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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第二幕「君に別れを告げる刻」
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Episode22「あなたから見た世界」③

 調布駅の周辺はそれなりに明るいものの、少し離れればすぐに閑静な住宅街に入ってしまって、物音一つたてられないほどの緊張感が暗闇と共に訪れる。

 だからなのだろう。人の目を気にする必要がある祓魔師は、その暗闇から現れた。


「……クロト、後ろに下がっていて」

「う、うん」


 ルカはクロトを下がらせて、祓魔師の動きを注視しながら彼女に短剣を向ける。向こうは一人で、こちらは二人。だとしても、魂の強さで比べるのなら、ルカとクロトは圧倒的に不利だった。クロトの魂もルカの魂も不完全で、足したところで一人分にもなれない。魂の力量が実力に直結する死神にとって、この状況は最悪と言うほか無かった。

 ルカが見せた警戒姿勢に、しかし祓魔師は武器の一つも取り出す様子が無い。その真っ黒な髪をなびかせて、白い装束を風に遊ばせるばかりだ。


「……こんな夜中に声をかけてくるとはね。一体なんのつもりかな。ディナーのお誘いにしては遅すぎると思うけど」

「死神に食事はいらないでしょうに。人間のふりが板に付いているようですね」


 口元を押さえながら笑う女は、いまだその場から動こうとしない。相手の目的が分からずに、ルカも手を出せないでいた。向こうから襲ってくるようであれば闘う言い分ができるものの、向こうに敵対の意志がなければ無意味な争いの火種を生みかねなかった。

 できることなら、闘わずにこの場を穏便に治めなければならない。

 二人は警戒しながら少しずつ後退していく。向こうはどこまでいっても人間だから、人間離れした動きができる死神を追いかけることはできないはず――そう踏んで、ルカは相手の隙を窺っていた。

 クロトを連れて、ここから逃げ出さなければならない。

 しかし、女はゆっくりとルカ達に近づいてくる。向こうもこちらを警戒しているようだったが、同時にその漆黒の双眸は「逃がしはしない」と言いたげにルカを真っ直ぐに捉えていた。


「できれば、お互い出会いたくありませんでしたね。祓魔師と死神は相成れない」

「それは君たち祓魔師が何もしなければ解決すると思うけど。別に俺達には君たちと闘う理由はないんだよ」

「死神は信用ならないので。現に最近悪霊が増えているのは、死神の怠慢によるものでしょう」


 祓魔師の発言に、ルカは眉をひそめた。確かに各地で悪霊が増えているという話は随分と前から聞いているけれど、その都度死神は誠実に対応してきたつもりだ。しかも東京支部はその霊の数に比べて悪霊に転化する霊が少ない。それは所長である覡のお陰でもあるし、熱心に悪霊を葬送する深月のお陰でもある。しかも、霊が悪霊になるのはあくまで霊本人の行動によるもので、死神に関わる余地はないはずだ。

 だからこそ、ルカは祓魔師の言い分が理解できなかった。まるで警察に対して「犯罪が増えているのはお前達のせいだ」と言っているようなものである。


「死神はこの世に不要。死者は大人しく死んでいなさい」

「……全く。どうやら君の言うように、死神と祓魔師はすれ違う運命のようだ」


 瞬間、女がするりとどこからか槍を取り出して、ルカに対して薙ぎ払いをしかけてきた。ルカはそれを短剣で受け流すと、女の懐に潜り込んでその身体を蹴り飛ばそうとする。しかし、女はひらりと槍を手元に戻して、ルカの攻撃を防いでみせた。


「流石闘い慣れている動きだね。なら、これはどうかな」


 ルカからの攻撃は止まらない。女の槍を踏みつけて空高く飛び上がり、女の頭目がけて細長い針のように作り直したデスサイズをいくつも投げる。雨の如く降り注ぐ漆黒の短剣は、街灯の光を反射していたとしても夜闇に紛れてとても見えない。女はその危険性を察知したのか、大きく二十メートルほど飛び退きながらルカの攻撃を避けきった。ルカは軽々と地面に着地すると、未だ武装を解く様子のない女に向けて笑顔を浮かべる。


「それで、結局君の目的は何かな。わざわざ祓魔師が夜に現れるなんて、よほどのことがあったんだろう。増加した悪霊のせいで、なにか被害でもあったのかな。少なくとも、俺達はその事件を把握していないけどね」

「私の狙いは貴方たち二人――魂の完全でない、人一人分にすら至れない死神。私は、貴方達に聞かなければならないことがある」

「なら君から武器を下ろすんだ。君が話をしたいだけなら、その相手になってあげるよ」


 女は何も答えない。無言で、表情筋もろくに動かさないまま、黒い髪をはためかせてルカに斬りかかる。その行動は、「ここで話をするつもりはない」と雄弁に語っているようだった。


「……仕方ない。クロト、所長に連絡を」

「わかった。こっちは任せて」

「ありがとう」


 ルカは女の攻撃を受け止めて、冷静に事態を分析する。

 女の目的はルカとクロトに話を聞くこと、だと言った。そのくせ、この場所では話すつもりがない。一人で放すならこの場所でもいいのに敢えてそれをしないということは、言ってしまえばこの女は「重要参考人」を連れてくる役回りなのだろう。闘いでルカを打ち負かし、そして他の祓魔師の前で話を聞き出すつもりなのだ。


