな悲劇なのかもしれない。
無論、派閥に入っている全員がそうでは無く、極一部の者達が大声で先頭に立っているからだろう。
しかし、どの者達も中心は二人の領主の息子だった。声をあげる者も自分が神輿とは思っていない。担ぐ神輿を間違えたりはしなかった。
だから、無差別に攻撃する者や、同じ派閥で争う事も無かった。
マッシュとヴァンフは、どちらも次期領主として相応しく、素晴らしいと思える人物だった。
性格も方法も正反対であったが、共通して言える事は街の為、今後もより良い暮らしの為、人々の為に尽力していた。
だからこそ、程度はあれど、誰もがどちらかの神輿……マッシュかヴァンフを好いて、その方向性に従い、神の如く信じていた。
そうして、立ち止まれなくなる。
自分が、自分達が敬愛し、信頼する者は次期領主に相応しいと思う。
もう一つの派閥から、馬鹿にされるのが許せなくなる。
全ては自分の為。だけど、自分の信じたあの方の為に……。
傷つこうが、傷つけようが、構わなくなる。
それは本当に愚かな事なのだろうか?
そう思える事こそが、それほど素晴らしい人物だったと証明しているのではないだろうか?
二人同時に、まるで正反対な派閥が誕生してしまったのは、確かに悲劇かもしれないが。
そんな人々に支えられ、担ぎ上げられたマッシュとヴァンフ。
彼らは着実に次期領主への道を突き進んでいた。
上に立つ者は、『優しさ』だけで到底立ち続けることは出来ない。
今まさに、マッシュとヴァンフを慕う人々が争い、血を流し、傷を負っているのだ。それ程までに人々がマッシュやヴァンフを信じてくれていた。
日和ることなど出来るはずがない。でなければ、傷ついた者達はただの骨折り損になってしまう。
人々の為にと尽力し、そして人々も彼らを信じ、付き従う。そんな人々が血を流すのだ。
マッシュとヴァンフにとって、心が引き裂かれるほどの苦悩や苦痛だろう。
だけど、それでも信じてくれるのだ。人々の想いや色んな事を背負い、苦悩や苦痛を乗り越えて、進み続けなければならなかった。
それは、上に立つ者にとって絶対に必要な『覚悟』だった。
『優しさ』は不要と言っても過言ではない程、心が迷い、心が折れる原因になりかねなかった。
彼らは着実に次期領主への道を突き進んでいた。
シダースが、そんなマッシュとヴァンフのようになれるのか?
シダースが足りない見方を口頭で説明するのは簡単だった。しかし、説明したとしても真に理解するのは難しい。
マッシュとヴァンフの苦悩や苦痛は想像がついたとしても、それを乗り越えてみないことには実際に本当の苦悩や苦痛は分からないはずだ。
二人の兄の対立を平和的に解決したいと思う、心優しきシダースなのだ。下手をすれば、説明だけで背負おうとすら一切思わなくなる可能性もあった。
だから、ノリス達はシダース本人が気付いて、自分で考え、行動しなければならないとモンドへ忠告した。
恐らく現領主メイはシダースの事を把握しており、同じように何も言わず、自身で気づかせる為に見守っているのだろう。現在進行形で領主であるメイなので、当然マッシュとヴァンフのような経験はしてきている。
ノリス達は会話しながら、その事をモンドへ問いただすと、モンドもメイの見守る姿勢に心当たりがあるようで、ハッとして考え込んでいた。
「……という訳なんでな。俺達では手伝うことが出来ないんだ。」
「そうだな。俺らがどれ程助けようとも今日会ったばかりだ。元々慕ってもいないので、覚悟なんて芽生えないだろうな。」
シダースの為に……なんて、余所者のノリス達はこれっぽっちも思わないから、どれだけ動いてもシダースには響かないだろうと、ノリスとイドは付け加えた。
「……いっそ、モンドさんが死んでみたら?」
「アハハッ。エスト、それは言い過ぎですよ。
でもそうですね。彼を想い、彼の事をよく知り、彼も同様なのはモンドさんだけかもしれませんね。
貴方が彼を守り倒れた時が、立ち上がる可能性が一番高いかもしれませんね。」
「……。」
犠牲を乗り越えて、想いを受け継いで、覚悟を決める。
マッシュやヴァンフのようにシダースがなるには、モンドこそが鍵を握るのではないかと、エストとサウルは冗談混じりに言った。
シダースもそうだが、モンドにもその犠牲となる覚悟があるのか?エストとサウルの会話には入らず、モンドは深く考え込んでいた。