――なら、早いことこの場所を離れなければ。


 向こうが何を聞き出すつもりなのかは知らないが、何を聞かれるにしてもルカとクロトは正直不利だ。覡ならばなにか有用な情報が得られるかもしれないものの、そういう「事情聴取」において二人はなんの力にもなれそうにない。向こうがその状況を知らないのならなおさらだ。

 人間にしろ死神にしろ、知らないことを話すことなんてできないのだから。

 ルカは女の怒濤の反撃を受け流しながら頭を動かす。所長がくるまで持ちこたえるのもいいが、できることならルカだけで対応しておきたいのが正直なところだ。そういうことに抵抗がないルカとは違って、あの人はあまり人間相手に武器を振り回したがらない。


「……本当に、厄介だな」


 とはいえ、女がそれなりの実力者であることは剣を交えることで伝わってきた。その剣の太刀筋にはブレが無く、的確にルカに生まれた隙を突こうとしてくる。祓魔師は戦闘を好まないというが、女の動きは闘い慣れたそれだった。

 死神は人間に命に関わるような危害を加えられない。なら、武器を弾き飛ばして相手を無力化するほかないだろう。


「闘いながら考え事とは、随分余裕ですね」

「はは、闘いは考えながらするものだ。考える事は山ほどある。例えば君の倒し方――とかね」

「一人分にも満たない魂で人間に勝てると思っているとは。おめでたい考えです」

「何ごともやり方次第だよ」


 ルカは笑顔すら浮かべながら、女の攻撃を正面から弾き返す。いままで受け流されていたからか女は驚きの余り目を見開くも、すぐに落ち着きを取り戻してもう一度攻撃を仕掛けんと武器を構え直した。その間僅か三秒。瞬きすら許さない応酬の中で、力量の差にも拘わらずルカは笑みを崩さない。


「……何が面白いのですか」


 女の攻撃はルカよりも力強かった。それは短剣と槍という武器の差もあるが、もちろんその魂の強さが影響している。力だけならルカよりも遙かに女の方が有利なはずだ。しかし一向に決まらない攻撃に、女の顔には次第に焦りが滲み始めた。


「何が面白いか、なんて。そんなこと、聞かずともわかるはずだ」


 ルカはもう一度女の槍を踏み台に空に跳び上がる。先程と同じ攻撃が来ると踏んだのだろう、女は後ろへ飛び退く準備をした。

 そしてまるで先程の攻撃の焼き直しのように、細長い針状の短剣が女目がけて降り注ぐ。量も、鋭さも、勢いも殆ど同じだ。女はつまらない、とでも言いたげに後退する。

 その時だった。

 女が逃げたその先に、夜の闇から突如現れたもう一本の短剣が落ちてくる。それは丁度女の死角をついて、ものの見事に――女の鼻先すれすれを通って地面に落ちた。


「……残念、外れましたね」


 女はふ、と笑って空を見上げる。しかし、そこにはすでにルカの姿は存在しなかった。


「っ! どこに!」

「ここだよ、お嬢さん」


 女の意識が短剣に向いていたうちに、ルカは女の背後に回っていた。女が驚きの余り振り返るその直前に、ルカの足が女の武器を握る右手を捉える。凄まじい速度で繰り出された蹴りに女は痛みの余り武器を取り落とし、その手を押さえてその場所にうずくまった。


「ぐっ」

「悪いね。加減はしたから骨は折っていないはずだ。もっとも、しばらくしびれと痛みで動かせないとは思うけど」

「あ、貴方……!」


 女がルカのことを強く睨む。今までの冷静で凜とした表情が嘘のように、その顔には皺が寄っていた。ルカは彼女のことを見下ろして、戦闘終了の告知の代わりに空から落とした武器をすべて消す。


「戦闘の先輩からアドバイスだ。魂の力量だけを見るのは危険だよ。今度からは実力を測るようにすること」

「……余計なお世話です。私は貴方を逃がすわけには……!」


 女から向けられる怒りの視線に、ルカの笑顔は揺るがない。ルカはこの闘いにおいて最後まで、苦しむ様子をかけらも見せなかった。女は自らの計算が間違っていたことを理解して、響くように痛む腕を強く握りしめる。


「話があるのならちゃんと昼にくるといい。お茶もお茶菓子も用意して待ってるから。でも、武器は持ち込み禁止だよ。話っていうのは落ち着いてするべきだからね」


 行こう、クロト。

 ルカはクロトにそう促し、調布の夜闇に女を残してその場を後にする。その時、駅の明かりを背中に一台の自転車が現れた。


「君! そこに座り込んでどうしたんだ!」


 どこからか騒ぎを聞きつけた警官が駅の方から走ってくる。彼は通り過ぎるルカとクロトに一瞥もせず、地面に倒れる女のところにやってきた。どうやら、この警官には死神のことが見えていないらしい。かつてこの世界で罪を犯し、今もなお顕界にしがみつく罪人の姿が。自分にしか見ることのできない、小さくなっていく死神の背中を見つめながら、女は残暑の残るコンクリートに力なく爪を立てた。

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